2022.09.30

お客様への「愛」をベースにファンコミュニティを拡張し続ける「カインズ」──対談連載 企業に聞く、ファンマーケティング実践事例【第2回】

ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」について、全8回にわたり解説した連載「ニューノーマル時代のファンマーケティング教室」。その新章として、魅力的なファンマーケティングを実践されている企業のキーマンとの対談をお届けします。
第2回は、お客様のくらしに寄り添いながら熱量の高いファンコミュニティを展開している、株式会社カインズ様との対談です。

株式会社カインズ デジタル戦略本部 顧客体験向上プロジェクト  澁谷 慶子さん

DXでファンコミュニティを推進

小父内 ホームセンター業界最大手の御社は、DXをうまく活用したファンコミュニティの盛り上げによって、コロナ禍でも順調に業績を向上させています。まずは御社がどのようにDXを進めてきたのか、教えてください。

澁谷 当社のDX は、2018年に現会長の土屋が「IT小売企業宣言」を出し、「デジタルを駆使してお客様にとってさらに親切な企業になる」ことを目的として、デジタル戦略本部を設立したところがひとつのターニングポイントとなります。
以来、「もっとお客さまとの体験・つながりを大切にしたい」という当社の基本姿勢に沿って、リアルとオンラインを融合させながら、デジタルを活用したさまざまな施策を展開しています。ファンマーケティングはその中でも重要な施策となっています。

小父内 ここ最近は、OMO(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの併合)という概念が注目されています。リアルな店舗など、これまでオフラインのみで顧客との関係性を構築してきた企業でも、コロナ禍を経てOMOで顧客との関係性をより強化していく傾向が強くなっています。
ただ御社の場合は、コロナ禍以前からOMOを進めていますよね。

澁谷 はい。もちろん当社は店舗で対面の販売をメインとしています。それは今も変わりないのですが、カインズらしいデジタル化を進めていく中で、「販売する前後でお客様と何らかのつながりができて、カインズのことをもっと知っていただければ、さらにカインズファンが増えるのでは?」と考えました。そこで、2019年11月に、リアル店舗とオンラインの融合を見据えた「DIYer100万人プロジェクト」が始動しました。

「DIYer」は、人生を自分好みにDIYする人を指す造語です。カインズでは、日曜大工にとどまらず、料理や洗濯・掃除といった家事や、キャンプ、ガーデニングなど、くらしを良くするために自分でやってみることの全てを広くDIYと定義して、ライフスタイル(生活文化)としてDIYを定着させていくことを目指しています。
プロジェクトではまず、「DIYキャプテン」制度を導入しました。DIYキャプテンは、店舗での買い物サポートはもちろん、リアルのワークショップでお客様に寄り添いながら指導を行うほか、SNSでの情報発信や、オンラインコミュニティを通じてDIY仲間(DIYer)を増やす活動を行っています。


DIYファン獲得に貢献しているDIYキャプテン

また、DIYerのためのオンラインコミュニティサイト「CAINZ DIY Square(カインズ DIY スクエア)」を立ち上げました。
CAINZ DIY SquareはDIYキャプテンからアドバイスを受けたり、オリジナル作品の作り方をシェアしてつながったりできる、カインズのDIYプラットフォームです。カインズならではのDIYが楽しめる空間や、DIYを楽しむ仲間とのコミュニケーションの場になっています。


カインズのDIYプラットフォーム「CAINZ DIY Square」

CAINZ DIY Square内には、DIYの疑問をキャプテンやDIYerに気軽に質問できる「DIYトーク」のコーナーを設けました。これまでは何か分からないことや疑問がある場合は、店舗まで出かけてメンバー(従業員)に聞くしか解決策がありませんでした。でもこのコーナーを作ったことで、お客様が自宅にいても、お悩みやくらしの課題解決をお手伝いすることができるようになり、たくさんの方にご活用いただいています。

質の高いコミュニティ形成には「ストック」が必要

小父内 オフラインとオンラインをうまく組み合わせることで、交流の場でありつつお客様の問題解決の場も生み出せているプラットフォーム。とても理想的なファンコミュニティの形ですね。

