2023.07.11
「伝わらない時代」に、提供価値を明確にし、魅力的にコンテンツ化するプロセスとは? ── ウェルビーイング × オリジナルストーリー × マンガIPで生まれる伝わる方程式 「Advertising Week Asia 2023」レポート②
近年、ライフスタイルの多様化や情報過多、コミュニケーション手段の複雑化などで、従来の広告コミュニケーションのままでは「伝わりづらい」時代になっています。6月上旬に開催された「Advertising Week Asia 2023」では、「伝わらない時代に、提供価値を明確にし、魅力的にコンテンツ化するプロセスとは?」をテーマにセッションが企画され、C-stationの丸田が進行を務めました。講談社とASAKOによるビジネスユニット「C-station Biz」が、ゲストに株式会社コルク 代表取締役社長CEOの佐渡島庸平氏を迎えて、「伝わる」コミュニケーション開発について探りました。
(右から) 株式会社コルク 代表取締役社長CEO 佐渡島 庸平氏、
株式会社朝日広告社 経営戦略センター 戦略ビジネスチーム 部長 クリエイティブ・ディレクター 井上 征一郎氏、
株式会社朝日広告社 アカウントエグゼクティブ 吉川 さやか氏、
講談社 ライツ・メディアビジネス局 メディア開発部 副部長 丸田 健介
テーマは「伝わる」コミュニケーション開発
丸田 昨今、ブランドが自社の商品・サービスの情報を生活者に届けるために、独自性や共感を生み出すオリジナルのストーリーをどう紡ぐのか、そして幅広く興味関心を持ってもらえるようにどのように伝達すればよいのかなど、コンテンツづくりのプロセス全体の設計が重要になっています。そこで、『宇宙兄弟』の編集などで知られる株式会社コルクCEOの佐渡島庸平氏を迎え、「伝わる」コミュニケーションについて探っていきたいと思います。
はじめに、株式会社朝日広告社の井上 征一郎さんから最新のマーケティング動向について解説していただきます。井上さん、よろしくお願いいたします。
広告は「ビジョンアウト」の時代へ
井上 最近はコンテンツマーケティングに取り組む機会が増えています。これは企業が短期的なキャンペーンやROI(費用対効果)などよりも、長期的な視点に立ったファン作りを重視するようになってきたからです。
さらに、いいものを作れば売れる「プロダクトアウト」の時代から、マーケティング重視で比較して選ばれる「マーケットイン」の時代へ変わってきましたが、独自性の欠如やすぐに類似サービスが氾濫する状況になってしまっています。
そこで、ここからは、「ビジョンアウト」の時代になると、個人的には思っています。
プロダクトアウト、マーケットインから、ビジョンアウトの時代へ
丸田 「ビジョンアウト」ですか。どんな手法で、どのような効果があるのでしょうか。
井上 はい。「ビジョンアウト」は、どういう未来を実現したいかを企業やブランドが提示することによって、そこに共感した生活者とともに共有ビジョンを生み出していくという考え方です。共感性の高いビジョンアウトなコンテンツを発信することで、「長期的なファン作り」「ブランドイメージを作る」「企業文化や価値観を反映した独自の価値」が生まれてくると思います。
丸田 ビジョンアウトなコンテンツはどうやって制作すればよいのでしょうか。
「ビジョンアウト」なコンテンツを生み出す3つのプロセス
井上 ビジョンアウトなコンテンツ開発には以下の3つのプロセスがあります。順番に解説します。
1) 観察力
2) ナラティブ
3) マンガ
「ビジョンアウト」なコンテンツを開発する3つのプロセス
プロセス1)企業やブランドの価値を見立てる「観察力」
井上 観察力は「いいクリエイター」の根源的な力です。佐渡島さんもご著書で「観察力とは、客観的になり、注意深く観る技術」と書かれていますが、クリエイターにとって、そのブランドや商品が生活者にどんな価値を提供しているかを観察する力は必要不可欠です。
ここで重要になってくるのが、機能的な視点やマーケット的な視点ではなく、実現したい未来が何なのかという視点で「観察」することです。そこで我々が着目しているのは、ひとりひとりの多面的な幸福を考えるウェルビーイング視点です。
ASAKOでは一昨年から「ウェルビーイング調査」を定点的に行って60の「ウェルビーイング指標」を開発し、「自分自身」「自分自身の経済・成長」「生活環境」「周囲との関わり」の4領域で分類しています。
丸田 「ウェルビーイング指標」を使うと、生活者にどう新たな価値を提供できるようになるのでしょうか。
井上 たとえば、ラムネのお菓子って子ども時代によく食べていた懐かしいおやつですよね。それを「働き方・働く環境」や「学びにかける時間」のウェルビーイング指標で捉え直すと、「頑張る人の味方」とか「集中するアイテム」というふうな価値が生まれ、顧客のペルソナが子どもから受験生やビジネスマンに変わっていきます。
