2024.01.17

サイカCEO平尾喜昭氏のMMM(マーケティング・ミックス・モデリング)超解説|MMMで成果を出すためには「総合的PDCAを回し続けるべし」

サイカCEO平尾喜昭氏のMMM超解説

マーケティング業界のトレンドワードとして急浮上する「MMM(マーケティングミックスモデリング)。データ活用のひとつの手段らしいが、何ができるのかまではいまいちよくわからない、という読者の方も多いのではないだろうか。今回は2012年創業時からデータサイエンスとマーケティングの交点を追求し続けてきたXICA(サイカ)のCEO平尾喜昭氏に、MMMとは何なのか、そして何ができるのか、そしてゼロからMMMに取り組むときに何をするべきかを解説していただいた。MMMにこれから取り組む企業のマーケターの皆さまは、ぜひ参考にしていただきたい。

平尾喜昭氏 サイカ代表取締役CEO

2012年2月、株式会社サイカを創業。統計学と経済学をベースに数多くのクライアントのマーケティング精度向上のコンサルティングを行う。それら知見をもとに、サイカの各種ツール開発におけるプロダクトオーナーを担っている。

「MMMは1950年代から存在した」MMMが再注目された理由

――まずMMMとはどういうものなのか教えてください。

平尾:MMMは1950年代のアメリカで生まれたもので、経済学で用いられる推計モデルをマーケティング業界に取り入れたことから始まりました。実は数十年にわたって使われている手法なんです。

アメリカはとにかく広大なので、各地で商品がどれだけ売れたのか企業が正確に把握するのはとても難しいんですね。これは経済も同じで、個人のお財布の中身や企業の取引データまで政府は把握しきれません。全部のデータを取り切れないけれど、全体を把握しないといけない。この課題を解決するために「推計モデルを活用して次の打ち手を考えよう」というのがMMMの元になった考え方です。MMMを使うと、店舗の売上やWebのコンバージョンなど、さまざまな施策が売上や事業成果にどんな影響を与えているのか、その関係性を明らかにして、予算配分を最適化することができます。

――なるほど。MMMはどのように広まったのでしょうか?

平尾:欧米を中心に"プロ経営者"の概念が生まれたことで、MMMはさらに浸透していきました。プロ経営者は高い報酬を受けて企業から雇われるので、経営判断について株主に細かく説明しなければなりません。特にマーケティングは多額の投資が必要ですから、予算配分を説明するためにMMMを活用したわけです。これが創業経営者ならば、「テレビCMに10億円使います!」と言えばそのまま通ることが多いんですけれどね。

そこからGoogleを中心にWebマーケティングが一気に広まったことで、「この広告をクリックした人が本当に商品を買ったのか、全部データでわかるかも」という期待が高まりました。ここでオンラインマーケティングが盛り上がって、逆にMMMは一時下火になるのですが、今度は個人情報保護法の規制が厳しくなってきて、全てのデータを取得するのが難しい時代になってきました。

――それで再びMMMに注目が集まったんですね。

平尾:そういうことです。この数十年で統計学も飛躍的に進化したので、昔よりもさらにその精度は増しています。実際のデータを全部取り切るよりもMMMのほうが高い効果を出せるんじゃないか、という意見が最近は主流になりつつあるんですよ。

――日本のマーケティング業界でもMMMが注目の的ですが、平尾さんはどのように見ていますか?

平尾:MMMに関心が集まるのは嬉しい反面 、正直、少し焦っています。あらゆる新興企業がMMMに手を出すようになっているのですが、適当にやった結果から予算配分を決めたりすると、その企業は地獄を見ることになると思います。

例えば、商戦期にテレビCMを出して、売上が上がったとします。その結果を見て「またCMをやろう!」と判断してしまう企業が多いのですが、そもそも商戦期なんだからテレビCMを出さなくても売れていた可能性が高いですよね。外的要因を抜いて考えたり、波及効果や残存効果まで視野に入れた分析をしたりしないと、テレビCMが売上につながったかどうかの正しい評価はできません。だからMMMは実際取り組もうとすると、大変なんです。

多くの企業が外部的な影響要因も含めて成果を分析するところに取り組めていない。
(出典:サイカによる調査「企業の広告宣伝担当者212名に聞いた 広告の効果測定方法に関するアンケート調査 2020年版」)

平尾:サイカは10年近くデータサイエンスについて研究し続けて、鍛えあげたからこそ分析の精度を高められました。データサイエンス市場が盛り上がるのは嬉しいことなのですが、MMMについてあまり理解していないマーケティング企業がサービスとして提供してしまうと、期待していた成果が出ない企業が増えてしまうのではないか、という怖さを感じています。

「広告施策の成果を見るだけじゃない」奥が深い本当のMMM

――では、これからMMMに取り組む企業のために、MMMができることについて紹介してもらえると嬉しいです。

平尾:マーケティング・ミックス・モデリングですから、マーケティングに関わることはすべてアプローチできます。わかりやすく、「4P」に分けて解説しましょう。

マーケティング4Pの解説図4P =企業が商品やサービスを販売するために使用するマーケティング要素の頭文字を取ったマーケティング用語

平尾:まずプロモーションについては、テレビや新聞、雑誌、ラジオ、オンライン広告などの施策と事業成果がどう関係しているのか、MMMで明らかにできます。単に売上が上がったかどうかだけではなく、Web検索数などの間接的な効果や時間が経過したあとの影響なども含めたすべてです。

