2023.01.12

「マンガ編集者はいま何を考え、未来をどう見据えているのか?~消費者インサイトを読み解く技法」 ── 講談社メディアカンファレンス2022 ミライトーク02レポート

マンガのヒット作品は、マスの潜在的無意識を映し出す鏡のようなもの。マンガ編集者は現実世界をどう捉え、それをどのように作品として昇華させているのでしょうか。ビジネスにも効く技法を探りました。

※本稿は、ビジネスオンデマンド動画「講談社メディアカンファレンス 2022 ミライトーク03」のレポートです。動画は、2023年1月31日までアーカイブ公開中です。詳しくはこちらをご覧ください。

左から、講談社 ライツ・メディアビジネス局 IPビジネス部 副部長 石本洋一、
株式会社Henge 代表取締役社長 廣田周作さん

講談社 ライツ・メディアビジネス局 IPビジネス部 副部長 石本洋一(以下、石本) 本セッションでは、「マンガで読み解く女性のインサイト」「マンガは世界とつながっている」「講談社広告宣伝事例とマーケター視点」という3つのパートに分けて進めていきます。廣田さん、よろしくお願いいたします。

株式会社Henge 代表取締役社長 廣田周作さん(以下、廣田) よろしくお願いします。

石本 マンガ編集者には、マンガ作品をヒットさせるために、世の中の動きや読者のニーズをつかむ能力が求められています。マンガ編集者が現実世界をどうとらえ、それをどのように作品として昇華させているのかについて、廣田さんとともにマーケターの視点で深掘りし、「ビジネスにも効く思考法」としてお届けできたらと思います。

パート1:マンガで読み解く女性のインサイト

石本 いま女性コミックは、LGBTQ、ジェンダーバイアス、ルッキズムなど、踏み込んだテーマにも果敢に挑み注目されています。助宗さんは「Palcy」の編集長を務めたときに、いままでの紙の媒体とは違った仕事内容で、どのような発見や気づきがありましたか?

講談社 第四事業局 クリエイターズラボ IP開発ラボ チーム長 助宗佑美(以下、助宗) 「Palcy」の前に担当していた「kiss」では、20〜30代の女性向けというセグメントがあったので、20〜30代の女性がいま何に関心があり、何に困っているかというところからヒントを得て作品をつくっていました。
一方、「Palcy」はマンガアプリなので、10代から60代以上の女性まで、広範囲のユーザーがターゲットです。世代によって好まれる作品や、世代に関係なく好まれる作品の傾向が見えてきて、おもしろかったです。

自身の経歴について語る、講談社 第四事業局クリエイターズラボ IP開発ラボ チーム長 助宗佑美(写真中央)

「多様性」「SDGs」という枠組みは読者が決める

廣田 マンガには難しいテーマを扱った作品も多いですよね。編集者としてどんなところを意識されていましたか?

助宗 「Palcy」では、『ゆびさきと恋々(れんれん)』という聴覚障がいがある主人公がはじめての恋愛をする作品や、『うるわしの宵の月』という性差に関する表現が盛り込まれた作品の人気が高く、特に10〜20代の女性が読んでいる感覚がありました。

(左から)ゆびさきと恋々(1) 著:森下 suu/うるわしの宵の月(1) 著:やまもり 三香

どちらも繊細で、どうやって取り扱っていくべきか悩む作品ですが、"特異性"がマンガの世界のなかで、当たり前に受け入れられているところが人気の理由ではないでしょうか。
特異性があるからと縮こまるのではなく、それを周りも受け入れている、そういう世界感が好きな人は多いと感じます。

廣田 SDGsのように大きなテーマの場合、よく「どこから取り組んでいいかわからない」とご相談を受けることがあります。その際に、共感性を生み出すことができ、重いテーマの入り口としてわかりやすいマンガを活用するのはよさそうですね。

助宗 ただ、私たちは「SDGsのマンガを描きましょう」「テーマは多様性にしましょう」と決めてマンガづくりをすることはありません。
「この世界が好かれるのはなぜだろう」「この作品に対する共感や称賛は何から発しているのだろう」ということに着目し、思考を広げていきます。結果的に、そうすることで読者の方が「この作品は多様性がいいよね」と評価してくれると思っています。

廣田 マーケター視点だと、お題目やテーマから考えがちです。共感ポイントを深掘りしてコミュニケーションの方法を策定することが、結果的に社会的課題につながっていくというのは、非常に勉強になります。

リサーチ力とリアリティが共感を生み出す

廣田 編集者の視点でとらえるために、大事にしていることや、どうやったら深掘りできるかという点について教えてください。

助宗 少女マンガの多くは、ティーンが主人公のラブストーリーです。しかし年を重ねるごとに、思春期特有の寂しさや苦しさが分からなくなることもあります。ですから、ティーンの話を聞いたり、あえて自分が興味ない本を読んだりして、情報を補完するようにしています。

