この連載では、ビジネス向け動画配信プラットフォームのグローバルリーダーであるブライトコーブのRegional Channel Director森貴浩氏が、OTTとその手段である動画をマーケティングに活用する方法を解説します。第2回は、スポーツ業界のOTTをテーマに、国内外のトレンドや今後の可能性についてご紹介します。
2年にも及ぶコロナ禍で急速に拡大したOTT(Over The Top)市場。なかでも、スポーツ業界ではOTTを活用した動画配信の動きが非常に活発です。全世界に及ぶパンデミックの影響で、各スポーツは無観客での試合となり、動画配信で試合観戦する人が急増しました。特に昨年2021年は、1年延期された東京五輪が無観客で開催され、その模様はTV放送だけでなくネットの動画配信で多くの人が観戦したことも記憶に新しいでしょう。
さまざまなスポーツ団体で動画配信の動きが活発化
コロナ禍や東京五輪を機に、スポーツ業界における動画配信を取り巻く環境は大きく変化しました。それによって、各スポーツ協会やチームなどのスポーツ団体の動画配信に対する意識も高まっています。実際に当社に対しても「簡単かつローコストで動画配信アプリを作りたい」という要望が増えています。
ファンを囲い込み、マーケティング戦略を考えたいスポーツ団体が増えている
動画配信の目的が認知獲得であれば、できるだけ多くの人に見てもらうためにYouTubeのような動画配信プラットフォームで動画コンテンツを配信するのもよいでしょう。ただやはり多くのスポーツ団体は、視聴者の個人情報を取得したり、細かい属性や興味関心を把握したりして、データをもとにユーザーの拡大やエンゲージメント強化のためのマーケティング戦略を考えています。
そのためにOTTを活用し、独自のアプリで動画配信をしたいと考えるスポーツ団体が少しずつ増えているのです。
OTTを活用すればデバイス横断での視聴も容易に
スポーツ団体がオウンドサイトやアプリで動画を配信したい理由は他にもあります。まず、スポーツ番組をパソコン上で見るのかというと、正直なところ見ない人が多いでしょう。スポーツの試合はできればテレビで見たいし、移動中ならスマホで見たいと考える人が主流でしょう。となると、スポーツ団体側としても、スマートTVだけでなく、スマホやタブレット、そしてPCも、といった複数のデバイスで見られる状態にしておきたいのです。実際、複数のデバイスで視聴できる配信形態のほうが、視聴数も多くなるといわれています。
「机にずっと座ってウェブサイトで視聴するのが疲れたから、ソファに寝転がってスマホで視聴した」とか「スマートTVで視聴していたけど、外出する際にスマホでの視聴に切り替えた」といったように、場所やデバイスを変えながら同じ動画コンテンツを見ることが当たり前になりました。当然ながら、同じ意識をコンテンツホルダー側も持っています。だからこそ、さまざまなデバイスで視聴できるOTTを活用した動画配信を検討しているのです。
スポーツ業界におけるOTTを活用した動画配信事例
スポーツ業界で著名なOTTといえば「DAZN」や「WOWOW」などが挙げられます。しかし近年、スポーツ団体が独自でOTTをつくって動画配信サービスを展開し、実績を上げているケースが増えつつあります。
アメリカのプロレス団体の事例
アメリカにおいてプロレスは、メジャーとはいえないまでもコアなファンを持つスポーツです。メジャーな団体ではありませんが、熱狂的なファンがついているとある団体は、ニッチなファンに向けて動画コンテンツを配信するOTTをつくって提供しています。ユーザー数としては多くはないかもしれませんが、ユーザーあたりの視聴数は非常に多く、ニッチなファンとのエンゲージメントは大きく高まっているそうです。
プレミアリーグ:マンチェスター・シティ「Man City for TV」
マイナースポーツや小規模なチームだけでなく、人気チームでもOTTを活用するケースが見られます。代表例がサッカープレミアリーグのマンチェスター・シティによる「Man City for TV」でしょう。
サッカーの試合動画はプレミアリーグが権利を持っているため、独自のOTTでは配信できませんが、試合のダイジェストや選手のインタビュー、練習風景、下部組織の試合といった動画コンテンツを配信しています。チームや選手のファンは、試合動画だけでなくこのようなニッチなコンテンツを求めていることから、順調に視聴数も伸びているそうです。
メジャースポーツとマイナースポーツでは、ファンの数や層、ニーズがそれぞれ違うため、マーケティング戦略も異なります。ただ、Man City for TVのように、メジャースポーツでも独自のOTTを活用することは大きなメリットがありそうです。
たとえば、日本におけるサッカーです。現在、日本代表の試合ですら地上波放送が減っており、"サッカー離れ"を懸念する声が上がっています。その対策のひとつとして、各チームが独自のアプリによって試合以外のオリジナルの動画コンテンツを配信し、ファンをしっかり囲い込む施策が考えられます。ファンによりリッチな経験を提供できるだけでなく、ファンの属性や個人情報を取得することで、新たなファン開拓につなげる戦略を立てられるのではないでしょうか。
スポーツ団体のなかには、独自のOTTで動画配信するのではなく、YouTubeのような動画配信プラットフォームのみで配信すれば良いと考えるところもあるかもしれません。しかし、OTTとYouTubeの両方にコンテンツを配信するのは、無駄なことではありません。スポーツやチームの認知拡大をはかるならYouTube、ファンを囲い込んでエンゲージメントを高めるならオウンドの動画配信サイトやアプリ、というように役割が異なるからです。YouTubeで動画を配信し、そこから自身のOTTに誘導するなど、アプリや自社のオウンドメディアに訪れてもらうための流れをつくることもできるでしょう。
