女性の社会進出と最近のSNSの影響などもあって、女性たちが声を上げやすく、また辛さを我慢することなく活躍できる社会へと変化が進んでいます。
そんな中、関心が高まっているのが「フェムテック」と呼ばれる分野です。本記事ではフェムテックとは何か、また市場としても注目されるフェムテックの現状や商品・製品事例、そして今後などを紹介していきます。
フェムテックとは
フェムテックの意味・定義
フェムテック(Femtech)は、「Female(女性)」と「Technology(テクノロジー)」を組み合わせた造語です。女性の健康にまつわる課題を、現代のテクノロジーを駆使して解決しようとする製品やサービス全般を指します。
たとえば、月経周期を予測するアプリやオンライン上でピルを処方するサービス、卵巣年齢やホルモンなどの診断キットなどがそれにあたります。
フェムテックという言葉が初めて登場したのは2012年頃、ドイツの月経管理アプリ「Clue」を開発したデンマークの女性起業家が「フェムテック」という言葉を使用したのが始まりとされています。
思春期、成熟期、更年期、老年期と変化していく女性のライフステージには、それぞれの段階で特有の健康課題が存在します。その健康課題に取り組み、女性の生きづらさを解消する手段として注目されているのがフェムテックです。
フェムテックとフェムケア
フェムケア(Femcare)は「Female(女性)」と「care(ケア)」を組み合わせた造語です。女性の健康をケアする製品やサービス全般のことを指します。
フェムテックと似た意味を持っていますが、フェムケアの中で、テクノロジーを活用して解決する分野がフェムテックとされます。月経カップや吸水ショーツ、サプリメントなどでも、生産過程においてテクノロジーが活用されているものはフェムテックとして捉えられています。
フェムテックが注目されてきた背景
●女性たちの意識や社会の変化
女性の社会進出に伴い、生理痛や更年期など、女性特有の健康課題が顕在化しました。これまで人前で話すことがタブー視されてきた悩みを、オープンに話せるようになってきたのです。女性のリアルな声は、SNSなどを通じて積極的に表現されるようになりました。
フェムテックの製品やサービス自体は、実はそれほど新しいものではありません。吸水ショーツは尿もれ対策として以前からあり、生理管理アプリのパイオニアともいえる「ルナルナ」は2000年に誕生しています。もともと存在していた女性のための製品やサービスが「フェムテック」という言葉で表現されたことで、メディアでも取り上げられ、より多くの人に知られるようになったという側面もあるようです。
またフェムテックには、女性たちが自らの体験や悩みをもとに作った製品が多いのが特徴です。女性の声が届きやすい社会へ変化していること、また生理の貧困の問題やジェンダー格差など、女性に関する課題が社会問題として広く知られるようになったことも、フェムテック市場が広がっている要因と言えそうです。
●健康課題による経済損失
経済産業省が2019年に行った調査「健康経営における女性の健康の取り組みについて」によると、女性特有の月経随伴症状による労働損失は4911億円と試算されています。女性が働きやすい社会環境の整備を進めることが、生産性向上や企業の業績向上に結びつくと考えられるようになりました。
●テクノロジーの進化
IT技術の進化によって、健康に関するデータを広く取集でき、効率的で根本的な解決策を導き出せるようになりました。そしてスマートフォンの普及とともに、誰もが手軽にデータを記録・閲覧できるようになりました。コロナ禍で急速に広まったオンライン診療も、そのひとつです。
フェムテックの市場
活発化するフェムテック市場
フェムテック元年と呼ばれた2020年頃から、フェムテックを身近に感じることが多くなってきました。フェムテック専門オンラインストアを運営する「fermata」がまとめた「日本国内Femtech マーケットマップ」によると、フェムテックサービスの数は、2020年4月の51種から、12月には97種と大幅に増加しています。NHKで女性の体とフェムテックについて特集されたことも話題になりました。ユニクロなど大手企業も市場に参入し、フェムテックは2021年の新語・流行語大賞にもノミネートされています。
フェムテックは百貨店の売り場にも変化をもたらしました。2019年には大丸梅田店で百貨店初のフェムテック常設コーナー「michi kake」が誕生しています。伊勢丹新宿店や銀座三越ではフェムテックのポップアップが開催され、2021年に六本木アカデミーヒルズにて開催された「フェムテック・フェス」には約1,400名が来場しています。
さらに経済産業省では、2021年度から「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」の実証事業者を公募しており、フェムテック市場は勢いを増していると言えるでしょう。
フェムテックの市場分類
フェムテックには確立された分類はありませんが、ここでは、「月経」「妊娠・不妊」「産後ケア」「更年期」「婦人科系疾患」「セクシャルウェルネス」の6分野に分けて紹介します。
●月経
生理用品は選択肢も広く、日々進化を続けている分野です。特にフェムテックで認知度があがったものに、吸水ショーツや、月経カップがあります。憂鬱な生理期間を快適に過ごせるというだけでなく、繰り返し使えて環境にも優しいという理由から、使い始める人も増えているようです。
