全8回にわたり、ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」について解説してきた連載「ニューノーマル時代のファンマーケティング教室」。その新章としてスタートしたのが本連載です。魅力的なファンマーケティングを実践されている企業のキーマンとの対談を毎回お届けしていきます。
第1回は、スポーツの力で地域に賑わいを創出している、横浜DeNAベイスターズの広報・コミュニケーション部 矢野沙織さんとの対談です。
左から、横浜DeNAベイスターズ ビジネス統括本部 広報・コミュニケーション部広報グループ 矢野沙織さん、コミュニティ運用、カスタマーサクセスのエキスパート、Asobica CCO 小父内信也さん
横浜市民から広く愛される球団
小父内 御社は横浜市にある横浜スタジアムを拠点に、横浜市民をはじめ、多くのファンから愛されている球団です。私も神奈川県民として、もちろん応援しています。
今日は、「横浜DeNAベイスターズ」がなぜ、人々から愛されるのか。そのために実施しているファンマーケティングの施策を軸に、お聞きできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
矢野 よろしくお願いいたします。ここ数シーズンはコロナ禍の影響で無観客や入場制限が行われていましたが、今シーズンはようやく全席販売ができるようになりました。多くの皆さまに、またスタジアムに足を運んでいただけるようになったことは、私たちにとっても何よりうれしいことです。
スタジアムにファンが戻ってきたことを、うれしそうに語る矢野さん
「野球場」から「ボールパーク」へ
小父内 ベイスターズの試合はいつも満席で、なかなかチケットが取れないイメージがあります。でも、昔からずっと高い人気を保っていたわけではなかったそうですね。どのような工夫をされて、ここまでのファンを獲得できているのですか?
矢野 私たちはスタジアムを、野球好きの方だけが試合を観る"野球場"ではなく、それほど野球に興味がない方でも一日中楽しめるエンターテイメント施設として、「ボールパーク」に進化させてきました。
小父内 米国メジャーリーグでも「ボールパーク」施策を打ち出しているところは多いですよね。オープン時に人気ハンバーガー店を誘致したニューヨーク・メッツのボールパーク「シティ・フィールド」も、ハンバーガーを食べたい客で行列ができたといいます。野球以外の目的でも足を運ぶ方が増えれば、「コアな野球好き」以外の方にとっても、ハードルが低くなって球場に行きやすくなりますね。
大切な人を誘いたくなる場所を目指し、イベントを実施
小父内 ほかに、飲食以外ではどのような取り組みをされたのですか?
矢野 友達や恋人、家族を誘って来ても楽しい場所となるよう、家族向けのイベントや、女性来場者にオリジナルユニフォームをプレゼントする「YOKOHAMA GIRLS☆FESTIVAL」など、数多くのイベントやお祭りなどを企画しました。
こうしたイベントや施策をひとつひとつ繰り返すなかでファン層が広がり、はじめは誰かに誘われて来てくださった方が次は自分のお子さんを連れて観戦に訪れてくださったり、会社の同僚や友人を誘ってリピートしたりするようになっています。
「YOKOHAMA GIRLS☆FESTIVAL」で初来場した女性客がファンになり、ファンクラブに入会することもあるそう
行政とともに地域のファンを増やす
小父内 横浜市と一緒に「地元のファン」を増やす取り組みもされていますよね。
矢野 はい。「スタジアムに行くと楽しい」と感じていただけるのもうれしいのですが、将来的には「ベイスターズがあるから横浜が盛り上がっている」"横浜の誇り"と思っていただけるような存在になれることを目指しているので、2017年からはスポーツの力で横浜に賑わいを創出する「横浜スポーツタウン構想」にも取り組んでいます。
スタジアムを拠点に、まちとファンの人々をつなぎ、新たな賑わいや産業を創出していく。スタジアムとまちが、まさに一丸となって、さまざまな取り組みを進めています。
ちなみに、この横浜スポーツタウン構想の中核施設となっているのが、横浜公園に面した「THE BAYS(ザ・ベイス)」です。旧関東財務局として使われていた1928年創建の歴史的建造物を、横浜市から15年契約でお借りしています。
多角的なファンづくり施策に関心する、小父内さん
ファンを巻き込んで挑戦を続ける
小父内 「THE BAYS」ではどのようなファン創出の取り組みをされているのですか?
矢野 「THE BAYS」は、ベイスターズファンはもちろん、野球ファンや地元の方、横浜のまちを盛り上げていきたい方など、幅広い「ファン」とのつながりの場と定義しています。
1階では、野球との新たな接点が生まれる場所として、ライフスタイルグッズのショップ「+B(プラス・ビー)」と、球団オリジナルの醸造ビールや選手寮「青星寮」のカレーライスなど「ここでしか味わえない」メニューも提供している「CRAFT BEER DINING &9(クラフトビアダイニング&9)」を運営しています。
2階は、会員制シェアオフィス&コワーキングスペース「CREATIVE SPORTS LAB」を開設し、スポーツ×クリエイティブをテーマに、次のスポーツ産業を創出していく拠点となることを目指しています。
THE BAYS 1階のライフスタイルショップ「+B(プラス・ビー)」では、日常使いできるファッショナブルなアイテムも並ぶ
ファンの声をグッズにも反映
小父内 「THE BAYS」という場を活用し、具体的にどのようなファンマーケティングを展開されているのですか?
