2024.02.13

「推し活は、価値観でつながる『消齢化社会』の象徴」── 博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員 森永真弓

ここ数年で浸透した「推し」を応援する「推し活」は、マーケティングの注目キーワードになっています。ファンの熱量を施策に活かす「推し活マーケティング」、その活用のポイントとは、どのようなものなのでしょうか。
デジタルマーケティング、ネット広告、インターネットカルチャーに黎明期から深く関与し、2023年11月には「第11回Webグランプリ Web人賞」(※)を受賞した、株式会社博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員 森永真弓さんにお話を聞きました。

※有識者で構成される「Web人賞」選考委員会による審査会、および公益社団法人日本アドバタイザーズ協会 デジタルマーケティング研究機構 幹事会による審議を経て、ウェブサイトの健全な発展を目的に、優れた功績を残した企業および人物を顕彰するアワード


性年代ではなく、「価値観」でつながる時代

──「推し活」というワードは、さまざまなメディアはもちろん、ビジネスシーンでも耳にすることが増えました。ひと昔前までは、「推し活」や「応援消費」は特別なものという印象があるのですが、なぜこんなにも一般化したと、森永さんは考えていますか?

森永 いわゆる「オタク層」と呼んでイメージする姿と、現代の「推し活層」は、自分が好きなものに熱中している人という共通点はあるものの、少し毛色が違います。

ひと昔前は、人気のテレビドラマやスポーツがあれば、誰もが見ていた時代だったかと思います。そこには、「このコンテンツはみんな見るべき」という社会全体が醸す空気感、もしかしたら同調圧力に近いものがあったかもしれません。一方で、オタク層はそれら流行には乗っからず、自分の好きを追求する「少し変わった人たち」という位置づけをされていた部分もあったのではないでしょうか。

ですがここ最近は、ライフスタイルが多様化したことで、昔のように誰もが見ている・知っている「メジャーコンテンツ」と呼べるものは、本当に少なくなりました。さらにそんな状況でコロナ禍に突入し、戦争や災害、ワクチン接種の話題など、価値観の違いが生まれやすく日常会話にも気を使うようなセンシティブな場面が増えてきました。

そうなると、友人知人との会話で余計なぶつかり合いを生まず、いちばん安心なのは「コンテンツ」の話題です。しかもコンテンツの批評ではなく、好きなものの好きな部分を語り合う内容です。コンテンツ=推しの話であれば、誰も傷つけることになりませんから。いわば、コミュニケーションの生存戦略的に「推し活」を選択している層もそこには含まれていると、私は分析しています。

特定のコンテンツに生活者が殺到して流行コンテンツとされた昔に対し、現在は「推し活」という行動様式に生活者が殺到しているという見方もできるかもしれません。そしてその「推し」の見つけ方や定め方に、友人知人などの仲間の輪の中でのコミュニケーションに刺激されて、ともすれば受動的に生まれるものが増えていることが新しさです。

ビジネスサイドから見ると、一見好きなものにお金と時間を使うユーザーが増えた=「オタク層が増えた」という印象に見えてしまうわけですが、その背景には人それぞれの「推し活」事情があり、単純に「いわゆるオタク」が増えたという括りで語れるものではないと考えています。

また先ほど申し上げたライフスタイルの多様化は、ユーザーの多様化にもつながっています。博報堂生活総合研究所ではそういった現代を「消齢化社会」という言葉で、年齢に関係なく価値観でつながる時代であると論じています。「推し活」はまさにその象徴とも言えます。

ターゲットを、性年代で区切るのではなく、「価値観」で区切る時代になったと語る森永さん

──ライフスタイルの多様化もそうですが、「推し活」がこれだけ広がった背景には、インターネットとスマートフォンの普及は大きく影響しているのではありませんか。

森永 そうですね。たとえば『進撃の巨人』のアニメがおもしろいと聞いて、興味を持てば、動画配信サービスで1話から気軽に見られる。さらに時間さえあれば、最新話まで一気に追いついて、ファンの輪に入ることもできる。

