2017.05.20
ヤッホーブルーイングの「チームビルディング」が飲料業界を変える│ヤッホーブルーイング社長インタビュー (前編)
社長が仮装!?
ヤッホーブルーイングの
「チームビルディング」が飲料業界を
変える
飲料業界の中でとくに伸びているのが「クラフトビール」(小規模な醸造所が造る多様で個性的なビール)の分野。なかでも注目を集めているのが、主力製品「よなよなエール」で知られる株式会社ヤッホーブルーイングだ。株式会社星野リゾートの星野佳路代表が、米国でエールビールを飲み、「これを日本でも」と1996年に醸造所を設立。熱狂的なファンを増やしていく独自路線のマーケティング手法で一気に業績を伸ばしている。社長・井手直行氏に話を聞いた。
「全員には受け入れられない」
そんな割り切りが「個性」を生んだ
夏目:かなり変わった企業文化を持っていますよね。社員同士がニックネームで呼び合う。朝礼では仕事の話をせず「うちの猫が」といったムダ話をする......。
井手:いずれも社員同士の距離を縮めるために始めたものです。親会社の星野リゾートでは、社長も「星野社長」でなく「星野さん」と呼びます。理由は簡単で、親しくなってコミュニケーションをとるためです。なら、もう一歩進んでニックネームのほうがいいですよね。僕は元ネット通販の店長だから「てんちょ」と呼ばれています。取引先の人もニックネームで呼んでくれるから、距離が縮まりますよ。部署名も、広報は「よなよなエール広め隊」。わかりやすいでしょ? 朝礼も業務連絡じゃなく、それぞれの個性を把握するために行っています。「普段はこんなこと考えてる人なんだな」って知っている方が仕事しやすいじゃないですか。
夏目:しかも、社長が仮装をする! 講演会のタイトルだって「クレイジーは褒め言葉。ビールで世界を幸せに!」とか(笑)。
井手:楽天さんの「ショップ・オブ・ザ・イヤー」の受賞パーティーの時は必ずやりますね。例えば「日経ビジネスが選ぶ日本のイノベーター30人」に選ばれた時は、ここぞとばかりに「ふははは! なぜインベーダーだとわかった!」と、宇宙人の格好をしたり(笑)。
でもこれ、体を張って広報しているんです。日本では大きなビールメーカーが支持を受けています。そんななか、多くの方にたまに飲んでいただくより、100人に1人でいいから「このビールじゃなきゃダメ」と言ってくださるお客様を見つけ、定期的に飲んでいただくほうが合理的です。
夏目:顧客層の広さより深さが大事、というわけですね。
井手:ええ。当社のファンを分析すると、ある共通点が見えてきた。一言で表わすなら「知的な変わり者」が多いんです。だから、その層に喜んでもらえるよう様々なコミュニケーションをしていて、仮装はその一環なんです。2008年の「ショップ・オブ・ザ・イヤー」を受賞したとき、念願が叶ったと仮装してみたら、多くのファンが「よくやった!」と喜んでくださったので続けています。安倍首相が出席する厳粛なセレモニーでも傾奇者(かぶきもの)の隈取をして仮装、台車に運ばれて登場しましたよ。いまでは社員が「てんちょ、今度はこんな格好で」と案を出し、つくってくれています。
夏目:クラフトビールのメーカーだから、販売戦略としても、個性を打ち出していく方が理にかなっているわけですね。製品名も「水曜日のネコ」とか「前略 好みなんて聞いてないぜSORRY」とか、ビールとは思えない。
井手:これ、みんなでゲラゲラ笑いながら考えました。期間限定でとがったビールを出したい、と米麹と酒粕を加えたビールをつくったら「好みなんて聞いてないぜ」というスカッとしたネーミングが出てきたんですね。ただ、これだけだと生意気な印象を持たれかねないので、「前略」と丁寧にして、あとで「SORRY」と謝ってみたんです(笑)。
もとは「会社ってこういうものでしょ?」という定石通りにやっていたんです。その時は業績が悪く、正直、つぶれそうだったんですよ。でも、長野県のちっぽけなメーカーが「クラフトビールのおいしさも伝えたい!」「一度試してみて下さい!」といろいろ頑張ったら、こういう形になったんです。
1本3000円の
ビールがバカ売れ!?
井手:ただ、最初はぜんぜんこんな雰囲気じゃなかったんです。設立当初は地ビールブームに乗って伸びたものの、これが終わると8年間ずっと赤字。雰囲気は最悪で、みんな嫌な辞め方をしていく。
夏目:極端ですね。いつ頃から変わり始めたんですか?