日本で流行っているMMMは、このプロモーションに特化したものが多いですね。でも、MMMができることはもっと広いんですよ。

例えば価格については、競合他社の商品との価格差がどの程度までなら価格調整の必要がないか、といった分析ができますし、場所については、適切な配荷先や営業先の検討にMMMを活かすことができます。Amazonや楽天などのECサイトの中でどこに注力するべきか、といった課題も解くことができるんです。そしてプロダクトについては、何もしなくても売れるのか、それとも何か働きかけることで売れやすくなるのかを分析できます。

――MMMでできることの多さに驚きました。

平尾:MMMの真価である予算配分の最適化を実現するためには、マーケティングを俯瞰した視点でMMMに挑んでいかなければなりません。でも残念ながら、今の日本国内ではそこまで対応できることがそもそも知られていないし、その技術を持つ企業も少ないんです。もっとグローバルなMMMの認知が広がればいいな、と思っています。

――なるほど。ちなみにMMMが苦手とする領域はあるのでしょうか。

平尾:データがないものは分析できないので、例えば新商品の売上を予測する場合は他の手法を使わなければなりません。あと、データを集めてくるところには、ある程度リソースが必要だということもお伝えしたいですね。MMMに限った話ではありませんが、日本企業には分析する想定でデータを集める文化がありませんから。

「総合的なPDCAを回し続けるべし」MMMのはじめの一歩

――これからMMMに取り組む企業は、まず何から始めればいいんでしょうか。

平尾:「マーケティングについて総合的なPDCAを回すべし」ですね。まずは、その覚悟をするところから始めていただきたいです。

これはオンラインマーケティングが発展した功罪の"罪"の部分だと思うのですが、日本企業が回しているPDCAはだいたい局所的です。オンライン広告のみPDCAを回していて、オフライン施策はなんとなく調査しているだけ、ということも珍しくありません。でも消費者からしてみれば、買うことを決めた要因がオンライン広告とテレビCMどちらだったかなんてあまり関係ありませんよね。「消費者起点でPDCAを回しましょう」という言葉はこれまで何度も言われてきたことなのですが、本当の意味でそれができている企業は少ないですから、まずはその意思決定を下すところから始める必要があります。

――それができていないままMMMを始めると......?

平尾:『結果がよくわからなかった』、あるいは『全部すでにわかっていた』という答えにしかたどりつけません。何を解き明かすのかわからなければ分析結果もわからなくて当然ですし、逆にすでにわかっていることなら改善に向けてアクションすべきですよね。だからお金と時間の無駄にしないよう、勇気をもって総合的なPDCAを回すことを決めて、そのシミュレーションから始めていただきたいです。

――始めるときの注意点はありますか。

平尾:マーケットはすぐ変わるので、その時々でわかっていたものがわからなくなることも、逆にわからなかったことがわかることもあります。だからPDCAを回し続けることが大切です。分析という世界に唯一の答えなんて存在しないので、MMMで導き出せるのはその瞬間の最適解だけです。次の瞬間にはまた別の最適解が出てくるものなので、常に回し続けるという前提でスタートしましょう。

――MMMをうまく扱えている企業は、PDCAを回し続けることが当たり前のこととして定着しているんですね。

平尾:よく例えに自動車を出すのですが、MMMは自動車における速度メーターに似ています。「今日は調子がいいから速度メーターを見なくても大丈夫」なんて運転手はいませんよね。そのくらいMMMはマーケティングにおいて当たり前のもので、調子が良かろうと悪かろうとチェックし続けるものなのだと想像してほしいです。

MMMの理解度はスピードメーターに例えられる。

平尾:あと、そもそも速度メーターを見るのは「適切なスピードで走行し続けるためだ」ということも忘れてはいけません。自分の速度感覚と実際の速度メーターの数値にズレがあったら、速度メーターを見ながら調整していくのが自然ですが、これがマーケティングとなると、「感覚と違うから速度メーターを外してくれ」と言う人もよくいるんですよ。だからこそ、PDCAを回し続ける覚悟を持つことが大切なんです。

すべての広告施策でデータ分析ができる世界へ

――MMMがこれから日本に浸透することで、どんな変化が期待できますか。

平尾:MMMが正しく浸透していけば、日本の推計に対する意識が変わると思います。私たちは経済情報をはじめとしたあらゆるところで推計データに触れているのですが、マーケティング業界では推計に対する疑念のようなものが払拭しきれていない印象があります。MMMはこれ以上ない推計モデルなので、これがどんどん広まってリテラシーが高まっていくといいな、と思います。

そうすると、雑誌やテレビ、ラジオといった、いわゆる"オールドメディア"の広告施策が再注目されるかもしれません。というのも、逆にオンラインマーケティングがこれほど浸透したのは、データに紐づいた成果が見えやすかったからです。

メディア_テレビ_ラジオ_マイク

平尾:これまでオンラインマーケティングに依存してきたのは、例えるなら旧石器時代の人間が火を手にしたようなものだったと思います。データは確かにすごいものだけれど、正しい使い方がわからない。だから食べ物すべてに火を通すように、とりあえずわかりやすい使い方をしよう、と取り組んできたわけです。

オンラインもオフラインも、新しい手法も古い手法も、すべての施策についてデータ分析が可能な世界になれば、マーケターの皆さんは、より広い視点でマーケティング戦略の良し悪しを検討することができます。食べ物全部に火を通すのではなく、刺し身もサラダも楽しめるようになるイメージです。総合的に成果を評価していくことが、マーケティングのスタンダードになる。そのきっかけをMMMがつくっていくことを期待しています。

取材・文/宿木雪樹 コーディネート/川崎耕司

聞き手:宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター

C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。

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