2022.03.15

[第1回]メタバースとは ── もうひとつのリアルでビジネスを成功させるために|メタバースで創る未来のマーケティング予想図

本連載は昨今注目される「メタバース」をテーマに、メタバースに関わる事例や周辺企業のニュース、またそれをマーケティングで活かすためのヒントなどをお届けします。
第一回の本記事では、そもそもメタバースとは何なのか、ゲームやNFTなどの関連キーワードとあわせて解説します。

メタバースとは ── セカンドライフとはどこが違うか

メタバースとは、「超」「高レベルの」などの意味を持つメタ(meta)と、「宇宙」を意味するユニバース(universe)から造られた、「インターネット上の仮想空間」を表す言葉です。

メタバースはその定義だけを切り取れば、それほど新しい概念でもありません。かつて話題を呼んだ『Second Life(セカンドライフ)』を思い浮かべる方もいるでしょうし、ユーザー同士のコミュニケーションを実現した多様なSNSと何が違うのか? と疑問に思う方もいるかもしれません。
いまメタバースは大きな注目を集め、さまざまな機会で言及されていますが、そのポイントは主に以下のようなものでしょう。

  1. ユーザー同士が仮想空間上で同時多発的にリアルタイムコミュニケーションを体験する
  2. ユーザーが日常生活の延長上の時間を仮想空間で過ごす
  3. それをストレスなく実現するデバイスや技術、コンテンツが充実している

セカンドライフは18年も遡る2003年、すでに上記の1と2を実現した画期的なサービスです。しかし残念ながら、当時の回線環境やPCスペックは第二の現実といえるほどの体験を生み出せませんでした。また、2点めの「日常生活の延長を仮想空間で楽しむ」という感覚は、2000年代の一般ユーザーには広がることなく、当時のムーブメントを作ったのはあくまでメディアや企業の期待でした。セカンドライフが少数のコアユーザーに支えられるニッチなサービスにとどまったのは、技術面やユーザーニーズ面で現在のメタバースのような条件がそろわなかったからと言えるでしょう。

このように、古くからメタバース"的"なサービスやコンテンツは数々登場してきました。が、その多くは日常生活を代替するレベルのものではなく、あくまでエンターテインメントの一部でした。

メタバースはなぜいま注目されるのか ── Facebookの参入やブロックチェーン技術

前述の通り、メタバースは決して目新しい概念ではありません。では、なぜいまメタバースが再注目されているのでしょうか。その理由をいくつか取り上げます。

きっかけとして挙げられるのは、Facebookがメタバース領域への事業展開を明示したことでしょう。
Facebookは2021年、社名をメタバースにちなんだMetaへと改名しました。長きにわたりSNS業界を牽引してきたブランド名を変えることは、企業として転換期を迎えたことの表れとも取れます。Facebookの改名を報せるニュースに付随する形で、メタバースへの注目度は一気に高まりました。

次いで、2020年ごろから世界規模で拡大したコロナ禍と自粛による生活様式の変容は、ユーザー側のメタバース需要を後押しする要因となりました。現実世界におけるさまざまな制限に伴い、ゲームやエンターテインメント、バーチャルオフィスなど、あらゆる領域でのメタバースコンテンツの開発が急速に進んでいます。

それに加え、5Gネットワークがメタバースコンテンツの普及や自由度を高めます。
低遅延、多接続、大容量データの高速受発信といった5Gの特徴は、いずれもメタバースでの体験を支えるのに必要なものです。メタバースの構想は以前からあったものの、回線の限界がその実現を阻んでいました。複数ユーザーが安定してリッチな仮想空間体験を実現するために、5Gは必要不可欠な技術だったのです。

最後に、メタバースのビジネスやマーケティングを活性化させうせる一因として、ブロックチェーン技術が挙げられます。ブロックチェーン技術の浸透は、プラットフォームに依存しない価値交換を実現します。
たとえば、ブロックチェーン技術の一部であるNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)は、デジタルデータの唯一無二性を証明できるものです。噛み砕いて言えば、複製や無料配布が可能という脆弱性をはらんでいたデジタルコンテンツが、NFTによって物理的な商品と同じような価値を維持したままインターネット上で売買できるようになるわけです。

