コミュニケーション領域すべての統合プロデュースを行う株式会社イグナイトの代表取締役で、Advertising Week Asiaのエグゼクティブプロデューサーとしても活躍する、笠松良彦氏の連載です。 第2回目は、「顧客体験」について、じっくりと解説していきます。
語り:笠松良彦 構成:C-station
顧客体験=顧客満足ではない
連載1回目は、近年注目が高まっている「パーパス」について解説しました。そのパーパスとともに、重要なキーワードになっているのが「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス=CX)」です。今回は、この「顧客体験」をテーマにお話しします。
私は、顧客がブランドとの接点を通して、五感で感じるすべての体験を「顧客体験」と定義しています。そのすべての接点で「顧客に愛される」努力を企業はする必要があります。
ここにはもちろん、広告などのマーケティング・プロモーションも含まれます。しかしそれらは、あくまで顧客体験のひとつにすぎません。顧客とブランドが触れるすべての接点、サイトの設計、店舗の空間設計や商品パッケージ、商品自体のクオリティ、さらにスタッフがどのような態度で顧客と接するのかなども含まれます。いわば、顧客体験=ブランドの価値そのものであり、売上に直結する根幹とも言えるでしょう。
顧客体験の視点で売上が改善〜オフィスデポの事例〜
よく誤解されがちですが、「顧客満足」と、「顧客体験」は別物です。正しく理解するために、よい事例がありますので、ご紹介します。
※写真はイメージ(Adobe Stock)
アメリカのオフィスデポというオフィス用品の販売店で、売上が落ちているのに、第三者機関による評価は上がっているという時期がありました。
社長のケビン氏は現場を視察し、なぜ評価が高いのに売上が低迷しているのかを調査しました。その結果、第三者機関の評価基準が、「床がきれいか」「棚は商品で埋まっているか」など、顧客が求めているサービスや商品とは違う観点で設定されていたため、評価の高さと売上が結びついていなかったことが分かりました。
オフィスデポの顧客は、ほとんどが小規模事業者です。彼らはオフィス用品をすぐに見つけ、買って、帰りたいという要望を持っています。しかし、当時のオフィスデポは店舗が大きく、サイン表示がわかりにくいため、顧客が求める商品がどこにあるのかがわかりにくい状況にありました。
加えて、店のマネージャーや社員は、商品補充や管理を重視するあまり、顧客の声に耳を傾けて丁寧に対応するという関係を構築できていませんでした。
ケビン氏はこの視察を経て、顧客との接点すべてを見直さなければならないと気がつき、改善しました。
もちろん、オフィスデポはそれまでも顧客満足を第一に考え、店内の商品補充に力を入れていたのでしょう。しかし、ただ顧客を大事にしているだけでは「顧客体験を重視している」とはいえないようです。
このオフィスデポの事例からは、顧客体験のあらゆる接点において、顧客のニーズに応えなければ売上は向上しない(顧客体験の価値は向上しない)ということがよく分かります。
カスタマージャーニーで、よりよい顧客体験を設計する
顧客体験は、企業努力の積み重ねによって生まれます。お店の場所やウェブサイト、店頭施策、デジタル広告など、あらゆる接点における体験がブランドの印象を構築しています。
その経験と印象が、顧客の次のアクションにつながります。これはオンライン、オフライン問わず、良質な顧客体験を提供することであり、その前提に立って「カスタマージャーニー」は検討されるべきです。
カスタマージャーニーは、さまざまなタッチポイントでの顧客体験を設計するものです。
顧客がどの接点でブランドを知り、興味がわき、購入(体験)し、ファンになっていくかを図式化します。ただし、このカスタマージャーニーが、ときに「絵に描いた餅」になっている場合があるので、注意が必要です。
顧客体験を設計する際に重視すべきは、
① 顧客にとって、いちばん重要なコトは、何か(本当の課題)
② 顧客の心を本当に動かすコトは、何か(本当の解決策)
の2点です。
具体的に言うと、どのようなメッセージ(コンテンツやアクション)をどの顧客接点(タッチポイント)で伝えれば、よりよい顧客体験が設計できるのかを考えていくことが大切です。
そのポイントを見極めるには、顧客のインサイトを知ることが必要です。つまり、良質な「顧客体験」とは、顧客に寄り添うことから始まるのです。
カスタマージャーニー(顧客体験の図式化)のイメージ図
顧客体験の改善事例〜フェデックス〜
「顧客に寄り添う」という視点で顧客体験を改善した事例をご紹介しましょう。
ビジネスデザイナーの濱口秀司さんにお聞きした、アメリカの大手宅配会社「フェデックス(FedEx)」の顧客体験改善事例です。
※写真はイメージ(Adobe Stock)
フェデックスのブランド価値は、競合他社に比べて大きく下がっていました。これは、よい顧客体験が構築・提供できていなかったことが原因でした。
それまでフェデックスは、顧客を大口と小口に分け、利用頻度や金額に応じて、大口顧客には優待割引などを適用していました。しかし、濱口さんのチームが店舗で毎日顧客を観察してみると、実際には顧客は「大口」と「小口」の2種類ではなく、4種類に分類できることが分かったのです。
(1) HM(High Meaintenance/ハイメンテナンス)
手取り足取り手伝ってほしい(おもに高齢者)
(2) DIY(Do It Yourself/ドゥイットユアセルフ)
自分で伝票手続きができるので、スペースさえあればよい
(3) CF(Confirmers/コンファーマーズ)
スペースもいらないが、カウンターで受け取り確認だけはほしい
(4) FB(Frisbee/フリスビー)
伝票はすべてつけたので、ただ荷物をフリスビーのように投げ込めればよい
さらなる観察の結果、この4種類の顧客のなかで、(2)DIYと、(3)CFの顧客満足度が低く、とくにCF客がもっとも苛立っていることに気がつきました。
顧客満足度が低い理由は、自分たちが預けた荷物が一見無造作に扱われているように見えることが原因でした。実際の荷物はすべてバーコードで管理されているので、配送先を間違えることはありません。しかし、CFの顧客は、自分たちの荷物がスタッフの後ろに積み上げられ、ときには崩れ落ちる様子を見て、「自分の荷物が無造作に扱われている」「あれで本当に目的地に正しく届くのか」と強い不安を感じていたのです。
そこで、濱口さんは、CF顧客にたいして、次のような改善を提案しました。
・CF顧客の不安解消のために、受付カウンターの後ろに仕分け窓を作り、そこに預かり荷物を入れることで不安感を払拭する。
この施策にはカラクリがあります。実際の仕分け窓の後ろ(バックヤード)では荷物は一緒になってしまうのですが、顧客からはあたかも仕分け窓で行き先別に仕分けられているように見えるように設計したのです。
フェデックスでは、顧客から見える「顧客体験」部分を改善することで、顧客の不安を解消し顧客体験をポジティブなものに変えた
これにより、「目の前に無造作に荷物が積み上げられている」状況に不安を感じる「顧客体験」を改善したのです。加えて、店長に対して、顧客の声を丁寧に聞くことを業務化しました。なぜなら、顧客の本当の声を知るためには、顧客を丁寧に観察することが大切だからです。
顧客体験を設計することは、容易ではありません。そこには指針が必要であり、そのためには確固たるパーパス(企業理念)があることも重要です。つまりパーパスと顧客体験は両輪であり、どちらか一方が欠けてもブランドは機能しないのです。この機会に、自社のパーパスと顧客体験について、あらためて見直してみてはいかがでしょうか。
次回は、顧客体験をデザインするための具体的な方法について解説します。