2023.02.15

22年カタールW杯を機に本格的なデジタル配信時代が到来。スポーツ×OTTの可能性と課題とは

2022年11月20日〜12月18日まで開催された22年カタールW杯では、W杯史上初めて全64試合がインターネットで無料生中継され、多くの視聴者がこれまでの地上波中心の視聴形態からインターネット中心へ転換していきました。スポーツ放送史の観点からは、歴史的転換点となったといえるでしょう。
そこで今回は、ビジネス向け動画配信プラットフォームのグローバルリーダーであるブライトコーブのプレミアムアカウント営業部 ディレクター 永井晋作氏が、「スポーツ×OTT」の可能性と課題について緊急解説します。


「編成枠の縛りがない」デジタル配信が台頭

カタールW杯のインターネット配信において、日本代表のグループステージ第3戦目などが生中継された12月2日(金)には、1日の視聴者数が1,700万人を突破し、史上最高の数値をたたき出しました。多くの視聴者がテレビからデジタル配信へ、劇的な移行を果たしたといえるでしょう。リアルタイム視聴だけでなくオンデマンド視聴も可能で、テレビだけでなくスマホやタブレット、PCなどでも視聴できるという点で、視聴者にとってメリットが大きかったと考えられます。

今回インターネット放送が台頭した理由をビジネス視点で見ると、特に印象的だったのが「CMの挿入のしかた」です。試合中、CMを各所に挟みやすい野球に比べると、サッカーの場合は15分間のハーフタイムの間にCMをまとめて流すのが一般的です。そのため、あまりその間のエンゲージメントが高くない傾向にありました。

その点では、ハーフタイムも視聴者のエンゲージメントを維持させるために、CMだけでなく試合のハイライトや解説者のコメントなど魅力的なコンテンツを仕込む工夫が見られました。

そもそも、全試合の放映権を地上波放送局ではなく「インターネット放送局」が取得したのは、放映権自体が高騰していることに加え、放送局では編成枠の縛りがあり、放映権をフルに使いきれないという事情があったと考えられます。たとえば地方でビジネスを展開しているCMスポンサーに対して、ワールドカップの放送枠を調整するのが難しいという諸々の事情や、費用対効果を鑑みての判断だったと考えられます。

その反作用として、全試合をフルで配信した「インターネット放送局」が注目されたのだと思います。無料での配信でしたから、この配信案件単体でのビジネスというよりも、映像権利を使った他ビジネスや今回の配信で集客したユーザーにサブスク契約してもらうなど、副次的な効果も重なることで投資金額を回収できると読んだのでしょう。こういった動きは、今後サッカー以外のスポーツにも展開していく可能性があるかもしれません。

現在、各インターネット放送局は積極的にコンテンツに対して投資しています。たとえば、大手プロレスリング団体や格闘技の試合映像が大手インターネット配信会社で放送されていますが、これは放映権を各インターネット放送局に渡す代わりに、レベニューシェアするなどのビジネス条件があるのではないかと考えられます。インターネット放送局は、こういったライツビジネスでいかにイニシアチブを取るかを考えているのではないでしょうか。

ただ、サブライセンスを他社に渡さず独占配信というケースも見られます。配信局にとってメリットがあるかどうかでビジネスの方向性が異なってくると予想されます。

視聴者の属性に合ったCM挿入や動画の提案ができるOTT

OTTならではの特長として、「スマホやタブレットからTVなど、デバイス間を自由に行き来できる」「パーソナライズレコメンデーションできる」「配信方法や課金システムの導入など、D2C型のビジネスを展開できる」という3つの点があります。なかでも、視聴者の属性をインターネットの検索や視聴履歴から導き出し、趣味趣向に合ったCMや番組の提案ができるパーソナライズレコメンデーションは強みでしょう。

たとえば、音楽やショッピング、動画配信などあらゆるサービスを展開している事業社では、各サービスからパーソナリティデータを集めて、ユーザーにあった広告を表示したり、番組をレコメンドするなどのターゲティングを行ったりすることが考えられているでしょう。

