2023年4月に創刊5周年を迎えた講談社のデジタル恋愛コミック誌「comic tint」(コミック・ティント)は"オトナ女子の恋愛"に特化したコミックレーベルとして成⻑を続けています。急成長の理由はどこにあるのか、また、この先の展望を事業担当者が語りました。
(この記事は姉妹サイトマンガIPサーチに掲載されたものを加筆・再構成して配信しています)
【本記事の語り手】
上田 洋子(写真左)「comic tint」現チーフ
石井 裕紀子(写真右)「comic tint」初代チーフ
講談社 Kiss・BE LOVE編集部所属
オトナ女子に向けた恋愛特化のデジタルコミック誌「comic tint」はこうして誕生した
講談社のデジタル恋愛コミック誌「comic tint」は2023年4月に5周年を迎え、オトナ女子読者層から支持を集めています。その創刊にいたった経緯には、近年の女性マンガ誌における電子売上の比重の高さが大きく影響しているといいます。
上田
2010年代以降、女性マンガ誌は青年誌・少年誌に先がけてデジタル収入が紙収入を上回るようになりました。電子化の大きな流れを受けて、デジタルファーストの雑誌を作る方針が固められ、講談社では「姉フレンド」が2016年に創刊、2年後に「comic tint」が創刊されました。
それまではKiss・BELOVE編集部では、紙媒体である「Kiss」本誌や「BE・LOVE」本誌で恋愛マンガを提供していたものの、紙雑誌のページ数は限られており、掲載できる恋愛マンガ作品も厳選されていた。オトナの恋愛マンガを好む潜在的読者の期待に応えていきたいという意図があったという。
石井
女性読者は男性読者に比べ、ガラケー時代から携帯でマンガを読むことに慣れている方が多かったですし、他社の動向からも、オトナの恋愛マンガ雑誌が電子書店で多くの読者に支持されていることはわかっていました。そんな中、「Kiss」「BE・LOVE」から新しい媒体を作ることになったので、両雑誌とはまた異なる恋愛マンガ、読者層に挑戦する媒体として、「comic tint」を位置付けました。
デジタルで"オトナの恋愛に特化した"作品づくりをするという方針が決まると、想定する紙とデジタル両方におけるライバル誌の傾向、当時の人気作品、乙女ゲームや携帯小説などさまざまな市場を分析。そのうえで、関係部署に相談した結果、あるキーワードが浮上してきました。
石井
読者層は「BE・LOVE」「Kiss」の読者層よりも低めに設定し、「何歳になっても初恋のようなときめきを享受できて、刺激的な要素もある恋愛作品」をテーマにしました。それを端的に「溺愛系」というキーワードに託しています。
媒体の方向性がわかるように"甘く刺激的な夢を届ける 溺愛系エロきゅん雑誌"というキャッチコピーを掲げ「comic tint」は2018年4月に創刊。コピーにはワードとして"エロ"は入っていますが、雑誌のカラーをどこに見出すかには大きなこだわりがあったようです。
上田
一般的に"エロいマンガ"というと、過激なシーンが多いイメージを持たれると多いと思います。けれども「comic tint」では、そういったシーンの1話における比率は決して多くはありません。
「comic tint」作品の特徴の一つに、主人公が受け身ではなく、やりがいのある仕事を持ち、努力し続ける能動的な女性が多いことが挙げられます。作中でも主人公たちは熱心に働いて、全力で恋をする。読者の日常に通ずる"リアリティ"を担保したうえで、誰かと出会い、恋をして、男女の営みもあるというような、現実と甘い夢がシームレスにつながった世界観を大事にしています。
「comic tint」の恋愛マンガは、作中の男性にときめいてもらいながら、現代のオトナ女子の"心のオアシス"になりたいと、コンセプトが定まったようです。
創刊前のハードルを飛び越えて無事デジタル市場へ
"引きの強い作品づくり"がファン形成とプロモーションに貢献
「comic tint」の創刊準備期間は、社内各部署のサポートを受けて、順調に進んでいきました。しかし、創刊前に「作家集め」という大きな壁が立ちはだかりました。
石井
創刊当時から、「Kiss」「BE・ LOVE」でお付き合いのある漫画家さん以外の方に、いちからお声がけをしました。「comic tint」はこれまで編集部が作ってきた作品とは異なる、ときめき重視の恋愛マンガに特化しているうえに、創刊前なので、どんなものを目指しているか、口頭で説明をすることしかできません。また、まだマンガアプリが漫画家にも読者にも身近になる前だったので、今よりも電子雑誌に抵抗がある方や、紙のコミックス化を確約できないことに不安を覚える方も多かったのだと思います。