スポーツ業界における動画配信の課題とは
スポーツ業界では、どんな競技であっても、お金を払ってでも試合やコアな動画コンテンツを見たい熱狂的なファンが一定数存在することがほとんどです。そして動画を視聴できるデバイスが普及し、5Gもスタートして配信環境は十分整いつつあるいま、ユーザー側にそれほど大きな課題はないと考えてよいでしょう。ただ、コンテンツホルダー側であるスポーツ団体には、動画配信に対していくつかの課題があります。
課題となるのは「予算」「個人情報管理」「課金の仕組み」
最も大きな課題は、独自のOTTをつくるための予算が足りないということです。特にマイナースポーツや小規模なチームの場合は、もともとの予算が少ないこともあり、オウンドサイトやOTTの必要性は理解しながらもなかなか踏み切れないという話を聞くことが多いです。またもしOTTを作ることができても、すぐにはマネタイズできないケースも多いでしょう。ずっと赤字を垂れ流しながら運用していくことは問題ですから、収支バランスをどう取っていくのかを考える必要もあります。
ユーザーの個人情報管理や課金の仕組みづくりがネックになっている、というスポーツ団体も少なくありません。テクノロジー面でも、スムーズな動画視聴を実現するために品質の高い動画を安定的に配信できるかどうかが課題になります。
このような課題に対しては、外部サービスやツールが少しずつ登場していますので、それらを利用することである程度負担を減らしつつする解決することも可能でしょう。
課題解決のために外部のノウハウを活用する
また、動画コンテンツの制作やマーケティングのノウハウがないといった課題を持つスポーツ団体も少なくありません。その場合は、すでに成果を出している外部のノウハウを活用することを念頭に置くとよいでしょう。
たとえば、2021年11月に開設されたラクロス専門OTTサービス「Japan Lacrosse Live by rtv」は、日本ラクロス協会が数多くのスポーツ競技の試合ライブ配信を手がけるrtv社とパートナーシップを組んで開設しました。同サービスでは、全国選手権大会のライブ配信やアーカイブ配信をおこない、今後は地区リーグ戦、日本代表戦、国際親善試合なども配信する予定です。
このケースでは、rtvが培った動画コンテンツ制作や配信のノウハウ、マネタイズ方法を日本ラクロス協会が活用することでサービスが実現しました。
自分たちだけでOTTを構築するにはリソースや知識が足りない場合は、外部のノウハウを活かすことで、スピーディかつ効率的にOTT構築・運用の道を拓くことができるでしょう。
グローバル展開も視野に入れ、さらなるファン拡大の可能性を
今後、スポーツ業界における動画配信の流れがとどまることはないでしょう。東京五輪のような大規模なスポーツイベントがウェブで動画配信され、テレビ以外のデバイスでも視聴できる動きがより活発化していくに違いありません。こうした動きがあるからこそ、マイナースポーツや団体でも脚光を浴びるチャンスが広がっていると思っています。
パンデミックが落ち着きを見せつつある中で有観客試合が再開され、スポーツ業界でも少しずつアフターコロナの世界を見据えた動きが見られます。しかし、コロナ禍によって生まれた試合や動画コンテンツをオンライン視聴するという文化は定着し、収束後もオンラインでの視聴を希望するファンは一定数以上いるでしょう。
動画配信サイドとしても、有観客では会場の収容人数に制限があっても、オンラインでは大きな視聴数を獲得できることがわかったはずです。会場には100人くらいしか観客を呼べないマイナースポーツでも、オンラインで数千、数万人に視聴してもらうことで、大きな利益を獲得することができるかもしれません。
オンラインでの動画配信の場合、地上波とは異なり、全世界に配信できることも大きなメリットのひとつです。日本ではマイナーなスポーツだったとしても、世界レベルでは競技人口が多いスポーツである場合も少なくありません。また柔道のように、日本発で海外に多くの競技人口を抱えている競技もあるでしょう。このような場合は、グローバル展開も視野に入れると、より多くのファンを囲い込むことができるチャンスが広がります。
スポーツやチームをより発展させるには、いま支えてくれているファンを大切にしつつ、より多くのファンを獲得することが欠かせません。その足がかりとして、独自のOTTを構築・運用することを検討してみてはいかがでしょうか。
筆者プロフィール
ブライトコーブ株式会社 Regional Channel Director Japan
森 貴浩(もり たかひろ)
株式会社USENでGYAO事業本部のショッピングチャンネル立ち上げと新規顧客開拓に従事し、当時日本初のWEB動画による広告媒体の営業を実施。その後、凸版印刷株式会社へ入社。営業としてイベントプロモーションをはじめとするアカウント先のプロモーション業務全般を担当し、動画制作業務も複数実施。
2019年にブライトコーブ株式会社に入社し、Account Managerとしてエンタープライズ領域の伸長をリード。2021年には新設されたChannelセールスチームのDirectorに就任、日本における販売代理店プログラムの立ち上げを行う。動画配信サービスのチャンネル立ち上げやイベントプロモーション、ブライトコーブでの様々なビジネスにおける動画活用のユースケースを作成してきた経験から、事業会社における動画活用全般に関して精通する。