2015年にリリースされた講談社初のマンガアプリ『マガジンポケット(通称・マガポケ)』。7周年を迎えた2022年現在、累計1900万ダウンロードを超え、版元発のマンガアプリとしてトップの地位を獲得するまでになった本事業について、担当者が語ります。
*姉妹サイト マンガIPサーチに掲載した記事を加筆・再構成して配信しています。
【本記事の語り手】
平岡雄大(写真左)
週刊少年マガジン編集部所属。「マガジンポケット」2代目チーフ。アプリ立ち上げ1年後の2016年から2022年6月まで携わり、現在のマガポケの土台を築く。好きなマンガは『バトルスタディーズ』。
仲田帝士(写真右)
週刊少年マガジン編集部所属。2020年から「マガジンポケット」チームに参画。2022年6月より3代目のチーフとなり、さらなる事業拡大をミッションとして担う。好きなマンガは『頭文字D』。
まず、マガポケの誕生と成長について聞きました。
マガポケ事業は、週刊少年マガジン編集部が二足のわらじで運営しています
──まずはマガポケ運営のふだんの業務についてお聞かせください。
仲田
アプリの方向性を決めることに関してはすべて行っています。アプリでは単行本の販売データよりも購入者数など正確な数字が見られますので、その数字をもとに修正点等を定期的にチーム内で話し合い、改善を重ねています。
平岡
僕たちの立場はもともと「週刊少年マガジン」(以下、「週マガ」)の編集部員でもあるので、アプリ運営のほかに通常のマンガ編集者として作品も担当しています。なので、二足のわらじを履いているような部分もありますね。ただ、アプリに関しては編集部内で完結するものではなく、営業部などいろいろな部署の方々と連携を取りながら進めています。チーフは、その中ではプロダクトマネジャー的な立ち位置になりますね。
仲田
マガポケチームは週マガ編集部内に10人ぐらいと、協力会社の方々、各マンガの編集部にも担当がいるので、チーム全体としては数十人規模の体制で運営しています。
──事業立ち上げ当初のお話をお聞かせください。
平岡
まず、「マガポケ」は業界内では後発なんです。当時僕はまだ関わっていませんでしたが、そんな中で、「週刊少年マガジン」のマンガがアプリで読めるというシンプルなサービスとしてスタートしたと聞いています。他社さんのアプリでは最初からアプリオリジナル作品を掲載していた所も多かったと思いますが、マガポケはあくまで週マガのブランドを強化し、作品をより多くの人に届けるための機能として誕生したようです。
──定量的な目標は立ち上げ当初からあったのでしょうか。
平岡
少なくとも僕が参加した時にはなかったですね(笑)。「とりあえず運用を頑張ろう」くらいの感じでした。
当時はマガポケ担当も僕含め2人しかいなかったので、とにかくひたすら企画を考えていました。今思えばあまりユーザーライクではない企画や特集をたくさん打ち出していたなと。ですので、今から思えば当然ですが立ち上げから2年ぐらいは、効率も上がらずユーザーの拡大も思ったようにはいきませんでした。
ただ、定量的な目標を掲げなかったことで「おもしろければいい」といった雰囲気があったことは確かで、その文化は今でも引き継がれている気がします。それがいいのかは分からないですが(笑)。
現在はもちろん数字上の目標はありますが、それが週マガ内の売上の何パーセントを占めるようにとか、そういうことはまったくありません。大切なのは雑誌とアプリの総和なので。
──ユーザー数が伸びてきたな、と感じたのはいつ頃ですか。
平岡
マガポケはこれまで何度か大規模なバージョンアップを行っていてます。その中でも、2018年にバージョン3(V3)になったときにはトップページも変え、ランキング機能も導入するなど大幅なリニューアルを実施しました。同時に、マガポケオリジナルのマンガ作品も掲載するようになったのですが、その頃からユーザー数が増加していきました。それまでダウンロード数は200万ほどだったと記憶していますが、アクティブユーザー数がしっかり増えてきたのはこの時からでしたね。
──立ち上げ当初、社内の反響はいかがでしたか?
