2022.05.24

なぜいまCDPが求められるのか ── デジタルマーケティングとCDPの関係性 |デジタルマーケティングとデータの"越境"<第2回>

本連載では、デジタルマーケティング業界の最新動向について、"越境"をテーマに解説します。昨今はマーケティングを越えた領域でのデータ活用が進んでおり、マーケターが負う業務や役割の境界が曖昧になりつつあります。顧客データを軸に、組織の枠組みや自らの役割を"越境"した戦略を立てるべき時代に入っています。
第二回のテーマは「CDP」。近年注目されるCDPは、これまでデジタルマーケティングに用いられてきたプラットフォームとは異なる切り口でデータを統合、管理します。CDPが求められる背景と導入課題、対策の方針などについてまとめます。

CDPとは ── 顧客起点のマーケティングを実現するプラットフォーム

まず、今回のテーマとなるCDPの基礎について解説します。CDPとは「カスタマー・データ・プラットフォーム」(Customer Data Platform)の略称で、顧客データを管理するプラットフォームです。デジタルマーケティングに役立つツールのひとつではありますが、他プラットフォームとはデータ管理の軸が異なります。

CDPの役割と導入メリット

CDPは、自社の顧客を軸としてデータを管理します。CDPを使うことで、企業は各部署、各システムに分散されている顧客データを統合し、管理することができます。例えば、マーケティング部が広告運用によって取得したデータ、店舗や商談などの顧客接点を通じて得られたデータ、あるいは会員登録をしている顧客のECサイト上での行動履歴.....。こういったあらゆる顧客データは、多くの場合それを担当する部署ごとに管理・分析されており、たとえ社内で共有するとしても全体的な傾向や課題を把握するにとどまるものです。CDPは、これらをIDに紐づけて統合管理する、つまりデータを「越境」させることで、一人ひとりのニーズに基づいた対応を導き出すのです。

CDPを導入することで、企業は顧客データを"群"ではなく"個"として扱うことができます。また、さまざまな市場活動を通じて得られた顧客データが統合されることで、より正確な顧客ニーズを明らかにすることもできます。昨今はさまざまな理由から顧客起点のマーケティングが重視されていますが、CDPはまさにそのためのツールです。

CDPとDMPの違い

デジタルマーケティングに影響するデータプラットフォームと言えば、DMPを想像する方もいるかもしれません。DMP、「データ・マネジメント・プラットフォーム」(Data Management Platform)もまた、企業活動によって得られるデータを管理するためのプラットフォームです。
このDMPとCDPとの大きな違いは、CDPが顧客理解を目的としてデータを管理するのに対し、DMPはデジタル広告の最適化を目的とするところです。

DMPにはパブリックとプライベートの二種類があります。パブリックDMPは、あらゆる企業から集積したユーザー属性や行動履歴などのデータを一元管理し、広告運用に役立てる機能をもちます。これは自社の顧客データ管理を目的としたCDPとはまったく異なるものと言えるでしょう。

一方、プライベートDMPのほうは商品購買履歴など自社にある顧客データを管理するため、扱うデータはCDPと重なります。しかし、主目的はデジタル広告最適化であるため、顧客データをセグメント化し、先に挙げた他社のデータ群とかけ合わせて分析したり活用したりすることが多いです。

また、DMPは主にマーケティング担当者が活用するツールです。CDPはマーケティング部門を越えて顧客データを共有・活用していくことが多いので、社内における扱いも異なります。

CDP市場の成長

CDP市場のCAGR(年間成長率)は2020年から2025年にかけて34%にのぼると予測されており、2022年現在はその急速な市場拡大の只中にあると言えそうです。また、大手IT企業によるCDPに特化したスタートアップ企業の買収や、CDPを提供する企業の大規模な資金調達成功など、CDP市場の盛況ぶりを象徴するニュースも増えています。今後、CDPの技術進化はいっそう加速していくことでしょう。