上田
デジタルコミックスは紙コミックスとは売り方が全く異なりますが、デジタルには決して無視できない大きなメリットがあります。それは「スピード感」です。
月刊誌で紙コミックス化する場合のスケジュールを考えてみると、4~5話ほどたまった時点で紙コミックス1巻が発売されます。半年近く要するスケジュール感です。一方、デジタル連載の場合は、1話ずつ「分冊版」として全電子書店様で販売していることから、紙コミックスよりもかなり短期間で作家さんに数字的な手応えや世間の反応を還元できるようになっていることが大きな違いといえます。
デジタルは売上速報が届くのも速く、紙コミックス化の判断や、作品の切り替え時期の検討も紙コミックスよりもスピーディにできるとのこと。
上田
興味深いことに、作品によって売上のピークが訪れるタイミングが異なります。1話目から爆発的な初速が出る作品もあれば、電子書店さんの無料施策で動きやすい8話・12話前後でピークを迎える作品、あるいは完結直前・完結後に売上が大きく動く作品もあります。どの連載作品でも、どこかで必ず大きく動くタイミングがあるのです。作家さんが頑張って描いてくださった努力に、お応えできることは「comic tint」の強みのひとつです。
デジタル雑誌として販売していながらも、各作品の分冊版(話売り)の売上比重が高い「comic tint」では、「レーベルにファンがついているのではなく、作品ごとにファンがついている」という考えが根底にあるといいます。そのため、プロモーションでは「それぞれの作品のファンを増やす」という意識にウェイトを置いているとのこと。最重要視している施策は、分冊版無料施策と結びついた各電子書店さんのTOPバナーや広告出稿です。
上田
創刊から3年目までは各作品を育てることに注力していました。本格的にプロモーションに力を入れるようになったのは4年目からですね。各電子書店さんとコラボして、描き下ろしやカラーイラストなど、いろいろなキャンペーンを重ねました。
主な新規読者の流入元は、各電子書店さんが出稿してくださるTOPバナーやSNS上の出稿広告です。発売日に各書店のTOPページのバナーを取れるかどうか、またランキングにランクインできるかは、とても重要です。InstagramやFacebook、Twitterへの広告出稿も大きな効果につながっていると感じています。
日ごろから各電子書店のランキングは常にチェックし、人気作の傾向を踏まえてマンガづくりをしているとのこと。描き下ろしなどのキャンペーン以外に、親和性の高そうな電子書店には先行配信を提案することもあります。
コミックス第1巻は例外なく重版がかかる!?
人気作品を生み出せる理由はどこにあるのか
現在「comic tint」からは『ホンノウスイッチ』『あの夜からキミに恋してた』『10年ぶりの初カレがすごい』『過保護な若旦那様の甘やかし婚』『デキる男女のデキない恋』の5作品が紙コミックス化されています。今秋以降『サレ妻シタ夫の恋人たち』も仲間入りする予定。 これまでの1巻重版率は100%! この驚異的な数字が生みだされるキーポイントとして、綿密なデータ分析がありました。
上田
「comic tint」では独自の売上基準を設けていて、その数字をクリアした作品を紙コミックス化しています。1巻の重版率が100%というのは奇跡のような数字ですが、毎日売上データを確認していると「電子でこれだけ売れたなら、紙コミックスだとこれくらい売れるだろう」という数字が予想できるようになっていくんです。
徹底したデータ管理だけでなく、読者傾向の分析や編集として作家の伴走者役に徹している点も忘れてはならないポイントであるとのこと。
石井
紙媒体もデジタル媒体も、根本的なマンガの作り方は共通していると思います。ただ、デジタル媒体は、紙媒体以上に、読者の欲望を濃縮させ、わかりやすく提示することが大事なのだと感じています。「comic tint」の場合は、読んで3秒でわかることと、「ときめき」「男性の色気を感じるシーン」を意識して漫画家さんも取り組んでくださっていますし、タイトルを含めて、どんな欲を満たすのかを明確にして作らないと、購入につながりにくいんです。
作家が心の底から描きたくなければおもしろい作品にはならないという面もあり、「comic tint」に欠けている要素や電子書店のランキングなどからテーマを導き出し、それが作家の描きたい内容とマッチするかどうか、必ず確認しているといいます。
