2023.03.03
リテールメディアとは? 小売業とメーカーが描くWin-Winの設計図
アメリカではすでに大きな経済効果をもたらしているリテールメディア。日本でも注目のマーケティング領域として語られることが多くなり、新たなリテールメディアの採用やこれまでのリテールメディアの改善を図る企業も増えています。本記事では、リテールメディアとは何か、また注目されるようになった背景や事例を紹介し、これからを探っていきます。
リテールメディアとは
リテールメディアとは何か
「リテール(retail)=個人向けの小売」という意味からわかる通り、リテールメディアは小売業が自ら提供するメディアのことです。私たちは日ごろから、ECサイトや小売店のアプリ、実店舗に設置されたデジタルサイネージなどのリテールメディアに接しています。店舗で配布されるチラシなども古くからあるリテールメディアといえますが、近年では特にデジタル領域のものが注目されています。
リテールメディアは、1stパーティデータを活用し、効果的な広告やクーポンなどを配信することができます。ここでいう1stパーティデータとは、小売業が独自に収集した顧客データや、アプリやECサイトなどにおける利用ログなどの行動データのことです。生活者は何かを購入する目的を持ってECサイトや実店舗を訪れています。リテールメディアでは、その小売業の活動で得られた1stパーティデータを活用し、来訪者ごとにカスタマイズした施策を展開できるため、効果が必然的に上昇します。
リテールメディアは、他のメディアよりもリーセンシー効果(直前に触れた広告が購買に影響する効果)が高い点でも評価されています。リテールメディアは、小売業者と生活者をつなぐ接点となるメディアであり、購買や認知度アップにつながりやすいとして期待を寄せる企業が増えているのです。
リテールメディアのメリット
リテールメディアのメリットを、小売業、メーカー、生活者それぞれの立場で見ていきましょう。
まず小売業者は、自社で保有するデータを活用した広告やクーポンの配信などの施策展開によって、本来の小売業の収益アップを目指すことができます。さらにそれだけでなく、広告などによる収益をメーカーから得ることができるメリットもあります。
メーカーは小売業が持つデータを活用し、自社製品の長期的な販促戦略を推進することが可能です。これまで小売店におけるメーカーの販売戦略は、新製品や季節商品のキャンペーンなど、短期的な販売促進策が中心でした。
しかしリテールメディアを活用すれば、顧客の属性はもちろん実店舗やECにおける購買データ、ECサイトやアプリの閲覧履歴などの行動データまで紐づけて分析することができます。精度の高いターゲティングによる販促戦略が可能なばかりか、小売業との共同販促の仕組みが構築できれば、PDCAサイクルを回せるようになりいっそう効果を高めることができます。
生活者にとってのメリットは、自分の興味関心に合った商品やサービスが見つけやすくなること、また自分にとってお得な情報に接する機会が増えることです。また、自分の目的や好みとは関連のない広告やレコメンドが表示されるストレスも減り、満足度の向上にもつながると考えられます。
注目されてきた背景
アメリカにおける成功
リテールメディアが日本で注目されるようになった背景には、まずアメリカの小売業がこの手法によって成功をおさめていることがあげられます。その代表格が、リテールメディア市場の約8割を占めるアマゾンや、世界最大のスーパーマーケットチェーン、ウォルマートです。
ウォルマートは実店舗での豊富な顧客データを活用しリテールメディアをいち早く成功させた小売業で、2021年の米国における純広告収入は21億ドル(約2700億円)と発表しています。その影響もあって、日本でもコンビニエンスストアやドラッグストアなどが、ポイント制による顧客データ収集などを積極的に採用しており、リテールメディア分野の動きが活発になっています。
データマーケティングに悩む広告主
一方、消費財などのメーカーは、多くの場合充分な顧客データを自社で持つに至っていません。D2Cなどの施策を推進して顧客データを取得するメーカーも増えていますが、まだ売上の多くは小売店で発生しているのが現状です。そのため、この課題を解決する手法としてリテールメディアへの関心が高まっています。
