2023.12.20
オンライン? オフライン? / 古市優子さんが語る、ポストコロナ時代のイベント・セミナー運営必勝メソッド
新型コロナウイルス感染症の影響により定常化した、オンライン開催のイベントやセミナー。一方、昨今の規制緩和に伴い、以前のようにリアルでの開催へと回帰する企業も増えています。そうした状況下では、オンラインとオフライン、結局どちらの形式で開催するのが自社にとって効果的なのでしょうか。ポストコロナ時代のイベント・セミナー開催の極意を「ad:tech tokyo(アドテック東京)」をはじめとする国際カンファレンスを数多く手掛けるComexposium JapanのCEO、古市優子さんに伺いました。
古市 優子 Comexposium Japan代表取締役社長
コロナ禍で開催形式を模索、リアル開催へと回帰した「ad:tech tokyo」
──はじめに、Comexposium Japanが運営するad:tech tokyoについて、教えてください。
古市 ad:tech tokyoは、歴史あるマーケティングの国際カンファレンスです。広告業界およびマーケティング、クリエイティブ、デジタルの全体像や潮流、課題等を短期間で把握し、スキルやナレッジ向上に活かす場として、また業界間を超えた交流やミュニケーションの場としても長く活用いただいています。2009年に日本に上陸して以来、今年で15回目を迎えました。
――ここ数年、コロナの影響でどのように運営方針を変えていったのでしょうか。
古市 2020年は緊急事態宣言の影響もあり、リアル会場に加えて初めてオンライ ンでのリアルタイム配信を実施しました。いわゆる、オンラインとオフラインのハイブリッド開催です。展示会場のブース出展を取り止めただけでなく、会場の入場者を1000人程に絞っていたので、オンライン比重の高いイベントとなりました。2021年も同じようにハイブリッドで開催。オンラインチャット機能を採用するなど新たな試みも取り入れましたが、活発なコミュニケーションを行うには、オンライン上だとなかなか難しい部分もありましたね。
――そうした経験から、2022年はリアルタイム配信を取り止めたそうですね。
古市 やはり、その場にいた人との偶然の出会いや新たなビジネスにつながる活発なコミュニケーションが生まれる場にしたいと思い、2022年からはリアルでの開催をメインにしました。オンラインは会期後の1週間限定でアーカイブ配信を行うという形式にしています。特に今年は、これまで開催前⽇の申し込みまで無料だったビジターパスを一律有料化したのですが、それでも2⽇間で1万人を超える人に参加いただき、コロナ以前のような活気を取り戻すことができていると思います。
2023年10月19日・20日に東京ミッドタウン&ザ・リッツ・カールトン東京で開催された ad:tech tokyo2023、キーノートステージ。どのステージでも立ち見が出るほどの盛況ぶり。
オフライン(リアル開催)のメリット・デメリット
――オフラインとオンラインの両形式でイベントを開催してきた古市さんだからこそ語れる、それぞれのメリット・デメリットを伺います。まずは、オフライン、つまりリアル会場での開催におけるメリットは何でしょうか。
古市 やはり、コミュニケーションの密度の高さです。みなさんも、展示会場でたまたま見つけた会社の担当者と話して「この営業さん話しやすいな」、「この会社の雰囲気いいな」と感じたことがあるのではないでしょうか。オンラインツールが高度化しているとはいえ、そういった人間と人間の感性のやり取りは、まだまだリアルのコミュニケーションには敵わないと感じています。
また、飲食関連の展示会など、実際に手に取ったり、食べたり、飲んだりと、体験が必要なイベントはリアルでないことには始まりません。説明では伝わりにくい部分を実際に体験できるというのは、リアルだからこそのメリットですね。
そして、参加者の熱量や意識が高いというのも大きいです。オンラインはパソコンやスマートフォンがあれば参加可能ですが、リアルイベントは準備をして、会場に行くまでの労力もかかります。ビジネスにつなげたい、新たな学びを得たいと考えている熱意の高い人が集まりやすいので、出展側としてはそうしたターゲット層によりアプローチできるという利点があると思います。
――デメリットはありますか?
