2023.08.17

We Care More. 原点進化するポーラのビジョンに向けて~「Advertising Week Asia 2023」レポート④

2029年に創業100周年を迎える株式会社ポーラ。代表取締役社長の及川美紀さんが、100周年に向けたビジョンづくりや「AGEBILITY(エイジビリティ)」という考え方の提唱など、さまざまな取り組みを「Advertising Week Asia 2023」6月7日のキーノートで語っています。聞き手は株式会社インフォバーン代表取締役社長の田中準也さん。「We Care More.」という新たなスローガンを掲げたポーラの具体的な事例をもとに、これからの企業やブランドの在り方を探っていくセッションです。

(右から) 株式会社ポーラ 代表取締役社長 及川 美紀氏、株式会社インフォバーン 代表取締役社長 田中 準也氏

創業100年の歴史を持つポーラ

田中 本日は「We Care More.原点進化するポーラのビジョンに向けて」というテーマでお送りします。

私は、本日モデレーターを務めます株式会社インフォバーンの田中 準也と申します。どうぞよろしくお願いいたします。

ポーラさんは、2029年に創業100周年を迎えます。新たに掲げたビジョンを軸に、製品やブランドにどのようにそのビジョンを落とし込んでいるのか。そして社員ひとりひとりにどう自分ゴト化させているのかを及川さんにお聞きしたいと思います。

まずは及川さん、自己紹介からお願いします。

及川 株式会社ポーラの及川美紀と申します。2020年からポーラの代表取締役社長をしております。

当社は地方にかなり拠点が多いものですから、売っている人たちの気持ちやアクション、お客様からの反応、そこの市場も含めて、一次情報をしっかり取っていくことが大事だと考え、自ら積極的に全国の店舗やサロンなどをまわるようにしています。

また、ポーラ幸せ研究所というのを設立いたしまして、そこの所長として、ウェルビーイングの研究もしています。

田中 ありがとうございます。続いて御社について教えてください。

及川 当社は1929(昭和4)年に創業いたしました。

現在、従業員は国内約1400名、海外の子会社まで入れても約2000名と、それほど多くはございません。ただ、当社には「ポーラビューティーディレクター(旧:ポーラレディ)」という方たちが約2万5000名、個人事業主という形でポーラと委託販売契約をして、頑張ってくださっています。

私たちは、社員に加え、このビジネスパートナーの皆さまを合わせて「ポーラ」だと認識しています。

ちなみにグループ企業の中には、通信販売で結構規模の大きい「オルビス」や、百貨店で展開しております「THREE」、オーストラリアオリジンの「Jurlique」というブランドもあります。

ポーラの事業としてはエステサロン併設型の店舗が国内ではいちばん多いんですが、百貨店、EC、さまざまなチャネルで展開しています。

原点に立ち返り創業精神を伝える

田中 2029年に向けて新しいビジョンを策定されています。その背景や狙いをお聞かせください。

及川 私が社長に就任したのは、ちょうど新型コロナウイルスの感染流行が広がり始めた時期でした。

実は2016年から、ポーラではさまざまなブランドの定義を変えるなど、リブランディングを進めていました。でも、コロナ禍で世の中がまるっきり変わり、私達が大切にしているエステやお手入れという、手のぬくもり、人との接触、対面でのカウンセリングというコミュニケーションが、できなくなったんですね。

人との接触をしてはならない、オンラインで会う。そうなると化粧品会社としては、何もかもダメといわれた状態で、ここは、いま一度原点に立ち戻り、再定義しようと、創業精神のエピソードをあらためて社員にシェアしました。

当社の創業者・鈴木忍は、手荒れをした妻のために、たった一つの乳鉢でクリームをつくることから商売を広げました。この"大切な人を想う気持ち"が当社の創業の精神です。コロナ禍で、これまで当たり前だったコミュニケーションの機会が減り、生活様式が大きく変わったからこそ、ひとりひとりが大切な人を想うことで、あたたかな温もりや人とのつながりを感じられるような体験をお届けしようと、2029年ビジョンを作成しました。

