あらためまして、講談社C-stationチーフエディターの前田亮です。
「2023年、そしてこれからのマーケティングおよび広告ビジネス」をテーマに、インターネット草創期に、日本のネット広告の仕組みを構築した功労者のひとり、横山隆治事務所(シックス・サイト)代表取締役 横山隆治さんにお話をうかがいました。
本記事では、横山さんが2023年の広告マーケティング業界を俯瞰し、ネット時代を迎えた今日、さらにCookieレス時代が到来する近未来における業界のあり方について解説しています。
また、デジタル時代におけるマーケティングの心構えや長期的な業界動向の展望についても語っています。
(※この記事は、2023年1月&2月にメルマガ読者限定コンテンツとして配信した記事を再構成したものです)
大手広告主のインターネット広告が減少
──横山さんは、インターネット広告の表示回数「インプレッション」などの指標の構築にも関わられた、日本のネット広告発展の功労者です。今年で、インターネット広告は誕生(1997年頃)から、およそ四半世紀が経過しました。2023年の広告ビジネス、そしてマーケティング業界はどのように変化すると予測されていますか。
横山 2023年のネット広告、注目すべきトピックスのひとつは、伸び続けてきたインターネット広告費の動向です。今年は頭打ちになって、いったん伸びが止まると考えています。
欧米でインターネット広告の最大の広告主になっているのは、GAFAMと呼ばれる、大手IT企業です。なかでもAmazonの広告費は圧倒的でした。しかしそのAmazonが昨年、大量の人員削減を発表。追随するように、Meta(Facebook)やTwitter、Microsoftなど、グローバルIT企業が次々と人員の削減、縮小を行っています。
つまり、欧米のインターネット広告市場というのは、大手プラットフォーマーが、大口の広告主でもあったわけです。
日本では、同じく大手の広告主に楽天があるのですが、Amazonと楽天の2社がインターネット広告への出稿を相当減らすでしょう。そのため、これまで順調に伸びてきていたインターネット広告の勢いが、23年はいったん止まると見ています。
インターネット広告市場のクライアントのおよそ半数は、プラットフォーマーを含む、テック企業
──Amazon、楽天の2社のインターネット広告が減少するとなると、業界全体にかなり影響を及ぼしそうですね。
横山 2000年代初頭から多少伸び縮みはあるにしても、日本の広告費の市場規模自体は、そんなに変わっていません。テレビをはじめ、マスメディアへの出稿費は減少したものの、インターネット広告は増加しており、結果的に、ゼロサム状態にありました。
しかし、インターネット広告費が減少すると、市場規模はどうなるのか。減少するのか、維持するのか。そして今後、私はこれまで以上に、広告が届きづらい時代になると予想しています。そのとき、ただ、商品を宣伝するだけの広告は、マーケティングの課題解決につながらなくなる可能性もあるでしょう。
2008年も2021年も、日本の広告費の市場規模はあまり変わっていない。プロモーションメディア、マスメディアは縮小しているが、その分を、インターネット広告が補っていることがわかる
Cookieレス時代のマーケティングは原点回帰する
──インターネット広告を取り巻く環境としては、「Cookie規制」も大きなトピックスです。Cookieレス時代に突入すれば、いま以上に、インターネット広告の在り方は変化していきそうですね。
横山 2020年1月から施行された、カリフォルニア州の消費者プライバシー法(CCPA)では、ユーザー側が自分の情報をどう使っているかを企業、事業者側に開示請求ができる権利があるとしています。今後は、無断で個人のデータを持っていることが、リスクにつながる可能性もあります。
しかしCookieレス時代においても、データの重要性は変わらないでしょう。そのなかで、企業はユーザーの同意のもと、データを集めるために、ユーザーにどのような価値や楽しみを提供できるのか、そういった発想からマーケティング戦略をスタートさせる時代になると思います。
──つまりCookieレス時代においては、ユーザー視点で、ユーザーに寄り添ったコミュニケーションが大切になるのですね。その実現には、コンテンツも重要です。
横山 はい。これまでのインターネット広告は、リターゲティング広告に代表されるように、何度も接触し、情報を届けることで、行動につなげるアプローチを試みていました。しかし、同じ内容を何度も訴求されるユーザーはうんざりし、そのブランドを嫌いになってしまう、という最悪の結果を生むこともありました。