古市 コストの高さですね。リアルイベントは会場費がかかりますので、どうしても高額になってしまいます。さらに昨今の国内外の情勢を受け、資材費や人件費なども高騰。費用面を重視してオンライン開催を選択するという企業はまだまだ多いです。
また、開催後に取り壊す展示ブースやステージ、登壇者や参加者用に用意して余った飲み物やお弁当など、廃棄物が多く出てしまうというのは大きな課題だと思います。ad:tech tokyoはそうした課題解消のために、サステナブルな取り組みに力を入れています。例えば、再生可能なブースを用意したり、食事もお弁当ではなく会場周辺で使用できるチケット配布に変更したり......。SDGsの重要性が叫ばれる今、工夫次第で廃棄物削減という課題に向き合うことはできると思います。
オンライン開催のメリット・デメリット
――一方で、オンライン開催におけるメリットは何でしょうか。
古市 リアル開催に比べてコストを抑えることができる点です。また、場所を選ばないので、登壇者が世界のどこにいてもいいですし、日程調整もしやすい。参加者もパソコンかスマートフォンがあれば、どこからでも参加可能です。主催側も参加側も手軽な点はオンラインイベントの特徴ですね。
――確かに、参加のハードルが下がるので場所や時間の制約は受けづらいというのは大きなメリットですね。逆にデメリットはありますか。
古市 ビジネスイベントに限って言うと、参加者は多く集めることができてもリード獲得から新たなビジネスにつなげるまでのハードルは、リアルと比較するとあがってしまう思います。急に会ったこともない知らない担当者からダイレクトメールがきても、なかなかレスポンスしづらいですよね。色々な制約はあるとはいえ、ビジネスにはやはりリアルが向いていると思います。
また、リアルでもトラブルはつきものですが、オンラインは回線状況によっては音声や映像のトラブルも起きやすいという問題もあります。なかでも注視したいのは「音声」です。ビジネスイベントに参加していて感じるのは、画面が少し止まるよりも、声が飛んだり、聞き取りづらかったりするのが一番のストレス。ながら視聴をしている人も多いと思いますので、音声で確実に話の内容を届けるためにも、まずはマイクや音声に投資することをお勧めします。
――「離脱率が高い」というデメリットもよく挙げられますが、何か改善できる方法はありますでしょうか。
古市 配信時間を1時間以内にするということですね。15:00~16:00配信のセミナーであれば、16:10まで伸びてしまうと、16:00の時点で離脱が増えていきます。みなさん次の予定がありますので、オンタイムで終わる短期集中型で開催するのがベストです。
また、オンライン配信をするのであれば、アーカイブで早回しできるような仕組みを入れるとよいと思います。実際に、弊社のアーカイブも1.25~2.0倍の早回しで見ることができるのですが、便利だという声を多くいただいています。忙しいビジネスパーソンに向けて届けたいイベントやセミナーであれば、取り入れてみてはいかがでしょうか。
オフライン・オンライン 選択のポイントは「予算」「エリア」「参加者の属性」
――それでは実際にどういった基準でリアルでの開催か、オンライン開催かを選択すればいいのでしょうか。
古市 まずは「予算」です。予算が豊富で、新たなビジネスにつながるような場所にしたいのであればリアルでの開催。予算と人的リソースが少なく、情報発信がメインの新作発表会などであればオンラインが適していると思います。
次に、「エリア」。参加してほしいターゲットのエリアが日本全国や世界各国にわたるイベントや、グローバルビジネスに関するイベントは、やはり場所を選ばないオンラインが向いています。「週に1回配信する」というような開催頻度が高いウェビナーやイベントも、頻繁に会場に訪れることが難しいのでオンラインが有効です。
そしてもちろん、「参加者の属性」もオフライン・オンライン・の選択基準です。例えば、新生児がいる親御さんたちに向けたイベントであれば、外出するハードルが高いのでオンラインが向いています。一方、交流や新たな出会いを求める人が多いのであれば、リアルでの開催がベターです。ただし、リアルイベント開催のハードルが上がっているという事実は、確実にあると思います。
――確かに、オンラインイベントがあるからこそ、リアルイベントへの期待感は高まっているように感じます。
古市 そうですね。つまり、リアルイベントを開催する際は「オンラインでもよかった」と思われないようにしなければいけません。わざわざイベントに足を運んでいただいたからこそ、リアルでしかできない「何か」を提供することが大事です。
――「オンラインでよかった」と思われないためには、どういった施策が有効だとお考えでしょうか。