取引履歴を鎖のようにつなぎ、正確に残すことを実現するブロックチェーン技術が浸透すれば、メタバースでリアルマネーに依存しない経済圏が生まれる可能性が高いでしょう。このような過去にはなかった価値交換の概念が生まれていることも、メタバース浸透を後押しする要因のひとつです。

メタバースを実現するこれらの環境や技術の変容が、2020年ごろからパズルのピースがはまるようにそろっていき、現在のメタバースへの注目につながっています。メタバースが単なるトレンドワードとは思えないほどの存在感を放っているのは、こうした背景があるためです。

メタバースを感じられるサービスやゲーム、コンテンツの事例

それでは現時点で、どのようなサービスやコンテンツでメタバースを実際に体感できるのでしょうか。各業界やサービス群から象徴的な具体例をいくつかご紹介します。

メタバースを提供する人気ゲームコンテンツ

Epic Gamesが配信する『Fortnite(フォートナイト)』は、ゲームコンテンツであると同時に、広義のメタバース・プラットフォームとして親しまれています。
Fortniteのユーザーが体験できるのは、ゲームだけではありません。ユーザー同士が仮想空間上で親睦を深めるために使われたり、米津玄師やアリアナ・グランデといったビッグアーティストがオンライン・ライブを実施したりと、極めて自由度の高い仮想空間をユーザーに提供しています。

任天堂が提供する『あつまれどうぶつの森(通称:あつ森)』は、どうぶつたちとの暮らしを楽しむ人気ゲームシリーズですが、最近ではメタバースの一例として取り上げられることも増えています。
あつ森の特徴は、ゲームの目的やルールが明確でないうえに、ゲーム内で現実世界と同じ時間が流れていることです。日常生活の息抜きとしてのゲームではなく、日常生活そのものを体験するゲームを提供していることから、その提供価値がメタバース的であるとされています。

リモートワークによる「メタバースオフィス」の浸透

コロナ禍におけるリモートワーク需要によって、オフィス領域のメタバースサービス群の存在感も増しています。

『oVice』は、仮想空間に立ち上げたオフィスで社員同士が自由にコミュニケーションを取ったり、外部のツールやアプリと連携したりできるバーチャルオフィスサービスとして、いま人気を集めています。またゲームのような画面デザインが特徴的な『Gather』も、社員や仕事仲間同士が時間を過ごせる仮想空間を提供することで、コミュニケーションを円滑にする役割を果たしています。
急速なリモートワーク化によって組織の接点が薄れていくことを懸念している企業からは、こうしたメタバースオフィスの需要が高まっています。

近未来を舞台とした作品で描かれてきたメタバース

ここまで挙げたサービスやコンテンツに加え、メタバースの未来や展望のヒントとなるアニメなどの作品をご紹介しましょう。

『サマーウォーズ』(2009年、細田守監督)で描かれる仮想空間"OZ"は、まさにメタバースそのものです。世界中のビジネスや行政サービスがひとつの仮想空間に集約され、インフラとして浸透した世界。そのOZのシステムエラーがきっかけで起こる人間ドラマを本作は描いています。ちなみにこの作品で描いているのは、当時の10年後である2019年の世界です。当時近未来的に描かれたメタバースが、2022年現在ようやく浸透しつつあると考えると、感慨深いものです。

また『ソードアート・オンライン』(2009年、川原礫著)が描くのは、そのさらに先のメタバースです。本作では、脳に直接信号を送るデバイスで仮想空間に没入できるゲームコンテンツと、その世界から抜け出せなくなったユーザーたちの仮想空間上の冒険劇を描いています。彼らは現実世界では寝たきりですが、ゲームの中でさまざまな経験を重ね、人間として成長していきます。

いずれも感覚的にメタバースを理解でき、そこから起こりうるトラブルのリスクなども想像できる、価値ある作品です。

企業がメタバースビジネスに「ダイブ」するためのヒント

メタバースの到来を実際に感じられるようになったいま、ビジネスパーソン、特にマーケターはどのような姿勢で臨めばよいのでしょうか。今後の戦略の軸となる視点について、いくつかのヒントを挙げてみます。

