2023.09.29
「売れる動画」の判断基準とは? 作る前に決めるポイントを徹底解説|「動画マーケティング」2023-2024 成功戦略 Vol.2
デジタル・マーケティングにおいて、その波及力の高さと表現手段の幅広さからひときわ注目される「動画」という手段。企業や自治体の担当者の方々は、きっとこの「動画」を活用して自社(地域)の取り組みや商品を広く知らしめたいと願うだろう。むしろ「動画」を使わないことに焦りすら感じているかもしれない。しかし、昨今は動画を投稿できるプラットフォームや広告出稿先の選択肢が増え、そこで取りうる戦略の幅も広がっている。何から考え、どう決断すればいいのか悩んでいる方も多いのではないだろうか。
本連載では、そんな悩みを解決する実践的な「動画マーケティング講座」をお届けする。年間7,000本の動画制作実績を誇る株式会社サムシングファンCOO(執行役員)兼ディレクター・山口貴久氏が、これから動画マーケティングに挑む皆さまに向けて、あらゆる視点から「動画」をわかりやすく語る。連載2回目となる本記事では、「売れる動画」を作るために考えるポイントについて聞いた。
1本の動画に魂を込めるのは正解?── 動画マーケティングに挑む前に
インターネットが普及し、人々にとって最も身近なデバイスがスマートフォンとなって久しい。博報堂DYメディアパートナーズのメディア環境研究所による「メディア定点調査2023」によれば、2011年からスマートフォンによるメディア接触の週の平均分数は増え続けており、2023年にはその時間はテレビを上回っている。
(出典:博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所「膨張するメディアリアリティ」)
この時代の流れに沿って、動画マーケティングの影響力は高まり続けてきた。動画広告市場規模は年々成長しており、2023年には7,209億円に達する見込みだ。新たに生まれた5G回線の普及は、今後さらにスマートフォンでの動画視聴体験を改善する。人々にとって、オンラインを通じた動画視聴は自然かつもっともなじみ深いものとなっていくだろう。
(出典:「2022年国内動画広告市場の背景」サイバーエージェント)
さて、このような背景を知ると、まだ動画コンテンツによる情報発信をしていない企業や自治体の皆さんは、焦燥感を覚えるかもしれない。もしかすると、上司から「なんでもいいからはやく動画を出そう」と急かされている方もいるだろうか。しかし、ただやみくもに始めても予算の浪費に終わってしまうかもしれない。多くの企業の動画制作に携わってきた山口貴久氏は、はじめに検討すべきことから話を始めてくれた。
山口「動画マーケティングに取り組む前に、まず自社の収益構造について振り返るところから始めましょう。というのも、動画は繰り返し投稿するなかでPDCAを回し、データを分析して改善を重ねていくことでマーケティング力を発揮する手段です。それを踏まえると、しっかりと効果を発揮する動画を作るためには、ある程度長期的な動画施策に取り組む予算や人的リソースが求められます。まだ収益が安定しない状態の企業には、動画マーケティングは向いていません。
小規模な企業や起業したてのスタートアップが、自社の魅力を凝縮した1本の"作品"を作ろうとするケースをよく見受けます。クリエイティブの力を信じる企業であればあるほど、1本の動画に対して予算を割いて注力してしまう傾向があるようです。その"作品"に対する担当者の満足度は高いかもしれませんが、実際に生まれる効果は果たして予算に見合うものになるのでしょうか。私はこれまで多くの動画制作に携わるなかで、複数の動画を投稿し、PDCAを回していくことがマーケティングにおいて重要だということを感じてきました」
山口氏が教えてくれたPDCAを回すという前提を踏まえて、まずは自社の収益構造について立ち返り、そもそも動画マーケティングに挑むのに適したキャッシュフローがあるのかどうか確認しよう。
アイデアが光る企業の動画マーケティング事例 ── 動画の役割は拡張する
山口「では、企業はどのような動画マーケティングを行っているのか、事例を見ていきましょう。単に商品を訴求する動画広告の類は見るだけでわかりやすいのですが、そのほかにも実験的な取り組みが功を奏しているパターンがあるので、それをいくつか紹介します」
「Tom Ford Spring/Summer 2016 - Lady Gaga / Nick Knight」SHOWstudio公式チャンネルより
※上記ウィンドウで再生できない方は→YouTubeで見る