国内CDP市場については、2020年度の売上額が87億円で、前年度比16.6%と堅調な伸びを見せています。市場参入ベンダーも徐々に増加しており、認知度の高まりが市場成長の追い風になっているようです。IT先進国と比べれば勢いがやや劣りますが、見方を変えれば市場成長の伸び代がある状態とも言えます。

日本企業のCDP活用に関わる課題と対策事例

日本企業がCDPを最大限活用していくためには、いくつか事前に見直さなければならない部分もあります。

1:データ活用の阻害となる組織や体制の見直し

まず、CDPを導入する組織がデータの共有や統合に対応できることが重要です。部署が分断された組織構成や、意思決定に時間がかかる業務体制は、CDP活用の妨げになります。

しかし、すでに確立された組織や業務体制をゼロから作り変えるのはあまりにリスキーです。実現可能性の高い改革の一歩としては、データ活用に特化した部署横断組織を社内に新設するのが有効かもしれません。

社内新組織設立の一例として、野村證券の取り組みを挙げます。証券業界のリードカンパニーである野村證券は、2022年春、社内の新組織としてデジタル・カンパニーを設立しました。同組織は顧客に対するデジタルサービスの提供やDX推進、新規ビジネス創出などを活動の柱としており、他部署を横断して課題発見と事業創出に取り組んでいます。

実は野村證券は、その前身となる組織を2019年より運営しており、ニーズの多様化した顧客一人ひとりと向き合い、現代に即した金融サービスを提供するための体制を整えようと模索してきました。サービス開発と並行し、戦略的に組織そのものも見直してきたのです。

今回の新組織設立の直接的な目的はCDP活用ではありませんが、部署横断型の組織づくりに挑むことで、今まで以上にデータドリブンな課題解決の道筋を立てやすくなったそうです。組織図や業務体制がネックになってCDP活用への道が遠のいている場合は、こうした新組織が解決の糸口になるかもしれません。

2:顧客への意識が薄い商慣習の見直し

そもそも日本企業はマーケティングに対する意識が低い傾向があることも課題のひとつです。技術力がブランド力に直結していた時代を知る日本企業の経営者は、「良いモノ(商品)を作れば売れる」という思想が根強いため顧客起点での戦略構築が不得手だ、と多くのマーケティング有識者が語っています。そのためCDPの価値を経営に結びつけられず、導入したものの活用に至らないというケースも珍しくありません。

これに関しては、適切な外部企業と連携することで、抜本的な意識改革を地道に進める方法があります。戦略立案から実行・運用までのプロセスに明るいデジタルマーケティング専門企業をパートナーに迎えるのです。

豊富な広告事業実績とデジタル戦略を掛け合わせたソリューションを提供する電通デジタルや、IT広告のリードカンパニーとして多様な事業を展開するサイバーエージェントなど、マーケティングを軸足に置きつつ企業改革の右腕となる企業が近年増えています。マーケティング分野で培われたデータ活用のナレッジや思考プロセス、イノベーティブな発想や実行力は、膠着状態にある企業のDX推進や意識改革の促進剤となるはずです。

単なるデータ統合にとどまらず、そのデータで何がしたいのか、そしてどのようにビジネスを変えていくのか、マーケティングの視座からビジョンや戦略を明確に組み立てることが、CDP活用の一歩です。

3:DX人材の不足

最後に、先に挙げてきた組織や商習慣の見直しをリードする人材の不足が問題点として挙げられます。日本企業がイノベーションやDXといったトレンドを消化しきれない要因のひとつとして、必ずといっていいほど指摘されるのがこの人材不足です。これについては、そもそもそういった人材を育成する土壌が国内に少ないため、採用を強化すれば解決する話でもありません。潜在的に適性のある人材を社内で発掘する、あるいは育成するといったアプローチが必要です。