ヒント1:メタバースには物理的制限がない

まず、メタバースにはユーザーの身体や物理的距離など、従来のビジネスで考慮すべきだった制限がありません。この前提を誤ると、メタバース市場における優位性を保つことが難しくなるでしょう。

メタバースのユーザーは、自由にカスタマイズできるアバターを有します。ユーザー固有の性別や身体的特徴をアバターに引き継ぐ必要がないので、ユーザー本体ではなく、アバターに対する訴求を検討する柔軟な思考が必要になるはずです。
たとえば、アパレル商品であればメンズ、レディース、キッズというジャンルのほか、アニマルなど新たなジャンルが生まれたり、カラーを自在に変えられることがアピールポイントであるアパレルラインナップが登場したりするのかもしれません。

ヒント2:メタバースは対等かつ個別化された世界である

先に挙げたヒントのように、メタバースにおいて人々は身体固有のコンプレックスから解放されたり、障害を克服したりする可能性が高いです。『ソードアート・オンライン』で描かれたような脳波で操作するデバイスの開発が進めば、手足が不自由な方や、寝たきりの方などもメタバースでは走ったり旅を楽しんだりできるでしょう。そういう観点では、従来のWebサービス以上にアクセシビリティが高い領域になるのかもしれません。

また、メタバースではユーザーそれぞれの体験をパーソナライズすることも理論上可能です。例えば、現在のインターネット広告がメタバースに移行するとすれば、メタバース内の同空間にいる複数ユーザーが、同じ看板を見上げていても千差万別の広告を見ている、というような広告体験が実現するはずです。

このように、メタバースではユーザーに寄り添うマーケティングや広告の在り方が一層模索されるとともに、訴求する内容もダイバーシティを前提としたものになっていくでしょう。

ヒント3:メタバースでは固有のユーザーニーズと勝ち筋が構築される

ここまでで伝えたとおり、メタバースに対しては従来のマーケティングのノウハウや慣習は通用しない可能性が高いです。リアルでは生まれるはずのなかったユーザーニーズが生じるでしょうし、それに伴って新たなマーケティングの勝ち筋が構築されるでしょう。

ただし、マーケターとして挑む姿勢は今までと変わりません。まずはユーザーと向き合い、ファクトベースでユーザーニーズを正確に捉えることが大切です。メタバースを遠巻きに論じるのではなく、自らがユーザーとしてダイブし、社内の誰より早くメタバースのヘビーユーザーとなることが、マーケターの担う役割かもしれません。

メタバースで想定され得るリスクや課題

メタバースに関わるビジネスに挑むことは、ブルーオーシャンで自在に冒険する期待に満ち溢れる一方、多くのリスク要因や課題もあります。

まず、メタバースに関する法的制度の整備は途上にあります。仮にメタバースでなんらかのトラブルや事件が発生したとしても、ユーザーや企業を守るルールそのものが今はまだほとんどありませんそのルールを作るさきがけとなる、くらいの覚悟で参入することが必要です。

また、メタバースでは自動翻訳機能による多国籍ユーザーの同時コミュニケーションや、国を超えたユーザー同士のコミュニティ形成などが実現するはずです。物理的距離を度外視してグローバル市場に挑戦するチャンスは魅力的なものですが、一方でローカライズの概念や自国ブランドの価値がおそらく消失します。
つまり、日本企業は名だたる各国のIT先進企業と肩を並べ、メタバース市場で一切のハンデなく戦わなければなりません。国内市場で閉じたビジネスを展開しがちな日本企業にとって、メタバースでビジネスを成功させることは、決して容易ではないでしょう。

メタバースで新しいマーケティングの道を切り拓く

今回はメタバースの定義と、その期待と反面にあるリスクについて解説しました。非常に広く、世の中に大きな影響を与えるであろうメタバースの浸透は、マーケティングの常識をアップデートするきっかけになるはずです。今後マーケターは、メタバースをユーザー視点で理解するよう努め、メタバースとともに生まれるユーザーニーズと真摯に向き合い、マーケティングの大きな転換期に臨むべきでしょう。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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