オンラインのファンコミュニティには、薪を焚べ続けることで広く長くたくさんの人に見てもらうことができる、つまり「ストックできる」強みがあります。これに対しオフラインのイベントは華やかで注目を集めますが、花火のようなものです。多くの人を集めることはできても、ファンの熱量をストックすることはできません。
御社のプラットフォームに熱量の高いDIYerが集まっているのは、御社が地道なストックを重ねるやり方で、良質なファンコミュニティを形成してきたからだと感じています。

澁谷 コミュニティ立ち上げ当初は、とにかく「このコミュニティに投稿すると、誰かが応えてくれる」という信頼を構築することに注力していました。コミュニティを訪問してくださったお客様に「また来たい」と思っていただけるよう、お客様が何か投稿をしてくださったらすぐに「いいね」をつけたり、コメントを返したり、ということを徹底して行っていました。

でもそれは、決してファンマーケティングを成功させたいからやっていたわけではありません。当社の「すべての事業活動と周りの人々に対して、常にKindness(親切心)を中心においてつながる」という企業理念のコアバリューに基づいて、ごく自然に行っていただけなのです。
当社の社名「CAINZ(カインズ)」は、「Kindness(親切心)」に由来しています。また、「カスタマーファースト」として、顧客(Customer)の「C」をトップに置き、相手を心から大切にする意味を込めた、「愛(AI)」を入れています。こうした「お客様への愛」が企業文化として根付いていることで、自然と「信頼」というストックを増やすことができたのではないかと思います。これを象徴するエピソードがありますので、紹介させていただきます。

先日、あるお客様から「このような和室を洋室化したい」と、写真付きでご質問が寄せられました。キャプテンが必要な材料の店舗在庫を調べ、床の張替えに必要な材料や壁紙の変え方を提案すると、そのお客様はすぐに店舗で購入され、DIYを実践してまた投稿してくれたんです。さらにそこで生じた追加の疑問を、その都度またキャプテンが解決していくことで、お客様のお部屋を一緒に作り上げることができました。
これは、リアル店舗ではできなかったことです。実際の間取りや状況を見ながらオンラインでサポートできたことは、今後同じように疑問を持ったお客様の参考にもなりますし、DIYの流れを可視化できたという点でもよい事例になりました。

小父内 信頼こそ、ファンコミュニティ運営に必要な要素ですね。
御社のコミュニティは立ち上げてまだ1年半ですが、自発的に発信するユーザーが多く、投稿へのコメントやリアクションも非常に活発です。現在の会員数で、月間平均20〜30万件の「いいね」がつくのは、間違いなく日本トップレベルの活性状況です。 

DIYトークのコーナーでは、それぞれの投稿に多くのコメントや「いいね」がついている

澁谷 ありがとうございます。最近はお客様同士でのコミュニケーションがさらに活発になっているんですよ。
たとえばあるお客様の「このドライバーおすすめです」という投稿に対して、「よさそうですね。私も買ってみます」「私も買いました」と、ほかのお客様の購入に結びついた例も見られました。ユーザー同士のコミュニケーションの場としての成長を感じ、とてもうれしい思いでした。 

カスタマーファーストで信頼性を構築する

小父内 ファンコミュニティは、つくることを目的にしてしまうとうまくいきません。その点、御社のコミュニティの根底には、お客様に真摯に向き合う企業姿勢があり、ファンコミュニティは理念を実現するための手段である、としてしっかりと位置づけられています。

店舗メンバーにも「どうやったらお客様に喜んでいただけるか」「もっとお客様にDIYを好きになってもらうにはどうしたらよいか」という考えが浸透しているので、ワークショップに参加した方は存分に楽しむことができます。その楽しかった経験からDIYを好きになり、コミュニティに入ってやがて自分も投稿する......という流れがしっかりと作られています。これはすばらしいです。
また、コミュニティマネージャー1人に権限を集中させずに、全国のキャプテンに役割を分散させたところも、成功のポイントですね。ところで、このキャプテンは、どんな基準で選んでいるのですか?

