2023.06.23

認知科学の視点で紐解く「推し活」の正体|推し活とは(前編)

すっかり定着した「推し」や「推し活」というワード。実は、その対象も行動も幅広く、はっきりとした定義は存在しません。そんな「推し」を、認知科学の視点から科学したのが、書籍『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か』です。著者で認知科学研究者の久保(川合) 南海子先生に、「推し活」の構造を知り、マーケティングに活用するためのヒントを聞きました。

久保(川合) 南海子/愛知淑徳大学 心理学部 教授

1974年東京都生まれ。日本女子大学大学院人間社会研究科心理学専攻博士課程修了。博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員、京都大学霊長類研究所研究員、京都大学こころの未来研究センター助教などを経て、現在、愛知淑徳大学心理学部教授。専門は実験心理学、生涯発達心理学、認知科学。著書に『「推し」の科学 プロジェクション・サイエンスとは何か」(集英社新書)、『女性研究者とワークライフバランス キャリアを積むこと、家族を持つこと』(新曜社)ほか多数。

若年層の75.5%が「オタ」を自認する時代

──まず、「推し活」の現在地について、教えてください。

久保 2021年にSHIBUYA109 lab.がaround20(15〜24歳)を対象に調査を行った「コロナ禍におけるZ世代のオタ活実態調査」では、75.5%もの人が「自分は何かしらの『オタ』であることを自覚している」という結果が出ています。

出典:株式会社SHIBUYA109エンタテイメント「コロナ禍におけるZ世代のヲタ活実態調査」
WEB調査 n=420

さらに同調査では「あなたはコロナ禍の前と後で、ヲタ活に対する時間やお金のかけ方、熱量は変わりましたか」という設問に対して、時間が「増えた(39.1%)」、お金が「増えた(32.2%)」、熱量が「増えた(41.3%)」と回答しています。

WEB調査 n=317 ※回答者=ヲタの自覚がある人

つまり、コロナ禍のなかで、推しが心の支えとなり、推し活が加速した結果、そのまま定着した、というのが現在地と言えるのではないでしょうか。

オタ活から「推し活」へ。ライト層を取り込んだ背景にインターネットの存在

──なぜここまで「推し活」が広がったのでしょうか?

久保 インターネットの影響が大きいと考えています。1990年代後半から2000年代にインターネットが普及したことで、昔から存在した「オタ活」が広がりをみせます。

オタクはマニアックな存在で、誰がより詳しいかというところに重きを置かれていて、仲間意識の強い同好の士以外には閉じた世界でした。「推し活」のように、一般の周囲へ好きなことを広げるという行動はあまり取っていませんでした。

しかし、2000年代半ばからSNSが普及したことで、オタ活の範囲も広がっていきます。活動内容が多種多様化し、ライトなファン層を取り込んだ結果、推しを通してつながる大きくてゆるいつながりのコミュニティが形成され、現在のような「推し活」のかたちが生まれました。

また、SNSが普及し、さまざまな「好き」に対して、多様性を受容する社会になったことも一因だと考えられます。

──現代は、SNSの普及によって、顔も知らない誰かと、同じ「好き」を気軽に共有できる時代になりました。一方で、ひと昔前まで「オタク」であることを隠す人も多かった印象があります。

久保 多様性の時代になったのでしょう。たとえば、昔は「マンガが好き」というと内向的なイメージを持たれてしまったり、「アイドルが好き」というと子どもっぽいと思われたり、自分が好きなことを周囲に対して公言しづらい空気がありました。そのため、分かり合える仲間とだけ活動を行っていたわけです。

しかしいまは、多様性の時代。多くの人が自分の「推し(好き)」を普通に発信するようになりましたし、周りの人も「好き」を普通に受け入れます。もはや、誰もが何かしら「推しがいる時代」と言っても過言ではないでしょう。


「推し活」は、認知科学の概念「プロジェクション」そのもの

──久保先生は、著書のなかで、「プロジェクション」と「推し活」の関連性を指摘されています。具体的には、どのような点が関連しているのでしょうか?

