2023.10.26

動画の尺を見極めて視聴者に届く動画をつくろう|「動画マーケティング」2023-2024 成功戦略 Vol.3

「動画」はサービスや企業の魅力を伝えるだけでなく、大きな付加価値を生み出すデジタルマーケティングの一手段だ。しかし、具体的にどんな動画を投稿すればその価値を引き出せるのか、担当者の方は頭を抱えるかもしれない。

動画マーケティングの現在地

本連載では、そんな悩みを解決する実践的な「動画マーケティング講座」をお届けする。年間7,000本の動画制作実績を誇る株式会社サムシングファンCOO(執行役員)兼ディレクター・山口貴久氏を迎え、どのような工夫をすれば企業がより魅力的な動画を制作できるのか探求する。連載3回目となる本記事のテーマは『尺』。短い動画でバズを狙うか、長い動画でメッセージを届けるか。企業にとって最適な動画の尺について、さまざまな視点から考えていこう。

「その動画が何秒で終わるか」は視聴者にとって重要な情報

山口「NTTドコモの『3秒クッキング』シリーズをご存じですか。この動画はもちろん3秒以上あるのですが、そのキャッチーなタイトルと意外性が視聴者の興味を引き、大きな反響を呼びました。また、大学でも90秒の時間制限を設けて学生がプレゼンをする取り組みがあるそうですね。尺が明確にわかっているほうが、人はコンテンツを見やすいのかもしれません」

今回の『尺』というテーマについて、山口氏はそんな面白い話題を提供してくれた。確かに、忙しい現代人はスキマ時間で動画を見ることも多い。いつ終わるのかわからない動画は、早々に見るのをやめてしまうかもしれない。こうした視聴者の心理を想像すると、尺は動画を見てもらうための一要素として極めて重要であることがわかる。

とはいえ前回の記事でも触れたように、SNSや動画プラットフォームに投稿する動画の尺は、明確なルールがない。選択肢があると、逆に悩んでしまうという読者の方もいるだろう。尺を決める基準について、山口氏は続けて解説する。

山口「私たちがなじんでいる動画の尺は、テレビCMの30~45秒です。偶然目に留まった動画を最後まで見るとすれば、耐えうる限度は90秒程度でしょうか。ただし、これはあくまで一般的な感覚の話です。動画を投稿するプラットフォームごとの特徴を加えて考えると、アルゴリズムによる拡散力の優位性を考えながら戦略を練る必要があります。

たとえば、TikTokは再生されればされるほど他のユーザーのタイムラインに表示されやすくなるので、できるだけ短い動画にしたほうが有利です。一方、Instagramのリール動画は基本的にフォロワーが見るものなので、すでに興味のある人に届けるという意味では、ある程度長い動画でも見てもらえる可能性が高いです。X(旧Twitter)はなかなか難しいのですが、X特有のバズを狙うのであれば、序盤にインパクトのある短めの動画のほうが効果的ですね。また、YouTubeに関してはオウンドメディアとして運営できるプラットフォームの性質上、尺の長短はコンテンツ次第で柔軟に変えていく必要があります」

昨今の動画マーケティングのトレンドでは、短い動画のほうが有利だという意見が多い。しかし、だからと言って短い動画だけが正解ではないし、長い動画ならではの利点もある。ここからは動画の尺について、山口氏の意見を事例と共に解説してもらおう。

短いダンス動画で認知を広げ、長いプロモーション動画でファンを創る

尺の異なる動画を効果的に使い分けている企業の一例として山口氏が挙げてくれたのは、ANAである。ANAはTikTok、Instagram、YouTubeで公式アカウントを運用しており、それぞれ異なる尺の動画を発信している。

ANA公式TikTokチャンネルの動画一覧

山口「まず、TikTokでは社員や著名人によるダンス動画を投稿しています。ダンス動画はTikTok上で再生されやすい人気カテゴリですから、話題性を重視した選択といえるでしょう。一方、Instagramでは社員の素顔を見せるミニインタビュー動画や、同グループが運営するリゾート施設の紹介動画などが目立ちます。ビジュアルの良いコンテンツが評価されやすいInstagramの特徴を、うまく反映しているコンテンツだと思います。そしてYouTubeでは、機内上映される動画やパイロットの1日を追ったドキュメンタリー、キャンペーンのプロモーション動画など、長尺動画をカテゴリに分けて発信していますね。このように、それぞれのプラットフォームの特性を理解し、長短それぞれの動画を効果的に出し分けているのがANAの特徴です」

ANA 機内降機ビデオ「想いを、翼にのせて」【2021.11.01~】ANA公式YouTubeチャンネルより

実際にANAのコンテンツを見てみると、短尺・長尺それぞれの魅力を効果的に活用していることがわかる。このANAの動画活用術から企業が適切な尺の動画を投稿するためのポイントを教えてもらった。