生理管理アプリもさまざまな種類のものがあります。生理周期を記録することで、体調の変化や妊娠しやすい日や次の生理を予測するもの、ピルの飲み忘れの管理をしてくれるものなどです。また最近ではピルのオンライン診療サービスも広がっています。
経済産業省の調査によれば、2025年時点のフェムテックによる日本の経済効果は約2兆円/年と推計しており、その中で「月経分野」が年間約2,400億円となっています。
●妊娠・不妊
日本では、出生数の低下と出産の高齢化が進んでいます。また夫婦の約5.5組に1組は不妊治療を受けていると言われます。2022年4月には、これまで高額で負担の大きかった不妊治療が、保険適用になりました。この分野では、アプリの妊活相談サービスや、遠隔健康医療相談、妊婦や赤ちゃんの状態を遠隔でモニタリングする医療機器などがあります。
遠隔医療は、もともとは通院が困難な妊婦さんやハイリスクな妊婦さんにに向け開発されたものでしたが、コロナ禍で一般需要が高まっているようです。その他、ホルモン値や卵巣年齢、運動している精子の濃度などを調べる簡易検査キットや陣痛が来る時間を予想するアプリなどユニークなものもあります。海外では、おりものから排卵日が分かるデバイスも登場しています。
経済産業省の調査による日本の経済効果は、「妊娠・不妊分野」で年間約3,000~5,000億円となっています。
●産後ケア
体調が安定せず頻繁に外出することが難しい産後のために、気軽に相談しやすい便利なオンライン相談サービスがあります。また産後は骨盤基底筋にダメージが残り、尿もれや子宮下垂などのトラブルを招くこともあります。それを防ぐための膣トレグッズとしてLEDを搭載したものやマッサージ機能がついたもの、アプリと連動して膣の状態を確認できるものなどがあります。海外ではハンズフリーの搾乳機や、母乳がスムーズに出るようにマッサージ機能の付いたブラジャーなども広まっているようです。
●更年期
更年期は、閉経前5年間と閉経後5年間を合わせた10年間程度を指し、ホットフラッシュやイライラなどさまざまな症状が現れます。この分野では、更年期症状についてオンラインで相談ができるやサービスや、更年期症状で悩むカップルのコミュニケーションサポートサービス、女性ホルモンの簡易検査キットなどがあります。海外ではホットフラッシュなどの症状を緩和するウェアラブルデバイスもあり、女性の更年期を意味する「メノポーズ(Menopause)」と「Technology(テクノロジー」)を合わせてメノテックと呼ばれることもあります。
経済産業省の調査による日本の経済効果は、「更年期分野」で年間約1.3兆円となっており、フェムテックの経済効果としては最も高い分野となります。
●婦人科系疾患
この分野では、女性特有のがんに対して痛みや負担の少ない検査方法の開発などが代表的です。たとえば、MRIの無痛乳がん検診や、子宮頚がんの原因であるHPVのを検査が自宅でできるキットなどがあります。また海外ではつけるだけで、AI によるアルゴリズムにで乳がんリスクを分析するブラジャーも登場しているようです。
●セクシャルウェルネス
WHO(世界保健機関)の定義では、セクシシャルウェルネスとは "セクシュアリティに対して身体的、感情的、精神的、社会的にも健康な状態であること"とされています。フェムテックが注目される背景には、女性によって女性に向けた製品やサービスが多く作られ、女性が自分の体に向き合いオープンにすることが、当たり前になりつつある意識の変化があります。これまであまり語られてこなかった分野ですが、女性視点で作られたトイや性交痛を軽減するリングやジェルなどさまざまな種類の製品が登場しています。
フェムテックの市場規模
まずは世界の市場規模を見てみましょう。アメリカの調査会社CBインサイツの予想では、2025年までにフェムテックの市場規模は、500億ドル(約5.5兆円)まで拡大するとされています。さらに女性の健康とウェルネスに特化したVCであるCoyote Venturesと、フェムテック領域の情報配信やスタートアップサポートを行うNPO団体であるFemtech Focusの予測によれば、フェムテック市場は2027年までに1兆1860億ドル(約138兆円)の市場規模にまで成長するとされています。
次に日本の市場規模を見ると、矢野経済研究所が2021年10月に発表した市場調査では、2020年のフェムケア&フェムテック市場規模は597億800万円。2021年は約635億円を見込んでいます。
今後市場はどう拡大するか
遠隔モニタリングや、自宅でできる検査キットなどは、コロナ禍での利用をきっかけに今後も拡大していくだろうと予想されています。これらのフェムテック製品・サービスは、血液や尿などの検査ができたり、アプリに自分の健康状態を記録できたりなど、自分の健康を自分で守るためのサポートをしてくれます。健康課題を自分ごととしてとらえれば、個別のオンライン相談の需要も高まるはずです。
また女性が悩みをオープンに話せるようになることで、セクシャルウェルネスや更年期、デリケートゾーンなどに関連する製品やサービスもさらに広がっていく可能性がありそうです。
フェムテックの商品・製品サービス事例
