出版科学研究所によれば、出版業界の売り上げのピークは1996年。以降、下降の一途を辿り、「出版不況」の時代が長く続きました。しかし2019年から市場はアップトレンドに転換。背景には、デジタルシフトの加速が関係しています。そのなかで、雑誌広告には、どのような変化があったのでしょうか。
一般社団法人 日本雑誌広告協会 専務理事 矢野正晃さんに、「雑誌広告の現在地」をテーマに聞きました。
本取材のインタビュア、日本雑誌広告協会 倫理委員会の元副委員長であり、講談社で広告審査・法務担当を務めてきた佐々木 泰(左)と、集英社で長く広告企画・広告審査に携わり、現在は日本雑誌広告協会 専務理事を務める矢野正晃さん
企業、読者、メディアを守る「広告審査」
佐々木 矢野さんよろしくお願いします。本日は現在の出版社の広告ビジネスとその環境などについて、主に「法務・審査」の目線からお話ができればと思います。
広告は「時代を映す鏡」とよく言われます。しかし雑誌にとっては、広告ページも読者に提供する「情報」のひとつです。時代を反映していればいい、という基準で掲載されることはありません。出版社として、メディアとして、読者との関係性を守るためにあるのが「広告審査」という機能だと私は考えています。
矢野 そうですね。私は、雑誌メディアの武器のひとつは「信頼性」だと考えています。それは編集記事においても、タイアップ記事においても同様です。
雑誌広告の場合、掲載にあたり、関係法令との適合性や媒体との親和性、掲載実績の確認などさまざまな審査があります。それだけ厳しい基準をクリアして掲載されるので、「雑誌に載っている = 一定の基準はクリアしている(信頼性の高い情報)」と捉えることもできます。
つまり「広告審査」は、企業と読者、そしてメディアのブランドを守る、出版社の重要な機能とも言えるのではないでしょうか。
2019年からアップトレンドに転換した出版市場
佐々木 1990年代の後半から縮小傾向だった出版市場が、2019年から3年連続でアップトレンドに転換しています。矢野さんはこの変化をどのように分析していますか?
2021年の紙と電子を合算した出版市場(推定販売金額)は、前年比3.6%増の1兆6742億円と、3年連続でプラス成長。
電子出版が同18.6%増と引き続き拡大、紙の書籍も同2.1%増と15年ぶりに増加に転じた 出典:出版科学研究所
矢野 この2年間に、コロナ禍による巣ごもり需要、オリパラ需要によって、出版市場が大きく伸びました。電子出版だけでなく、紙の書籍も2.1%増と、15年ぶりに増加に転じたことも大きなトピックスです。特に影響が大きかったのは、スマートフォン経由でマンガを読む方が増えたことによる「電子コミック」の普及、またスマートフォン対応の「縦型(電子)マンガ」も人気となり、市場成長の大きな要因となりました。
2014年と2021年の「出版社売り上げシェア」の比較。全体割合として電子が大きく伸びているが、その躍進を支えているのが「電子コミック」。2021年時点で、電子のおよそ9割を占める 出典:出版科学研究所
佐々木 コロナによって、ライフスタイルのデジタルシフトが一気に加速したことで、電子出版の市場が拡大したのですね。
雑誌広告における「紙」と「デジタル」の違い
佐々木 現在では、ユーザーとのタッチポイントも多様化し、リアルだけ、デジタルだけ、という視点ではなく、「組み合わせる」のがマーケティングでは当たり前になりました。それは雑誌広告においても同様だと思います。広告主はいま、雑誌広告の「紙」と「デジタル」をどのように使い分けているのでしょうか?