上田
現在ヒット中の村岡恵さんが描いてくださっている『サレ妻シタ夫の恋人たち』は、好例だと思います。
この作品は「不倫」を題材として扱い、特に「まんが王国」さんで売っていただきたいと考え企画がスタートしました。無事に、「まんが王国」さんが先行配信枠を押さえてくださり、引きの強いタイトルと相まって狙いどおりの数字的な成果が出ています。
石井
現代の女性たちが、数分の隙間時間でテンションを上げられる作品となったことも大きいと思います。グルメやホラー、サスペンスなどの強い感情の動きがあるジャンルがウケているのも、ストレス発散や息抜き、気持ちのリセットや癒しなどを与えてくれるからでしょう。
「comic tint」は、オトナの恋愛に憧れる10代後半~30代までの幅広い層をターゲットにしています。けれども、ある書店のデータからは、40~50代女性の読者層の購読率が高いこともわかっているそうです。
石井
10~20代で少女マンガに親しんでいた方々が大人になられた今、その頃と同じテイストを持ち、自分たちと年齢が近い大人の主人公が活躍する作品として、楽しんでくれているのだと思います。「comic tint」の作品は10~20代のころの気持ちに戻って読んでくださっているのかもしれません。
これからの「comic tint」が目指すもの
創刊5周年を記念して実施された「ラブきゅんボイスフェア2023」
順調に成長を続ける「comic tint」。2023年4月〜5月は5周年記念として「ラブきゅんボイスフェア2023」を実施しました。デジタルと紙コミックスそれぞれに特典ボイスをつけたところ、SNSなどで大きな話題に。4月の創刊5周年フェアでは過去最高の売上を出せたとのことです。
上田
今年は5年目という節目ですし、「連載作家さんの頑張りに報いたい」という気持ちから、全連載作14作品の購入特典に「人気声優さんのボイスが聴けて、かつ声優さんとのコラボサイン色紙も抽選で当たる」というキャンペーン施策を実施しました。読者の皆様には予想をはるかに超えて喜んでいただけて、Twitterでも「低音ボイスが最高!」「癒やされた」などのつぶやきをたくさん見ることができました。
連載作家さんたちも喜んでくださいましたし、このフェアをきっかけにコミックスを買ってくださった新規読者の方もいて、私自身も声優さんのファンになったりと、全方位で本当にやってよかった幸せなフェアだったなと思います。
今後も知名度向上のため、キャンペーン以外にも新しい挑戦をしたいと意気込む上田さん。紙コミックス化している作品はもちろん、それ以外の作品にも、映像化や広告活用できるポテンシャル、自信があるためと語ります。
上田
「comic tint」の作品は、どれも現実世界とリンクしていて広告活用しやすく、映像化にも向いていると考えています。たとえば『過保護な若旦那様の甘やかし婚』は浅草の旅館が舞台なので、旅行や宿泊系の広告に活用できる。『デキる男女のデキない恋』は、ルックスも仕事もパーフェクトな男女が主役の作品なので、ビジネス関連のサービスや商品にマッチするはずです。『10年ぶりの初カレがすごい』はタイトル通り、中学時代の初カレと10年前にできなかったことを全部するという全オトナ女性にとって夢のある作品ですので、ぜひ映像化を狙いたいですね。
石井
ほかにもアニメ化、ゲーム化、ドラマ化、映画化なども親和性が高いと思っています。
少女マンガのアニメ化、ドラマ化、映画化は自社の作品でも多いですし、女性向けスマホゲームはかっこいい男性キャラクターが活躍するものが多いですよね。「comic tint」の作品には、少女マンガのような恋も、かっこいい男性キャラクターも揃っています。いつ、どの作品にメディア化のお話が来てもおかしくはないと思います。
上田
今はオトナ女子が主な読者層ですが、本来恋愛マンガは老若男女問わず楽しめる娯楽だと思うんです。
性別や年齢に関係なく、読者がキュンとしたり、ひとときの幸せを感じたり、ひいては「恋愛っていいものだな」って思っていただけて実生活も充実させられるような、すべての人をハッピーにできるハイエンドな恋愛マンガを絶え間なく世に送り出していきたいです。
選ばれるデジタルマンガの特徴を正確にとらえ、人の求める欲求に応えることで成長を続けている「comic tint」。読者に幸せを感じてもらい、作家さんへも還元し続けていくという思想のもと、映像化や広告起用も実現させたいという夢にも着実に近づいている様子がうかがえるインタビューとなりました。