井手:2004年頃、通販に本腰を入れるとそこそこ売れ始めたんです。楽天の営業さんに「よなよなエールはネット通販でこそ売れる製品ですよ!」と何度もハッパをかけられていたんですが、今思えば本当にそうで、そもそも小売店の店頭に置いてもらえず、大多数のお客様にとって見たこともないビールだったから、ただ店頭に並べてもなかなか売れないんです。しかし通販なら、売り場の面積も関係なく、製品の説明もできます。
夏目:だからこそ、お客さんにページを見てもらうだけの個性を出し始めた、と?
井手:そうなんです。メールマガジンで「夏はやっぱりビールですね」などとありきたりなことを書いても、誰も反応してくれません。そんな中、当時の楽天市場で人気があった店長のメルマガを読むと「今日は天気が良いから早退したい」なんて書いてあって、そのキャラがお客さんから愛されていたんです。そこで僕も、顔を地味だと言われた話や、みんなでスキーに行って懐メロを熱唱した話などを書くと、少しずつ反応をいただけるようになった。これと同時に「2年間熟成したビールです、限定100本」といった情報を流すと、時間をかけてつくっても置いてくれる店がなかった1本3000円の製品が、即刻完売する勢いで売れていったんです。
夏目:ネット通販が伸びる時期に、まさしくネット向けの製品を持っていて、そのトップランナーに躍り出たわけですね。
製品を変える前に
雰囲気を変えなきゃ!
夏目:今はそれをみんなでやっていますね?
井手:悩んだんですよ。当時は自分と、自分が採用した通販担当の元気がいい女性だけが盛り上がっている状況で、製品が売れると「仕事が忙しくなる」と不満顔の人までいました。そんな中、リーダー格だった僕が社長に就任することになって、このままじゃダメだ、同じ価値観を共有できる仲間がいなければ、絶対にこれ以上業績は伸ばせない、と考えたんです。
そこで、僕は会社の雰囲気を変え、同じ目線の仲間を増やすことに社の命運を賭けました。まず、自分自身が外部のチームビルディング研修を受けに行きました。座学だけではなくアクティビティでチーム作りについて学び「人は、得意なことを仕事にすると、最も輝く」と学びました。当社で言えば「うちはこういう会社」「お客さんはこういう人たち」と価値観を共有した上で、醸造担当者はその腕を活かしてそれにふさわしいビールを造り、通販の担当者はそれにふさわしいメルマガを書く、といったイメージです。
研修では、実践も行われました。例えば10人くらいでフラフープを持ち「全員指からフラフープが離れないように下げて行き、床に付けましょう」とか、全員が力を合わせなければ達成できないものばかりでした。最初は雰囲気が悪くなります。「自分はこうだと思う」と意見を言って、受け入れられないとふてくされる人がいたり、男性同士が激論をかわし始めて女性が泣き出したり......。でも、なんとか達成するために話し合っていくうち、たしかに「お互いの個性を知って、お互い補ってこそ最高のチームができる」と実感できてくるんです。これ、僕の人生で最大級の学びでしたね。なぜって、約3ヵ月で、全5回の研修を受けると、最後のほうはもう「一糸乱れず」というくらいお互いの役割を把握して動けるようになるんです。
そして、僕は当社で、この研修をそっくりそのまま実践したんですよ。
夏目:そうか、雰囲気がいいのは、組織作りに膨大な時間をかけていたからなんですね。
井手:ええ。雰囲気が悪かったり、上から降りてきたミッションに納得いってなかったりすると、仕事って楽しくないじゃないですか。だから僕は「これが会社の個性」と設定し、それをみんなで共有できる組織を作ったんです。
ただし、みんなが自由にやっちゃうと、お客さんから見た印象がばらばらになってしまうので、ミッションは「ビールに味を!人生に幸せを!」、ビジョンは「クラフトビールの革命的リーダー」などと定め、価値観も「社員は家族」「顧客は友人」などと言葉にしていったんです。すると社員に「うちのお客さんには"ははーっ"と接するのでなく、尊敬しながら一緒に楽しむ仲間、みたいな感じでいいんだな」といった感覚が共有されていく。
夏目:そんな雰囲気だから、「宴」を初めとするイベントも実施できるんですね。
井手:最初は2010年に、お客様との結びつきを強くしたいと考え、50人くらいお招きして開催してみたんです。するとこれが大成功で、社員たち手作りのクイズやイベントの評判が良くて、ファンの方が新しいファンを連れてきてくれるようになったんです。15年からは北軽井沢のキャンプ場で「超宴」というイベントも開催しています。アンケートを採ると、7段階評価で95%の方が「非常に満足」「満足」と答えてくれるなど信じられないくらい反応が良くて、今では1000人以上の方たちがいらしてくれます。当然、家族や仲間をつれてきてくれる方もいて、「私はこのビールが好き!」というお客様が増えるきっかけになっています。
結局、なぜ業績がいいかと聞かれたら、製品や、通販での成功など、いろんな要素があります。でもすべては「社員が自発的に行動し、個性を組織的に伝えていく」組織を作れたからなんです。
インタビュー後編はこちら