山口「アパレルブランド、Tom Fordの事例を見てみましょう。季節に合わせてブランドが開催するファッション・ショーは、コンセプトに合う空間を提供し、新作を披露する場です。Tom Fordは、このファッション・ショーの役割をそのまま動画に移行しました。世界的なアーティスト、レディー・ガガとコラボレーションし、ミュージックビデオのなかで同ブランドの新作を発表したのです。
もともとファッション・ショーを開催する理由は、そこに招待した影響力のある業界人やメディアのライターを通じて新作の魅力を広く伝えることにあります。であるならば、この時代においては動画で広めればいいじゃないか、とTom Fordは考えたわけですね。私はこの動画を見たとき、こんな発想の転換があるのか、と感銘を受けました」
こうした動画の拡張性を象徴する事例はほかにも多くある。特にここ数年、コロナ禍の影響で展示会やイベントといったリアル・マーケティングの場が減った。これを埋めるように、動画を通じた商品訴求を行う企業が増えたそうだ。
山口「たとえば住宅メーカーの場合、今までは住宅展示場を通じて家の魅力を体感してもらい、購入につなげていくのが一般的なマーケティング手法でした。しかし最近は、展示場からライブ配信を行ったり、スタッフが自らスマホで撮影した一人称視点の展示会場の動画を投稿したりと、動画が展示場そのものの機能を果たすような試みが増えています。動画は場所を問わず、手軽に多くの人が見ることができるので、潜在顧客に対するアプローチも容易ですし、実際に展示場に足を運ぶ意欲を高める効果もあるでしょう。
もともと取り組んでいたこと、施策を実施していた場所を、そのまま動画に乗り換える。このアイデアは、業界によってさまざまなアイデアを生み出す種子になりますね。いわゆる"広告"だけではない動画の表現を踏まえ、自社に合った企画を考えてみると良いでしょう」
これらの事例を通じ、読者の皆さんには動画でできることの引き出しの広さを、あらためて感じてもらえたのではないだろうか。
「共感」と「趣向」に着目してペルソナの解像度を高めよう
山口「次は動画を届けるターゲットについて考えてみましょう。一般的な広告戦略では、購入層のペルソナを描いてターゲットの属性を具体的に捉え、それを施策に落とし込む手法が一般的です。動画も同様にペルソナに基づいたターゲティングをしますが、それに加えて動画ならではのポイントもあります。
動画マーケティングにおいては、ペルソナの中でも『共感』や『趣向』といった項目を重視します。年齢や性別、世帯年収といったプロフィールよりも、『何に共感するか』、『どんなものに興味を持つか』のほうが、動画の内容や掲載媒体に結びつくからです。
これらの数値化しづらい項目を把握するためには、冒頭で話したように、繰り返し動画を投稿しながらPDCAを回してユーザーの動向を見ていく必要があります。動画を作って投稿するのは、PDCAのうちPlanとDoにあたります。この内容をCheckすることで、動画内でも一番見られているシーン、あるいは離脱する瞬間、特に閲覧数の多い投稿先などが把握できるわけです。これをもとに、よりユーザーの興味がある内容を目指していくことで、動画マーケティングの効果は高まっていきます」
最初から"大当たり"の動画を作ることは、誰にとっても難しい。この前提で、ターゲットに共感してもらいやすい動画をすこしずつ磨き上げていく意識を持つことが、動画マーケティング成功の鍵となるのだろう。
動画の尺、縦横比、サイズはユーザー視点で最適化されていく
山口「ユーザーのペルソナが見えてきたら、今度は動画の尺(時間の長さ)について考えてみましょう。企業が提供する動画と言えばこれまではテレビCMが一般的で、尺は規定されていました。しかしインターネット上の動画であれば、企業は自由な尺で動画を世に届けることができます。一方で、伝えたい内容がたくさんあるからと言って長尺の動画に挑戦するのが最適ということではありません。
人々の目はやはりテレビCMに慣れていますから、基本的には10~15秒の動画を心地よいと感じます。説明に尺が必要な場合であれば、90~120秒が限界ではないでしょうか。
これに加えて、動画プラットフォームのアルゴリズムについても考える必要があります。YouTubeやTikTokのアルゴリズムは、最後まで視聴された動画を評価するように設計されているため、途中で離脱されてしまうのであれば短い尺の動画を投稿するのがベターです。
一方で、もしも15~20分と長尺の動画が最後まで見続けられたときは、非常に優れた動画であると判断されるのも念頭に置いておきましょう。要は、ユーザーにとって『おもしろい』『最後まで見たい』と思わせられる動画であれば、尺が長くても問題ありません」