また、SNSなどでファンの発信を探すのも容易です。リアルでもネットでも、同じ「推し」を持つ人たちを簡単に見つけられるのも、時にはつながれることも、「推し活」の裾野を広げている要因のひとつだと思います。

──SNSで流れてくる情報から、新たな「推し」に出会う機会も、きっと多いですよね。

森永 たとえばTikTokでは、本の紹介動画がバズって「TikTok売れ」につながったケースがあります。プロアマ問わず、誰かのレコメンド、お墨付きを求めている時代と言えるかもしれないですね。

その背景には「タイパ(タイムパフォーマンス)」意識への影響も否めません。海のものとも山のものともわからないコンテンツになんの前情報も無しに触れるのはリスクだと感じる向きもあります。「SNSで話題」は、ただ売れているとか観客動員数が多いといった情報だけでなく、感想や解説もセットです。そういった情報によって「面白い作品らしいぞ」だけではなく「自分向きかどうか」も類推することで、時間の無駄を減らせます。

さらに、昔なら気になった本は、わざわざ街に出て本屋さんの中で探し歩いた上で買う必要がありましたが、いまならおすすめ発言に貼ってあるリンクから飛んで、ECサイトでワンクリックするだけで購入できます。マンガなら、電子版が数話、無料で読めるなど、コンテンツにアクセスするハードルが非常に低くなったことも、「推し活」の広がりに、プラスに働いているように思います。

推し活マーケの効果は、「選ばれる理由」と「仲間意識」の醸成

──多くの出会いの中で、自分の「推し」を見つける。「推し」を応援するために、推し消費が生まれる。そこに企業は、ビジネスチャンスを見出しています。そうした潮流について、どのように見ていますか?

森永 そもそも「推し活」をなぜするかと言えば、心が満たされるからです。たとえば同じ価格、同じ性能なら、「推し」と関係している商品を買いたいと思いますし、同じお菓子でも、せっかくなら「推し」とコラボしているほうにしようと思う。生活者から「選ばれる」理由には、確実に寄与していますよね。

さらに現在の推し活ユーザーの数は非常に多く、企業サイドにも推し活をしている社員がいることも増えました。それが伝わると「同じ推し仲間」であり「私の推しを一緒に応援してくれる企業」という"仲間意識"にもつながっていきます。

一方で、推し活マーケティングにおいては、いかにファンを心地よく巻き込めるかが重要です。「流行っているから」を理由にコラボし、いい加減なコンテンツを展開しても効果は出ません。ファンの熱量に応えるコンテンツ、企業の本気が試されるという側面もあります。

現在のファンは「この作品のファンである自分たちがマーケティングターゲットにされている」ということを熟知しています。「人気でファンが多いこのコンテンツの乗っかって目立ってやろう」という態度なのか、企業サイドにも推し仲間という理解者がいて、情熱を持って作品と企業とのシナジーを考えた末の渾身の企画なのかは、非常に冷静に見定められています。

良質なコンテンツであれば、たとえそれが広告だとわかっていても、ファンは気にすることなく、情報を拡散します。広告をコンテンツに変えるチカラが、そこにはありますよね。

──ファンの熱量を活用する「推し活マーケティング」は、SNSでの情報拡散などに強みを持ちます。森永さんはその優位性をどのように分析されていますか?

森永 「推し活」をしている人たちは、息を吸うようにSNSで情報を収集し、発信・共有しています。ですから、マーケティングファネルの特定の目的を満たすためにSNSを活用するというよりは、「認知」にも「興味関心」にも、時には「購入」までSNSでの情報流通をベースにした、マルチなファネルに効果を発揮する場としてSNSを位置づけて構造を考えるとよいかと思います。

SNSで情報拡散を狙いたいなら、シェアしやすい一次情報が存在することも大切な要素です。そもそもシェアOKと公式からお墨付きがあること、ワンタップでシェアできるとか、1画面でスクショが取れるとか、とにかくシェアのためのカロリーが低いことが必要です。そして、最近の推し活ユーザーは同じ作品内でも「推す理由」が分散しています。人気キャラクターだけでなくサブキャラクターや、特定シーンを彷彿とさせるイメージが複数あるなど、クリエイティブが複数あればあるほどSNS上でのシェアも、語り合いも増え、拡散につながっていきます。

文脈を意識することで、より深く届く

──現代はSNS以外でも、情報に触れる接点は多くあります。その際に、大切なことは何だとお考えでしょうか?