澁谷 適性を見て、任命しています。キャプテンの資質でいちばん大切にしているのは、「お客様と一緒に楽しめるかどうか」というところです。DIYの技術はあとからいくらでも指導できますし、DIYをまったくやったことのないスタッフがむしろ多いくらいです。「はじめて工具に触る」というようなDIY初心者がキャプテンになることで、ワークショップに参加する初心者のお客様の目線に立って寄り添うことができると考えています。
最近はお気に入りのDIYキャプテンに会いに行くために、店舗のワークショップに参加する方が増えるなど、コミュニティがさらなるアクションを生み出すきっかけにもなっています。

小父内 コミュニティは自分の好きを伝えるだけでなく、お客様に好きになってもらう、楽しんでもらうという目的が据えられているかどうかが重要です。単に「DIYをする人を増やそう」ではなく、DIYを通じて自分が成長していくことの喜びを伝えながら、お客様の目線で悩みや疑問にお答えできる「キャプテン」を日本全国に育成している御社のコミュニティは、成功してあたりまえだなと、今さらながら感心しました。しかも「キャプテンに会いに行く」とアイドル化しているのは、それだけコミュニティとブランドの信頼性が高まっているからこそ、です。
最近は、そこからさらに発展して、オンラインとオフラインを超えてお客様同士がつながる事例も増えているそうですね。

澁谷 そうなんです。たとえばオフラインのワークショップでお互いにつけている名札を見て「もしかして○○さん?」と、コミュニティのハンドルネームで呼び合うなど、オンラインからオフラインでつながるお客様が増えていると感じます。

一方、リアルのワークショップで会った方同士がオンラインのコミュニティでさらにつながりを深めるというケースもあります。お客様同士の関係性も深まり、コミュニティの熱量がさらに高まっているのを実感しています。

「二度目の出会い」でファンコミュニティを活性化

小父内 オンラインやオフラインから始まった関係性がその逆でも構築されることを、私たちは「二度目の出会い」と呼んでいます。とくに、オンラインで会っていた人がオフラインで会うと、点と点がつながって関係性がより強固になります。これはコミュニティを活性化させる重要なポイントなんです。
また、オンラインで見ているキャプテンに実際に会いに行くというのは、アニメのロケ地が「聖地巡礼」として賑わうようにファン心理を盛り立てる大きな要素で、これも「二度目の出会い」です。

こうした「二度目の出会い」は、匿名のコミュニティではなく、お互いの信頼関係が構築されたオープンなコミュニティでなければ生まれません。信頼は一瞬では芽生えないので、出会った時に火花がスパークできるように、一瞬一瞬の信頼関係を長く構築していく仕組みが必要です。こうしたことをごく自然に企業文化としてやってきた御社は、まさにファンマーケティングの鑑ともいえますね。
最後に、御社にとって「ファン」とはどのような位置づけなのでしょうか。

澁谷 私たちにとって、ファンは大切な存在であり、ビジョンを一緒に体現するパートナーです。いくらカインズが「DIYを日本の生活文化にする」と唱えても、お客様が楽しんでくださらなければ実現はできません。
さらに言えば、ファンコミュニティの主役はお客様であってカインズではありません。私たちはお客様同士がつながる場を提供しサポートしているだけなので、あまり入りすぎないことも意識しています。

小父内 ファンコミュニティをうまく回していくには、企業の姿勢や向き合い方が重要です。「ファンコミュニティが流行っているから」「上から言われたから」ではうまくいきません。
また、ファンマーケティングを成功させるには、まず自社のカルチャーに向き合い、お客様にどう向き合うべきかを社内でしっかり意思統一させることが大事だと、今日はあらためて考えさせられました。
貴重なお話をありがとうございました。

筆者プロフィール
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや) 

25歳、大手電子機器メーカーへ入社。その後、中小企業診断士を取得。2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。

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