2022.05.30

N1分析で捉える「顧客インサイト」|顧客との約束からはじまる利益の最大化[第4回]

コミュニケーション領域すべての統合プロデュースを行う株式会社イグナイトの代表取締役で、Advertising Week Asiaのエグゼクティブプロデューサーとしても活躍する、笠松良彦氏の連載。 第4回は、「顧客インサイトの捉え方」について、じっくりと解説していきます。

語り:笠松良彦 構成:C-station

※本連載は、プレミアムメールマガジン「My C-station」ユーザー限定で配信された記事コンテンツから派生したものです。該当記事は、アーカイブで読むことが可能です。

ひとりの顧客インサイトを知る効果

顧客体験をデザインするためには、顧客のインサイトを知ることが大切だということを、前回お話ししました。

では、「顧客のインサイトを捉える」ためには、どうすればいいのでしょうか。

私は、顧客インサイトは「N1」、つまりひとりを知ることが重要だと思っています。そして、その際はできるだけ、"実在するひとり"を、深く知ることが重要です。

ある有名な小説家が「たったひとりの読者を具体的に想定して、その人だけを喜ばせるために小説を書く」と言っていたのを聞いたことがあります。私もその意見に賛成です。

なぜなら、そのひとりが心から共感して感動する企画であれば、間違いなく、その周囲にいる同じ価値観を持った人たちを巻き込むことができるからです。さらにいえば、ひとりだからこそ、心の内を深くのぞき、適切なアプローチをする方法が見えてくると思うのです。

顧客ひとり(N1)のインサイトを知ることは、同じ価値観を持った集団へのアプローチを可能とする

一方で、ふわっとしたペルソナ(ターゲット像)では、そもそも顧客の深層心理を探ることができません。たとえできたとしても、当たり前のことを顕在化したものにしかならないでしょう。

これはあくまで私の経験知ですが、「シロガネーゼ」など、さまざまな顧客の塊にネーミングをしたペルソナでは、中途半端な言葉遊びになってしまう危険性があります。しかも、そのようなインサイトから出てきた顧客体験の企画は、だいたい凡庸でつまらないものになります。つまり、顧客に共感してもらえる企画にはならないケースが多いようです。

N1に出会うには、地道な努力が必要

では、その「ひとり」には、どうやって出会うのでしょうか。

これには、実は楽な抜け道はないというのが私の考えです。グループインタビューなどを通して何人とも対話を重ねるなかで、「この人のいまの発言が気になる」「この人、本当はもっと言いたいことがあるのでは?」など、自分の感覚で見つけるしかないと考えています。

「それでは答えになっていない」と思うかもしれませんね。ですが、N1の見つけ方はそもそも、マニュアル化できるものではありません。

以前、メルマガ読者限定記事の「顧客体験のプロになるための4つのステップ」でもお伝えしましたが、「知る」「わかる」と「できる」の間には大きな壁があります。自転車の漕ぎ方は教えられても、実際に自転車に乗れるようになるには、自分で反復練習をするなかでコツを体得する以外に方法がないのと同じです。

このように、何度も体験を繰り返すことで「できる」ようになっていくことを、私は「感度」と呼んでいます。知見は「学ぶ」ものですが、感度は「磨く」ものです。これは言語化(見える化)することが非常に難しい領域です。

ですが、「ひとり(N1)」を見つけることで、課題解決のアイデアを導き出しやすくなるので、私としては、苦労してでも習得することをおすすめします。

事例:中央酪農会議「牛乳に相談だ」

私が関わった、「N1」のインサイトから、課題解決した事例をご紹介しましょう。

中央酪農会議は、中高生に対して、「牛乳が身体にいいことは皆が知っているのに消費量が落ちている」という課題を抱えていました。そこで、当時のスタッフメンバーで、インサイトの手法である「なぜ?」と「妄想(仮説)」を繰り返し行うところからスタートしました。