また、生命保険の場合は、「残された人のための、もしもの備え」ではなく、「被保険者自身が健康になるための健康増進プログラム」と見立て直すこともできるようになると思います。
ウェルビーイング視点で商品、サービスの価値は変化する
丸田 ただ目の前のものを観るだけではなく、価値を見立て直すのが「観察力」なのですね。
続いて「ナラティブ」についても解説をお願いします。
プロセス2)オリジナルストーリーで独自の価値を生み出す「ナラティブ」
井上 はい。「ナラティブ」は、きれいにまとまったコマーシャル的な商品説明だけでなく、いままであまり語られなかった裏側の背景やプロセスを物語にして発信する方法です。
「コマーシャル」から、物語のある「ナラティブ」へとコンテンツのあり方を変化させることで、似たような商品やサービスが登場しても、そのストーリーまでは真似ができないので独自性の高い価値が生まれてくる「プロセスエコノミー」が生まれてくると思っています。
丸田 商品やサービスのコモディティ化が進む中で、簡単にまねできない独自の価値を生み出すことで、生活者に伝わるようになるのですね。具体的な事例で解説をお願いします。
ナラティブで独自価値創出の事例
井上 カルビー株式会社のブランド「miino(ミーノ)」の、「粟島一人娘プロジェクト」をご紹介します。
僕がライフワークとして離島地域の活性化に取り組んでいるところから生まれたプロジェクトで、カルビーが掲げる2030ビジョンの中の「日本の『耕す』を新しくする」に、ウェルビーイング指標の「地域に関わる活動」を組み合わせた取り組みです。
吉川 では私から具体的な内容についてご紹介します。
粟島は新潟県の北部に位置する人口330人ほどの離島で、日本で4番目に人口が少ない自治体です。そこで代々育てられてきた「一人娘」という在来種の青大豆にカルビーが着目。持続可能な農業モデルを目指して約2年半前に「miino」の「粟島一人娘プロジェクト」を立ち上げました。
ウェルビーイング×ナラティブで生まれたカルビー株式会社の「粟島一人娘プロジェクト」
きっかけは、おいしい豆をさがしていたカルビーに、日本中の離島で育てられている独自性の高い希少な豆をリサーチしてストーリーの仮説と共にご提案したのですが、そこの試食でダントツにおいしく、高いポテンシャル持った粟島の「一人娘」という青大豆と出合ったことでした。
「おいしくて希少な豆をお客様にお届けしよう」ということで動き始めたプロジェクトでしたが、初めて訪れた際に島の方から「カルビーが小さな島に注目してくれるのはありがたいけど、人口減少と生産者の高齢化が深刻で、来年も同じ生産者がいるとは限らないんですよ、それに島にはカルビーの分を育てる畑もないんです」と厳しいお言葉をいただき、このままでは「一人娘」という希少な豆がなくなってしまうという危機感を抱きました。
そこで、商品を届けるだけではなく、まずは「一人娘」の持続可能な生産体制を構築していくことから考えることにしました。島への移住者や生産の後継者をすぐに増やすことはできません。粟島の人々と一緒に、どうすれば無理なく持続可能な農業モデルを築いていけるのかを話し合い、島外の人が来島し農作業の支援をおこなう農業ツアーモデルを立ち上げました。全国から集まった応募者やカルビーの社員、島の大人や小中学生がいっしょに農作業に参加し、交流することで、みんなが主人公の「物語」が生まれました。
豆まきから雑草抜き、収穫まで生産支援として関わることで、共感と愛着がさらに高まる
カルビーのオウンドメディア内にも活動内容を記事としてコンテンツ化
井上 いままでは「商品を売る」で終わっていましたが、これからはこの「粟島一人娘プロジェクト」のように、「物語と体験を売る」ビジネスモデルへ転換していくべきだと思っています。
「粟島一人娘プロジェクト」では、今年の4月に2年半かけて育てた豆がはじめて出荷されました。一袋1500円という高付加価値の商品でしたが、プロジェクトのサイトでそれまでの歩みをコンテンツ化したり、2袋以上購入いただいた方には絵本をプレゼントしたりするなど、ツアーだけでなく商品・サービスも徹底的にナラティブにすることでたくさんの共感を生むことができました。
いわゆる広告費はいっさい使っていませんが、テレビや新聞などメディアにも取り上げていただき、今年の2月には新潟SDGsアワードの大賞も受賞しました。
いろいろなメディアにも取り上げていただき、今年の2月には新潟SDGsアワードの大賞も受賞しました。
丸田 ありがとうございました。3つめのマンガを使った事例は、大分県日田市と講談社『進撃の巨人』のコラボ事例を私からご紹介します。
プロセス3)より深く伝わり、誰かに伝えたくなる「マンガ」
丸田 『進撃の巨人』作者の諫山創先生の出身地・大分県日田市は、コミックIPとのコラボレーションで、大きな経済効果を生み出しました。
