2024.01.24
「∞AI」が切り拓く、マーケティングの未来 ── 生成AIは、広告制作をどう変えるか
ChatGPTをはじめとする生成AIの普及は、私たちの仕事を大きく変えようとしています。それは、マーケティングにおいても例外ではありません。そのなかで、電通デジタルの「∞AI(ムゲンエーアイ)」は、広告制作のプロセスを根本から変えるサービスとして、注目を集めています。
「2025年には、バナー制作はほぼ自動化される」と大胆に予測する電通デジタルの執行役員・山本覚さんに、生成AIによってマーケティング、広告制作がどう変わっていくのか、お話をうかがいました。
(本稿は、C-stationのプレミアムメルマガ「My C-station」で配信した限定記事の再掲です)
進化したAI。最大の変化はインターフェース
──電通デジタルはこれまでも「AI活用」に着目し、"やみつきになる味"を学習して最適のレシピをつくり出す「AIせんべい」などを開発してきました。そのなかで昨今、AIが急激に進化したことで、その可能性は大きく拡張したのではないでしょうか。
山本 そうですね。特に変わった部分でいうと、インターフェースが言葉になったことです。「AIせんべい」のときは、たとえばレシピの中から「やみつき」という言葉が入っているものとそうじゃないものを選別し、そこから重要そうなキーワードを抜き出して、その出現比率でレシピの組み立てを行いました。
ところが、現在の生成AIは、レシピを全部一塊にして渡し、「どんなものがやみつきか考えてください」というと、5分でできてしまう。それくらい、AIの使い方が変わってきた、進化したといえます。
ほかにも、ビッグデータの解析なども、実はどういうプロセスでやっていくのかという設計の90%以上は人間が行っていました。しかしいまは、「大体やりたいことはこんなだから、あとはよろしく」とAIに渡すと、プロセス組み立てから処理までAIだけで完結してしまいます。
──iPhone(スマートフォン)の登場・普及によって、私たちの生活はもちろん、ビジネスも大きく変化しました。生成AIもまた、ビジネスシーンを大きく変革する可能性がありそうですね。
山本 はい。電通の独自調査によると、生成AI全体の市場規模は今後10年平均成長率27%成長し、2032年には17兆円を超えると予想されています。2019年の世界ゲームコンテンツ市場がおよそ15兆円(2021年は21兆円超)だったことを考えれば、今後、世界的に生成AIの活用が急速に広がっていくことは、想像に難くないのではないでしょうか。
ちなみに、電通の調査では、生成AIの市場規模のうち20%ぐらいがマーケティングという報告があります。今後、マーケティング分野において生成AIが大いに活躍することになりそうです。
マーケティングを最適化する「∞AI」
──マーケティング全体を大きく変革するかもしれない生成AI。2022年から電通デジタルが導入しているサービス「∞AI(ムゲンエーアイ)」は、広告クリエイティブ制作の効率化やプロセスの革新を実現するそうですね。
山本 ∞AIは、マーケティングファネルのすべてに活用できるAIを目指し、現在も精度向上に努めています。表現(クリエイティブ)の部分はもちろん、蓄積したデータを活用することで、企業とユーザーのコミュニケーション全体をサポートします。
∞AIには、「気づいてもらう(認知の獲得)、わかってもらう(理解の醸成)、好きになってもらう(ロイヤリティの向上)」に対応したソリューションがあります。
「∞AI」は3つのソリューションとプラットフォームで構成されている
まず、気づいてもらうための「∞AI Ads(アズ)」。広告クリエイティブ制作のプロセスである訴求軸発見、クリエイティブ生成、効果予測、改善サジェスト、AIが一連の流れを支援し、バナー広告や検索連動型広告の改善に寄与し、効果的な認知拡大を実現します。
次に、内容理解を促す、対話型AI開発支援アプリケーション「∞AI Chat(チャット)」。ウェブサイトやLINEなどと接続可能で、顧客や従業員とのコミュニケーションの質と効率の向上を支援します。
そして、より好きになってもらう、共感を生み出す「∞AI Contents(コンテンツ)」。電通グループが培ってきたクリエイティビティを活かし、AI利用によるバーチャル・ヒューマンやオウンド・メディア構築など、ユーザー・エンゲージメントを高めるサービス・プロダクトを提供します。
さらに、これらのデータが蓄積されて利活用できるようなプラットフォームとして「∞AI Marketing Hub(マーケティングハブ)」を同時に運用することで、最適なAI活用の支援を行います。
クリエイティブの作成、改善まで機能する「∞AI Ads」
──∞AIは、まさにマーケティングに特化したAIなのですね。具体的にどのように活用できるのか、事例を教えてください。
山本 先行してクライアント企業に提供していた「∞AI Ads」の事例をご紹介します。
まず、商品・サービスの訴求軸をAIが発見します。次にクリエイティブの自動生成。さらに効果予測をし、その後の「効果改善」の提案まで可能です。
商品・サービスの認知度を高めるためには、デジタル広告のインプレッション(表示数)を増やす必要があります。しかし広告を作ってみたけれど、いまいちインプレッションが伸びない場合、「クリエイティブをこう修正したら、効果が高まります」といった「効果改善」のサジェストをAIによって提供しています。なお、このサジェストは、AIが効果の高いバナーの傾向を分析・把握することで実現しています。
「∞AI Ads」の概要
ほかにも、認知度向上を最適化するために、広告クリエイティブと広告枠の相性に関するデータを学習させるプロジェクトもスタートしました。ゆくゆくは、メッセージにあわせた出稿先、さらには出稿タイミングまで、AIによる最適化が実現する予定です。
──広告制作の分野でも、AI活用は進んでいるのでしょうか?