久保 聞き慣れない言葉だと思いますが「プロジェクション」とは、自分を取り巻く物理世界から情報を受け取り、それを自分の中で処理して作り出した表象を、物理世界へ映し出すことで世界の意味を捉え直すという心の働きです。

私は推し活とは愛好する対象について、自ら能動的に働きかける行動であると考えています。そのような対象への働きかけは、プロジェクションの「自分の心の中と世界をつなぐ働き」そのものです。

グッズを購入するといった消費にまつわるものはもちろん、ネットで情報を収集したり、SNSで情報を共有したり、友人・知人に魅力を伝えること、推しのイメージのアイテムを探したり、推しに関わる場所をめぐる聖地巡礼なども、そのひとつです。そしてそのような行動と心はプロジェクションの働きとして捉えることが可能です。

──推し活のひとつである「グッズ購入」は、プロジェクションの視点で捉えるとどのような心理現象なのでしょうか?

久保 人は同じものを見ても、それぞれ捉え方が異なります。たとえば、江戸時代のキリシタン狩りで行われた踏み絵は、「プロジェクションの行動実験」と言えるでしょう。キリシタンにとっては「信仰につながる絵」でも、そうでない者にとっては特別な意味を持たない"ただの絵"だからです。

これが推し活では、持ち物が「推しのカラーで染まる」という行動に表れます。他の人にとって意味のない色も、その人にとっては「推しのカラー」という特別な意味を持つからです。

推しは自分の生きる現実生活にはいない、いわば非日常の存在です。グッズは、現実(自分の生活)と非日常の推しをつなぐアイテム。いわば推し活とは、「推しを通じて、現実の生活を豊かにする」活動でもあるのです。

──「推し活」がマーケティング文脈で注目される背景に、見返りを求めない応援行動が挙げられると思います。「推し活」をしている人のモチベーションとは、どのようなものなのでしょうか?

久保 人間は他の生物に比べて、非常に大きな集団を形成しているため、他者との協力が欠かせません。長い進化の過程で、自分の資源を分け与えることに喜びを感じない人は集団から排除され、喜びを感じる人が子孫を作ってきたのです。

推し活でも同じように、自分の時間やお金といった「資源」を推しのために分け与えることが自身の喜び(モチベーション)につながっています。

この「他者に分け与えることで喜びを感じる」というのは、他の動物には見られない人間的な心の働きです。言い換えると、「推し活」とは、実に人間的な行動なのです。人間ならではの、利他の精神。その延長に、推し活はあるとも言えます。ですから推し活が今後、廃れるということはなさそうだなと思います。

「推し活」は、経済にも大きなインパクトを与える

──「推し活」の行動はカテゴライズできるのでしょうか?

久保 推し活の行動は、大きく分けて「応援」「生成」「育成」「派生」「拡張」の5つの要素から成り立ちます。

「育成」のグッズ購入に代表されるようなお金を使う行為は、本人にとっても周囲にとっても、いちばんわかりやすい形の応援ではないでしょうか。

「拡張」は、現実世界の中で、推しが存在している非日常の世界と自分をつなげることで、自分の世界を広げる行為。聖地巡礼はまさにそのパターンです。また、ぬいぐるみやアクリルキーホルダーと一緒に写真を撮影する行為を見かけますよね。これも、推しを通して自分の世界を仲間とシェアすることで、自分の世界を広げる=拡張を行っているのです。

余談ですが、私の学生にK-POPが好きすぎて、韓国留学をした人がいました。その後、そのまま現地で就職。これは「派生」にあたります。

──「推し活」をぼんやりではなく、行動原理などを正しく理解することは、マーケティング戦略を検討する際にも、役に立つそうです。

後編では、推し活と消費をテーマに久保先生に解説いただきます。

認知科学から紐解く。「推し活」がマーケティングに有効な理由|推し活とは(後編)

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