メーカーは小売業者とパートナーシップを組むことで、生活者一人ひとりの購買行動に基づいたマーケティングが可能となります。明確な購入目的を持ったユーザーが訪れるメディアで、緻密なデータ分析をもとにピンポイントで施策を反映することができるため、高いコンバージョン率や費用対効果が期待できるのです。
Cookie規制の動き
プライバシー保護の動きが加速する状況に伴い、AppleやGoogleをはじめとしたメガプラットフォーマーが、サードパーティーCookieのサポート廃止に乗り出しています。AppleのSafariでは、既にサードパーティCookieのサポートを終了しています。Googleも二度延期しているものの、2024年後半までにサポートを廃止し、サードパーティCookieに頼らないシステムを構築すると公表しています。
Cookieとは、Webサイトを閲覧したときに保存されるファイルのことで、問題視されているサードパーティーCookieは、ユーザーが訪問しているWebサイトとは異なるドメインから発行されるCookieのことです。これまで、このサードパーティーCookie、つまり他サイトで得られた顧客データや行動データを活用することによって、さまざまなマーケティング施策が展開されていました。しかし、これに対する規制の動きが強まったのです。
日本でも2022年に改正個人情報保護法が施行され、規制が強まっています。サードパーティーCookieが廃止されれば、CV率が高いとされるリターゲティング広告などを打つことができなくなり、広告を見たユーザーがCVに至るまでの行動も計測できなくなります。そのため、小売業自らが保有する1stパーティデータを活用するリテールメディアに期待が高まっているのです。
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市場規模と事例
アメリカの市場と市場規模
アメリカのリテールメディア広告費は、2024年に611億5000万ドル(約8兆円強)に増加する見込みです。これは全デジタル広告費の20%近くを占める数字とされています。 ※米国の調査会社Insider Intelligence調べによる
2022年に高い成長を見せている企業が、インスタカート(買い物代行と配達サービスを行うアメリカの企業)、ウォルマート、Amazonなどです。リテールメディアは、アメリカではすでに成長著しいデジタルマーケティング分野として認知され、さまざまな企業が本格的な参入を図っています。
アメリカの事例:ウォルマート
ウォルマートはアメリカ国内で5000店舗を構え、豊富な顧客データの収集が可能です。その強みを活かし、店舗やECサイト、アプリでの行動データを活用した広告配信をECサイトや実店舗で積極的に行っています。またTikTokやRokuと協業し、配信先の拡大にも取り組んでいます。ドローンによる商品の運搬やVRショッピングなど、顧客データを取得する接点を増やし、そのノウハウで特許を多数取得しているのも特徴です。
ウォルマートのアメリカにおける純広告収入は、2021年は21億ドル(1ドル135円換算で約2800億円)で、アメリカのリテールメディアにおけるデジタル広告費の8.2%のシェアを占めています。2024年には45億2000万ドル(1ドル135円換算で約6100億円)に達する見込みです※。
※Insider Intelligence調べによる
アメリカの事例:Amazon
Amazonは自社サイトの広告枠販売という最もわかりやすいリテールメディア展開で、自社収益の向上とともにメーカーなど売り手のサポートを行ってきました。
生活者が目的の商品を探す際、検索ワードを直接入力したり、おすすめ商品をクリックしたりしながらwebサイトを回遊します。この膨大なデータが蓄積され、パーソナライズされた広告を、もともと購入意欲が高いユーザーに対して配信できることが、大きな強みといえます。アマゾンの22年の年間広告売上高は377億3900万ドル(1ドル135円換算で約5.1兆円)で、前年から21%の増加と成長を続けています。
日本の市場と市場規模