石本 以前助宗さんから、別人格になりすましてSNS上で発信しているとお聞きしました。その別人格の発言に寄せられるコメントやレスポンスを見て、世の中の動きをとらえているそうですね。

助宗 はい。Twitterで「27歳、独身、女性」という設定や、「18歳、地方在住、東京に憧れている」という設定など、いくつかの別人格(別アカウント)を作成して、リアルな自分へ提示されるものとは異なるフィードを受容・分析し、マンガ作品づくりにつなげています。

廣田 自分とは違う人になりきってその層に届けるというのはおもしろい着想ですね。「さみしい」「つらい」というユーザー心理に気づいたあとで、それを"おもしろい"に変換し、企業のコミュニケーションにつなげていくためには、どうしたらよいのでしょうか。

助宗 マンガ家のセンスと、編集者が俯瞰的にリサーチしてきたリアリティをうまく混ぜられると、ヒット作=共感が生まれると思います。

廣田 クリエイターとのコラボレーションでおもしろさ(共感)が生まれるというのは、企業にとっては理想的なクリエイティブと言えそうです。マンガ制作のアプローチは、マーケターにとってもヒントになりますね。

助宗 私がいま所属しているIP開発ラボチームでは、出版という形にこだわらず、講談社の編集者がプロデューサーになってコンテンツを生み出していくという部署です。「Palcy」で学んだインサイトの見つけ方や、これまでと同じようにクリエイターの才能をマンガではない形で発見して、おもしろい形をつくりたいと思っています。

パート2:マンガは世界とつながっている

石本 ここからは「マンガは世界とつながっている」をテーマに、アフタヌーン編集長の金井とともにお届けします。

講談社 第四事業局 アフタヌーン編集部 編集長 金井 暁 (以下、金井) 「モーニング」「週刊少年マガジン」を経て、現在は「月刊アフタヌーン」の編集長をしています。よろしくお願いします。

石本 アフタヌーン誌は海外におけるマンガの知名度をあげ、海外のマンガ読者人口を増やすことを今後の目標に掲げているそうですね。

金井 アフタヌーンの作品は、昔から海外でも多く読まれています。特にここ3年は、ヨーロッパ圏、アジア圏、アメリカなど、海外での売上が倍増しています。「海外にいるファンを無視してはマンガを作れない」という意識もありますし、グローバル展開にも力を入れています。

廣田 韓国発のデジタルコミック「WEBTOON(ウェブトゥーン)」の人気が世界的に高まっていますが、アフタヌーンとしてはどうご覧になっていますか?

金井 韓国がはじめたウェブトゥーンは、新しいマンガ(縦スクロール、フルカラー)のスタイルです。これまでも世界中にはさまざまなマンガの型がありました。アメリカには「アメコミ」がありますし、フランスには「バンド・デシネ」があります。そして日本の「マンガ」もそのひとつです。

廣田 ウェブトゥーンとこれまでの日本のマンガは、フォーマットが違うということですか?

金井 一般的な日本のマンガを読んでいるときと、ウェブトゥーンを読んでいるときでは、同じ「マンガを読む」という行動でも、気分やモードが異なるということだと思います。日本料理を食べたい気分もあれば、イタリアン、韓国料理を食べたい気分もある、というのと同じですね。

新しいマンガのスタイル「ウェブトゥーン」について語る、講談社 第四事業局 アフタヌーン編集部 編集長 金井暁(写真中央)

テーマへの共感がグローバルにつながる

廣田 アフタヌーンのマンガは、裏付け取材やある業界に関しての専門的な知識も多く、それが深みとなっている作品が多いので、ながら読みではなく、襟を正して向き合って読みたくなります。そのよさを保ったまま、グローバルに出ていくためには、最初からグローバルヒットを目指していくのですか? それとも、おもしろいものをピンポイントで見つけるのでしょうか。

金井 どちらかといえば後者ですね。編集部では、ジャンルとテーマをわけて考えています。『メダリスト』は、女子フィギュアスケートを題材にしたマンガですが、「テーマ」で言うと、日本だけではなく世界中どこでも共通する問題点や気持ちを大事にしています。
ですから、題材に興味のない方でも、テーマに共感し、通じ合える。つまり、「フィギュアスケートだからグローバル」なのではなく、テーマの部分で「世界中に同じ気持ちを抱えている人がいるからグローバル」なのだと考えています。

廣田 まさに『メダリスト』を拝読した時に、お互いにリスペクトしあう選手とコーチの関係性に着目していました。理想的な選手像やコーチ像をテーマに描かれた作品は、どこの国の人でも共感するのではないかと思います。また、マーケティングで狙ってそこを描いています、ではないところが、より共感を深めますね。

石本 グローバルマーケットでビジネスを広げていこうと考えている企業にとっても、「ジャンルとテーマを混合すると伝わらない」というのは参考になったと思います。
廣田さんは『ダーウィン事変』にも着目していらっしゃいます。この作品のポイントについても教えていただけますか?

