一般社団法人 デジタル広告品質認証機構「JICDAQ(ジックダック)」事務局長であり、公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 客員研究員を務める小出誠さんは、現在の日本のデジタル広告について、「リーチ効率に偏らず、受容性の観点も含めた出稿プランの検討が必要である」と提言します。
届けるだけでは足りない。受容されて、初めて効果につながる。それは、広告の本質でありながら、日本のデジタル広告が、いま抱える大きな課題でもあります。本記事ではまずデジタル広告における品質の問題について、さらにそうした課題を解決するための、「デジタル広告の買い方改革の必要性」をテーマにお話をうかがいました。
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品質が低い、日本のデジタル広告
──小出さんが事務局長を務める「JICDAQ」は、デジタル広告の品質認証するための機構です。そもそも「デジタル広告の品質」とは、何を指すのでしょうか。
小出 デジタル広告の品質というと、クリエイティブの品質などをイメージする方もいるかもしれません。しかし私たちが問題としている品質とは、広告掲載の質を問うもので主に「アドフラウド(広告詐欺)」と「ブランドセーフティ(ブランドイメージの毀損リスク)」の2つです。
Integral AD Science社が発表した「メディアクオリティ レポートデータ 第17版」によれば、日本のデジタル広告の掲載品質は、世界の中でも20ヵ国中19位と、かなり低いのが実状です。
日本のアドフラウドの状況は、世界でも最悪レベル。無駄になっている広告費が世界と比較して多いことを意味する
出典:Integral AD Science, メディアクオリティ レポート 第17版
日本のデジタル広告は、ブランドセーフティも最悪レベル。出稿することで、ブランドイメージを毀損するリスクが高いことを意味する
出典:Integral AD Science, メディアクオリティ レポート 第17版
──なぜ日本のデジタル広告の品質は、こんなにも評価が低いのでしょうか。
小出 これは私の推察になりますが。日本では、デジタル広告(主にディスプレイ広告など)をチラシのように捉えて活用していた時代が長くありました。当時は、刈り取り型と呼ばれる売上直結のコミュニケーションが主流。掲載品質よりも成果を重視してきたことで、対策が遅れたのかもしれません。
つまり、日本のデジタル広告は、ブランドセーフティよりも、費用対効果を追いかけ続けてきた歴史があるわけです。その原因として、日本ではブランドを守る「CMO(最高マーケティング責任者)」がいない企業が多いからではないかと指摘する声もあります。
──時代とともに、日本におけるデジタル広告の役割も変化するなかで、デジタル広告の掲載品質の重要性が高まって、JICDAQ誕生につながったのですね。
小出 はい。私が本格的にデジタル広告に関わるようになったのは2014年からです。しかしそれ以前から、ブランドセーフティやアドフラウドの問題について、ネット広告業界の一部の方は認識していたと聞きます。
世界的にこの問題が認識されるようになったのは、2017年、P&Gの最高ブランド責任者 マーク・プリチャードさんのスピーチでした。彼は世界的な広告業界の会合で、デジタル広告における取引の透明度の低さや、広告主に知らされていない多くの課題がある状態のまま市場規模が大きくなっている現状に警鐘を鳴らしたのです。
それを経て、世界広告主連盟が2018年に「グローバルメディアチャーター」というデジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言を発表。このなかで、加盟している国の広告主連盟や広告主に対して、アドフラウドを防ぎ、ブランドセーフティを実現することの必要性に言及しました。
2019年11月には、日本も日本アドバタイザーズ協会が「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言 」をまとめました。8つある課題のうち、最初の2つがアドフラウドとブランドセーフティに関する課題でした。