ここでも、前章で伝えたペルソナの深い理解が重要になってくるのではないだろうか。ユーザーにとってのおもしろさを的確に表現するためには、ターゲットとなるユーザーの興味関心の対象や趣向を把握する必要があるからだ。加えて、山口氏はここでもPDCAを回すことが大事だと繰り返す。
山口「適切な尺を見極めるためにも、投稿した動画から得られるデータが役立ちます。もしも多くのユーザーにスキップされるポイントがあるならば、そこから先は投稿しても意味がない動画と言えるかもしれません。そしてこうした分析を重ねて動画を改善すれば、次第に尺が長くても最後まで見てもらえる動画も作れるようになっていくでしょう」
山口氏の話を通じて、いかに自由な仕様で動画を制作できると言っても、狙いや視聴者の視点に立ち返って仕様を精査することが大切だとわかってくる。ちなみに、企業が自由に選択できるようになったのは尺だけではない。動画を視聴するデバイスがテレビからPC、そしてスマートフォンへと拡張していくなかで、動画の画角や縦横比も多様になっている。
山口「動画の縦横比については、画面いっぱいに動画が映ると没入感が高まるので、メインユーザーがもっとも使うデバイスに合わせるようにしましょう。テレビやPCの画面は横長ですが、スマートフォンは縦長です。昨今はスマートフォンに合わせた縦の動画が浸透してきましたが、たとえばBtoBの商材を訴求する場合、スマートフォンよりもPCで閲覧されるケースが多いので、変わらず横長の動画を作ることを推奨します」
投稿先のプラットフォームは、各SNSの特徴に合わせて選ぼう
山口「ここまでで動画のターゲットや尺、サイズについて解説してきましたが、次はその動画をどこに投稿するかということも考えてみましょう。この問いの答えを出すためには、動画が投稿できる各種SNSの特徴を理解することが大切です。
まずX(旧Twitter)は匿名アカウントのユーザーが多い特徴があり、アイデア勝負のおもしろい投稿などがバズりやすいプラットフォームです。また、テキストや画像と比べ、動画がついている投稿はアルゴリズム上優遇されるとも言われています。一概に動画を投稿すればいいとも言い切れませんが、この特徴を活かした発信は一定の効果が見込めるでしょう。
Instagramは、写真や動画などビジュアルに即した投稿がメインとなるSNSです。インスタグラマーと呼ばれるインフルエンサーがSNS内に存在し、彼ら、彼女らの生活への『憧れ』を軸に拡散力が高くなる傾向があります。テキストよりもビジュアルに強みがあるコンテンツを発信する場合は、Instagramを使うと良いでしょう。
TikTokはユーザーの好みに応じてタイムラインが最適化される若者向けのSNSです。ユーザーの興味に合わせたタイムラインが生成されるからこそ、新規参入者の投稿でも容易にバズりやすく、トレンドにも乗りやすいのがTikTokの魅力です。
最後にYouTubeについてです。YouTubeはほかのSNSと異なり、チャンネルという概念があります。ひとつのチャンネルのなかに細分化したカテゴリを作ることもできるため、いわば動画でオウンドメディアを作る、という感覚が近いかもしれません。YouTubeの動画はGoogle検索にヒットしますし、近年はテロップを解析して検索対象とする機能も増えました。こういった観点でも非常にメディア的な側面を持つプラットフォームと言えるでしょう」
こうして聞いてみると、動画を発信する場の選択肢はじつに豊かだということがわかる。それぞれの特徴をつかみ、ターゲットに合わせた場を選ぶことが重要だ。
-- ピザハット (@Pizza_Hut_Japan) August 3, 2023
ピザハット @Pizza_Hut_Japan X公式ポスト
山口「ちなみに動画発信に成功している企業は、SNSに応じて発信する情報を巧みに変えています。上記は、ピザハット、イエローハット、そしてリンガーハットと、社名に"ハット"を冠した三者の社長が8月10日(ハットの日)にかけて動画に登場した実験的なキャンペーンです。Xではこうした話題性のあるネタ的な投稿がバズる傾向が強いので、各社がXのユーザーを意識してこの施策を打ち出したことがよくわかります。テレビCMではなかなか見られない異業界同士の企業のコラボレーションというのも、SNSらしい企画と言えますね」
ちなみに、こうした動画プラットフォーム以外にも企業が動画を届ける選択肢があるそうだ。引き続き山口氏に企業が動画を発信する場所の可能性を聞いていこう。
