2023.03.07
Z世代の労働観から、マーケティングのヒントを探る|羽生祥子のVoiceHub! Vol.1 ── 松永 エリック・匡史<後編>
「日経DUAL」「日経xwoman」の創刊編集長・羽生祥子さんが、アカデミックの現場の声(Voice)からマーケティングとビジネスのヒントを届ける対談連載。 今回は前編に続き、ビジネスコンサルタントで音楽家でもある、青山学院大学 地球社会共生学部 教授、4月から学部長に就任する、松永 エリック・匡史さんとの対談をお届けします。
後編では、「Z世代の労働観」から、Z世代向けのマーケティングのヒントを探りました。
青山学院大学 地球社会共生学部 教授(4月より学部長に就任) 松永 エリック・匡史(まさのぶ)さん(右)と、
羽生祥子(はぶ・さちこ)さん
仕事も私生活も自分で選びたいZ世代
羽生 前回に引き続き、エリックゼミの学生たちに聞いたキャリア観に関するアンケート回答をもとに、日本のZ世代の労働観について解き明かしていけたらと思います。またその結果から、Z世代向けのマーケティングのヒントも同時に探れたらと考えていますので、よろしくお願いします!
さて、「労働と私生活のバランスをどう感じるか」というアンケートでは、「仕事か、私生活か」という二者択一ではない回答が目立ちましたよね。
エリック そう、「若いうちは仕事に没頭したい」「ライフステージに合わせて、メリハリをつけた働き方をしたい」という回答が多かったですね。
労働と私生活のバランスを問うアンケートの結果。年齢や状況に応じて、仕事と私生活のバランスを取りたいと考える学生が多い傾向にあった。
羽生 つまり、若者は安定して見える大企業や、ずっと同じペースで仕事をすることを求める会社は望んでいない。むしろ、仕事も私生活も自分で選択できる会社に魅力を感じるのではないかと、私は思いました。日常的に学生たちと接しているエリックさんは、どう思われましたか?
エリック 仕事であれ私生活であれ、自分の価値観でそのときに大事にしていることができるかどうかで、働き方を選ぶ学生が増えたと感じます。インターネットで情報が溢れる中で育った学生は、情報を鵜呑みにしないで自分で考える傾向が強まっているのでしょう。
羽生 いまは、仕事と私生活を切り分けて考える「ワーク・ライフ・バランス」よりも、ライフのなかにワークがあるという「ワーク・イン・ライフ」の考え方が広まっていますよね。
エリック そうですね。僕も「ライフのなかにワークがある」というワーク・イン・ライフの考え方には賛同しています。授業でもワークライフバランスという言葉をよく耳にしますが、ライフとワークを天秤にかけてバランスを取るのは間違いだと教えています。ワークはライフの一部だし、そのバランスは人によって価値観が違って然るべきです。「残業が多いからブラック企業だ」という考え方に象徴される「仕事が多いから不幸だ」「ワークとライフが50:50のバランスが最善である」というのは、他人が決めることではないと思いますね。正直言って僕は仕事がライフにおける大きな部分を占めていますが自分の人生に満足しています。
羽生 この結果から、「自分の生き方(働き方)は、自分で選びたい」という彼らの意思を感じることができますよね。これはマーケティングにおいても同様で、ひとつのスタイルを"ベストプラクティス"として押し付けるのではなく、多様なケースを示して共感を呼ぶアプローチを目指すことが大切なのではないでしょうか。
エリック Z世代である今の学生たちは、"自分らしさ"をとても大切にしています。採用においても、マーケティングにおいても、パーソナルな部分を理解してあげることが大切な要素だと感じます。同じ地上波の番組や雑誌、新聞を観て影響される時代は終わり、自分の好きなコンテンツを選ぶ世代は、マスのパワーで強引に創り出されたトレンドには興味がないのです。
「自分が好き(ファン)だから」という視点で選ぶZ世代
羽生 近年はターゲットに合わせて、商品やサービスをより細分化して紹介するマーケティングも目立ちます。
たとえば、アフラック生命保険株式会社のがん保険の紹介サイトは「もしも自分ががんになったら...」というLPで、実際のがん体験者のさまざまなケースを細かく紹介しています。いわゆる昔の編集手法でよくある「ベストバイ」というアプローチではなく、「このケースは自分の場合だ」と、リアルな自分ゴトとして検討することができる。正解はひとつではないという視点を商品と組み合わせていて、よくできていると思います。
事例別に細かく保険体験が紹介された「アフラックのサイト」は、多様化するライフスタイルに合わせている
エリック 商品やサービスを「流行っているから」ではなく、「自分が好きだから」という視点で選ぶのが強いのも、最近の若者の傾向ですよね。定年後の人生をどのように過ごしたいかというアンケートでも、学生によっていろいろな回答があったのは、いまの若者の特徴をよく表していると感じました。まさに個の時代を象徴していると感じますね。
羽生 確かに......! 自由回答にそれぞれ自分の"理想の定年後"を書き込んでいて、読んでいるだけでも多種多様で面白い。