多くの方々に広い認知とブランディングができるテレビCMを利用しつつも、ターゲットを絞り込んで確実にリーチしていくマーケティングは今後トレンドになっていくと予想されます。OTTでは広告の反響が数値として確実にわかることも、広告主側としてはマーケティングに活用しやすい点と言えるでしょう。

スポーツの放映権は引き続き高止まり。デジタル配信への移行も加速

今回のカタールW杯のケース同様、アメリカにおけるNFLやMLB、日本ではプロ野球やJリーグなど、メジャースポーツの放映権は引き続き高止まりすると予想されています。

一方、マイナースポーツや社会人・学生スポーツの試合、また声楽コンクールなどの文化系イベントなどでも今後デジタル配信が増えていくと思われます。最近だと「sportsbull」(https://sportsbull.jp/)など、AIソリューションを活⽤したスポーツ映像配信の事例もあります。

学生スポーツで例をあげると、関西学生アメリカンフットボール連盟とスポーツのライブ配信事業などを手掛ける「rtv」が協業で運営しているアメフト専門動画メディア「アメフトライブ by rtv」は、2012年に開設し、関西学生リーグ全試合のライブ配信をメインコンテンツとして提供しています。アメフトチームの皆さんに次に対戦するチームの映像を見るために部活単位で入会してもらうなどのエクスクルーシブな提案も行い、ビジネスとして成立させています。

サイト閲覧数(PV)は、昨年こそ新型コロナウイルスの影響での試合中止や延期に伴って一時減少したものの、初年度の約93万PVから毎年約120%ずつ増やして19年には約246万と成長を続けています。

アメリカで成功を収めるOTTサービス。日本では依然としてマネタイズが課題

スポーツ分野のOTTサービスが乱立するほど活発なのがアメリカです。アメリカ・ブライトコーブによると「NBA、NFL、NHL、MLBの4大スポーツリーグではそれぞれが独自のOTTサービスを展開し、配信権料も年々上昇している」ということです。ゴルフや釣り、モータースポーツなどでもOTTサービスが展開され、多くのファンをつかみ、それぞれ大きな成功を収めています。

さらに米国では、Amazonがこのコンテンツ業界でも大きな影響力を示しており、プレミアリーグ、NFLなどの権利を次々とテレビ局から奪い取っています。日本とアメリカにおける、チームや運営団体の「配信の権限」に対する意識の差が表れているのではないでしょうか。

アメリカでは、スポーツ団体側が主導権を取るために、放送局や配信プラットフォームに対してかなり強気な交渉をしています。なぜなら配信の権限がビジネスの核だからです。独占放送という形態もありますが、幅広く配信権限を売って収益化しています。

一方、日本でも自前のOTTサービスは少しずつ増えてきましたが、スポーツ団体側での積極的なOTTサービス運営がまだ少ないと感じます。OTTサービスを展開するスポーツチーム・運営団体は今後、国内でもますます増えると見込まれます。その普及により、ファンや既存メディアとの関係性に変化が生じるばかりではなく、スポーツビジネスのあり方そのものを大きく転換させる可能性もあるでしょう。

しかし日本においてはアメリカなどで一般的なPPV(ペイ・パー・ビュー)が浸透しづらいと予想されます。海外の場合はもともとPayTVが主流だったため、OTTになっても見る方法が変わっただけで、コンテンツに対してお金を払う意識のハードルは低い傾向にあります。

逆に日本では、昔からテレビは無料で放映されてきましたので、課金へのハードルが高いのです。ただ、ボクシングやアイドルライブなどさまざまなコンテンツが課金での視聴に限られていくようになると、PPVも緩やかに成長していくと推測できます。

ある程度の規模感で、かつセキュリティも担保した上で配信を行うためには、制作費とともに、課金システムの導入などのコストもかさみます。そういった点でもマネタイズは依然として課題として残るでしょう。


ブライトコーブ株式会社 プレミアムアカウント営業部 セールスディレクター
永井 晋作(ながい しんさく) 

ネットワークインテグレーターの営業からキャリアをスタート。ネットワーク通信機器メーカー、セキュリティ機器メーカー、ロードバランサー機器メーカーを経て現職に至る。動画配信サービスを提供するメディア企業を担当。

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