本連載では、デジタルマーケティング業界の最新動向について、"越境"をテーマに解説します。昨今はマーケティングを越えた領域でのデータ活用が進んでおり、マーケターが負う業務や役割の境界が曖昧になりつつあります。顧客データを軸にしたマーケティングを実現するためには、組織の枠組みや自らの役割を"越境"した戦略が必要です。
最終回となる今回は、改めてデジタルマーケティングは何を"越境"し、どこに向かうのか総括します。今起こっている変化を振り返ると共に、その変化に対応する一人ひとりのマーケター、そして企業がそれぞれ何を意識しながら変革に臨んでいくべきか、DXとの関連性に触れながら解説します。
デジタルマーケティングの領域が拡張する時代
デジタルマーケティングの成熟
「デジタルマーケティング」はデバイスの普及やテクノロジーの進化と共に浸透し、いまや企業活動において避けては通れない業務として成熟しました。その市場成長のプロセスで、以前はほぼ同義で用いられることもあった「Webマーケティング(Webサイトにおける活動)」や、「オンラインマーケティング(オンライン上での活動)」とは一線を画すものとして認識されるようになっていったと考えられます。
まず、デジタルマーケティングが扱う領域は、Webサイト以外の顧客接点も包括しています。アプリやSNS、eメールはもちろん、O2O(Online to Offline)やOMO(Online Merges with Offline)と呼ばれるような、実店舗などのアナログとデジタルの間のデータ連携・活用などもその領域に含まれます。そのため、デジタルマーケティングが扱う領域は、デジタルと言いつつアナログにも及びます。一概にオンラインとオフラインに区別できないのが、昨今のデジタルマーケティングと言えるでしょう。
あらゆるチャネルから顧客データを収集し、それを企業活動で活用するのがデジタルマーケティングです。したがって、顧客が企業と接する手段や頻度が増えれば、そのぶんデジタルマーケティングの在りかたも多様化します。
デジタルマーケティングとDX
そんなデジタルマーケティングの扱う領域が、さらに拡大しつつあります。その要因として、データ活用と経営の親和性が一層高まっていることが挙げられます。
いま企業では、業界を問わず「DX推進」という共通課題に向き合っています。DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、企業活動に限れば「デジタル技術を用いた新規事業創出や業務改善などの企業改革」を指します。
このDXを推進するにあたって、何から始めればいいのかわからず立ち止まってしまう企業は少なくありません。改革と言うと大規模な刷新を想像しがちですが、はじめの一歩としては、おそらく自社データの棚卸しを迫られる企業が多いでしょう。いかなる方針でDXを進めていくにあたっても、データ活用の基盤がなければ、その先の目標達成は難しいからです。
そして、データの棚卸しに向き合うとき、おそらく縦割りの組織を横断して取り組む必要が出てくると思います。その課題から最近あらゆる企業が始めているのが、事業部門とは別軸の「DX推進部門」や「DX戦略室」といった新部門を設立する動きです。
こういったDX推進を目的とする部門には、多くの場合デジタルマーケティングに携わっていたメンバーがアサインされます。また、中にはDX推進を冠するチームの実際の機能がほぼデジタルマーケティング部門であるケースも見受けられます。
デジタルマーケティングとDXは相互の関連性が強いものです。成果に結びつく本質的なデジタルマーケティングを行うためにはDXへの取り組みは避けて通れませんし、一方でDXを社内に浸透させるためにもデジタルマーケティングに紐づくデータ活用が必要です。
デジタルマーケティングの拡張
こうしたデジタルマーケティングの領域の変化を図にすると、下図のようになります。
デジタルマーケティングから得られるデータの活用範囲はこれまで以上に広がり、セールスやカスタマーサクセス、商品開発といった他部門へと影響が波及しています。また、デジタルマーケティングの成果や新技術への挑戦は、経営企画やDX推進といったテーマにも深く関わり、企業成長にダイレクトな変化をもたらすでしょう。
この点は、本連載の過去記事でも部分的に扱ってきたことです。たとえば第二回で解説したCDP(Customer Data Platform)の興隆は、上図のようなデジタルマーケティングから端を発するデータ活用の成果を最大化させる基盤として、CDPが適していることが背景にあります。
また、組織づくりをテーマにした第三回の記事では、データ活用の在りかたに合わせた組織そのものの見直しが必要であることを解説しました。図に書いたようなデータによる部門連携を実現するためには、意思決定の方法や組織の形、仕組みが部門を横断できるものになっている必要があります。これもまた、DXの一環となる組織改革の一つでしょう。
これまでさまざまなテーマからデジタルマーケティングの"越境"を語ってきましたが、越境とはつまり、デジタルマーケティングの影響力の拡張を指し示す象徴的な言葉だったと総括することができます。
マーケターとは何のプロなのか
このようなデジタルマーケティングの拡張について、今度は一人ひとりのマーケターに焦点をあてて考えてみましょう。時代の変化に応じて、改めてマーケターはどのようなスキルを持つプロフェッショナルと定義すべきなのでしょうか。
まず具体的なスキルセットについては、企業規模や顧客対象、業界によって多種多様です。たとえば、BtoBにおけるデジタルマーケティングの場合、インサイドセールスの顧客開拓領域とのシームレスな連携を図ることが重視されるはずです。一方、店舗やECサイトで商品を販売するのであれば、オンラインとオフラインのデータを統合管理・分析し、そこからカスタマージャーニーの解像度を高めていくことが施策成功の鍵を握ります。