ポーラの企業理念

及川 企業理念は、「私たちは、美と健康を願う人々および社会の永続的幸福を実現します」です。

そして、その実現のために「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会へ」というビジョンを策定しました。

企業目線から社会目線へシフト

田中 このビジョンは、それまでのビジョンとはどう違うのでしょうか。

及川 それまでは、「Special One 伝統×革新による『驚きと感動』で、互いを高めあう関係へ」と、ポーラが主語でした。そこで主語を社会に変え、「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会へ」という宣言に変えたのです。

さらに、創業時のハンドクリームを自分の目の前の大切な人に手渡しで届ける心遣いを大事にしながら、人をケアする・社会をケアする・地球をケアするという大きな枠組みで企業活動を考え直すべく、「We Care More. 世界を変える、心づかいを。」という行動スローガンを示しました。

株式会社ポーラ 代表取締役社長 及川 美紀さん

田中 御社には、社員の約10倍のビジネスパートナーがいらっしゃるので、全員に同じ熱量で伝えるのは大変ですよね。

及川 そうですね。社員1000人強に届けるのも、全員がこれを理解するのも、けっこう大変なのですが、ビジネスパートナーは個人事業主なので、会社とは物の受け渡し──商品を貸し借りする関係──しかないんですね。となると、このビジョンをしっかり作らないと、企業活動を何のためにやっているのか、ビジネスパートナーのみなさんがどうあるべきか、わからなくなってしまうんですよ。

儲けることに一生懸命になりすぎてはダメで、もちろん稼ぐことは大事なんですけど、お客様と向き合う際に、この思想が伝わる接客を目指しています。このビジョンをきっちり届けることが、ものすごく当社にとっては大事なんですね。

田中 では、こちらのスライドをご説明ください。

及川 こちらは先ほどお話した通りで、「世界を変える、心づかいとは何だろう」というスローガンなんですが、実はこれは、自分たちで考えてくださいね、ということを言っているんです。

田中 ひとりひとりがどう解釈して、考えて、行動するか、というところがキモだと。

及川 はい、「人をケアするって、何?」「社会をケアするとはどういうこと?」「それが、地球をケアすることになぜつながるのか」という問いを、社員、それからビジネスパートナーに投げかけるというのが、このスローガンの持つ意味だと考えています。

ビジョンの共有で自分ゴト化が促進

田中 この「We Care More.」のスペシャルサイトは、お客様だけではなく、社員やビジネスパートナーの方も見ることを重視して作ったと聞きました。その理由もお聞かせいただけますか。

及川 当社のビジネスパートナーには、下は16歳から、上は100歳の方もいらっしゃるんです。活躍するエリアも年齢も経験も異なる、いろんなバックグラウンドのあるビジネスパートナーの方々や社員に「We Care More.」を理解していただかないといけないので、イメージできちんと理解できるように、このサイトを作りました。言葉でも、動画でも、アクションでも伝える、というかたちですね。

田中 創業者の「愛」のエピソードをお聞きしてから見ると、非常に感慨深いというか、「手と手」の重なり、ふれあいを大切にされているのが伝わりますね。このサイトによって、自分ゴト化にもつながったそうですね。

及川 はい。この「We Care More.」のサイトをオープンして、「目の前の一歩から始めよう」と伝えたところ、ビジネスパートナーの皆さんが、地域の人と組みながら海岸の清掃をやったり、がん患者にメイクやハンドトリートメントをしたりするなど、「自分ごとのSDGs」という言い方でさまざまなアクションを起こしてくれました。

田中 いろんな活動が広がっているイメージですね。

及川 最初は、本業派生型のSDGsというかたちでやっていたんですが、そこから社員がビジネスパートナーと組んでいろんなアイデアを出していき、新規事業にまで発展したケースもあります。

たとえば、「飛騨高山Futureプロジェクト」がその事例です。これは、岐阜県の高山市の小・中学生を対象に実施しているお仕事体験プログラムで、今や、高山市の8人に1人が体験するプログラムにまでなっているんです。

