顧客リクエストは「機内でつけまを売れ」
夏目:ちなみにPeachという名前はどういう経緯で?
井上:もともと、アジアのリージョナル・エアー(地域の航空会社)になろうと決めていたんです。そこで「アジアの人に愛される名前にしよう」と社員に社名を考えてもらいました。500案くらい出てきて、社員に「いい加減にしてくれ」と言われても僕はピンとこず、こう言ったんです。「アジア各国でいいイメージの言葉って何かあるでしょ? 例えば桃。孫悟空が桃をかじって不老長寿になるように中国ではラッキーシンボルだし、日本でも可愛いイメージがある。そんな名前がいい、やり直し」と。すると次のネーミング案に「Peach」が入っていた。「井上さん"Peach"は他社に登録されてなかったですよ」と。
夏目:すごいセンスだ......。このような会社の在り方を決定づけるブランディングって、専門家がやるべきことと思うんですけど。
井上:そうですか? 難しい作業だという意識はなかったですよ。まず、ターゲットは若い女性と決めていたので、私自身がポップ・カルチャーについて勉強しました。女房に「気が狂ったの?」なんて言われながら女性誌を読みあさったんです(笑)。あとは女の子が見るテレビも見ました。たとえば「東京カワイイ☆TV」を見て「お客さんのイメージはパフィの2人だ!」「女性の中でもキャリアウーマンじゃない!」などと議論しました。
夏目:でも「ついていけない」と思う瞬間、ありませんでしたか?
井上:むしろそんな瞬間ばかりです。忘れられないのは、NHKの番組です。ロシアやフランスの女の子が、日本の......なんと言ったかな、かわいくて有名なカリスマコスプレーヤーをインタビューするために来日するんです。そして番組の中で、海外の女の子が熱狂的な表情で「私は日本に生まれたかった」と言う。いままではどちらかと言えば、日本が西洋の文化を吸収する側でした。ファッションはその典型です。ところが「カワイイ」というカルチャーにはこれほどの力があるのか、と。
もちろん、僕にはなぜそこまで熱狂するのかわからない(笑)。でも、僕の好き嫌いなんか関係ないんです。結局、自分にセンスがなければ「こんな感じが人気なんだ」と学べばいい。それだけです。
夏目:海外の女性の反応はいかがですか?
井上:上々です。驚いたのは、彼女たちの情報収集力ですね。上海に就航したとき、プロモーションの時間がなく、現地から日本への搭乗率を心配していたんです。ところが、髪の色が7色くらいある女の子や、モデルのようなカッコイイ子たちが当社便を待っている。どこで情報を入手したのかわからないけれど、彼女たちは当社便を「カワイイ女の子が乗る飛行機」と位置づけ、選んでくれていたんです。上海では、別の機会に女の子からリクエストをもらいました。彼女は日本のポップ・カルチャーが好きで、何度も日本に来ていたらしい。そして「せっかくPeachを選んで乗ったのに、飛行機の中でポップ・カルチャーの雰囲気、価値観に浸ることができなかった」と言う。そして「機内でもっと可愛いグッズを売ったらどうですか?」「たとえばつけま(つけまつげ)は売らないの?」と言うんです。僕は思わず「失礼しました」とお詫びしましたよ(笑)。
世界で最も高額な機内販売、307万円!
夏目:いま、企業と顧客の関係も、大きくパラダイムシフトが起こっていますね。現在までは、企業はお客様に何か売ってお金をもらう、といった関係だったと思います。しかし今後は、企業とお客さんが支え合う関係......いわば、ファンのような関係になっていく気がします。
井上:おっしゃる通りで、お客様と企業の関係も、当社は独特です。
夏目:CAの方、お客さんと自由にしゃべってていいんですよね。
井上:いいです。当社のマニュアルは最低限の約束しか決めておらず「あとは君たちが演出するんだよ」としています。だから髪の色も自由。今は茶髪に金に銀に赤にピンク、5色くらいいます。先日はマツコデラックスさんの番組に赤髪のCAが出ちゃって、マツコさんから「そんな髪でいいんですか?」と聞かれ「うちはいいんです」なんて答えていました。企業が「お客様とはこう接する」と決めるのでなく、関係性をフリーハンドで描いていくイメージです。だからネイルもいい。でもルールがあって、お客様から「それは不快だ」と言われたら即禁止(笑)。
夏目:じゃあ、カワイイ格好したCAは「不快だ」と言われないためにがんばるしかない(笑)。
井上:アナウンスだって、CA本人の言葉でやってます。他社が「ご搭乗ありがとうございました」と言っているのに、ウチは「おおきに!」ですからね(笑)。でも、この顧客との距離感が評価され、よくコラボレーションを打診されるんですよ。例えば先日は、フォルクスワーゲンさんからお声がけいただきました。かわいいデザインの「ビートル」を若い人たちに売り込みたい、とお考えになったんです。この時「Peachのコーポレートカラーであるピンクのビートルをつくって機内で売りましょうか?」と話したら、先方もノリがよく「面白いからやってみますか!」と。すごいでしょ?
