ファンマーケティングのコミュニティマネージャーとして活躍する株式会社Asobica・CCOの小父内信也(おぶない・しんや)氏の連載です。
ニューノーマルの世の中でますます重要性を高める「ファンマーケティング」。その実践のために欠かせない考え方と手法について、じっくりと解説していきます。
ファンコミュニティ(Community)とは何か?
今回は、ファンマーケティングを成功へ導くために欠かすことのできない「ファンコミュニティ」について、お伝えします。
コミュニティと聞いて、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか?
地元やご近所のローカルコミュニティ、アイドルグループのファンクラブ、とあるサービスのファンコミュニティ、学校や行事のサークルなどイメージされるかたもいらっしゃるかもしれません。
おそらく、この記事を読んでいるかたのほとんどが、何かしらのコミュニティに関わっていると思います。自分では意識していないかもしれませんが、コミュニティは至る所に存在し、自然と所属したり、関わっていたりすることが多いのです。
生きもの(人間も動物ですね)にとって、生存していく手段として価値観をともにする仲間と共同体を作り、より良い状態を目指すことはシンプルに考えても合理的です。
コミュニティ(Community)の語源は、ラテン語の「Communitas」です。
そして「Communitas」は、2つの単語から成り立っています。1つは、共同や共通という意味の「co」。そしてもう1つは、貢献や任務を意味する「munus」です。もともとの言葉の成り立ちでは、「共同の貢献」という意味になります。
ここで「共同の」という意味が示しているように、コミュニティは複数の人が集まって形成される集団です。私の場合、3人以上が共通の目的のもとに集った際に、コミュニティが始まっていると考えています。
コミュニティという言葉は、非常に広い意味で使用され、その言葉の定義も人によっても位置付けによっても大きく異なります。本記事では、サービスや商品のファンが集う場としてのコミュニティ、「ファンコミュニティ」について解説していきます。
さて、私は「ファンコミュニティとは何ですか?」と問われた際には、「ファンコミュニティとは、企業がファンに提供する信頼の場である」と答えています。
顧客やファンとの向き合いは、中長期的な関わりであり、流行に乗った一過性の営みではありません。いかに強固な「信頼」が築けるかがポイントで、顧客に安心と安全を感じてもらう場が必要です。
コミュニティがないと、企業が伝えたいことを伝える場がなかったり、顧客やファンがサービスに求めていることが見えてこなかったりして、双方の成長が鈍化することにつながります。そのためにもコミュニティが必要であり、これからの時代、1つの企業(サービス)に1コミュニティが当たり前の世の中になると確信しています。
ファンと向き合うコミュニティのメリットとは?
次にコミュニティがあることで、企業と顧客にとってどんな嬉しいことがあるのか、そのメリットについて触れていきます。
To B、To Cともにメリットを列挙すると以下のようなものが挙げられます。
- LTV(Life Time Value : 顧客生涯価値)の最大化
- チャーン(解約)の抑止
- オンボーディング(定着化)の役割
- 顧客同士のQA対応
- プロダクトへのフィードバック
- コミュニケーションのチャネル
- リファラル(類は友を呼ぶ)効果
- 守ってくれる守護神
- 事例収集やスターの誕生
- マーケティングのヒント
私の関わる名刺アプリEightのコミュニティの事例では、半年間で97本のプロダクトフィードバックを得ることができました。
これは価値に置き換えるとすごいことで、この中から実際に形になった改善策もいくつも生まれました。また何より、熱心なユーザーであるファンからの声は、深い洞察による具体的な改善案であることが多く、一般的な意見よりも数段効果的な情報とも言えます。
アンケートを取れば、1日で20〜30件の建設的な意見やアドバイスをいただくことができ、時にはA/Bテスト(マーケティングのテスト手法でいくつかの施策を出し分けて評価するもの)もコミュニティ内で完結することが可能でした。
ファンが集まることで、売り上げ自体が増えたり、知人や同僚を引き連れてきてくれたりするリファラル効果があることは、本連載の1&2回目の記事でお伝えしたとおりです。
また、名刺アプリEightのようなSaaS企業にとって重要なのが、ユーザー事例の収集でした。事例はマーケティング、営業において非常に有効な策で、各社ユーザー事例を多く集めてコーポレートサイトや公式ブログに掲載しています。
しかしここで困るのが、対象となるユーザーの選定、発掘、許諾、インタビューの一連の対応です。なかなか良い取材先がいない、いたとしても関係値が薄い、またポジティブに引き受けてもらえないなどの課題が多く存在するのです。
そんな時、コミュニティは絶大な力を発揮します。どんなユーザーがいるのかをそもそも把握できている状態であり、かつファンユーザーと日頃から良好な関係性を築いているので、進んで協力してくれます。
ファンの声は、潜在的な顧客や世の中にとっては非常に貴重な意見であり、企業がどんなにアピールしようとも敵わない、無敵の宣伝になるのです。
以上メリットを挙げましたが、これは全体の一部であり、コミュニティを中心としたファンスパイラルが構築できた際は、より多くのメリットを享受することができるようになるでしょう。
ファンコミュニティをデザインする