矢野 紙(雑誌)には紙の、デジタルにはデジタルのよさがあります。
まず、紙の広告のメリットは大きく3つ。
1.保管性が高く、何度も見てもらえる
2.情報の信頼度が高い
3.セグメントされた、熱量の高いターゲットにアプローチできる
この3つメリットのなかで、「1」以外は、雑誌由来のデジタルメディアにおいても、ブランド力という形で継承されていると考えています。
デジタルメディアの場合、ユーザーはそのモノ自体を保有することはできませんが、広告主の視点で捉えれば、そこには"多様な選択肢"があります。静止画だけでなく、動画やXR(クロスリアリティ)などのテクノロジーを組み合わせた広告が展開できることは、デジタルの強みのひとつでしょう。
広告主は現在、紙、そしてデジタルのこうした広告特性を踏まえたうえで、出稿しているように思います。
佐々木 ひと昔前まで、雑誌広告の起点は「雑誌(紙)」でした。しかしデジタルシフトが加速したことで、デジタルメディアの重要性はより高まっていますよね。
矢野 かつての雑誌広告は、まず紙媒体ありきで次にデジタルメディア、その先にオプションとしてSNSでの展開という流れが一般的でした。
しかしいまは生活の中心にデジタルがあります。デジタルメディアを核とした、多面体のような形になっているように私は感じています。
ウェブメディアがあり、雑誌がある。いまの読者は、SNS、読者コミュニティ、読者イベント、ECサイトなど、それを取り巻くさまざまなタッチポイントで、雑誌ブランドとつながり、深く関わっているようなイメージがあります。
雑誌メディアが多面体に進化することにより、ミッドファネルの顧客のタッチポイントが格段に増えた
佐々木 コロナによって急速に進んだ、DX(デジタルトランスフォーメーション)は、雑誌ブランドの影響力をデジタル上で拡大することにも寄与したのですね。
矢野 佐々木さんはさきほど、「広告は時代を映す鏡」とおっしゃいました。昭和の時代は、一枚絵の強いビジュアルと刺さるコピーで構成された、アート色の強い広告を目にする機会も多くありました。
それがいまは、平面から立体に変わり、読者がどこに触れてもほしいものが見つかる「多面体」へと進化しています。そして広告主は、多面体のどこでユーザーと接触しても、読者コミュニティからさまざまな情報を取得しやすくなったとも言えます。タッチポイントが増えることにより、広告主はより早いタイミングで、ミッドファネルの顧客(見込み顧客)を見つけることができるわけです。
デジタル領域でも、信頼性を担保する「雑誌広告」
佐々木 出版社はいま、雑誌ブランドの持つ信頼性が、デジタル広告領域でも守られることを周知するために、さまざまな取り組みを進めています。講談社をはじめ、各社が加盟する「JICDAQ(一般社団法人デジタル広告品質認証機構)」もそのひとつですよね。
矢野 アドテクノロジーの発展により、効率よく、デジタル上で広告を出稿できるようになった反面、企業のブランドイメージを損なうようなメディアで広告が露出してしまうケースも増えました。認証制度は、メディアの安全性の証明とともに、広告主を守るうえでも、非常に有用だと考えています。
佐々木 私は加盟にあたり、遵守すべき項目を確認したときに、その一部に紙(雑誌)で自分が広告審査するなかで、"当たり前"に守ってきたことがいくつも含まれているという感想を持ちました。
矢野 わかります。アドテクノロジーは、さまざまなサイトの広告掲載枠に効率よく出稿することを実現するテクノロジーです。しかしインターネットの海には、無数のデジタルメディアが存在し、そのなかには当然、いかがわしいサイトも一部あるわけです。もし信頼性の低いサイトで広告に接触しても、ユーザーはその情報を信用できないですし、ブランド力のある企業にとってはむしろ、マイナスイメージを与えてしまうリスクさえ存在していた。その現状を変えるための認証制度であり、今後、健全なデジタル市場が形成されていく流れが加速していくことを私自身も期待しています。
佐々木 テクノロジーの発展が早すぎて、ルールづくりが遅れてしまったとも考えられますね。そのなかで講談社のデジタルマーケティングサービス「OTAKAD(オタカド)」は、講談社のリッチメディアを軸とした広告配信サービスを提供しており、雑誌ブランドと企業イメージを守りながら、デジタル上でコンテンツのリーチを最大化する取り組みを進めています。
講談社が運営する11のリッチメディアを軸に広告配信をはじめとした、デジタルマーケティングサービスを提供する「OTAKAD」
矢野 「OTAKAD」のように、出版社の読者データを活用し、ユーザーをセグメントする広告配信の仕組みは、各出版社が現在、取り組んでいる領域でもありますよね。自社メディアであれば、深いデータを取得・提供できますし、今後は雑誌広告の付加価値として、さまざまな広がりを生むのではないでしょうか。
また当協会では日本雑誌協会と連携し、雑誌広告の効果可視化を目的とする「M-VALUE調査」を「雑誌由来のWEBメディア」まで対象を広げました。WEBメディア内での価値可視化だけでなく、将来的にはオウンドメディアへの記事転載などによる広告主のブランド醸成に、雑誌由来のコンテンツがどう寄与しているかも調査できたらと考えています。
最新事例に見る、雑誌広告の「進化」
佐々木 雑誌広告は、紙からデジタルへと拡張し、進化し続けています。矢野さんは、最近の事例で、"新しさ"を感じたものはありますか?