平岡
社内では「週マガの編集部が、週マガが読めるアプリを作ったのね」ぐらいで、ローンチ当時は誰も気にしなかったみたいです(笑)。マガポケは講談社初のマンガアプリではあったんですが、あくまで週マガの編集部の中でひっそりと生まれた感じで。
そこから僕も参加して他部署、他のマンガ誌の作品を載せて売上を出して毎月きちんと数字を伝える、という作業をきちんと行ってきた結果、3年目ぐらいから認知され始めた感覚があります。マガポケが起点となり、会社としてアプリ事業を推進していこう流れが生まれ、その後に「コミックDAYS」や「Palcy」などが誕生していきました。
仲田
週マガ編集部内の認知も最初は高くありませんでした。よく覚えているのは、通常だと見本誌を見て「こんな新連載始まったんだ」と話題になるのですが、マガポケだとわざわざアプリを開いて見るという習慣がないので、編集部で誰も見ないし話題にもならなかったんです。
なので、マガポケの新連載が始まるタイミングで、わざわざゲラをプリントして全員の机の上に置くということをしていました。まず週マガ編集部内での知名度を上げることに注力することからのスタートだったのです。
平岡
オリジナル作品をたくさん掲載したかったので、編集部内でのネーム募集の際にできるだけ多くの作品を提出してほしかったんです。そのためにまずは編集部内での注目度を上げたかった。そこから運良く初期の連載作品からヒットが出て「あ、アプリでも売れるんだ」という流れが少しずつできてきました。やっぱり売上が上がると周囲の認識も変わりましたね。
マガポケはターゲット層という概念を取り払っていきたい
マガポケのメインユーザー層グラフ(集計:2022年6月)。
──ユーザーのターゲット層は設定しているのでしょうか。
平岡
もともとは週マガの作品がアプリの核となっていたので、その読者層の中心である20~30代の男性がコアユーザーであることは変わりません。ただ、規模が大きくなった今はターゲット層という概念自体は取り払い、どの年代の方にも読んでもらおうというスタンスになっています。
──認知度向上やユーザー層の拡大に向けた施策をお教えください。
平岡
まず、基本的なユーザー獲得はSNSへの広告出稿が大半を占めます。Twitter、Instagram、Facebook、TikTokなど、主要なSNSにはすべて出稿していますし、様々なポータルサイトにも出しています。理由は、どれくらいの客単価なのか、広告から遷移してきた人のうち、どれくらいの人が次の日も使ってくれるかなど、データとしてすべて可視化できるからです。
SNS上の口コミでバズることによる流入もたまにありますが、狙って再現することがなかなか難しいので、そういった事象を狙うよりはプロモーションで獲得できるユーザー数をいかに効率的に、安定的に積み上げられるかが基本だと考えています。
マガポケを支えたオリジナル作品の一部。中には後に映像化されたマンガも多数。
──オリジナル作品で、これは売れたな、というのを教えてください。
平岡
初期からずっと人気なのは『イジらないで、長瀞さん』ですね。あとは『インフェクション』、『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』、『君が僕らを悪魔と呼んだ頃』、『ストーカー行為がバレて人生終了男』など。最近では『可愛いだけじゃない式守さん』でしょうか。
──週マガとマガポケで、読者層の属性は違うと感じますか?
平岡
属性の違いは感じませんが、ロイヤリティの差は多少はあると思います。紙雑誌の週マガはそもそもお金を払って読んでくれることが前提のものなので、雑誌やマンガ作品に対してのファン意識が高い読者がほとんどです。
一方、アプリユーザー(読者)は雑誌購読者とは違い、暴力描写などエッジの効いた分かりやすい刺激を訴求したマンガを購入しやすい傾向はあるのかなと思います。射幸心を煽るようなタイプのマンガですね。
強みは講談社のマンガが幅広く読めること
累計ダウンロード数1900万、掲載1200作品、月間ユーザー530万人を突破し、版元発のマンガアプリとしてトップへと成長
※2022年10月現在
──他社のマンガアプリに比べてマガポケの強みはどんな点にあると思われますか。
仲田
「講談社のマンガ作品が幅広く読める」ことがまず挙げられます。
マガポケの場合は『島耕作』や『修羅の門』など、週マガという1媒体だけではなく講談社の他のマンガ雑誌の作品も読める、いわばオール講談社的なところが強みだと感じます。
平岡
そうですね。純粋な作品量はかなり多いほうだと思います。
仲田
週マガ以外の作品をマガポケに載せることも含めてですが、ほぼ毎日新連載が始まっています。単純計算しても月に20作品程度増えてることになります。
──すごい数ですね。それだけ増やし始めた理由や時期はいつごろでしょうか。
平岡
やはりオリジナル作品を載せるようになった2018年が転機でしたね。それまで単に週マガの作品を読ませて認知と売上を拡大するだけだったものが、オリジナル作品でヒットを出すための媒体に役割が変わりました。アプリの存在意義が大きくなっていったので、そのためには規模をもっと大きくしなければと考え、作品の数を増やしていこうと決めました。