ミュージアムをつくり、アプリを立ち上げ、バスツアー、カフェ、コラボグッズなど,まちをあげて『進撃の巨人』とコラボレーションしたことで、その経済効果は年間で30.6億円に上ったとのことです。これは地域活性化という社会課題にマンガIPを活用した好事例といえます。
ダムの前に、『進撃の巨人』のキャラクター銅像を設立。ニュースで大きな話題になった
丸田 「ナラティブ」を意識したコミュニケーションはまだ始まったばかりだと思いますが、佐渡島さんはどのようにご覧になっていますか? ナラティブコミュニケーションでの収益拡大はまだ難しいと考える企業も多いと思いますが、いかがでしょうか。
佐渡島 いままでは、企業が高額の制作費をかけてイメージをつくり、伝えるというやり方が主流でした。でも、いまはそういう形での商品があふれているので、せっかくお金をかけてつくってもほかと似通ってしまいます。どういうふうにコンテンツをつくり、共感してもらうかということが、非常に重要になってきていると感じています。
ナラティブをビジネスに活かすという取り組みは、大きなブランドでもまだ始まったばかりなので、逆に小さいブランドのほうが意欲的に挑戦できる部分もあると思います。
たとえばカレーの新商品を10万食売るのは大変ですが、最近は料理系YouTuberの人が、3時間で10万食売った事例もありました。
その方は、「なぜ市販のカレーでは納得できなくて自分でつくるのか」を説明して共感を得て購買につなげています。つまり、ナラティブから商品化している人たちのほうがうまく大規模化していて、大規模にビジネス展開している人たちがナラティブを使ってという部分で苦戦しているという状況がいま起きているのではないかと思います。
株式会社コルク 代表取締役社長CEO 佐渡島 庸平氏
丸田 ナラティブ起点でビジネス化を広げていくほうがうまくいきやすいということでしょうか。
佐渡島 そうですね。自分の日常のストーリーをネタに収益を得ているYouTuberが、「商品をつくるのは自分のビジネスではないけれど、要望が多かったから今回だけつくりました」みたいに売り出すと、どんと売れる。そういう商品がいますごい勢いをもっているなと思います。
丸田 では、「粟島一人娘プロジェクト」もストーリーをナラティブに語っていくことで共感から発展につながるのでしょうか。
井上 そう願っています。1年目はほとんど予算がなく、手弁当でやっていましたが、SDGsの賞を取るなど、価値を理解してもらうことで、カルビーさんがこのプロジェクトを進めることがブランドに寄与するとご理解いただき、少しずつ大きくなってきました。
ただ島の大きさも開墾している耕作地も限りがあるので、ビジネスのスケールを大きくすることはできません。そこで、「物を売る」という発想ではなく、「島に来る」こともビジネスに組み込み、付加価値をつけた商品価格にすることで持続可能なビジネスにして、さらにこのビジネスモデルを横に広げていく。それが次のステップだと思って、取り組みを進めています。
株式会社朝日広告社 経営戦略センター 戦略ビジネスチーム 部長 クリエイティブ・ディレクター 井上 征一郎氏
丸田 商品を売る以外にビジネスを多角的に展開していくことは、最終的にブランドの価値をあげていくことにもつながりますね。
佐渡島 そうですね。浜松のうなぎパイの工場は、工場見学を始めてから多くの観光客が訪れるようになっています。仮に年間1万人来たとすると、10年間続けたら10万人、年間2万人なら20万人のファンが集まります。
カルビーさんの場合は、チップスを揚げて、できたてのチップスの試食体験ができる施設がありますが、なかなか味わえない楽しい体験なので、工場見学よりもさらに高い価値が生み出せると思います。この体験を事業化して、その日常版として安いお菓子があるという見え方にすると、さらにカルビーさんのお菓子ファンは増えると思います。
丸田 CSRやSDGsの取り組みの一環として始める企業が多いと思いますが、そうではなく事業として広げていくことが大事だということですね。
佐渡島 体験の共感力ってすごく強いんですよ。「粟島一人娘プロジェクト」は、体験によって共感を生み、ファンにする効果的な取り組みですが、運営し続けていくのは大変です。じゃあどうするか。そこで私が提案するのがマンガの力を借りることです。
マンガは、読者を共感させられない限り読んでもらえないという性質があります。一方的に流れる動画だと最後まで見てしまうこともありますが、マンガは主人公に共感できないと、あっという間に読むのをやめてしまいます。
ですから、逆に言えば、マンガというメディアを活用することで、限りなく共感を起こすことも可能になるということです。さらにマンガの場合、さまざまな登場人物のシーンを作ってストック型でコンテンツをずっとためていくこともできます。
丸田 永続的に体験を積み重ねられるのですね。
吉川 マンガの話が出てきたところで、「粟島一人娘プロジェクト」にマンガを活用すると、どういうことができるか、教えていただけますか?