子どもたちには、仕事を体験するだけでなく、自分が体験した仕事の魅力についてデジタルで発信してもらいました。すると、子どもたちの発信を受け、それまで「自分の仕事はごく普通」と思っていた大人たちが、「子どもがこんなに感激して、良いところを見つけてくれている」と、自分の仕事に価値を見いだすことができたり、セルフリスペクトが上がったりしています。

はじめてまだ3年目の活動ですが、有料プログラムにもかかわらず参加者が増え続け、きちんとした新規事業になっています。「高山には仕事がないから、みんな高校を卒業すると地元から出ていく」と諦めていた大人たちが、自分たちの仕事や価値を再評価できるようになったことで、まちの活性化や価値創造にもつながっています。

事業へと発展した全国のSDGs活動事例

製品やブランドにもコンセプトが浸透

田中 ショップオーナーの方やビジネスパートナーの方が、すごく自己肯定感を持って動かれて、さらにそこに参加される高山の方も肯定される。すごくいい活動ですね。

では、ここからは後半ということで、会社としては、そのようなビジョンやスローガンを製品ブランドにどう取り入れていくか、インストールしていくのか、というミッションが出てくると思います。そのあたりをうかがえますか。

株式会社インフォバーン 代表取締役社長 田中 準也氏

及川 当社は、コロナ禍真最中の2020年に、基幹ブランド「B.A」をリニューアルいたしました。

お客様が店頭にお越しになれず、いらしてもお肌に触れることも出来ない状態でしたので、発売を半年遅らせようかという話もあったのですが、エイジングケアブランドは肌への希望ですから、その可能性を捨てることはないのではないかということで、「人の可能性は広がる」というコンセプトで発売に踏み切りました。

そして、ポーラの旗艦店・ポーラ ギンザでイベントを開催。赤いダリアの花びらをお配りしてメッセージや自分のビジョンを書いていただき、書くことで、自分が本当に思っていたことや、やりたかったことに気づき、そしてそれらを共感することでつながりがさらに広がるという体験をしていただきました。

田中 この商品コンセプトは、当初違うメッセージを考えていたそうですね。

及川 そうなんです。実はこの「B.A」のコンセプトは、直前まで「人の可能性を広げる」という企業目線の言葉でした。それを「人の可能性は広がる」とたった1文字変えたことで、コンセプトに「祈り」が加わり、「AGEBILITY(エイジビリティ)」というコンセプトが生まれました。

ひとりひとりの可能性を広げる

田中 「AGEBILITY(エイジビリティ)」とはどういうコンセプトですか?

及川 「エイジビリティ」は、年齢(AGE)がもたらす経験を未来の可能性に転換する能力(BILITY)として、可能性というものに挑戦しようという目標です。年をとるとやれることが少なくなると誤解している方ヘも、年齢を重ねることで人脈や知見が広がり、可能性が広がるとお伝えしています。

田中 「アンチエイジング」とは異なる、新しい考え方ですね。

及川 そうですね。年齢を重ねることは、決して嫌なことではなく、自分の経験としての財産が1個ずつ積み上がることで、資産が積み上がることだから、それを生かしてもっともっと可能性を広げていこうということを提唱いたしました。

先ほどのビジネスパートナーの話に戻りますと、実は当社には、企業を定年退職され、60歳を過ぎてからポーラの仕事を始める人たちもいらっしゃるんです。その方たちに共通しているのは、年齢を財産や資産にして、それまで培った経験をもとに新しい何かに飛び込んでくる、という姿勢です。66歳でエステサロンを開く方もいますし、仲間を作ってそれぞれができることを補完し合ってやっている方もいらっしゃいます。

