2022.05.10
Cookie規制と出版社 ── BICPグループに聞く「出版社データの強み」とは
Cookie規制によって、第三者が提供する「サードパーティCookie」の利用が制限されるなか、マーケティングパートナーとして、出版社が持つ「読者」データ活用への関心が高まっています。 データを活用したマーケティング支援を行うBICP(株式会社ベストインクラスプロデューサーズ)グループの菅恭一さんと渡邉桂子さんに、ポストCookie時代における、出版社の持つデータの強みについてお聞きしました。
※本インタビュー記事は、プレミアムメールマガジン「My C-station」ユーザー限定で配信されたコンテンツの番外編です。本編は、アーカイブで読むことも可能です。
ポストCookie時代における出版社の優位性
──出版社(雑誌メディア)は「読者」、そして「読者のデータ」を保有しています。これは、広告主にとって、パートナー企業提供の「セカンドパーティデータ」に該当します。ポストCookie時代において、出版社の持つデータは、どのような役割を果たすとお考えでしょうか?
渡邉 ファーストパーティデータは、自社(広告主自ら)が収集する顧客データですから、出版社が抱える読者データは、広告主にとってのセカンドパーティデータとなります。
ただ、自社で収集できている顧客データは主に、基本情報が多く、趣味嗜好まで把握できていないことが多いはずです。そのなかで出版社が持っているデータというのは、「読者(ユーザー)の趣味嗜好」が詰まっていますから、データドリブンマーケティングを展開するうえで、企画立案から分析に至るまで、さまざま形で活用できるのではないでしょうか。
──最近では、広告の質も重要視されるようになっています。その視点で捉えたときに出版社×マーケティングの優位性とは、どのような点にあるのでしょうか?
菅 多くのメディアは、これまでPV連動型の「運用型広告」を中心に、企業に「枠」を買ってもらう広告を展開しています。企業の担当者にとっては、出稿した広告の閲覧数やクリック数が多いことが重要であり、読者にしっかりと届いたかどうか、どう受け止められたかは、後回しになっていた部分があります。
しかし、こうした広告配信を続けた結果、多くの生活者にとって"関心のない"広告は「ノイズ」と認識されるケースが増加。間違えてクリックした商品広告がエンドレスで流れてくることや、興味のない広告が何度も表示されることによる、「ユーザーに嫌われてしまう」リスクを生むことになってしまいました。
そのなかで、メディアの記事広告は、広告をノイズではなく、コンテンツとして届けるという役割を果たしていますよね。届けばいい、ではなく、興味を持ってもらうことを目指しているのが、ポストCookie時代にマッチしているように感じます。
渡邉 アドテク全盛期はデマンド側が優位となり、CPC(クリック単価)偏重型の評価指標に流れがちになった結果、媒体の枠は買い叩かれてしまいました。メディアが広告主企業や広告代理店に対して、「リッチメディアの配信はクリック数やPVではなく、インプレッションを意識していいクリエイティブをつくりましょう」といくら説明しても、なかなか指標としてわかりやすいCPCやCV偏重型から抜け出すことが難しい状況でした。
ですがポストCookie時代は、これまでの評価計測指標が通用しない時代です。良くも悪くも「ただクリックした」という事実を評価の中心に据えることができないのです。ですから「広告」も自社コンテンツの一部として、これまで以上にクリエイティブ品質が重視される時代になると考えています。いいクリエイティブなら届きますし、そうでなければ届かない。場合によっては、ブランドイメージを毀損してしまうリスクもある。今後、クリエイティブの重要性はより高まっていくと見ています。
パーソナルな顧客情報を取得しやすいのも「出版社メディア」の強み
──広告もひとつの「コンテンツ」と考えた場合、出版社にはほかに、どのようなアドバンテージがあるとお考えでしょうか?