山口「一つは、短い動画と長い動画では目的が異なるということです。ダンス動画は確かに多くのユーザーに届く話題性はあるものの、それだけではANAの提供価値を十分に伝えられません。ここに加えて旅先の風景やリゾート施設などの魅力もしっかり訴求すべく、ANAは画像も投稿できるInstagramを効果的に利用しています。また、YouTubeでは番組風の長尺コンテンツを出すことで、より深く知りたい、あるいは明確な意図があって動画を見たい視聴者のニーズにもうまく応えています。

二つ目にお伝えしたいことは、ここまでお話したことを踏まえたうえで、プラットフォームに投稿する動画は重複しても良いということです。ANAの各SNSアカウントを見比べてみると、ときどき同じ動画を見つけることができます。動画はプラットフォームを横断して何度も活用できる特徴を持つので、うまく『使い分ける』ことが大切な反面、『使いまわす』こともできることを覚えておきましょう」

『使い分ける』と『使いまわす』。このふたつのポイントを押さえつつ、長短それぞれに魅力があることを理解して尺を見極めるのが、動画マーケティングを成功させるコツのひとつだ。

トレンドは短尺動画、けれど意外なリスクも?

ここからは長尺、短尺それぞれ分けてより細かな解説を聞いていこう。まず、短尺動画に焦点をあてる。

TikTokやInstagramには、基本的に1分未満の短い動画が多い。YouTubeでも通常の動画とは異なる建付けで「ショート」というカテゴリが存在し、縦長・短尺の動画はTikTokやInstagramと同じようにスクロールしながら閲覧できる。そしてX(旧Twitter)でも、多くのユーザーにリポストされやすいのは、すぐにわかる面白さやインパクトのある動画だ。

こうして見ていくと、短い動画のほうが全体的に有利な印象だ。しかし、山口氏は企業が短尺の動画を投稿する場合は注意も必要だという。

山口「たとえば、TikTokはトレンドのダンスや音楽を取り入れることで他のユーザーのタイムラインにも表示されやすくなります。企業アカウントもトレンドにはどんどん乗るべきだと思いますが、一方で何に取り組むかは取捨選択したほうが良いです。というのも、内容によっては炎上リスクが高まりますから」

短尺だからこそ、動画の背景にある狙いは伝わりづらい。企業が伝えたかったメッセージとは異なる解釈が広まってしまう可能性もある。そのリスクを鑑みて、企業アカウントは発信内容に注意しなければならない。

山口「個人と比べて企業は "ちゃんと"しているものだ、と多くの視聴者が認識しています。その認識を度外視して、悪ふざけが過ぎるような内容を投稿してしまうと、企業のブランドを損なう結果につながってしまうかもしれません。

視聴者にとって面白い動画は確かに広まりやすいですが、面白さを追求するあまりモラルを失っては本末転倒です。最近はTikTokやInstagramに投稿された動画がXに転載されて炎上するケースもよく見受けます。あるプラットフォームのトレンドに乗ったつもりが、ほかのプラットフォームではネガティブな印象を与えることも珍しくありません。

何が炎上リスクとなるか判断に迷うようであれば、SNSに知見のあるコンサルタントや有識者に意見を聞くのをおすすめします。予算的に外部の意見を取り入れるのが難しい場合は、社内で投稿前の動画をチェックする体制やフローを整えたほうが良いでしょう。性別や年齢層の異なる社員が集まり、フラットな視点でチェックすれば、炎上リスクのある内容は事前に見つけられるはずです」

短い動画はすぐ撮影できるうえに、スマートフォン一台で編集できてしまう。その手軽さゆえに、若い社員に運用のすべてを任せてしまうケースも多いのではないだろうか。拡散されやすいということは、逆に言えば悪い評価も広がりやすいということだ。そのリスクをしっかり念頭に置いて、たとえ短い動画でもしっかり内容をチェックすることが安定した運用につながるはずだ。

密度の濃い情報を伝えられる長尺動画ならではの活用術

次は長尺動画について考えてみよう。先ほど伝えた通り、認知拡大の点で有利なのは短尺動画だが、企業が動画を活用する場合、長尺の強みを活かせるケースも多いらしい。山口氏がその一例として紹介してくれたのは、株式会社プレイドが提供するCX(顧客体験)プラットフォーム『KARTE(カルテ)』の公式YouTubeチャンネルだ。

KARTE プロダクトツアー KARTE公式YouTubeチャンネルより

山口「『KARTE』の公式チャンネルのトップには、プロダクトツアーと銘打った7分30秒の動画が固定表示されています。この動画は長尺にも関わらずおよそ2万4千回再生(2023年10月現在)されており、BtoBのサービス紹介動画としては極めて再生回数が多いと言えるものです。一方、最新機能の紹介動画やプロダクトの活用術は30秒から1分程度にまとめられていて、各動画の再生回数は低いものの、コンスタントに投稿されていますね。

このように、自社サービス・商品の世界観や魅力、使い方を訴求するための長尺動画を1本作っておくのは、良い手段だと思います。BtoB、BtoCいずれにしろ、『サービスや商品を通じて何ができるか』という疑問に答える動画は、一定のニーズがあるものです。また、長尺動画は伝えられる情報量が多いですから、その動画を見たユーザーがより商品を好きになってくれる効果も期待できます」