海外の商品・製品サービス事例
「Willow Go」
ブラジャーに入れたまま使えるハンズフリーの搾乳機です。搾乳が終わったら、そのま冷蔵庫や冷凍庫で保存ができます。動作音も静かなので搾乳する場所を選ばず、両手が空くので搾乳しながらデスクワークや家事も可能になります。スマートフォンと接続して、搾乳量や搾乳時刻などを記録することもできます。
搾乳機の使用はアメリカでは一般的ですが、日本ではネガティブなイメージを持つ人も多く、まだあまり普及していないようです。
「Livia(リビア)」
イスラエルのiPulse Medical社から登場した、生理痛の悩みを緩和するための小型デバイスです。下腹部に専用の吸盤つきパッドを貼ることで、痛みを伝達する神経を一時的に遮断させます。月経カップや吸水ショーツなど生理期間を快適に過ごすための製品が増えていますが、これは生理痛にアプローチする新感覚のデバイスとして世界中で注目を集めています。
「Laska (ラスカ)」
海外では、プレジャートイの分野でもサスティナブルであることが重要なテーマになっています。「Love Not War」は、サステナブルとラグジュアリーを叶えるイギリス初のトイメーカー。素材には、リサイクル可能なアルミニウムのほか、リサイクルABS樹脂やバイオプラスチックを、パッケージには大豆インクを使用した、ヴィーガントイです。美しいデザインで、静音、完全防水、トラベルロックなどの機能も充実しています。
日本の商品・製品サービス事例
「エアリズム 吸水サニタリーショーツ」(ユニクロ)
5000円前後の商品が主流の中、1990円という低価格を実現したユニクロの吸水ショーツです。サラサラの肌触りで伸縮性が高い、エアリズム生地を採用。吸水部分は三重構造になっており、肌に触れる部分にはドライ機能と抗菌防臭機能、25~30mlの吸水量でしっかり吸水し、背面の防水シートで漏れにも対応しています。
「ソフィ® ソフトカップ」(ユニ・チャーム)
ナプキンが主流の日本で、新しい生理用品として注目されている月経カップが、ユニ・チャームの生理用品ブランド「ソフィ」から誕生しました。素材は柔らかさに拘ったTPE樹脂で、取り出しやすいように取っ手はリング状に。取り換え時に経血量が分かりやすい半透明色を採用するなど、初心者でも使いやすい工夫がされています。経血量が25ml入るサイズで、最大8時間程度使用可能です。
「F check」(ファミワン)
卵巣年齢を自宅で簡単にセルフチェックできる日本初の検査キットです。卵巣内に残された卵子の数を、血液中のアンチミューラリアンホルモン(AMH)を測定することで推定し、各年齢の平均値と比較した卵巣年齢を算出するものです。わずか0.1mlの血液を指先から採取してポストに入れるだけで、後日専用サイトから結果を確認できます。
「よりそる」(よりそる)
更年期にはさまざま症状が起こります。辛さを理解してもらえないと悩む女性が多い一方、どう接したらいいか分からないと悩む男性もいます。「よりそる」は、夫婦間やカップル間のモヤモヤを解消し、共に更年期を乗り越えて幸せになるオンラインプログラムです。1人用と2人用があり、2人用では男性にもパートナーの不調やアドバイスが送られる仕組みです。
フェムテックの今後
フェムテックには明確な定義がなく、法整備も整っていないのが現状です。安全や品質を保持するためには、今後ガイドラインや認証制度などの整備も必要となってくるでしょう。
また、フェムテックは女性がフェムテックによって安心して働く環境を作ると同時に、女性の視点を活かし女性の活躍の場を創出する機会でもあります。女性特有の症状による経済損失が発表され、政府も政策に乗り出していることから、今後は官民ともに積極的にフェムテックを推進していくと考えられます。
近年はSNSなどを通じて情報発信を行う人が増え、誰もが自分のメディアを持つ時代です。女性特有の悩みやフェムテックについて積極的に発信する女性が増えれば、フェムテックはさらに広がり、また企業と個人がアドバイザーやインフルエンサーとして協力する機会も増えるでしょう。
さらには、フェムテックにおける男性へのアプローチも考えられます。たとえばアプリなどでパートナーの体調や生理日などを共有できれば、お互いのコミュニケーションのサポートにつながります。フェムテックは、このように今後さまざまな可能性を持つ分野だといえそうです。
フェムテックを知るための本
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女性が生きづらさを感じる場面はまだまだ多いものの、声を上げ、自分の心地よさを追及することが当たり前な世の中へ進んでいることは明らかです。フェムテックは、女性特有の健康課題やさまざまな社会問題を解決する手段ですが、これまでの意識の在り方を変えるムーブメントと捉えることもできそうです。多くの可能性を秘めるフェムテックは、企業の成長戦略としても重要なキーワードとなりつつあります。
これまでフェムテックの製品やサービス、市場の状況などを中心に解説してきましたが、フェムテックにはSDGsの側面もあります。SDGsを視点とした解説は「講談社SDGs」に掲載していますので、こちらをご覧ください。
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