2023.07.13

認知科学から紐解く。「推し活」がマーケティングに有効な理由|推し活とは(後編)

マーケティング分野でも昨今注目の「推し活」。書籍『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』の著者で、認知科学研究者の久保(川合) 南海子先生に、「推し活」のマーケティング活用について、聞きました。【推し活とは(後編)】

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久保(川合) 南海子/愛知淑徳大学 心理学部 教授

1974年東京都生まれ。日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員、京都大学霊長類研究所研究員、京都大学こころの未来研究センター助教などを経て、現在、愛知淑徳大学心理学部教授。専門は実験心理学、生涯発達心理学、認知科学。著書に『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か」(集英社新書)、『女性研究者とワークライフバランスキャリアを積むこと、家族を持つこと』(新曜社)ほか多数。

推し活マーケティング、最大の強みは「伝播力」

──昨今、「推し活」仲間(個人同士)が協力して、広告出稿をする「応援広告」という現象が注目を集めています。そのユーザーインサイトとは、どのようなものなのでしょうか?

集金やデザイン、出稿のやりとりまでファン同士で協力しながら進める「応援広告」の実施理由の1位は、<自分の推しを多くの人に知って欲しい>で39.5%(n=147) 出典:株式会社ジェイアール東日本企画 jeki応援広告事務局「Cheering AD」「推し活・応援広告調査2022」

久保 応援広告には、自分の推しをまだ知らない人に知ってほしいという思いが込められています。そこには、前編でもお伝えした「利他」の精神、誰かのためにすることが、自分の幸せにつながるという人間本来の喜びがあります。それは応援広告を含めた、推し活の隠れた原動力です。

応援広告の実現のためには、推し仲間同士の協力が不可欠ですよね。そこには、同じ推しを持つ者の絆、つながりの強さと広がりがあります。それはSNS上での情報発信へとつながり、拡散していく。その効果、伝播力の強さこそが「推し活」がマーケティングで注目される最大の理由と言えるでしょう。

──WOMJメソッド委員会が2023年1月に行った『「推し活」についての意識調査』では、「推し活」を行う人を6つのクラスターに分類しています。伝播力が強いクラスターとは、どのクラスターか教えてください。

推し活をする人、6つのクラスター 出典:WOMJメソッド委員会『「推し活」についての意識調査』2023年

久保 「疑似恋愛・同化クラスター」「生き方共感クラスター」「推し活エンジョイクラスター」だと思います。3つの共有点は、推し活への熱量の高さです。

マーケティングの観点から推し活を捉えると、情報拡散を狙うことが重要になります。そのためには、「推し」を介したつながりを保有したうえで、推しを応援している人たちとやりとりができるユーザーの協力が必要です。すなわち、「推し活」を通した仲間を持ち、互いに連携できるクラスタ。それがこの3つでしょう。このクラスターのユーザーを味方につけることで、情報が一気に拡散していく可能性もありそうです。

各クラスターの位置づけ分析。「疑似恋愛・同化クラスター」「生き方共感クラスター」「推し活エンジョイクラスター」は積極的に推し活を行っている層であり、情報拡散に期待できる 出典:WOMJメソッド委員会『「推し活」についての意識調査』2023年

雑誌とも親和性が高い「推し活マーケティング」

──「推し活」を行う対象は人だけでなく、モノにまで及びます。「雑誌」もそこに含まれるのでしょうか?

久保 推し活は、推しを応援する活動全般を指します。推しが出ている雑誌を購入することも推し活ですが、その雑誌自体が好きだから、雑誌の世界観に深く共感し、収集するユーザー行動もまた、推し活に入ります。ちなみに、「この雑誌が好き」と推す行動は、自分の価値観を他者に伝えやすく、コミュニケーションツールにもなるのは魅力のひとつです。

なぜなら雑誌には、それぞれ固有の世界観があるからです。たとえば同じ女性誌でも、「ViVi」と「FRaU」では読者層も異なれば、扱うテーマも異なります。雑誌を好きと言うことは、間接的に「自分の価値観はこの雑誌に近い」と伝える役割を、いまも昔も担っていますよね。