矢野 球団のファン、または横浜のまちに興味を持ってくださる方向けのオンラインイベントやワークショップ、交流会などを企画・実施しています。
2021年8月には、ベイスターズの選手が使用した折れたバットをアップサイクル(創造的再利用)し、新しいグッズを開発する会議を行いました。活発な意見交換が交わされ、「鳴り物の応援グッズへのアップサイクル」にするアイデアなどが出ました。
現在、商品化に向けて具体的に企画を進めているのですが、このアイデアは、球団スタッフだけでは絶対に出ない発想でした。コロナ禍で思うようにスタジアムに応援に行けず、行っても声が出せないというフラストレーションがたまるなか、それでも「選手を応援したい」というファンの方の熱い思いがあったからこそのアイデアだと思っています。
小父内 ファンが求めるものを知りたいときは、ファンに聞く。シンプルですけど、すごく有効なアプローチですよね。
矢野 そうですね。背景には、コロナ禍で応援の際に「声が出せない」という大きな制限がありました。そんな中で、「声の代わりに音の鳴るグッズ」はファンが選手とのコミュニケーションをとる重要なアイテムであり、そこに目を向けられるファンの方の視点というのは、私たちにとっても非常に勉強になりました。
小父内 ここまで徹底的にファンを巻き込めているのはすごいですね。現在行われている「試合日をまるごと楽しむ 横浜DeNAベイスターズ ツアー」という企画も、ファンの方の声から生まれたアイデアですか?
「試合日をまるごと楽しむ 横浜DeNAベイスターズ ツアー」の様子
矢野 そうです。野球観戦の時間だけでなく、試合日を朝から楽しみたいというファンの方の思いをお聞きし、ベイスターズをまるごと楽しんでいただけるツアーをファンの方と一緒に作ってきました。
球団OBや元トレーニングコーチの指導による「OBと一緒にベイスターズ体操」や、選手たちを間近でご覧いただける練習見学などをはじめ、普段はなかなか入れないところにも入れるので、コアなファンの方はもちろん、野球に詳しくない方にも好評で、あっという間にチケットが完売しました。
ファンと一緒に、「横浜DeNAベイスターズ」をよりよくしていく
小父内 ここまでファンの方の気持ちを惹き続けられている秘訣は何だと思われますか?
矢野 私たちがファンの方に何かを提供する、のではなく、ファンの方と一緒になって作り上げていることが功を奏しているように思います。
ファンの方がいま何を求めているか、どんな情報を知りたいと思っているか、ということはもちろんリサーチしますが、私たち球団の職員が考えているとアイデアに息詰まったり、ファンの立場に立ちきれないことがあります。それを、ファンの方と一緒に意見を出し合うことで、結果的にファンの意見を反映できて喜んでもらえるのかなと思っています。また、そこまでの過程を知っているファンの方は、その企画に愛情を持って接してくださることも、私たちにとってはとてもありがたいことです。
小父内 昨年からは、「野球ファン」を超えた取り組みもスタートされたとお聞きしました。
矢野 はい。昨年10〜11月にかけて、スポーツビジネスとまちづくりをテーマに「横浜スポーツイノベーター創出に向けたビジネススクール」をスタートし、今年3月〜は、第二期を実施しております。
スポーツを通じてご自身の出身地や事業を本気で盛り上げようとされている方たちと一緒に、"学ぶ"だけでなく、"共創"することをゴールに、ベイスターズという枠を超えて新たなプロジェクトを立ち上げることも見据えたチャレンジをしていく予定です。
「横浜スポーツビジネススクール」では現在、第二期生が実践的なマーケティング手法などを学んでいる
球団にとって、ファンは不可欠な存在
小父内 なぜ本業の野球以外のファンも広げることにこれほど注力されているのですか? 御社にとって、「ファン」とはどのような存在なのでしょうか。
矢野 球団にとって、ファンの方は不可欠な存在です。ファンの方を無視して球団運営は成立しません。オープンミーティングの場などを多数設けているのも、ベイスターズやスタジアムをどう楽しみたいか、という問いに対する「答え(ヒント)」をファンの方が持っているからです。ですから、これからもファンの方たちと一緒に横浜を盛り上げ、さらに賑わいあふれる魅力的なまちづくりに貢献していくことが、私たちの使命だと思って挑戦し続けていきます。
小父内 ファンマーケティングのプロの目から見ても、たくさんの気づきをいただきました。これからのチャレンジも楽しみにしています。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
小父内信也が見た「横浜DeNAベイスターズ」ファンづくりの極意とは
「徹底したファン目線。どうしたら儲かるかどうかではなく、どうしたら喜んでもらえるかに徹した施策は、ファンづくりのお手本のようだと感じました。ファンマーケティング(ファンづくり)は往々にして、中長期的な売上に寄与する概念であり、即効性があるアプローチではない傾向にあります。だからこそ、着実にエンゲージを高めることが重要であり、何よりも"続ける"ことが大切なのです。これからもファンファーストな、横浜DeNAベイスターズのファンマーケティングに注目していきたいですね」(小父内)
<筆者プロフィール>
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや)
25歳、大手電子機器メーカーへ入社。その後、中小企業診断士を取得。2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。