仲田
とはいえ、まだそのときは新作が月に1~2本でした。本格的に増やし始めたのは昨年からで、ほかの編集部を回ってお願いして作品を出してもらって。アプリでの売上は各編集部に報告しているので、今ではそれを見た方から「マガポケで配信してほしい」と打診いただくことも増えました。
──月間のアクティブユーザー数が約500万人ということですが、そこまで成長した理由はどこにあると思いますか。
平岡
マガポケを含め、さまざまなマンガアプリにはそれぞれ一長一短があると思いますが、やはり作品量の多さは大きいと思います。
──運用面におけるマガポケならではの特徴をお教えください。
仲田
とんでもなく手間をかけていることが特徴でしょうか(笑)。毎日新連載があって、それとは別に毎日、たとえば「島耕作 5巻分無料」のような企画を実施しています。毎日連続して企画を打ち出すことは、スケジュール管理や担当編集とのやり取り、バナーの制作や監修、コスト面などが絡み合い大きなハードルとなりますが、それを可能にしているのはマガポケチームの、というか僕以外のチームメンバーのハードワークによるものです。
──企画が毎日更新されているとはすごいことですね。
仲田
毎日マガポケに来てもらえる理由を作っています。自分のお目当ての作品の更新がなくても、お得な企画や新連載があればマガポケを起動したくなりますよね。たとえば「え、『蒼天航路』5巻分無料なの? じゃちょっと読んでみよう」と、ユーザーに新たな作品と出会ってもらえるよう試行錯誤しています。トップ画面バナーや「イチオシ作品をチラ見せ」、「ジャンル別のランキング」など、スクロールしていったところも小まめに更新しているのもその一環です。
競合の多いマンガアプリ業界で、後発というハンディキャップを持ちながらスタートした「マガジンポケット」は、試行錯誤を重ねていくなかで独自性を持ち、競合との差別化に成功。ユーザーへの徹底したサービス戦略、更新頻度の高さ、"毎日アプリを開く理由"の創出。さまざまな要因が重なり合い、結果として数値面で大きな成果を生み出すことになりました。
次に、マガポケの今後について触れていきます。
オリジナル作品で骨太なヒット作を生み出したい
──マガポケの今後の方針についてお教えください。
仲田
ここ1~2年は好調ということもあり、方針を大きく変えるということはないと思います。その中で目標としているのは、オリジナル作品、それも骨太なヒット作品の創出です。メディア化しやすく、多年代にリーチできる王道作品は、老若男女すべての人たちに幅広く読まれやすく、大ヒットになる可能性を持っています。たとえば『進撃の巨人』『東京卍リベンジャーズ』といった、その時代を象徴するようなビッグヒット作をマガポケのオリジナル作品から生み出すことが、僕がチーフでいる間にやるべき一番のミッションだと思っています。
とはいえ出そうと思って出るものではないので、ヒットが出る環境を作る、というのが大切かなと。そのためにはマガポケの規模もできるだけ拡大し、多くのユーザーにとって使いやすいアプリとなるよう、コツコツと改善を続けていく運営をしていかなければと思います。
──雑誌とアプリの読者層の違いとして、ロイヤリティの違いのほかにありますか。
仲田
オリジナル作品を掲載し始めた当初は暴力、サスペンスなど、分かりやすいエッジの効いた作品が多かったので、ユーザーもそういう刺激を好む属性の人が多かったのですが、最近は徐々に違いがなくなったと感じます。それはマガポケにもスポーツものとかヤンキー系、純愛ものなど、いわゆる少年マンガらしい作品や、異世界ものが入ってきていることなどが理由かと思います。
──アプリやデジタル環境でマンガを読むのが普通になったとか、急激な伸びを実感したタイミングはいつでしょうか。
仲田
やはりコロナ禍に入ったことがきっかけになったと思います。そのタイミングでアクセス数や課金額はグッと上がりました。いわゆる巣ごもり需要の影響は大きかったと思います。
今はだいぶ以前の生活が戻ってきていますが、それでも全体的に見ると実績は右肩上がりなので、アプリでマンガを読むという行為は完全に定着してきていると感じます。
──新しい作品の発掘はどのように行っているのでしょうか。
仲田
持ち込みや新人賞などを行っています。持ち込みは月に100作品ぐらいはあるでしょうか。半年に一度の新人賞にも300作ぐらいの応募があります。
平岡
作品が生み出されていく仕組み自体は昔と変わっているわけではなくて、世の中に出ていく形が変化しました。紙だけの時代は作品を生み出していれば勝手にヒットが出てうまく回っていくというサイクルがあったのですが、今はもうそういう時代ではない。なので、作品が健全に売れていくというシステムを作り直している感覚です。それが紙から電子に少しずつ変わっていっている印象です。