渡邉 メディアの抱えている「読者」は、"ファン"と言い換えることもできますよね。そのため、メディアと読者の距離は近く、「どういうジャンルに興味があるか」、「とあるブランドのイメージはどのようなものか」など、幅広い種類のアンケートを容易に実施できるというのは、大きな強みといえると思います。
この読者の要望は、よりパーソナルな顧客情報であり、一定のコンテキストで回答をいただいたアンケートデータは「ゼロパーティデータ」になり得ます。自社に必ずしも興味を持っていない方のデータも含めてアンケートを取得できるというのは新しいインサイトの発見にもつながり、広告主にとって、非常に頼もしいのではないでしょうか。
出版社も企業もメディア化する時代
──出版社の読者データ(セカンドパーティデータ)や、広告主と出版社で共創していくデータ(ゼロパーティデータ)を活用する場合、具体的にはどのような可能性が考えられますか? モデルになりそうな企業事例があれば教えてください。
菅 これからはますます出版社がブランド化し、企業がメディア化していく時代になっていくと思います。
実際に、キャスパーというアメリカのマットレスブランドは、「寝る前に読むメディア」というコンセプトで『WOOLLY(ウーリー)』という媒体を発行しています。
現在は完全デジタルに移行していますが、初期には紙媒体も発行していました。商品やサービスを、世界観とコミュニケーションでつながるメディアとセットで展開し、自社、広告主、顧客への「三方よし」を実現しています。
日本では、ユニクロを展開するファーストリテイリングやトヨタも自社メディアを発行しています。
もともと読者とのつながりが深い出版社は、クライアントをサポートするというこれまでのあり方に加え、今後は出版社として顧客ビジネスをやるという可能性もあるとみています。
つまり、読者にただコンテンツを届けるだけではなく、読者を媒体のファンである「顧客」ととらえ、どういう体験やサービス、プロダクトを届けられるのかというところでクライアント企業とコラボできると、もっと面白い展開ができるのではないかと思います。
マーケティングにおいて、今後メディア戦略(情報発信)が重視されるようになると、企業は出版社とコラボレーションし、顧客の共感を得られる世界観を共創(メディアを運営)する動きを加速させる可能性がある
世界観を共創できる出版社のゼロパーティデータ
──講談社には、企業と読者が一緒にコンテンツ制作や商品開発を行っている〔ミモレ編集室〕があります。これも共創といえるでしょうか?
渡邉 そうですね。クライアントの商品が先にあって、その宣伝をする枠売りの広告ではなく、読者とのつながりが先にあって、そのコミュニティと企業を結びつけているわけですから、「共創」のひとつの形といえるのではないでしょうか。
今後、〔ミモレ編集室〕のような取り組みはさらに広がっていくと思います。
──これまでの広告は「広さ」が重視されていましたが、今後は「深さ」が重要になるということでしょうか?
菅 どちらが重要かではなく、どちらも重要であることを意識することが大切です。ただ、これまでのマスを基準とした目線でいうと、「深さ」を重視した取り組みのはじめは、スケールが小さくなることに戸惑いを感じるかもしれません。しかし、「ばらまき文化」の結果消滅していくサードパーティデータを考えると、何億というCookieにリーチできる世界観と、最初は100人かもしれないけれど、確実に思いを持った人たちと一緒に世界観を創っていけるゼロパーティデータ(読者データ)活用は対極にあります。
私たちが「パイプ型」と呼んでいるブランドの経済圏は、ファーストパーティデータだけでなく顧客からゼロパーティデータもお預かりできる関係になり、そこから顧客と太くつながっていくという考え方です。
「ファネル型」といわれる従来のアプローチを展開していたマスブランドのように、100億、200億ビジネス規模は難しいかもしれませんが、つながりの深い価値観なので、関係性が長く続きます。どちらの展開がよいとか悪いではなく、時間軸のなかでどうビジネスしていくかという選択を求められる時代になっていくのではないかと見ています。
データの選択と、ブランドの経済圏。ファネル型(左)とパイプ型(右)
渡邉 ファーストパーティデータとゼロパーティデータで顧客と深くつながりたいのか、熱量は薄くてもいいから広くリーチしたいのか、それは企業の選択になっていくと思います。
菅 つまり、ゼロパーティデータを活用するかどうかの選択は、経済圏の選択にもつながるのです。
「広さ」と「深さ」、どちらを重視すべきか。この問いに対して、答えを出すことは容易ではありませんが、世界観を共有し、読者(ユーザー)との太いつながりを持つメディアを抱える出版社が、ポストCookie時代において、企業の重要なマーケティングパートナーとなる可能性は十分にあるのではないでしょうか。