矢野 第64回「日本雑誌広告賞」でグランプリを受賞した、「ドルチェ&ガッバーナ」と少年ジャンプの人気マンガ『呪術廻戦』とのコラボレーション純広は、"新しい"と思いました。
『呪術廻戦』と「ドルチェ&ガッバーナ」がコラボレーションしたスペシャルコレクションが発売されることをPRするために、同作のキャラクターが「ドルチェ&ガッバーナ」の製品を身に着けた、描き下ろしのビジュアルが制作されました。
キャッチコピーもなく、ビジュアルのみで読者の感性に訴えるコラボビジュアルは、『週刊少年ジャンプ』ほか、他社の媒体でも展開され、「新しいアプローチだな」と素直に驚きました。
佐々木 ラグジュアリーブランドとマンガのコラボレーションというのも、いいですよね。講談社も先日、「バーバリー」と美術マンガ『ブルーピリオド』がコラボレーションし、大きな話題となりましたし、これからさらに増えていくのではないでしょうか。
矢野 ほかにも、最近「dancyu食堂」など、駅ナカに雑誌ブランド店舗を出店する例が急増しているのも面白いですよね。クライアントの商品をメニューに取り入れたり、物販したりすることで、誌面やWEB以外でも、広告主に媒体の付加価値をアピールできます。
同様のコラボレーション、雑誌とリアルの併用は、他の媒体でも生まれています。タイアップを雑誌だけでなく、リアルにも広げることで、新しい可能性がそこに生まれていくのではないでしょうか。
佐々木 雑誌メディアが持つチカラは、ポテンシャルが高いですよね。ご紹介のあった「dancyu食堂」が生まれた源泉というのは、伝統ある食情報の雑誌の編集者が持つ「編集力」そのものです。その強みをいかに活用していくかが今後重要になりそうです。
矢野 いま、いちばん注目されているのがまさに、編集者の知見を核とした出版社ソリューションだと思います。たとえば、広告主の商品企画やトークショー出演、オウンドメディアの記事制作、カスタム出版などは、実はメディアがなくとも、編集者の知見だけで提供できるソリューションであり、そこに多くの企業が注目しています。
佐々木 雑誌メディアには、それぞれ個性があり、支持する読者がいます。編集者は、その個性をコンテンツとして届けるプロですから、その知見や表現力などの「総合力」を活用しないのは、出版社にとっても、企業にとっても、もったいないですよね。
雑誌広告の「信頼性」は、これからも武器であり続ける
佐々木 単なる広告出稿だけでない、広告主と「共創」するスタイルのビジネスが進化すれば、雑誌広告の形も変わっていくかもしれません。その未来において、「広告審査」にはどのような変化が起こると思いますか?
矢野 基本的には、「守るべきものを守る」というスタンスは変わらないのではないでしょうか。ただ、薬機法や景表法に加え、SDGsや環境に関する表現などは今後、広告規制に影響をおよぼす可能性はあるかもしれません。
佐々木 読者、そして媒体のブランドを守り続ける限り、雑誌広告の持つ強みである「信頼性」は、これからも出版社の武器であり続けると思います。だからこそ、雑誌広告に関わる人たちには、ひとりひとりがプロデューサーでありディレクターであるという自負を持ってほしい。あくまで読者やユーザーを第一に考え、社会に対しては自分なりの文明観や歴史観を持って、しっかりと自分の目で見て判断してほしいと思います。誰かの言葉を借りるのではなく、自前の言葉で、自分のかかわる企画の価値を説明してほしい。そうやって、編集者もメディアも出版社も、これから先もずっと、大きく育ち続けてほしいと私は願っています。
矢野 そうですね。雑誌広告はこれからも、読者の心に届くものであり続けてほしいと私も思います。
佐々木 本日はありがとうございました。