長尺動画の効果的な使い方として、山口氏はもうひとつのアイデアを示してくれた。

山口「これはBtoBの話になりますが、コロナ禍以降、ウェビナーを開催する企業が増えましたよね。このウェビナーの様子を長尺動画としてアーカイブに残していくのも、効果的な長尺動画の活用手法のひとつです。なぜなら、ウェビナーでは自社が有する専門知識や強みが細かに語られていることが多いからです。ウェビナーの尺としては一つのテーマにつき20分程度のものが最近は多いようですから、尺の基準としてはそのくらいが適切かもしれません。もし1時間以上のウェビナーをまとめて公開する場合は、トークテーマごとにチャプターを分けると視聴者が見やすいと思います。

それから、ひとつのテーマに基づいて課題やその解決策をまとめた報告書のことをホワイトペーパーと呼びますよね。最近はこのホワイトペーパーのような役割を果たす動画を、"ホワイト動画"と呼ぶようになりつつあります。"ホワイト動画"をうまく活用している企業はまだそれほど多く目にしませんから、今から"ホワイト動画"作りに取り組めば、業界の先駆者として競合他社より優位な立場を取れるかもしれません」

専門知識やノウハウを持つ企業の場合、長尺動画の活用することで、自社の強みを十分に伝えることができる。とはいえ、長尺動画を最後まで見てもらうためには、視聴者の疑問に答えるなど、価値ある内容にしなければならない。内容にこだわってこそ、長尺動画の真価が発揮できるということだ。

短い動画はCM、長い動画は番組。効果的に使い分け&使いまわそう

ここまでは尺によってどのようなメリット・デメリットが生まれるのか、山口氏に詳しく聞いてきた。前回の記事で山口氏は、動画マーケティングにおける最重要ポイントは「PDCAを回すこと」だと語ってくれていた。そのポイントを踏まえて、企業が動画の尺についてどのように考えるべきか、あらためて総括していただこう。

山口「動画マーケティングにおける尺の違いについては、テレビに置き換えて考えてもらうとわかりやすいと思います。短い動画はいわばCMです。新しい機能が出た、キャンペーンを開催する。そういった新規性のある内容を伝えるときや、それを通じて自社の存在を世に広めたいとき、短い動画は効果的です。一方、長い動画は番組です。何かを知りたい視聴者に向けて、あるテーマについてしっかり深掘りするとき、長い動画が役立ちます。どちらが欠けてもサービスや商品の魅力を伝えきることができませんから、目的に応じて双方に取り組んでいくことが大切です。

そして視聴者層としては、短い動画は潜在顧客、長い動画はすでにサービス・商品を利用いただいている顧客、と大まかに区切ることができるかもしれません。まず自社のサービス・商品について知ってもらう段階なのか、あるいはより一層深い内容を伝えてファンになってもらう段階なのかによって、尺を使い分けるのも有効です」

また、山口氏は前回の記事の終盤で、動画の資産価値について触れてくれた。尺によって、この動画の資産価値は左右されるのだろうか。

山口「動画の資産価値と尺の関係性は、それほど大きくないと思います。というのも、動画は一度作ってしまえば他のプラットフォームに使いまわすこともできますから、長短どちらも動画も資産として十分な価値を発揮できるからです。今回は既存のTikTok、Instagram、X、YouTubeといったプラットフォームを例に挙げてきましたが、これからまったく新しい動画プラットフォームが生まれる可能性もあります。また、昨今は自社ドメインによる動画メディアを立ち上げるケースも増えていますね。これから投稿先が増えていくことも考えれば、尺が動画の資産価値を左右する要因にはなりづらいと思います」

つまり、企業が動画の尺について重視すべきことは目的に応じた長短の『使い分け』と、効果的な『使いまわし』ということだろう。これから動画発信に注力していきたい企業の担当者の皆さまは、ぜひ今回の内容を念頭に置きつつ、長短どちらの動画にもチャレンジしていただきたい。

次回のテーマは「インフルエンサー」である。動画マーケティングにおいて、発言力や発信力の高いインフルエンサーを起用することは有効な手段だ。企業がインフルエンサーとどのように関わり、どんなポイントを意識すべきか、引き続き山口氏に解説していただこう。

【「動画マーケティング」2023-2024 成功戦略 シリーズ記事】

動画マーケティングの現在地

株式会社サムシングファン
COO(執行役員)・ディレクター 山口 貴久


ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業後、映像制作全般に携わる。撮影技術、制作、ディレクションなどで活躍しながら自主映画を制作。2013年に脚本を担当した映画がPFF:ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞・日活賞W受賞、2014年にIFFR:ロッテルダム国際映画祭に招待。以降も脚本執筆を続けている。2013年、サムシングファンに入社し現在は動画DX事業の執行役員。

聞き手:宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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