ViVi」と「FRaU

──推し活は、自分の好きを共有するコミュニティという側面もありますから、雑誌ブランドのファン=読者コミュニティにも似ています。ちなみに、メディアとしての雑誌と、推し活の親和性については、どのようにお考えでしょうか。

久保 認知科学の「プロジェクション」とは、自分の心の中と世界をつなぐ働きのことです。これを推し活に置き換えると、推しを通して、世界とつながること、となります。ですから推しが出ている雑誌の購入という行動はプロジェクションの一つであると考えるとそれらの親和性は高いでしょう。

また、雑誌にも推しにも、「推し活」コミュニティが存在しますから、組み合わせることで、相乗効果を期待することもできます。雑誌ファンと出演者のファンがつながり、それぞれのコミュニティが拡大していく。つまり推し活マーケティングにおいて、雑誌やメディアは、コミュニティを拡張するハブとしても機能するわけです。

ただ推しを起用することが「推し活マーケティング」ではない

──2つのコミュニティによる相乗効果を生み出すためのポイントは、何だと思いますか?

久保 「推し活」の基本は、自発的な行動です。自分と世界をつなぐ行動は、常に自分発。ですから、ユーザーが行動したくなる、たとえばSNSでシェアしたくなるような仕掛けがあると、情報拡散しやすいのではないでしょうか。一方で、メディアや企業から「これをこうしてください」と指示されることは、自発的な行動ではありませんから、情報拡散が期待しづらいと言えます。

このバランス感覚の難しさはそのまま、「推し活マーケティングの難しさ」とも言えます。

たとえば、SNSを見ていると、推しのアクリルスタンドを使って写真を撮影して、投稿している人が多くいます。しかしこれは、誰かが仕掛けたわけではありません。あくまで、ファンが自発的に行っているだけです。

アクリルスタンドのイメージ

ポイントは、いかに「推し活」コミュニティで自然に情報拡散するような企画を用意できるか。それは普段見られない姿かもしれませんし、新しい一面かもしれません。どちらにせよ、ただ推しを起用することが推し活マーケティングではない、ということは、注意すべき点かもしれません。

──推しのアクリルスタンドを使って、自分の好き(心)と世界をつなげている。これもまた「プロジェクション」なのですね。

久保 はい。たとえば、実在するアイドルであっても、その存在は自分の現実の世界とは違う非日常です。自分のいる場所に非日常的な領域の推しを存在させることで、自分の現実世界に推しを取り込む。これは、認知科学で「拡張現実」と表現されるAugmented Reality(アグメンティッド・リアリティ:AR)といった現実世界を立体的に読み取り、仮想的に拡張するデジタル技術のアナログ版といえるでしょう。つまり「推し活」は、自分のリアルな世界と推しの世界につながりを見出すことで、自分が生きている現実世界を非日常な領域に拡張する行為でもあるのです。

これは、好きなアーティストのライブに行き、同じ時間と空間を共有することで、ふだんは自分の現実世界とはまったく関わりのない非日常的な存在の推しが、自分と同じ世界を共有していることを実感する。そして、推しとのつながりが深くなったように感じる感覚と近いかもしれません。

ライブだけでなく、グッズも推しとのつながりを生み出す、という点では同様の意味を持ちます。推し活マーケティングでは、この「推しとのつながりを楽しむユーザー行動」をしっかり捉えることも重要なポイントでしょう。

推し活マーケティング成功の鍵は、ユーザー目線

──ここまでのお話から、推し活マーケティングは、ユーザーの好きを利用するのではなく、「一緒に盛り上げる」といった視点が大切なように感じました。

久保 そうですね。「推し活」をする人の気持ちに寄り添うことが大事です。

また、SNSに投稿しやすいひっかかりを意識することが大切だと思います。たとえば雑誌のように世界観が構築されているメディアであれば、それを利用して、推しのイメージをいい意味で裏切るような演出も効果的なのではないでしょうか。

推し活マーケティングは、企業目線ではなく、ユーザー目線であること。愛され、支持されることが成功の第一歩と言えるでしょう。

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