このように事業によって異なるスキルはもちろんありますが、業界や事業を問わず共通して求められるスキルもあると思います。それをまとめると、下記のようになります。
- 事業戦略とマーケティング戦略を接合する「戦略性」
- 多様化するツールやユーザーニーズをキャッチアップする「アンテナ」
- 部門を超えて社内を巻き込む「チームワーク力」
まず、長期的に見た事業戦略に基づき、その手段としてデジタルマーケティングの価値を最大化する視座が必要です。先に挙げたDX推進もそのひとつですが、単純な売上以上の価値を出すための戦略性をふるうことが、今後のマーケターにはある程度求められると思います。
次に、ツールやテクノロジーに対する知見を常にアップデートし、多様かつ変化が目まぐるしいユーザーニーズをキャッチアップしていくアンテナも必要です。このアンテナへのニーズは昔から求められていたところでもありますが、今後はさらにその傾向が強まっていくはずです。
ITテクノロジー領域では、複数のツールを状況に応じて組み合わせ、柔軟に運用する形が一般化しつつあります。自社の課題に合うツールやシステムの在りかたを検討しつつ、アップデートし続けられるマーケターは、その成果を最大化させることができるでしょう。
最後に、やはりチームを巻き込んでいくことの重要性が高まっています。マーケターがマーケティング業務を閉鎖的に捉えてしまうと、企業全体のDX推進を停滞させてしまいかねません。テクノロジーの知見や活用方法を積極的に社内他部門にシェアし、部門同士をデータの力でつないでいくような意識が今後のマーケターにはより強く求められていくでしょう。
人材採用・教育の際に企業が意識したいマーケター像
次に、こうした潮流を企業側の採用・人材教育といった課題に沿って見てみましょう。
従来のマーケターは、多くの場合SNSやWebなど手段に応じた専門性が求められていました。人材市場の求人要件を見ても、バックグラウンドとして具体的な運用実績を求めるものを多く見受けます。
しかし、今後DXとデジタルマーケティングが密接に関わっていくことを考える場合、より高い視座から俯瞰するプロデュース力を発揮する人材のほうが、活躍できる領域が広いと言えそうです。
マーケティング施策の運用プロセスについては、AI技術の発展や、専門分野を持つマーケティング専門企業の増加に伴い、自動化やアウトソーシングといった選択肢が増えています。そのため社内におけるマーケターは、先に述べたような事業戦略に基づく施策を考えるところに注力するほうが望ましく、その業務を想定した人材を採用・教育するほうが企業成長にはつながると考えられます。
ただし、こうした総合力を持つ人材は業界を問わずニーズが高い上に、教育手法も国内で体系化されているとは言い難く、おそらく多くの企業が人材獲得に苦戦することでしょう。すぐれた人材や成長の見込みのある人材が、裁量権をもってインパクトのある仕事ができるよう、企業が体制・環境づくりの努力を重ねることも人材確保のために求められるところです。また、競合他社との差異を明確化し、企業が目指す価値観やカルチャーを押し出しつつ、欲しい人材にピンポイントで訴求する採用マーケティングへの注力も大切です。
マーケターと企業双方が意識したい、デジタルマーケティングの3つの軸
ここまでマーケター視点と企業視点、それぞれで新しい時代のデジタルマーケティングに対応するためのポイントを解説しました。最後に、双方の立場が目指すべき新時代のデジタルマーケティングの在りかたについて、3つの軸をお伝えします。
- 経営とDXに直結する、組織連携型マーケティング
- 質の高いデータを活かした、One to Oneマーケティング
- テクノロジーを適切に組み合わせる、コンポーザブルなマーティング
このマーケティングの3つの軸を立体的に考えながら、企業が人材採用や教育に励み、マーケター自身もスキルアップを目指すことで、その企業のDXは加速し、事業成長が見込めるでしょう。
これからの時代の持続的な経営を支える基盤には、ユーザーニーズを的確に捉えるデータ管理・分析ができる仕組みと、時代の変化に迅速に対応できるコンポーザビリティ(=構成可能性)が必要です。こうした考えかたは、従来のスタンダードとは相反するところもあるでしょう。こと日本企業では、企業主観で一方向的に訴求するマーケティングや、業務内容によって分けられた組織で、縦割りの意思決定を反映する文化が根強く残っています。
しかし、デジタルマーケティングに真摯に取り組んでいくためには、こうした従来の型そのものを見直していかなければなりません。それこそがDXの一部でもあるわけですが、この大きな課題は、企業とマーケター双方が、それぞれの視点からの変化を目指さなければ、実現することは難しいでしょう。
デジタルマーケティングの"越境"、その先にあるもの
本連載でお伝えしてきた"越境"は、最終的に企業の持続的な経営に紐づいていきます。多様化するユーザーニーズを捉え、社会に価値を還元する企業活動を目指すためには、データ活用とそれを実現するための企業改革は避けて通れません。
これからのデジタルマーケティングの成功とは、自社の成長が加速する生産基盤をデータ活用の観点から最適化することです。マーケティングに関わる方は、分断された組織や事業課題、そして自社データに目を向け、まずは"越境"の準備となる現状整理から始めてみてください。
筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)
広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。