当社の製品は、肌を美しくするだけでなく、こういう「エイジビリティ」な生き方をサポートする製品でありたいという願いです。

田中 その新しい考え方、前向きな姿勢で、講談社「FRaU」のアワードも受賞されたと聞きました。

及川 はい。Japanʼs Authentic Luxury、日本のほんものを感じられるラグジュアリーを表彰する「JAXURY AWARD(ジャグシュアリー・アワード)」という賞なんですが、2022年のこのアワードで「唯一無二賞」という賞をいただきました。

当社の「B.A.」の考え方や「We Care More.」の思想が製品や企業活動に展開されていることをご評価いただき、入社以来、私がいちばん喜んだ賞になりました。

コロナ禍で、業績的にはかなり厳しい時でしたが、当社の活動や精神を見てくださる方がいて、しかも「唯一無二」という言葉でご評価をいただけたことに、大変感激し、社員一同大喜びいたしました。

田中 社員にとっても自信になると思います。社員の意識変容や行動変容にもつながっているのでは?

及川 そうなんです。社員が積極的に新規事業提案や、SDGsをベースにした業務改善提案を出すようになりました。

2020年は61件で、これも多いと思っていたのですが、2022年は154件の提案がありました。社員1000人ぐらいの規模で154件の新規提案があるというのは、かなり増えている印象です。

社員へのアンケート調査でも、「この会社は誰にでも特別に認められる機会がある」「上司は部下の意見やアイディアに耳を傾けている」「社会課題のために何らかの行動を起こしている」という項目への評価がすごく高いという結果が出ています。

田中 それは、会社のパーパスと個人のパーパスが繋がっていることを可視化できている調査結果ですね。

及川 ありがとうございます。「ポーラWAY」として「尖れ!つながれ!」というワードを掲げていますが、これは人を蹴落として自分のWILLを尖らせようというのではなく、自分の中にある小さなWILLを尖らせて、それを発信することで仲間ができるよ、ということを発信して、人と人をつなぐサポートを会社がするよという姿勢を表しています。

田中 ポーラさんは、社員の方がみな「いい人」という印象ですね。

及川 「いい人」なので、一歩踏み出すのに勇気がいる人たちでもあるんですけど(笑)、その人たちが、さまざまなプログラムで一歩踏み出すことに勇気を出して、世の中にいろいろなことを発信してくれているおかげで、10人強ぐらいしか新卒採用していないのに、某サイトの「新卒就職人気企業ランキング」で100位以内に入れていただきました。女性活躍推進、製品イメージということでもご評価をいただき、嬉しい悲鳴です。

田中 この規模での新卒採用者の会社の中で100位以内に入るっていうのはなかなか難しいことだと思います。学生はちゃんと見ているんだなと感じました。倍率も高くて、選ぶのにご苦労されたのでは。

及川 はい、おっしゃるとおりです。ですから、会社としてはこの優秀な方たちにがっかりされないように、もっと組織風土も上げていかなければいけませんし、先輩社員たちも頑張らなくてはいけないと思っています。

田中 社員のご家族もご覧になるので、外部評価は重要ですよね。

最後に、及川さんは、社員個々の可能性をすごく引き出されていると思うのですが、及川さん流の人材の伸ばしかた、可能性の引き出し方のヒントをいただけますか?

及川 これは私もまだもがいているところで、「これをやれば鉄板」というのは見つかっていませんが、やはりいちばん大事なのは対話だと感じています。インプットをする機会を、対話の中からどんどん引き出してあげることで、自分のWILLに気づかせてあげることだと思います。

自分にとっては当たり前のことが、他人から見たら長所ということは多々あります。「自分にハッシュタグを付ける」と私は言っているんですが、対話を重ねることで、自分には可能性があるんだということを認識し、自分のハッシュタグを増やしていくことができると思っています。

田中 大変勉強になりました。本日はありがとうございました。


開催日時:2023年6月7日(水)9:30〜10:10
エリア:KEY NOTE STAGE
テーマ:We Care More. 原点進化するPOLAのビジョンに向けて
登壇者:及川 美紀/株式会社ポーラ 代表取締役社長
モデレーター:田中 準也/株式会社インフォバーン 代表取締役社長

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筆者プロフィール
C-station編集部

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