ただ、週マガを買ってくれている読者というのはもともとマンガがとても好きな人たちなので、いわゆる骨太の、電子で売れにくいジャンルの作品は週マガに載ったほうが、その読者たちが確実に世の中へ押し出してくれる、光を当ててくれる、という感覚はいまだにあります。そのあたりはこれからのマガポケの課題ではあります。『WIND BREAKER』等、成功している作品も出てきているので、それをうまく再現できるようにしていかなければと考えています。とはいえ、今も昔も大切なのは作品がおもしろいということに変わりはないですが。
マガポケオリジナルの人気作一例。SNS上で話題になることも多い。
最近は異世界モノに根強い人気が
──オリジナル作品で、今売れている作品はどのようなものでしょうか。
仲田
『十字架のろくにん』や、『転生したら第七王子だったので、気ままに魔術を極めます』、『信じていた仲間達にダンジョン奥地で殺されかけたがギフト『無限ガチャ』でレベル9999の仲間達を手に入れて元パーティーメンバーと世界に復讐&『ざまぁ!』します!』あたりでしょうか。
──異世界モノが多いですね。やはり根強い人気があるんでしょうか。
仲田
ありますね。異世界モノが好きな読者は、他のジャンルと違ってすごく"横読み(同ジャンルの他作品も読む)"をする傾向があります。そういったことから、同じ人がいろんな異世界ものを読んで購入してくれて、すごくヒットしやすい環境があると思います。30~40歳代の男性、お金に余裕のある層が読者に多いです。
──読者の声はどうやって反映しているのでしょうか。
仲田
各作品にコメント欄があり、読者が書き込めるようになっています。あとはSNSに感想をツイートしてくれる人がたくさんいるので、それをチェックしています。
平岡
基本的には作品ごとにTwitterの公式アカウントを作るので、担当編集者は必然的にチェックします。Twitterやコメント欄に関しては、作家さんは見る人と見ない人が両極端ですね。
──ほかにユーザーの動向で気にしていることはありますか。
仲田
やはり一番見ているのは課金額です。ある作品が新連載で始まったとして、マガポケは2話目を先読みできるので、2話目がどれくらい売れたかがすぐにわかります。雑誌でいう「読者アンケート」に似ているかもしれません。作品を測る最も大きな指標のひとつです。
あとはやはりコメントですね。内容よりも数を気にしています。たとえば新連載が始まった際に、コメント数が他の作品と比べて2倍3倍となっていると、注目されているというのがわかります。
ゲームコラボ広告タイアップ事例
コナミデジタルエンタテインメント「実況パワフルプロ野球」×『ダイヤのA』。
商品化コラボ、広告出稿の問い合わせが増え続けている
──マガポケのオリジナル作品で、コラボレーションや商品化などの事例があったらお教えください。
仲田
グッズは普通のマンガ作品と同様に商品化されていますね。企業コラボでいうと、コナミさんのアプリゲーム「
──マガポケ自体が広告媒体としても注目されている、という面もあるわけですね。
仲田
広告出稿の問い合わせは増えています。実現の可否はともあれ、かなりの数の問い合わせが寄せられています。
──マーケターやプロモーションを考えている人に向けて、マンガアプリがどういう役割を果たしているとお考えでしょうか。
仲田
マガポケ掲載作品とのコラボ商品などは、ターゲット層も分かりやすく親和性は非常に高いと思います。
平岡
たとえばゲームとコラボしてマガポケにそのゲームの広告が載ったとして、どれくらいのユーザーが遷移したかなどのデータは、当然ながらきちんと報告させていただいています。
広告出稿やIPコラボを考える企業としては、そのキャラクターの認知度や人気を想定して、自分たちのサービスへと誘導することが目的ですよね。マンガアプリのユーザーは作品やキャラクターに対して熱量の高いファンが集まっている場所ですから、コラボや広告を出稿するルートとしては効率的な設計になっていると考えています。マンガIPとコラボしたクライアントさんにとってはとても広告を出しやすいですし、無作為に出稿するより数字が確実に取れますから、リピートしてくださるクライアントさんも多いですね。
マンガアプリ業界はまだまだ伸びる
──今後、マンガアプリはどうなっていくのか。業界的な展望などはどう捉えていますか。
仲田
まだまだ伸びると思います。急激な右肩上がりはコロナ禍までかもしれませんが、まだ天井じゃないという感覚はおそらくマガポケだけでなく、他のアプリもそう感じていると思います。各社がマンガアプリユーザーを獲得していく動きは大きくなっていくのではないでしょうか。
もしかしたら、あくまで将来的な話ですが、紙の雑誌は今後読まれなくなっていくかもしれません。そうなったときの主要な媒体はというと、おそらくマンガアプリが筆頭に上がってくるはずです。その時までに準備をしてきたところが覇権を握ることができるので、ここからが本当の戦いです。
平岡
そうですね。しっかりと準備していければと思います。
「おもしろいマンガ作品を生み出すこと」を根本としているからこそ、人気作品が生まれる場として成熟してきたマガポケですが、業界の先頭を走っている現状に満足することなく、すでに次のステージを目指しています。
マンガアプリを取り巻くこれからの時代についても語っていただき、示唆に富んだインタビューとなりました。