しかし好かれようとして、嫌われているなんて、本末転倒ですよね。これは、接触回数を増やすという部分最適ばかりを追求した結果とも言えます。
これからの時代は、ユーザーに愛される施策、適切なユーザーに適切なコンテンツを届けることがこれまで以上に重要になるでしょう。
また、Cookieレス時代の到来に向けては、いまから準備することが必要です。もう一度、顧客と真摯に向き合い、どのようなコンテンツで、いかに良質な体験を届けるかを考え直すべきです。でないと、Cookieレス時代に対応できない企業になってしまいます。
"正しく"コミュニケーションし、愛される広告が増える時代へ
──これまでのインターネット広告は、届けることがゴールになっていたと思います。しかし本当のゴールはアクションですよね。
横山 その通りです。広告も届けるだけでなく、もっとユーザーに喜ばれるカタチがあるはずです。たとえば、インタラクティブ広告もそのひとつです。
以前、私が、とある自動車メーカーのバナーを作成した際、オンマウスすると、エンジン音が鳴るという仕掛けをしたことがあります。小さなことですが、とても喜ばれました。そんな風に、ちょっとした工夫で、ブランドの魅力を、デジタル上でもユーザーに伝えることはできるはずです。
──Cookieレス時代の広告は、ユーザーに嫌われるものではなく、愛されるものが増えるといいですね。
横山 本来、ターゲティングとは、その対象に、いちばんあったメッセージを届けるためにすることです。ターゲティングによって、同じユーザーに、同じ広告を何度も見せるためにするものではありません。
Cookieレスをきっかけに、あらためてデジタルならではの施策や期待される効果について見直し、メッセージと配信対象のマッチングを見極め、正しくコミュニケーションしていく時代になるのではないでしょうか。愛される広告が増えることを、私も願っています。
「双六型」のマーケティングファネルから「ビンゴ型」へ
──昨今、ユーザーの購買行動にSNSが大きな影響力を持つようになっています。インフルエンサーの投稿やUGC(ユーザー生成コンテンツ)など、ユーザーはSNSから多くの情報を得ています。結果、生活者の購買プロセスにも変化が現れているのではないでしょうか?
横山 これまで購買プロセスは、「マーケティングファネル」と呼ばれる図式で表現されることが多くありました。
商品・ブランドを認知する「トップオブファネル」から、その商品・ブランドに関心・興味を示してもらえるよう情報を提供する段階の「ミドルファネル」、そして購買へと向かう「ボトルオブファネル」の3段階に分け、上から下へ垂直方向に逆三角形で図式化していました。
さらに購買後に生活者がその商品・ブランドの情報を他の人とシェア、推奨する行動をくっつけて、ちょうど蝶ネクタイを縦型にしたような図式で表現していました。
これまでのマーケティングファネル
しかし現代において、もはやこのファネル構造では生活者の行動プロセスを解説できないと私は考えています。
──それはどういうことですか。
横山 マーケティングファネルは、ユーザーの認知、興味、購買、そしてシェアという一連の動きを時系列的に垂直方向に表したものですが、では実際、この順列通りに動くユーザーがどれだけいるのでしょうか。
すべての人がすべてのブランドに対して、あたかも双六で振り出しに戻るように、認知からスタートし購入に至るという、同じパターンかつ同じ行動をするとは考えられません。
また、ユーザーへのコミュニケーション設計でもっとも重要なのがミドルファネル(興味・関心)です。ミドルファネルで求められるのは、ユーザーにブランドへの興味・関心を喚起すること、つまり「自分ごと化」させることです。そのためには、それぞれのユーザーによって、そしてブランドによって発信すべきメッセージは異なります。
ですから、すべて同一パターンの双六型のモデル=マーケティングファネルは、実は現状に即していないわけです。むしろ、ターゲットによって組み合わせが違う「ビンゴ型」のほうが"いま"に合っていると私は考えます。
ライフスタイル、情報源が多様化するなかで、ユーザーのカスタマージャーニーも多様化している。マーケティングも画一的なアプローチではなく、個々に合わせた最適なアプローチを重ねることで、購入(ビンゴ)に至ると考えるのが「ビンゴ型」
SNS時代の「認知」を捉えた「態度変容モデル(シックスサイトモデル)」
──こうしたマーケティングファネルへの疑問から生まれたのが、横山さん考案の「態度変容モデル(シックスサイトモデル)」なのですね。
態度変容モデル(シックスサイトモデル)では、認知のプロセスを単一のルートで捉えるのではなく、複数の組み合わせを想定して捉える