さらに同時進行で、日本でもこの課題に向き合う組織を作った方がいいという議論が生まれます。こうして、広告会社の団体である日本広告業協会と媒体社やプラットフォーム事業者などが加盟する日本インタラクティブ広告協会、そして広告主を中心とした日本アドバタイザーズ協会の3団体でつくったのが、2021年3月に設立したJICDAQです。
──JICDAQが重視している「ブランドセーフティ」と「アドフラウドを含む無効トラフィック」における取り組みについて聞かせてください。
小出 JICDAQとしては、「ブランドセーフティ」と「アドフラウドを含む無効トラフィック」という2つの領域に関して、事業者の認証制度を設けています。
認証基準は、会社内のプロセスやアドフラウドを防ぐための技術的な対応といった会社の仕組み的なものが中心です。定めた基準に対し、会社組織のありようや技術対応しているかを、第三者の検証組織として日本ABC協会が検証を行います。その結果報告をもってJICDAQが、取引に対し安全なレベルを保っている会社であると認証しています。
なお、現在約180社登録されています。そのうち、認証を受けているのが約150社。30社ほどが現在検証中というステータスとなっています。
講談社さんもこの認証を取得されていますが、広告主としては、認証事業者に発注することによって、認証されていない事業者に広告を掲出するよりも、アドフラウドにあう比率が下がり、ブランド毀損につながる可能性が減少します。
JICDAQ認証事業者のほうが、一般計測(非認証事業者)よりも、無効トラフィックもアドフラウド率も低い
──広告主がJICDAQの認証事業者を意識的に選ぶようになると、自然と日本のデジタル広告の品質も向上していくわけですね。
小出 そうですね。昨年JICDAQが実施した調査の結果、アドフラウドに関して無対策の企業と、対策を行った企業では大きな差が出ています。適切な対策を実施することで、被害を10分の1ほどまで減らせることがわかりました。これが、無対策だと10〜15%ほど。そのすべてがリーチしない無駄な広告費と捉えると、その被害額は非常に大きいことがわかると思います。
つまり、JICDAQ認証事業者との連携は、アドフラウドへの対策によって、無駄な広告費の削減につながるとともに、違法サイトや海賊版サイトへの広告露出を防ぐことで、ブランドセーフティにも寄与するわけです。
ちなみに海賊版サイトついては、警視庁やコンテンツ海外流通促進機構(CODA)からリストが回ってきます。これらに速やかに対応することも認証基準のひとつに入っています。
──小出さんは「日本のデジタル広告の出稿が、大手プラットフォーマーに偏りすぎている」ことも問題と考えているそうですね。
小出 トレードデスクというDSP事業者のデータによると、アジア太平洋地域(APAC)では59%がオープンインターネットに多くの時間を費やしています。しかし広告費を見てみると、21%しかありません。この差分について、ブランドは機会損失をしていると言えます。広告主は、この状況を知った上で出稿先を選ぶ必要があります。
消費者は、有名SNSのような大手プラットフォーム(ウォールガーデン)ばかり閲覧しているわけではなく、約6割の時間はそれ以外のオープンインターネットに接触している。しかしデジタル広告費は、ウォールガーデンに偏っている実状がある 出典:The Trade Desk × Kantar「オープンインターネット調査レポート」
昨今、主要なSNSだけに出稿するプロモーションも多いかもしれませんが、そこにはリーチの偏りの問題があります。消費者の6割がオープンインターネットに接触しているのなら、そこを目がけてきっちり出稿していくことも重要でしょう。
広告主もこうした情報をキャッチし、広告会社と連携しながら、メディア出稿の在り方をしっかり検討していく。今後、そういった関係が構築されていくことが望ましいと考えています。
デジタル広告は、「質的側面」も重視すべき
──小出さんは、広告の効果とは、「リーチ」と「広告の受容性」の両方があって発揮されるものであると、さまざまな場所でお話をされていますよね。
小出 はい。広告をターゲットに意図どおり届かせるにはリーチと受容性が重要で、これはデジタル広告においても同じだと考えています。これまで日本のデジタル広告は「リーチ」にばかり焦点を当てていましたが、受容性も含む広告到達の「質的側面」も重視すべき時代に突入したと感じています。
デジタル広告は、リーチだけではなく、受容性=質的側面も伴って、初めて効果を発揮する スライド画像:小出誠さん作成
1割のEC売上のために、大きなリスクを冒している