夏目:笑える! 世界で一番高い機内販売だ(笑)。いくらで売ったんですか? 実績は?
井上:1台、307万円、5台つくったら完売しましたよ。話題作りになった上にちゃんと売れて、フォルクスワーゲンの社長さんもびっくりされていました。
夏目:なぜ売れたんだと思いますか?
井上:やはり、われわれの価値観に共鳴している人が乗っていらっしゃるんです。「このノリ、いいな」という感覚で共鳴し合っているんです。
だから、機内食も人気ですよ。関西国際空港が本拠、ということでたこ焼きやお好み焼を出したり。これ、開発には高い技術が必要なんです。なにしろ飛行機では特殊な電子レンジしか使えませんからね。さらには、タイに就航したのを記念してトムヤムクンたこ焼と「シンハビール」(タイ現地ブランドのビール)のセットを出しました。ちなみにこれが面白いのは、持ち込みの企画だったことです。我々が実現してくれる企業を探したわけでなく、大阪「たこ昌」の山路社長が「これちょっとつくってみたけど食べてみませんか?」と持ってきてくれたんです。
夏目:取引がある企業も、Peachとの距離感が近いんですね。
井上:ええ。距離感が近いから、いいノリで変わったことを始めてくれる。すると、ここからまた広がりがあるんです。先日、アメリカのCNNから「世界の機内食ベストセレクション」をやる、と連絡がきました。そしてLCC部門で、当社が優勝を飾っちゃったんです。このときは大阪のおばちゃんに感謝しましたね。
夏目:なんでやねん(笑)。
井上:だって、安くておいしくないとお叱りを受けるからですよ。その結果がアメリカで花開くなんて、と(笑)。
│ただの航空会社じゃない!目指すは「地方創生のインフラ」
夏目:最後に、今後の需要予測はいかがですか?
井上:航空業界、なかでもLCCは、まだまだ発展の余地があるんです。例えばアメリカでもヨーロッパでも、LCCのマーケットシェアは約4割です。一方、北東アジアはLCCのマーケットシェアが約10パーセント、人口は約16億人います。これから北東アジアの発展を牽引していくのは、間違いなくLCCなんですよ。現在はまさに戦国時代で、あと5年以内にはどの企業が抜け出すのかはっきりすると思います。
夏目:今後の見通しは?
井上:当社が市場を牽引していくと思っていますし、その自信もあります。実は北東アジア初めて、LCCオブ・ザ・イヤーに選ばれました。「春秋」「チェジュ」「香港エクスプレス」等はまだとれていません。そして先日は、安倍内閣の「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」のメンバーに、航空会社のなかで、Peachだけが選ばれました。官邸の方に理由を聞くと「Peachは就航率が99.3パーセントで、キャンセル率が、年間コンマ7パーセント」だと。この数字は、台風や大雪などどうしようもない理由がない限りはほぼちゃんと飛んでいる、ということを示しています。要するに、安いのにちゃんとしている、という点が評価されたのです。しかも、Peachは国際線のインバウンド比率が72パーセント。官邸は「地方創生を担うインフラ」「日本の観光業を担う重要な企業だ」と考え、当社にお声掛けくださったようです。
夏目:すでにLCCは国策とともに歩む形になっているんですね......。
井上:その通りで、いま、日本市場最速で事業規模を拡大しています。現在、国際線が13路線、国内が12路線、計25路線で運航しています。市場はブルーオーシャンで、お客様を取り込むだけ取り込んでいく予定です。そして、我々はこれもまた「できる」と思っているんですよ。なぜなら我々は「日本にLCCなど根付かない」と言われていたところから、市場を開拓してきた身ですからね。
'58年神奈川県生まれ。82年早大法学部卒業、三菱重工業入社。
台湾、北京駐在を経て、'90年全日本空輸に転職。'04年北京支店総務ディレクター、'08年アジア戦略室長(香港)、'10年LCC共同事業準備室長。'02年2月日本初のLCC、Peach Aviationを設立、代表取締役CEOに就任