エリック 考えてみたら、人によって合う・合わないがあるはずなのに、「退職後は田舎でのんびり暮らすのがいい」とか押しつけるのは、間違いですよね。いいか悪いかの問題ではなく、都会と田舎ではコミュニティも生活ルールも利便性も異なるわけですから。ちなみに僕は都会じゃないと生きていけない派です(笑)。
定年後の人生をどう過ごしたいかというアンケートには多様な回答が寄せられた
羽生 私がこれまで創刊してきたメディアでも、老後の描き方はさまざまです。老後は田舎でのんびり暮らしたいという考える若者もいるし、老後は銀座で歌舞伎を楽しみたいという60代の人だっている。一律に「退職後は田舎で悠々自適の生活をしよう!」と決めつけられたら、違和感を覚えてしまうと思います。
企業のビジョン・ミッション・バリューの作り方も変わってきましたよね。これまでの日本企業では、経営トップが決めていましたが、いまは若手社員と経営陣が一緒になって「CI(コーポレート・アイデンティティ)」をつくるケースが増えています。
エリック いまの企業トップにいる方たちは、2030年にはほぼ、いなくなります。自社のビジョン・ミッション・バリューがZ世代の若者たちに受け入れられるかどうかを見直すことも、企業の存続に必要不可欠ですね。Z世代の若者にとって、特に未来を描くビジョンは他人事ではないのです。Z世代が企業の中枢になるときの話をしているわけですから。
羽生 おっしゃるとおりです。
Z世代を知るキーワードのひとつである「多様性」は、労働観にも見られると話すエリックさん(右)と羽生さん
減点法には、未来がない
羽生 いま、日本の将来を不安視する人が増えている。だからゼミの中であえて、「日本を誇りに思えますか」というアンケートも行ったんですよ。そうしたら、59%が「誇りに思う」と答えた。素晴らしい数字ですね、ここに私は希望を感じました。エリックさんはいかがですか?
エリックゼミの学生は、約6割が「日本を誇りに思う」と回答した
エリック これは地球社会共生学部ならではの傾向かもしれません。本学部の学生は、提携しているタイ、マレーシアなどへの留学が必須で、卒業前には全員が留学経験者です。目や髪の色、着ている服、カルチャー、食べ物など、あらゆることが違う海外での生活を通して、日本について考える経験をしている彼らなので、客観的に日本のよさがわかるのだと思います。アジアへの留学はアジアに対する偏見を崩し、さらにアジアの学生との対話を通して日本を素晴らしさ見直すきっかけになっているようです。
羽生 なるほど。日本から一度も出たことがないと、なかなか客観的に自国を眺めることはできず、悲観的になってしまうかもしれませんね。海外在住経験の多いビジネスエリートにどこで暮らしたいかと聞くと、実は「日本がいい」と答える人は多いです。「日本はもう終わっている」と批評から入る人もいますが、いいところを見つけ、加点するくせをつけないと日本の成長を実質的に推進できない。それに、そのような視点を持ったほうが、人生を楽しく過ごせると思います。
エリック 僕も海外経験が長いのですが、日本が大好きです。特に海外で働くと日本人の素晴らしさをたくさん発見することができますよ。ただ最近気になる減点法の考え方は日本の教育の問題だと思います。受験も就職もランキングに惑わされているからでしょうか。減点法の人生を過ごしても楽しくないし、明るい未来はないと思います。ポジティブに未来を創造したいですよね。
批判ではなく、「共感」で届けることが重要
羽生 マーケティングでも、批判を大前提に考えると失敗することが多いですよね。失敗する理由を挙げることが賢い仕事だと思っているのは、イノベーションができない組織の"あるある"です。それに、批判ではなく、共感を大事にする会社や団体には、必ず「いいね」と思う若者がついてきます。古い価値をそのまま使うのではなく、若者たちの価値と融合させる。つまりインクルージョン(包含)ができれば、その企業は成長できると思います。
エリック 僕の大学で最も共感する親友でもある駅伝の原監督から聞いたのですが、最近のスポーツは単に結果を追い求めるのではなく、勝敗のプロセスを重視して共感につなげているそうです。たとえば箱根駅伝で、トップ争いだけではなくシード争いも盛りあがるのは、スポーツの魅力が単に勝負だけではなく、そこに至るプロセスや個人の持つストーリーへの共感があるからだと思います。しかしながら、SNSの時代にどっぷりの若者たちは、常に批判的なコメントや低評価にさらされた時には、攻撃することが防御になるという間違った行動に走ることが少なくありません。共感に大事なのは、まず自分の価値を認め周りの評価を気にしないようにすることと、相手を知ろうとすること、そして受け入れる姿勢を持つことです。
つまり、相手を知る時には、理解できないものを排除するのではなく、理解できないものも含めて受け入れ、常に相手に敬意を払うことが大切なんです。企業内でこういった「共感の文化」を育むことができれば、若手とベテランの共感による新たなアイデアからイノベーションが起きやすい企業になるでしょう。これからの時代に求められるのは、市場のマーケティングだけではなく「共感・共創」がとても重要になるのではないでしょうか。
羽生 そうですね。プロセスやストーリーを盛り込むスポーツの手法は、企業のマーケターもぜひ真似したいところですね。そのなかに、Z世代の心を掴むヒントもあるように感じます。本日は貴重なお話をありがとうございました。