──日本のデジタル広告の多くを占める「運用型広告」の分野は、まさにリーチばかりを追い求める傾向にありました。そこに「受容性」という視点を取り入れる。それこそが小出さんの提唱する「(デジタル広告の)買い方改革」なのでしょうか。
小出 デジタル広告の買い方について問題提起しても、「最終的に売れればいいじゃないか。指標的に高い効果が出ているので問題はないのでは」と考える人もいるかもしれません。しかし、「高い効果」は限定した範囲に限った話かもしれないと考えるべきだと思います。なぜなら、経済産業省が発表している「2022年の物販系分野のBtoC-ECの市場規模」によれば、市場規模は13兆9,997億円(2021年から7,132億円増加)ありますが、実はEC化率は9.13%と、1割にも満たないのです。
つまり、物販系のBtoC領域は現時点では、9割がリアル購買だということです。すると このデジタルのコミュニケーションを行い、その結果としてネットでの購買が発生し、 この効果が高いor低いという議論をしている範囲は、全体からみると限られた一部の領域ということになります。
ちなみに、BtoB-ECに関しては、2022年時点で、EC化率は37.5%。この差は、24時間買い物できるコンビニが多数あるといった日本の利便性の高さが、そのままEC化率の低さにつながっていると考えられます。
デジタル広告を通じてユーザーとコミュニケーションをしても、ネットでの購買につながっているのは1割に満たない。にも関わらず、不適切な広告によって、ブランドを傷つけてしまったら、多くの割合を占めるリアル購買に悪影響を及ぼす可能性があります。そうしたデジタル広告の現状やリスクについて、あまり意識が向いていないことに、私は危機感を覚えています。
デジタルとリアルは別物ではなく、つながっている。デジタルで受けた印象が、リアルにも影響を与える スライド画像:小出誠さん作成
図の左側。線で囲われている「EC売上」部分だけで完結できる、すなわちすべてがデジタルのコミュニケーションで、購買接点もネットのみというDtoCの事業会社であれば、効果を正しく計測でき、ビジネス全体がデジタル領域に閉じているので問題ないでしょう。しかし、デジタルと併用して、リアルのコミュニケーションも行い、店頭購買もあるようなビジネスを展開しているのであれば、デジタル広告が不適切な場所に表示されることのリスクを知り、「ブランドセーフティへの意識をもっと強く持つべき」というのが私の主張です。
──リスクを理解しつつも行動に移せていない広告主の方もいらっしゃると聞きます。なぜ日本の広告主は、リスクを放置している、あるいは放置せざるをえないのでしょうか。
小出 経営者なら、アドフラウド(広告詐欺)は意味のない支出ゆえ、真っ先に対策したい事柄だと思います。なぜなら、アドフラウドは水増し請求、つまり本来、支払う必要のない広告費だからです。しかも無対策の場合、その金額は全体の10〜15%にものぼるという推計もあるほどで、決して小さな金額ではありません。なのに、なぜ迅速な対応をしないのか。理由のひとつとして、多くの経営者がアドフラウドの問題性を正しく理解できていない、ということが考えられます。
また、運用型広告を管理している広告部門としては、アドフラウドの問題点を社内で共有することで、「過去の管理についても問題になる」ことを危惧して、提言しづらい、といった声もあるようです。
私自身は消費財メーカーの広告部門で長い期間働いてきました。だからこそ、わかる部分もあります。広告部門は、前向きなことが好きで、リスク管理的なテーマはあまり好みません。つまりアドフラウド問題の解決は、責任を取らされるリスクがあるうえに、風土的にも合わない部分があるのだと思います。
ですから、経営層やリスクマネジメントの担当者が「アドフラウドというのがあるらしいが、問題ないか」と広告部門へ確認する際に、もし問題があったとしても過去の分については不問にする。「次からはしっかりやろう」というスタンスで臨めば状況も変わっていくのではないでしょうか。
大切なのは、自社でデジタル広告の課題と向き合うこと
──アドフラウドに関しては、広告主がデジタル広告の出稿先を「JICDAQの認証事業者に限定する」だけで、効果が出てくるという認識でよいですか。