横山 態度変容モデルでは、ユーザーが「認知する」プロセスを6つの要素に分けています。
- 「マスメディア認知(社会ごと)」
- 「コンテキストの合致(自分ごと)」
- 「感情的関与」
- 「共感認知(仲間ごと)」(信頼する人からのブランド認知、SNS、口コミなど)
- 「買う理由づけ」
- 「理性的関与」(スペックの比較検討、理性的な自己関与)
たとえば、最初の認知(接点)は「SNS(3)」。そのあとでテレビ(1)でもブランドに接触して、「テレビで紹介されるくらいだから、いいものだ」とユーザーが感じて購入するケースもあるはずです。これまで、テレビは認知(トップオブファネル)の最上段にいました。しかしこの場合、テレビはミドルファネルに寄与していることになります。
態度変容モデルでは、「社会ごと」「仲間ごと」「自分ごと」の中に、理性的関与や感情的関与があり、さらに「買う理由付け」を要素として挙げています。これは、高い商品を買う際には、自分への言い訳がほしいというインサイトを捉えたもので、その"言い訳"を情報として提供することで、購買を後押しするものです。
ひとりのユーザーが多様な購買行動をするSNS時代
──この態度変容モデル(シックスサイトモデル)同様に、SNS時代のユーザーの購買行動も変化が出てきているのではないでしょうか?
横山 そうですね。デジタルマーケティング事業を展開しているトレンダーズ社が、SNS上のユーザーの購買行動を分析した「インフルエンスファクター」というメソッドを提唱しています。
これは縦軸をヒトとモノ、横軸を社会と個人として4つのパターンに分けたもので、おもしろいのは、これは「購買行動のパターン」であって「属性」ではないという点です。
つまり、同じ人物であっても、価格帯やカテゴリーが違うと、異なる行動をするのです。実はそこが重要で、そうなると人の購買行動は、人それぞれではなく、同じ人間でも多様である、ということになるわけです。
SNSにおける、ユーザーと商品・サービスとの出会い方、購入に至る行動パターンは多様化している。画一的な型にはめることが難しくなっていることが、SNSマーケティングを難しくしているとも言える
2030年の広告は、送り手主導から受け手主導
──ここまで短期、中期の広告、マーケティング業界の予測、さらにデジタル化時代を迎えての課題や新しい視点について語っていただきました。最後に2030年という長期のスパンでの展望をお話しください。
横山 受け手に主導権がどんどん移っているという話を最初にしましたよね。
僕らの時代、つまりひと昔前まで、広告はラブレターだと言っていました。ですが現代は、好きでもない人にラブレターをもらっても迷惑だ、と考える時代になりました。
今後さらに、送り手主導の広告は、どんどん届かなくなるように思います。いかに相手を思いやって、ユーザー目線の広告を生み出していけるかが重要になっていくと考えています。
たとえばSNS上での何気ないつぶやきに、大勢が共感している。その理由を解き明かすことで、コミュニケーションのヒントが生まれることもあるのではないでしょうか。そしてこの答えもまた、ユーザー目線で思考しなければ辿り着くことはできないものです。
AIが日常に存在し、共存する未来
──受け手であるユーザーが主役になる「2030年」のマーケティング。その頃には、仮想空間「メタバース」も成熟期を迎えると予想されています。
横山 メタバースは、これから広告やブランディングに大きな影響を及ぼしていくと思います。ただ、ビジネスにどうつながるのかはまだ不明です。個人的には、メタバースよりAIに注目しています。
フルカスタマイズが要求され、どんどん負荷が高まっている広告代理店は、ビジネスモデルをどう再構築するかという課題と直面しています。そこでAIの出番です。実務はAIにやらせ、その分マーケティング人材を企業に送り込むという時代になる可能性だってあるはずです。
──さらにその先、2045年には、人工知能(AI)が人類の知能を超える技術的特異点「シンギュラリティ」が訪れ、私たちの仕事も生活も、大きな変化が起きると言われていますよね。
横山 人間がいらなくなることはないでしょう。ですが、デジタル化、AIの導入は当たり前の時代になっているのではないでしょうか。
ですから、デジタルとアナログの発想を分断させるのではなく、どうやって融合するか。そうした発想が重要になってくると思います。AIに奪われるのではなく、AIと共存し、活用していく。そんな人材が、マーケティングだけでなく、さまざまな業種で未来では重宝されると私は考えています。
──どうもありがとうございました。