株式会社朝日広告社 アカウントエグゼクティブ 吉川 さやか氏
佐渡島 粟島は新潟の岩船港からさらに船でいくことになるので、訪問するとなると夏休みの一大行事になりますよね。なので、この体験をすることで、家族関係がこんなふうに変わった、よくなったなど、まずはこの体験に行きたいと思わせることが重要かと思います。
マンガというのは、伝えたいものを伝える手段だけではなく、読者が見たいもの、共感したものがよく読まれる、という点で、コンテンツの民主化を実現するものだと考えています。。かつては、マンガ家が描きたいものを描いて、それを商品化して売るというものでしたが、いまは相手の聞きたいもの、見たいものをマンガにする広告も増えてきました。
クライアントの伝えたいものを一方的にマンガにして整理するというよりも、生活者が見たいものと企業が売りたいものの中間地点をマンガにして発信していく時代に変わってきている気がしています。
丸田 「マンガはコンテンツの民主化」。いいお話を聞きました。
講談社 ライツ・メディアビジネス局 メディア開発部 副部長 丸田 健介
長期的なファンを作るうえで重要なのは「ファンを交換する」こと
丸田 最後に、企業がマンガを活用していくとどういうことが起きるのか、将来の展望をお聞かせください。
佐渡島 長期的なファンを作るときに「ファンを交換する」ということがとても重要になってきます。
YouTube番組でよくYouTuber同士がコラボしているのと同じで、企業とビッグIPがコラボすると、そのことによってIP側からファンが流れてくることが期待できます。
たとえば今回の『進撃の巨人』と大分県日田市の取り組みは、『進撃の巨人』というビッグIPから日田市へとファンが流れました。こういうやり方は、いままでは知名度の高い人気タレントしかできなかったのですが、アニメは強いファンによって支えられているので、タレントよりはるかにファンの交換を活性化できます。ですから、講談社のようにビッグIPを抱えているところは、ファンを持っているIPと企業を組み合わせると大きな効果が期待できると思います。
また、コルクのように新人マンガ家が多いところは、マンガ家が企業にあわせて安い値段で相手が理解できるタイプのマンガを作ることができるので、一概にマンガといっても、新人タイプの安く企業のためにつくるマンガと、講談社のように地位を確立していて、ファンを持っているファンを移していく2パターンがあるということを企業のみなさんは覚えておくとよいと思います。
丸田 用途によって使い分けるとよさそうですね。
みなさん、本日は貴重なお話をどうもありがとうございました。
開催日時:2023年6月6日(火)14:00〜14:30
エリア:THE INSIGHTS ARENA
テーマ:「伝わらない時代」に、提供価値を明確にし、魅力的にコンテンツ化するプロセスとは? 〜ウェルビーイング × オリジナルストーリー× マンガIPで生まれる伝わる方程式〜
登壇者:
佐渡島 庸平/株式会社コルク 代表取締役社長CEO
井上 征一郎/株式会社朝日広告社 経営戦略センター 戦略ビジネスチーム 部長 クリエイティブ・ディレクター
吉川 さやか/株式会社朝日広告社 アカウントエグゼクティブ
モデレーター:
丸田 健介/株式会社講談社 ライツ・メディアビジネス局 メディア開発部 副部長
筆者プロフィール
C-station編集部
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