2017.04.20

Peach流「新たな顧客の創りかた」がアジアの空を変える│Peach Aviation社長インタビュー(前編)

社員もドン引き!?
Peach流
「新たな顧客の創りかた」
アジアの空を変える

関西国際空港に本拠を置くLCC(格安航空会社)、Peach Aviation株式会社(ピーチ・アビエーション 以下Peach)。2011年に設立され、翌2012年に運航開始するや「CA(客室乗務員)が"おおきに!"とアナウンスする」「機内食でたこ焼が買える」など話題を振りまいてきた企業だ。ユニークなだけでなく、近年は海外にも路線網を広げ、業績も絶好調、航空業界の地図を塗り替える成長ぶりだ。同社、井上慎一代表取締役CEOは、どうパラダイムを変え、どんな業界未来図を描くのか?


コールセンターをなくす可能性を探れ

夏目:創業から5年を経て、累積損失も一掃。立ち上げの時期は「人件費も空港の使用料金も高額な日本でLCCが成立するわけない」といった声ばかりでしたが、3年連続で純利益を出し、懐疑的な声もあがらなくなりました。このパラダイムシフト、なぜ起こせたのですか?

井上:徹底的に「他社が東に行くならウチは西!」と進んできたからです。実は、世界に目を向けると失敗に終わったLCCもあります。そして分析すると、ほとんどが「差別化できなかった」ことが原因なんです。

夏目:Peachの最大の差別化は――?

井上:安さ(笑)! 関西国際空港~長崎線が3690円から、関空~ソウル(仁川空港)線は5280円からです。ただし、この料金を実現するため、運航形態はレガシーキャリア(従来型の航空会社)とは大きく異なります。たとえば当社便は、お客様が乗り遅れてもお待ちすることはできません。安全運航に影響がない限りにおいて、着陸から離陸までの時間をギリギリまで短く設定しています。こうして機材(飛行機の機体)をフル活用するからこそ、圧倒的な低価格が実現できるのです。そんな中「10分くらいならお待ちしてもいいじゃないか、他社もそうしているんだし」と余裕を持つと、その分、価格があがり、当社の特徴が消えてしまう。いままであった「航空会社のサービスとはこういうもの」というパラダイムを切り拓かなくてはならなかったのです。そこにしか、LCCが生き残る道はなかったと思います。

夏目:よく「うちは航空会社ではない"空飛ぶ電車"だ」とおっしゃってますね。

井上:マイレージも貯まりません、チケットもインターネットで購入していただき、無人のチェックインカウンターでピッとやっていただきます。座席もコンピューターが勝手に選び、指定がある場合は座席指定料をいただきます......と既存の仕組みをすべて壊し、コストをガサッと下げたんです。

夏目:先日、貴社の方が「社長に"コールセンター、なくせないか?"と相談されてびっくりした」と言っていましたよ(笑)。

井上:コスト削減にせよなんにせよ、ハードルを高くしないと、社の「文化」にならないんです。もしレガシーキャリアで「コールセンターをなくせる可能性はないか?」と言ったら「バカな!」と言われますね。もちろん当社も、お客様の利便性は損ないたくありません。しかし、コールセンターはコストが高いのです。そこで聖域は設けず検討してほしい、と考え、言いました。AI(人工知能)を使うなどすれば、将来的には可能になるかもしれません。すると、またガサッと運賃をお安くできます。

こんなムチャぶりをすると、社員は「そこまで考えるべきなのか」「今の"当たり前"に縛られなくていいんだ」と感じてくれます。すると皆が「安さのためなら安全以外は聖域を設けない」と考えるようになり、社員皆が、私も気付かなかったような部分でコスト削減してくれるようになります。 まあ、実際はよく社員にドン引きされますが。

夏目:たしかに、面倒くさい社長ですね(笑)。でも井上さんは「いままでありえなかった世界」の作り方を、こうして社員に教えてきたわけですからね......。


│流行は「Peach通院」と「Peach全制覇」らしい

夏目:Peachさんの活躍で「日本地図が小さくなる」効果が生まれましたよね。また、新たな顧客層も開拓しました。

井上:関空から仙台、札幌、成田など、航空運賃が高くて心理的に距離があった場所が身近になりましたね。例えばPeach便を通院に使ったり。お医者さんってかなり前もって予約をとるじゃないですか。当社便も先に予約をとると安いから、低運賃で通えるんです。逆に、都会の方が毎週、両親の介護に往復したり。先日は、大阪の企業が「新入社員歓迎会をやる」と当社便を使ってソウルで集合し、焼肉を食べ、現地で解散したと聞きましたよ(笑)。