森永 文脈は大事です。講談社さんの例で挙げるならば、ABEMAで配信された「2022 FIFAワールドカップ カタール大会」のサッカー日本代表の試合で、合間に『ブルーロック』のゲームアプリのテレビCMが頻繁に流れていましたよね。ワールドカップという特殊な状況と、試合のテンションに非常に近い『ブルーロック』の独自性の高い世界観がマッチして、非常に高い親和性を生み出していたように感じました。

『ブルーロック』は、累計発行部数3000万部を突破した人気のサッカーマンガ。2022年10月からTVアニメも放送されるなど、人気を博している 画像:ブルーロック(1) 原作:金城 宗幸 著:ノ村 優介

マンガIPを活用するなら、それぞれの作品の世界観、たとえば『きのう何食べた?』なら「食」もキーワードのひとつ。食という文脈で届けると届きやすいといったことは、意識するとよいと思います。タイアップしたい作品の特徴と、自社ブランドとの共通点は何かを模索することは大切です。

ドラマ化、映画化も話題となった人気マンガ『きのう何食べた?』は、"心もお腹も満たす作品"として人気を博している 画像:きのう何食べた?(1) 著:よしなが ふみ

──他にも「推し活マーケティング」を成功させるポイントはありますか?

森永 ユーザーの遊び方に着目することも大切だと思います。最近だと、「推し」のアクリルスタンドをさまざまな場所に持っていき、写真を撮ってSNSにアップするのが定番化しています。一緒に旅行をしたり、カフェに行ってみたり、飾るだけではない使い方。これは誰かが仕掛けたわけではなく、自然発生的に生まれたものです。

心に刺さったタイアップ企画の商品やグッズは「出会えたら買う」「見つけたから手に取る」ではなく「何が何でも探し歩いてでも絶対手に入れたいもの」だったりします。手に入れやすさは推し活への支援でもあります。もしマンガIPとの企業タイアップを考えるなら、オリジナルのアクリルスタンドを限定数配る、だけではなく、予約受注生産販売してみるようなアプローチも、個人的にはおもしろいと思います。

出版社の高いコンテンツ力は、ファンの心に刺さる

──マンガのキャラクターや雑誌の人気モデルなど、出版社と「推し活」は親和性が高いと言われます。出版社と組むメリットについては、どのようにお考えでしょうか?

森永 人気のマンガIPやモデルとコラボできることもそうですが、雑誌というリアル媒体を持っていること自体も、出版社の強みのひとつですよね。雑誌ならではの、一般ユーザーでは実現できない取り合わせなど、高いクオリティの企画やクリエイティブは、気軽に作れるものではありませんから、ファンの心にも刺さりやすいと考えます。

誰もが簡単にスマホで写真が撮れて、コンテンツを発信できる時代だからこそ、出版社のコンテンツ、雑誌の価値が生まれていると思います。

一方で、雑誌も「推し」起点のページがあれば、そこで企業が企画に協賛するような、記事広告とはまた違ったタイアップも実現しやすい時代になったのではないでしょうか。

時代が変わっても、ファン思いであることが成功のカギ

──変化し続ける時代のなかで、「推し活マーケティング」も進化していくと思います。この先大切にすべきことは何でしょうか?

森永 今後は現実空間だけではなく、仮想空間「メタバース」でだけ会えるマンガIPの活用など、さまざまな形で「推し活マーケティング」は進化していくと思います。そのなかでも、ファン思いのマーケティングであることは、変わらないのではないでしょうか。私自身も「推し活」を楽しむ生活者のひとりとして、「推し活マーケティング」が今後どのような進化を遂げるのか、とても楽しみですね。

森永真弓プロフィール写真

森永 真弓
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員

通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。WOMマーケティング協議会理事。2023年、第11回Webグランプリ Web人賞を受賞。著作に「欲望で捉えるデジタルマーケティング史」「グルメサイトで★★★(ホシ3つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)」がある。

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