まず、「なぜ牛乳が飲まれないか」という疑問に対しては、「ほかにもたくさん飲み物はあるから」という回答(仮説)が出ました。

その答えに対し、さらに「なぜ?」と「妄想」を展開しました。
「"なぜ"ほかの飲み物と比べて選ばれないのか?」
→仮説1「特においしいと思わないから」
→仮説2「そもそも選択肢として思いつかない」

そこでさらに、「"なぜ"選択肢として思いつかないのか?」を深掘りしました。すると、
「名前は知っているが、自分とは関係ないブランドと思われている」
という重要な仮説に出会うことができました。

ここで、中高生にとって、「効能(機能)は知っているが、自分とは関係のない飲料ブランド」とは、どういうポジションなのかと、視点を変えて考えてみました。それは、「どこの学校にもいる、頭は良いけど人気のない学級委員」ではないだろうか──。

こうして「牛乳を人気のある学級委員にしよう」というコンセプト・タグラインが生まれ、「牛乳に相談だ」というキャッチコピーが生まれたのです。

ほかの飲料ブランドには「相談」できる気がしませんが、「牛乳=学級委員には、相談できそうな気がする」。そんな牛乳に隠された、優等生のイメージを発見できたのは、まさに顧客のインサイトを深掘りしたからに、他なりません。

「感度」は思考の繰り返しによって磨かれる

インサイトは、表面的なモノ・コトの「現象」の裏側にある真理や心理といった「本当の要因」を探る作業です。

つまり、ある「現象」を結果とした場合、それが起きる「原因(本当の要因)」を洞察して見つけ出すのがインサイトです。

これができるようになるためには、普段の生活の中でも、日常で触れるあらゆるモノ・コトに疑問を感じたら、「なぜそうなのか?」を何度も繰り返し自問自答して、その「原因・本当の要因」を妄想することが必要です。そして、自分の仮説を立て、さらにそれが検証できればベストです。

普段の生活のなかでも、ふと「なぜだろう?」と思うことはたくさんあるはずです。

こうした素朴な疑問を放っておかずに、スマホのメモ機能などに記録しておくと、後からノートに書き写して図式化したり、因果関係を線で結んだりするのに役立ちます。ちょっとおかしな人みたいに見えるかもしれませんが、これが左脳を使う言語化と右脳を使う図式化を繰り返す訓練になります。

参考までに、過去の私のメモを一部ご紹介します。

▼なぜ、チームスポーツの人数は奇数が多いのだろう?

偶数だと攻撃のバリエーションは2人が最小ユニット、つまり点と点を結んだ線が基本となる
→これが奇数になると攻撃のバリエーションは線から3点を結んだ面となる
→守る方にとっては線よりも面の方が守りにくい
→よって攻撃のバリエーションを考えると奇数にした方が、圧倒的にゲームが面白くなるのではないか?
→各スポーツがともに経験則から奇数にたどり着いたのではないか?

▼なぜ、広葉樹の枯れ木の枝模様と、人の肺の血管の構造は似ているのだろう?

栄養分を効率よく到達させるための理由のあるデザインではないのか?
→だから人は本能的に自然のデザインに惹かれるのではないか?
→一見無秩序な自然のデザインにはすべて理由があるのだ


自分の感性の幅を広げ、感度を磨く

感度を磨くには、自分の感性の幅を広げるのもいいと思います。

よく「アンテナ感度を高める」という言い方もしますが、自分が感動したり感情が揺さぶられたりするものをたくさん観たり聞いたりすることで、「感度」は上がっていくと私は考えています。

また、本を読むというのもいい方法です。私の敬愛するマーケターの一人は「毎月1冊はあえて自分がまったく興味のない領域の本を読む」ことを自分に課しているそうです。つまり、何とかして自分の感度を高めようという努力の先に、「顧客のインサイトを正確に捉える」というゴールが待っているのです。

次回は、「タグライン(コミュニケーションコンセプト)」の重要性と、作り方について解説します。

講談社が提供する各種プロモーションサービスのご利用に関するお問い合わせ・ご相談はこちら