夏目:差別化を徹底した結果、新たな需要を掘り起こせたんですね。

井上:いままで電話やネットで話していたお客さまたちは皆、フェーストゥーフェース、ライブのコミュニケーションをとりたかったんです。面白いデータがあります。我々が関空と仙台を結ぶと搭乗率は絶好調でしたが......調べてみると、レガシーキャリアの顧客も減るどころか増えていました。我々は間違いなく、新たな需要を掘り起こしたんです。さらには、若い人がSNS等で発信し、レガシーキャリアを使う方たちにも地方の魅力が伝わっているから、乗客が増えたんだと想像しています。これ、地方の活性化にも繋がっていると思いますよ。

また、新しい楽しみ方も広まっています。「Peachが飛んでいるところに、全部行ってみたい」というお客様がいらっしゃいました。日本百名山をすべて制覇する感覚に近いのかもしれません(笑)。また、休日が決まると、とりあえずPeachのホームページで安い目的地を探して行く、とか。

夏目:完全にブランディングができていますね。これ、マーケティング上の仕掛けはあったんですか?

│女性に愛されると男性はオマケでついてくるって!?

井上:我々のターゲットは、明確に「女性」です。ビジネスパーソンの出張や、シニア世代の旅行のニーズは、初めから捨てています。なぜかというと、レガシーキャリアががっちりおさえている市場だからです。

夏目:ランチェスター戦略ですね。戦争でもビジネスでも、自分より相手のほうが強大な場合、正面からぶつかっても勝ち目はない。しかし、相手が弱いところにこっちの全力を注ぎ込めば、局地的な勝利を収めることができる......。

井上:まさにそれです。だたし、女性をターゲットにすると局地的な勝利に終わらず、広がりがある。多くのご家庭で、購買の最終の意思決定者って女性ですよね。うちも家内が「行きたい」と言えば行く。私が行こうって言っても、行かないときがあるのに(笑)。つまり、女性に愛されると、旦那さんやお子さんやお年寄りもついてきてくれるんです。ニッチ(小さい市場)なんだけど、広がりがある。

さらに、女性には発信力があります。例えばこの子のインスタグラムなんか......(とスマホの検索結果を見せつつ)10万人もフォロワーがいるんですよ。でもって旅に出ると写真や動画をアップしてくれ......ほら、この写真、背後にPeachの飛行機が写ってます。もし我々がやったら広告っぽくなりますが、彼女は我々が関与していないにも関わらず「Peachで沖縄に行ってこんなことした!」と宣伝してくれているんです。女性を味方につけると、自分たちでは開拓できない広がりがもたらされるんです。

夏目:インフルエンサーに対し、何かアクションは起こしていますか?

井上:投稿した方の許可を得ることができたものだけ、当社の販促に使わせてもらっています。あとは「Peachのインスタグラムに投稿してね」と場を設けていますが、あまり我々が力を入れると、周囲が「やらされてるんやろ?」となってしまい、利用者の素直な思いが伝わりにくくなってしまうんです。だから、あくまで当社の関与は控えめにしています。

夏目:ただし、関与を控えると、インスタグラマーが目的地までPeachで行っても、Peachで行ったと伝わらないこともありますよね?

井上:そこが我々の未熟なところで、Peachを使ってくれても
「どっかの安い飛行機で行った!」くらいの方も大勢います。この方たちに「Peachで行った!」と言ってもらえるようにしていくのが当面の課題です。でも、Peachの名を出してもらわなくても、販促になるんです。若い女性が冬の東北に行き、どこを巡ったか見てみると、かまくらの中で女子会を開いていて、入口がハートマークになっていたりする(笑)。でもって、写真を見た友達がキャーキャー反応しているんです。これは販促になりますよ。もちろん我々も、許可を得ることができたら写真を機外誌(機内誌のような内容だが、飛行機に積むと重くなるため空港など機外に置いてる冊子)に掲載させていただきます。

春は桜、秋は紅葉、といった先入観でコミュニケーションをとるのとまったく違います。

夏目:最近は、広告もファンの力を使うものが多いですよね。例えば寝具のエアウィーブは、五輪の選手や役者さんなどに商品を使ってもらい、ファンになってくれたら、その方の声をCMで広めていく、という手法をとっています。

井上:情報が過多になっているから、消費者は企業からの発信でなく、知っている人の口コミを使うんでしょうね。

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