小出 そうですね。「効果が出る」を業界全体において、という観点に立てばすでに効果が出始めています。CODA(コンテンツ海外流通促進機構)によると、意図しない、海賊版サイトへの日本の広告主の出稿がここ数年減ったと言います。これは、海賊版サイトに広告が出ないように、JICDAQをはじめ、多くのプレーヤーが連携し、土壌を着実に固めてきた成果のひとつでもあります。
JICDAQでは、官民一体となって、日本のデジタル広告の課題解決を目指し、取り組みを進めている 画像出典:JICDAQより
一方、個々の広告主の出稿においてのアドフラウドも、日本のプレーヤーの意識向上によって、解決に向かうことが望ましいのですが、なかなか難しいのが実状です。なぜなら、アドフラウドを生み出すプログラムを生成AIで簡単に作れる時代になってしまったからです。
また、アメリカではすでに、過剰に広告を掲載して稼ぐサイトがどんどん登場するなど、テクノロジーの負の部分を活用した動きが始まっています。日本でも同じことが起こると仮定するならば、そうした動きに対して防御していく必要も出てくるでしょう。そのなかで現時点で世界でも最悪レベルと評される「日本のデジタル広告の質」が、5年後に大きく改善されていてほしいと、私は願っていますし、そのための取り組みをこれからも推進していきたいと考えています。
──広告主がいま、具体的に知るべきこと、取るべき行動とは、どのようなものだとお考えでしょうか。
小出 2019年に公益社団法人日本アドバタイザーズ協会(JAA)が「デジタル広告の課題に対するアドバタイザー宣言 」 を行い、8つの課題を挙げました。そのすべてに向き合っている企業は少ないと思います。しかし、デジタル広告を出稿する上で、特に「ブランドセーフティ」と「アドフラウド」については、自社として、どう向き合うかを考える時間を持つことが、まず重要だと思います。
当然、ブランドセーフティを重視すればするほど、運用型広告の出稿単価は上がります。しかし、ブランドを守るためには単価が高くても出す、という判断があっていいはずです。一方で、費用対効果の問題も出てくる。そのなかで、広告効果も含めて、多角的な議論を経営トップも交えて行う必要があるでしょう。最終的にそれは、コストにも直結する部分ですから、経営判断になると思います。
私はこの問題に対して、広告主が主体性を持つことも大切だと考えています。多くの広告主は、デジタル広告の仕組みの複雑さゆえ、広告会社から提案を受けて選ぶ流れになっていると思います。これは楽ですが、広告会社まかせではいつまでも現状から脱却できません。しっかりと広告主がデジタル広告の現状を知り、自分たちで考え、選択していくことで、「買い方改革」へとつながっていくはずです。そしてその先にあるのが、日本全体のデジタル広告の質の向上です。
──自社のブランドは、自社で守る。その意識を持たなくてはいけないということですね。最後に、今後の日本のデジタル広告が向かうべき方向、目指すべき未来についてご意見を聞かせてください。
小出 JICDAQでは、デジタル広告に携わる広告主、広告会社、媒体社など幅広い事業者を対象とした、デジタル広告課題に関するアンケート調査を毎年実施しています。その調査によれば広告主の「ブランドセーフティ」と「アドフラウド」についての問題意識がいちばん低い状態であることがわかっています。
ブランドを守る当事者であり、毀損にならないよう注意する大切さは知っているはずなのに、デジタル広告においては、むしろブランドを毀損しているかもしれない現状がある。このことに、広告主は早く気づくべきですし、対策をすべきだと考えています。海賊版サイトに広告が表示されてしまったら、そのダメージは計り知れません。また、仮に1,000万円のデジタル広告(運用型広告)を展開していたら、うち100万円はアドフラウドによる無駄な広告費になっている、という可能性も十分にあります。
今後、さらにJICDAQでの取り組みを拡張していくことで、いま日本のデジタル広告が抱えている課題の解決を目指し、よりよい未来につなげていきたいですね。
小出 誠
1984年資生堂入社。1987年宣伝部にてプリントメディアを中心にメディアプラン策定・バイイングを担当。その後、経営企画部、業務用品の事業部門等を経て、2014年コミュニケーション統括部長として、マスメディア、デジタルメディアの広告出稿、オウンドのSNS、コーポレートサイトの運営を担当。2019年日本アドバタイザーズ協会 常務理事、2023年より客員研究員(現職)。2021年デジタル広告品質認証機構 事務局長(現職)。