ダーウィン事変(1) 著:うめざわ しゅん

金井 アフタヌーンの作品には、マイノリティマインドを持ったキャラクターが多く登場します。たとえば『ダーウィン事変』の主人公は、チンパンジーと人間のミックスです。
彼はおそらく、世界中の誰からも共感されない究極のマイノリティですが、「共感されない」というところに共感してくれる人は世界中にいます。「舞台が外国だから」共感を集めるのではなく、「究極のマイノリティが主人公」というところで世界中の共感を集めるというやり方は、新しいと思っています。

廣田 これまでのマーケティングはマス向けにメッセージを発信してきましたが、本来マイノリティ向けのメッセージも、マス向けの共感を呼ぶということですね。

石本 国や人種が違っても、きちんとしたコンセプトがあり、ストーリーを有しているマンガは、どこにでもリーチできる最強のコミュニケーションコンテンツだという印象を受けました。ありがとうございました。

パート3:講談社広告宣伝事例とマーケター視点での分析

石本 ここからは、マンガ編集者の思考が、どのように広告宣伝ビジネスへつながっていくのかについて、「講談社メディアカンファレンス 2022 オンラインイベント」に登場した事例を通してご紹介します。

事例1 「モーニング」×日本コカ・コーラ株式会社

石本 ひとつ目は、「モーニング」と日本コカ・コーラ株式会社とのコラボ事例です。

「モーニング」の創刊40周年を記念して、人気作品のキャラクターたちが、缶コーヒーの「ジョージア」で一息つく、というコラボ企画です。
通常、コミックIPを使った広告はひとつのキャラクターで展開されることが多いのですが、今回は4つの人気作品を混在して展開していくというところが新鮮でした。

人気キャラクターが「ジョージア」でひと息。40周年を迎える「モーニング」と日本コカ・コーラ社とのコラボ事例

廣田 「ジョージア」というブランドの持つ「働く人を応援する」というスタンスに、疲れをリフレッシュして「明日もがんばろう」と寄り添うマンガ作品。ジョージアのイメージにフィットして、賑やかで楽しく、かつ気持ちを切り替えられるよい施策だと思います。

事例2 『進撃の巨人』×大分県日田市

石本 続いて、『進撃の巨人』と作者の出身地である大分県日田市とのまちおこしコラボ企画です。『進撃の巨人』の銅像や、バスツアーなど多面的な展開が行われました。

作者の地元愛によって実現した、『進撃の巨人』と大分県日田市のコラボレーション

廣田 まず、作者のパッションがあり、その思いに周囲の人も応援したくなる。マンガとローカルがつながることで、1回行ってみたいと思う人も増えると思います。

石本 実際に2022年は7万人が訪れたそうで、20億円以上の経済効果があったと聞いています。コミックの力で地方を活性化させるということが実現できた事例だと思います。

事例3 『東京リベンジャーズ』×内閣府

石本 続いては、『東京リベンジャーズ』と内閣府の取り組みです。成年年齢を18歳に引き下げることを告知した企画です。

画像出典:マンガIPサーチ「キャラクターコラボ事例」

廣田 新成年に親和性の高いキャラクターを起用して、押しつけにならないメッセージを発信できたように思います。

石本 東京リベンジャーズの主人公はティーンです。新成人に、社会人としての責任を自覚させるために、作品の情熱や世界観が合致していますよね。

事例4 『パーフェクトワールド』×厚生労働省

石本 最後は、厚生労働省が認知拡大をすすめている養子縁組について届けた、『パーフェクトワールド』のキャラクターとのコラボ事例です。

画像出典:AD STATION「SHOWCASE(事例紹介)」

廣田 繊細で難しい話を伝えるのに、マンガのキャラクターを通して伝えることでわかりやすく、相手にも興味を持ってもらえると思いました。コミックのコミュニケーション能力をうまく使った事例だと思います。

個人的にもマンガは好きでしたが、本質的なコミュニケーションの可能性の高さと、マンガを通してビジネスに展開できることが今日新たにわかり、大変勉強になりました。ありがとうございました。


【講談社メディアカンファレンス 2022 ミライトーク02】
マンガ編集者はいま何を考え、未来をどう見据えているのか?~消費者インサイトを読み解く技法

登壇者:
・廣田周作/株式会社Henge 代表取締役社長
・金井 暁/講談社 第四事業局 アフタヌーン編集部 編集長
・助宗佑美/講談社 第四事業局 クリエイターズラボ IP開発ラボ チーム長
・石本洋一(モデレーター)/講談社 ライツ・メディアビジネス局 IPビジネス部 副部長

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