山本 はい。バナーに関しては、自動化が進んでおり、2025年には、ほぼ自動化できると考えています。「こういうバナーが欲しい」という最初の指示を出すのは人間の仕事ですが、キャッチコピーから画像生成まで、AIがワンストップで制作できるようになってきています。しかし、最終的な判断、選ぶのは人間の仕事です。AIによって、業務の効率化は実現しますが、AIだけで仕事が完結するわけではありません。
たとえば、AIが生成したものの、権利周りの確認。これは人間がする必要があります。ほかにも、アイデアを広げる(アウトプットを拡張する)ためには、人間のチカラ、発想力が求められます。つまり、情報収集や分析はAIに任せることができても、「こういうニーズが世の中にはある」という"発見"の部分は、人間にしかできない領域なのです。
2024年は、AI×動画元年になる可能性も
──「∞AI」は、動画制作にも活用できるそうですね。
山本 Adobeさんを始め、AI動画については各社すでにサービスを提供する動きがあります。個人的に2024年は「AI×動画」元年になる可能性もあるとみています。
すでに、テキストによる指示をベースに生成した画像を基に、「画像の描き足し、動的に変化させる」といったことが可能な動画は実現しており、今後さらに進化していくと考えています。
「動かす」だけでなく、「加工」も容易です。たとえば、先日Adobeさんは、実際に撮影した渋谷の町並みから人間を消し、肖像権をクリアにした動画をイベントで紹介していました。
──今後、動画のプレゼンは、画コンテではなく、実際の映像に近いものを提案することもできそうですね。
山本 はい、起用したいモデルの画像を活用すれば、「動かす」こともできますし、音声データを併用すれば、指定のセリフを「話す」こともできます。これから、そうした事例はいくつも出てくるのではないでしょうか。もちろん、事前に使用許諾は取得する前提での話ではありますが。
ただ、AIができることは結局、人間が設計しているものだということは、忘れてはいけないと思います。
マーケティングの本質はバナーを作ることでもなれば、広告出稿量を調整することでもありません。「ストーリーを考え、届けること」です。その根幹を担うのは、人間であり続けることは、今後も変わりません。
──編集者もまた、ストーリー(物語)を作るプロと言えると思います。この領域は、今後も人間の仕事であり続ける、ということでしょうか?
山本 まさにおっしゃる通りです。AIは、平均的に間違ってないことを基本的に作るので、気づきがあって、人の潜在的なニーズを突いているような部分は、いまのAIの作り方では出てこないと思います。
AIには感情がありませんから、「心を動かす」(感動を生む)ことは、AIにとって、非常に難しいことなんです。そんなAIから生まれるのは、恋をしたことない人が書いたラブソングのようなもの。大枠は間違っていないし、変ではないけれど、傑作にはならないでしょう。
──最後に。今後の展望についてお聞かせください。
山本 「総合デジタルファーム」である当社としては、生成AIの台頭で、事業会社さまに、より正確なフィードバックができるようになることは、大きなメリットだと考えています。
現在は、「Aさんはこの広告クリックしました。好きに違いない」という一方的な分析しかありません。ところが、AIの進化によって、クリックした理由も見えてくる。ユーザー理解が深まれば、それを基に、メーカーやブランドは、よりよい商品を作っていくこともできます。
AIの発達を、脅威だと考える方もいますが、そうではなく、これまで同様、テクノロジーによって、人間はさらに豊かになっていく。マーケティングにおいても、AIが人々を笑顔にする未来を、私たちはこれからも追求していきたいと思っています。
山本 覚(さとる)
電通デジタル 執行役員
東京大学松尾豊教授のもと人工知能(AI)を専攻。AIとビックデータを活用し、広告の自動生成、広告効果の予測、CROやSEOなど、多数のデジタルマーケティングサービスを提供。『ワールドビジネスサテライト』、『NHK ワールド』など多数メディアに出演。多くのイベントをはじめとして企業や大学などでのセミナー登壇も多数。主な著書『売れるロジックの作り方』、『AI×ビックデータマーケティング』など。