山口「最近は企業が独自のドメインを持ち、自社で動画用の特設メディアを構築するケースも増えつつあります。こうした場合にはVimeoやDOOONUT(ドーナツ)などのサービスを活用すれば、ポータルサイト構築やデータ分析などの一連の業務を最適化できます」
ハナマルキ株式会社 「ハナマルキTV」
山口「上記のハナマルキの動画に特化した特設サイトは、ユーザーにとって有益な情報を目的に応じて見やすいよう設計されており、ユーザーに寄り添ったカラーの統一なども含めて極めて優れています。自社でドメインを持っていることは、長期的に見れば他プラットフォームに依存するよりも強みを発揮できる可能性が高い一方、短期的な波及力を考えれば、先に解説したYouTubeやTikTokといったプラットフォームを利用するほうが効果を期待できます。どちらを取るかは、自社のビジネスモデルやマーケティング戦略との相性、そして予算の上限によって判断していきましょう」
動画は「資産」である ── 積み重ねの一歩は無理のないコストで始めよう
山口「ここまで動画の仕様や投稿先について解説してきましたが、そのいずれの判断にも共通して関わってくるのは、やはり予算です。動画マーケティングの予算をどこまでかけるかどうか判断するとき、動画は資産になるという考え方を持つとひとつの指標になるかもしれません。投稿した動画はコンテンツとして残り、少しずつでも再生回数が上がっていくものですし、何らかのきっかけで多くの人に届く瞬間が後から来ることもあるからです。であれば、まずは始めてみて損はないと考えることができるのではないでしょうか。
とはいえ冒頭に述べたように、収益構造が確立できていない段階で動画マーケティングに挑むことはおすすめできません。あくまで試行錯誤を重ねられる予算を確保できることが前提になります。
ちなみに、予算をかけずに動画投稿を始める手段もあります。たとえばTikTokなどのプラットフォームであれば、スマホ1台で社員が簡単に作った動画を投稿したとしても、バズを通じた伸長を期待できます。昨今は『素人感』が残る動画がトレンドなので、最低限のコストで作った短尺動画をもとにPDCAを回し、ある程度傾向が見えてきたところでプロに依頼するというのも良いかもしれません」
最後に、動画マーケティングを今から始める読者に向けて、山口氏からメッセージをもらった。
山口「10年前、動画ムーブメントが起き始めた頃、多くの企業が動画発信に挑みました。そして彼らの多くは、YouTubeに1本だけ動画を投稿して、まったく再生回数が伸びないことに愕然としてあきらめてしまったのです。
繰り返しになりますが、私がお伝えしたいのは、とにかくPDCAを回してほしいということです。今できることからで構わないので、まずは動画を投稿し続け、そこから得られたデータを分析しましょう。それを繰り返すことでしか動画マーケティングの道は拓けません。
成功体験を得るという意味では、手始めにトライしやすいのはTikTokです。TikTokはタイムラインの流れも早く、新規参入者に対する視聴者数の伸びもほかと比べて高いので、心折れることなく積み重ねられる可能性が高いからです」
ターゲットの共感を得られる動画を見極めること。その共感によって最後まで見てもらえる尺で動画を作ること。適切な場所でそれを公開し、PDCAを回すことで磨きをかけていくこと。これらの循環が、動画マーケティングの確度を高めていく。そこには地道な積み重ねが必要になるが、その経験値は自社ブランドの理解やユーザーとの向き合いといったさまざまな観点で価値のあるものとなっていくだろう。
次回以降は、さらに細かなテーマに即した動画の表現手法のポイントや、それに応じた成功事例を紹介していく。第3回のテーマは「尺」。今回もトピックのひとつとして触れた「尺」について、短尺でも魅力的な動画を作るコツや、逆に長尺を選択する場合の考え方について山口氏の解説を聞いていこう。
【「動画マーケティング」2023-2024 成功戦略 シリーズ記事】
株式会社サムシングファン
COO(執行役員)・ディレクター 山口 貴久
ビジュアルアーツ専門学校大阪卒業後、映像制作全般に携わる。撮影技術、制作、ディレクションなどで活躍しながら自主映画を制作。2013年に脚本を担当した映画がPFF:ぴあフィルムフェスティバル審査員特別賞・日活賞W受賞、2014年にIFFR:ロッテルダム国際映画祭に招待。以降も脚本執筆を続けている。2013年、サムシングファンに入社し現在は動画DX事業の執行役員。
聞き手:宿木雪樹(やどりぎ ゆき)
広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。