古市 エンタメ系のイベントであれば、目当ての有名人が登場して生で見られるだけでも満足度は上がると思います。しかし、ビジネスイベントではなかなか難しいですよね。ですので、会場に来た人にだけ質問を受け付ける、オンラインでは配信されない話が聞けるなど、リアルの会場にいる人だけに向けた工夫が必要です。また、イベントに参加しているみなさんは同じ志を持っていると思いますので、交流を促す場を設けるというのも参加者の満足度を上げられるはずです。
ad:tech tokyoでは、コミュニケーションが生まれる場としてパーティーを開催。公式スピーカーや海外ゲストスピーカーとも交流ができる貴重な機会だ。
ハイブリッド型イベント開催のカギは、「8:2の法則」
――コロナ禍を経て、最近はオンラインとオフラインのハイブリッド型のイベント・セミナーも増えてきましたね。ad:tech tokyoもハイブリッド型で開催されていますが、開催におけるポイントやメソッドがあれば教えてください。
古市 2020年からハイブリッド型で開催してきて学んだのは、オンライン重視なのか、リアル重視なのか、どちらかに比重を置かないと難しいということですね。両方を5:5で実施しようとすると、会場の最前列に置いた配信用カメラがイベント参加者の邪魔になったり、イベントだと思って来たのに配信用のクオリティが低い会場だったり......多くの場面でハレーションが起きてしまう可能性があります。
ですので、ハイブリッド型で開催する際は「8:2」の割合で開催するのがベストだと思います。実際にad:tech tokyoは、「人と人のコミュニケーションの場」を大切にしたいという思いがありますので、現在はリアルに比重をおいて開催しています。バランスを考えてどちらかに振り切る、というのは大事な視点です。
イベント・セミナーの未来像 テクノロジーの進化に期待
――今後のイベント開催の在り方はどのように変化していくと思われますか。
古市 リアルと同等のコミュニケーションができるほどテクノロジーが進歩するのであれば、完全にオンラインへシフトしていく流れはあると考えています。しかし、それまではまだまだリアルの果たす役割は大きいと思いますね。そして、テクノロジーの進歩とともに、リアルイベントの現場もますます変化していくはずです。
――確かに、ad:tech tokyo2023のキーノートセッションでは、AIによるリアルタイム通訳モニターが目を引きました。
古市 実は5年ほど前に1度導入していたのですが、翻訳の精度が低くてしばらく使用していなかったんです。ですがここ1~2年のAIの進歩がすさまじく、会場で利用できるほどのクオリティになりましたので、今年は導入を再開しました。
ad:techは「テック」という名前の通り、テクノロジーを取り入れたイベントにしたいと考えています。来場者も、そうした最新のテクノロジーに触れるのが好きな方が多いので、顔認証システムや、案内板の電子化、翻訳AIなど、新しい体験を今後も提供していきたいと思います。
ad:tech tokyo2023の会場で採用された、AI同時通訳ソリューション
――最後に、ad:tech tokyoの今後の目標や展望などをお聞かせください。
古市 日本社会や業界を活性化するような場所にしたいと思っています。SDGsにも「共創」という言葉が使われているように、私たちは競合と呼ばれるような企業とも率先してパートナーシップを組んでいます。ですので、「ad:techをこうしたい」というよりは、イベント自体がプラットフォームとなって、社会や業界が良くなるような場を今後もつくっていきたいですね。
古市 優子 Comexposium Japan代表取締役社長
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、サイバーエージェントを経て2013年よりdmg::events(現Comexposium)に入社、2019年に同社代表取締役社長に就任。欧州大手イベントオーガナイザーComexposium Groupにおける最年少Managing Directorとなる。日本国内では主に ad:tech tokyoをはじめとした、マーケティング・広告・コマース・デジタル領域のカンファレンスの企画運営を総指揮。2022年以降はビジネスイベントのプロフェッショナルとして従事する傍ら、企業の社外取締役や、全米広告主協会が取り組む「SEEHER」推進役も兼務。日本の組織や社会におけるDE&Iの推進に向けて、各種講演やアドバイザー業務など、精力的に活動中。J.S.A.ワインエキスパート、趣味は旅行とワイン。
取材・文/室井美優 撮影/市谷明美(ポートレート) コーディネート/丸田健介
丸田健介 エディター・コーティネーター
C-stationグループで、BtoB向けSDGs情報サイト「講談社SDGs」担当。