日本での2022年のリテールメディア広告市場は135億円、2026年には約6倍の805億円規模に拡大すると予測されています※。 ※株式会社CARTA HOLDINGS調べによる
1stパーティデータを活用したリテールメディアへの期待が高まるなか、小売企業のDX化やテクノロジーの普及が後押しし、さらに市場規模が成長していくことが予想されています。
日本の事例:セブンイレブン
セブンイレブンは2022年に「リテールメディア推進部」を立ち上げ、スマートフォン向けの公式アプリ「セブン-イレブンアプリ」を軸とした広告配信を行っています。アプリではポイントの管理や在庫検索などができ、電子決済との連携も可能です。
従来のPOSでは商品の販売データは収集できましたが、一人ひとりの購買データを知ることはできませんでした。現在では顧客にIDを付与してデータを管理するID-POSにより、購買データとアプリ上のクーポンやキャンペーン情報の閲覧履歴といった行動データとを紐付けることができるようになりました。これによってより効果的な販促施策を展開しています。
日本の事例:マツキヨココカラ&カンパニー
マツキヨココカラ&カンパニーでは、これまでも店舗とECを組み合わせたオムニチャネル戦略を進めてきました。これをさらに強化するための施策としてスタートしたのが、メーカーと同社の共同販促モデル「Matsukiyo Ads(マツキヨアド)」です。
Matsukiyo Ads は、マツキヨココカラ&カンパニーが運用する Google広告で、メーカーの製品情報を配信するものです。広告とアプリの連携によって、広告に触れた生活者の来店や購買行動の検証ができます。分析データはメーカーと共有し、共にブランドを育てるパートナーとして取り組んでいます。
日本の事例:ファミリーマート
ファミリーマートと伊藤忠商事は、合弁会社ゲート・ワンを設立し、デジタルサイネージを活用した事業を展開しています。全国で16,000以上の店舗数を持つファミリーマートは、店頭におけるメディアの価値に着目し、視認性が高く、買い物中の顧客に直接アプローチできる「FamilyMartVision」を開発しました。
「FamilyMartVision」では、3面のスクリーンをレジの上を中心に設置し、エンタメ情報やニュース、商品やサービスを紹介するオリジナル番組など、さまざまなコンテンツを配信しています。これによって来店時の顧客体験が向上し、非設置店舗と比較して売上や広告商品、ブランドの認知率の向上が見られたといいます。デジタルサイネージにはAIカメラを取り付け、視認した人の数や属性、視認秒数などを自動認識させ、効果測定を行う仕組みまで整えています。
リテールメディア成功への課題
リテールメディアによる施策を成功させるためには、根幹となるデータが正確に収集できるか、そのデータは広告配信に活用できるのか、さらにはデータの量の確保、適正なシステム構築などがカギとなります。
また実店舗でのデジタルサイネージ展開やPOSシステムの変更などは、全国にチェーン展開をする小売業にとって、莫大なコスト負担となります。
多くの小売業にとってリテールメディア事業は新しい取り組みになるため、専門の知識や技術を高めることが必要です。メーカーでも広告と販促チームの連携などの体制整備が求められます。小売業とメーカーが、ともにリテールメディアを推進するための仕組みや組織づくりを充分に行うことが必要となるでしょう。
また、小売業ではそれぞれの企業ブランドの特徴や業態によって、さらに立地などによっては同じブランドでも店舗ごとにも、顧客の行動が大きく変わります。したがって、リテールメディアによる施策には「こうすれば間違いなく効果が上がる」という方程式はありません。小売業とメーカーが協力して、顧客がどのような行動を取っているのかをつぶさに分析しながらコミュニケーション施策を練っていく必要があります。
しかし、リテールメディアを活用することによって「より良い顧客体験とは何か」「収益をあげるために何が効果的なのか」といった検証が、従来の販促活動よりもずっとスピーディに行えるようになることは間違いないでしょう。さらに、展開によっては新たなビジネスチャンスも見込めることから、リテールメディアには今後も注目が集まりそうです。