VISITS Technologiesが提供するソリューションは、こうした問題に取り組むための手法の一例です。社内のDX人材を発掘することを目的にした「DXクラウド」は、同社の独自技術に基づいたデザイン思考テストを行うことで社員の潜在的な能力を数値化し、可視化することが可能です。また、DX人材を育成するためのコンテンツなども同サービス内に含まれているため、社内人材を活かした戦略を立てることができます。

CDPは優れたツールですが、扱うのは変わらず"人"です。既存の枠や概念にとらわれることなく、顧客と向き合うための手段としてCDPを活用できるリーダーを見つけ出す、あるいは育成することが、CDP活用の成功率を高めるはずです。

顧客データの重要性が高まっている理由

これまでに挙げた課題を前にして、腰が重くなってしまう企業も多いでしょう。またCDP導入の支援を行うデジタルマーケティング企業の担当者によると、CDP導入について足踏みする企業の多くは、費用対効果や運用の実現可能性が低いことを理由として挙げるそうです。

しかし、顧客データ活用は、もはや費用対効果などの次元を越えて企業が取り組むべき課題になっていることを補足しておきます。

直近の数年間で、個人情報に関わる法制度や価値観が刷新されつつあることは、デジタルマーケティング業界で大きな波紋を呼んでいます。これまでWebサイトやアプリなどにおけるユーザーの行動履歴(Cookieデータ)は、あらゆるデジタル広告の最適化に利用されてきました。しかし、広告主や広告掲載者の利益と効率を重視したソリューションは、個人情報の乱用とも言える状況を生み出しています。世界中の個人情報を資産化することで成長したFacebookやGoogleといった巨大IT企業の構造や市場独占が、徐々に問題視されるようになっていきました。

こうした現状を見直す各国の動きは、具体的かつ強く変化してきました。本人の許可なく行動履歴を取得すること、個人特定につながるデータを不適切に扱うことなどに罰則を課す強力な制度が、世界のスタンダードとして広まりつつあります。

この流れは、サードパーティデータを利用する従来のデジタル広告の事業基盤そのものを揺るがせています。検索エンジンやブラウザサービスを提供するAppleやGoogleは、行動履歴取得を遮断できる機能の追加やクッキーレスの広告配信基盤の開発を急いでおり、デジタル広告配信を主軸にしているプレイヤーの多くが事業転換を図っています。これまで外部データや外部ソリューションに頼ってデジタルマーケティングに取り組んできた企業も、何を糧にマーケティングしていくのか見直さなければなりません。

自社が蓄積する顧客データの重要性が、ますます高まっていることがおわかりいただけたでしょうか。サードパーティデータの規制が進んだ社会では、マーケティングに用いるデータを自社で作る意識をもち、そのもとである顧客データを活用できる企業が競争力を高めていくでしょう。このような背景や展望を併せると、CDP導入の重要性がはっきりします。

CDP導入が次世代マーケティングに移行する足がかりに

最後に、具体的なイメージがしやすいよう、CDP活用の成功事例を紹介します。

アパレル事業を展開するユナイテッドアローズは、MA(マーケティング・オートメーション)におけるシナリオの確度を高めることを目的にCDPツールを導入しました。それまで取得や活用が及んでいなかったWebサイト上の閲覧ログや、連携されていなかった自社アプリのユーザーデータをCDPに統合し、一人ひとりの顧客の閲覧・購買行動を一元化しました。顧客情報として各チャネルのアクションが識別されるようになったことで、何がより適切なアプローチなのかを検証できるようになりました。

商品検討の場や購入先、さまざまな利用デバイスなど、現代のユーザーは企業や商品と多くの接点をもちます。企業はデジタルデータを通じて顧客理解を深められるようになったものの、そのデータは多様化し、扱うのが難しくなる一方です。CDPは、こうした複雑化を極めるデータに向き合うための手段であり、今後デジタルマーケティングのスタンダードにもなり得るものです。新しい時代のマーケティングに目を向けるための足がかりとして、CDP活用について検討してみてください。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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