では、どのようにしてファンコミュニティを形成すればよいのか、そのデザインについて解説していきます。
まずファンコミュニティをデザインする上で、「目的とGOALの設定」は外すことができません。
何のためのコミュニティなのか? 最終的なゴールがどこなのか? 少なくともコミュニティに関わるメンバーが、共通の認識で同じ目標に向かうことが大切です。
コミュニティを構築すると、予期せぬことが発生することも少なくありません。まさに生ものです。想定外のトラブルや高次な判断が求められるケースもあり、その都度立ち返る「目的」が常に判断の軸になるのです。
私たちの場合、この目的とゴールの設定に1ヵ月以上の議論を要することもあるくらいで、コミュニティの成否を分ける重要なポイントと考えています。必ず、コミュニティチームメンバーと納得のいく目的を全員で議論するようにしましょう。
次に、コミュニティデザインにおいて考慮しておかないといけないことが「時間軸」です。
コミュニティは、短期目線ではほぼ間違いなく失敗すると思ってください。ファンとの中長期的な関わりである以上、その構築も着実に地盤を固めながら、徐々に拡大していくように設計しなくてはなりません。
おおよその目安は、半年から1年間をかけて育てていくイメージです。私はよく「小さな火花から、最終的にはキャンプファイヤーを目指しましょう」とお伝えしています。
特に立ち上げ期である1〜3ヵ月はコミュニティにとって勝負の期間です。すぐに大きく拡大したい欲求に駆られますが、ここはグッと我慢して、選別したコアメンバーとともに、コミュニティを育てていきましょう。
よくある失敗事例は、最初の段階からフルオープンにして、全ユーザーを対象としてスタートしてしまうケースです。コミュニティの色が不鮮明になり、コミュニティのベネフィットが打ち出しづらくなってしまうことが多いうえ、さまざまなトラブルも発生しやすくなります。
一度離れたユーザーは二度と帰ってきません。特に立ち上げ期にはこれくらい真剣に捉えた方が良いと考えています。
さて、コミュニティの構築にあたっては、次のような事柄を決めて、具体的なアクションプランに落としていきます。
- 目的
- ゴール(短期/長期)
- 役割(位置付け)
- ターゲット選定
- ペルソナ設計
- コミュニティマネージャー(企業側のメンバーで、
企業とユーザーのハブとなるコミュニティの調整役)の選定、役割決め - コミュニティリーダー(ユーザー側を代表するメンバーで、
コミュニティの旗振り役)の選定、役割決め - タイムラインの作成
- コミュニティの規模の検討
- 予算の見積もり
- 体制の検討
- コミュニティ内のルール作り
- オフラインイベントセミナーの企画、年間計画の作成
- カスタマージャーニー
- タッチポイントの把握
- オンラインコミュニティの検討、ツール導入
- コミュニケーションチャネルの検討
- コンテンツ作成
こんなに決めることがたくさんあるのか!と驚かれることもありますが、準備段階から戦略的、計画的に設計することで、今後数年、数十年におよぶ顧客との良好な関係を築くことができるのです。ここでは上記タスクの全てについて言及することはできませんが、コミュニティデザインについては、まだまだ経験者も少なく、場当たり的に考えてもうまくはいきません。もしご相談があるというかたは、遠慮なく私にご相談ください、私のミッションは「コミュニティを通して、世の中をよりよくしていくこと」ですので!
こんなコミュニティは失敗しやすい!
ここで、よく勘違いされている、危険なファンコミュニティあるある2つをご紹介します。
1つ目は「ファンやコミュニティは、集まる『場』」さえ用意すれば、自然と勝手に盛り上がってくれるだろう」という勘違いです。
私はこれを、「放置型コミュニティ」と呼んでいて、こういったコミュニティは、最初の勢いはあっても、早々に縮小モードに陥る傾向にあります。やはりファンも人の子。人の心を動かすには、企業も本気で挑まないと、その気持ちが伝わることはありません。その本気が、時間なのか、予算なのか、気持ちなのか、それは顧客との向き合いかたによっても異なりますが、場を提供しただけでは、ファンが勝手に盛り上がってくれることなど、そうそうないと考えるべきです。
そして2つ目は、過剰なまでにおもてなしをして、完璧に仕上げた環境を「はい、どうぞ」と与えてしまうケースです。
放置型コミュニティとは真逆の状態で、これを「過保護型コミュニティ」と呼んでいます。なんでも完璧を求めすぎて、ゆるさがないコミュニティは、参加するファンも息苦しくなりがちです。また、ファンの能動的な関わりを阻害することにもつながり、いつまでも受動的な雰囲気が根付いていしまう可能性が高まります。こうなると運営側の負担も過大なものとなり、リソース不足やネタ切れといった事態を招くリスクが生じてしまうのです。
つまり、ほったらかしでもダメで、やりすぎてもダメ。心がけるべきは、適度な距離感を保ち、余白があるくらいの状態がちょうどいいのです。ベンダーとファンがともに、よりよい未来を共創していく姿勢こそが、多くの共感と感動を生むのです。
ここでお伝えしたいことは、ファンコミュニティは、明確な戦略のもと、ファンに心地よさを感じてもらえるように、緻密にデザインされた信頼の場であるという考えです。
ファンコミュニティの構築が当たり前になる日
私のもとには、コミュニティについての問い合わせや相談が常に届きますが、この1年でその件数が非常に増えてきたと感じています。
それには、次の2つの流れが影響していると考えています。
- コロナ禍によるオンラインシフトの流れ
- SaaS/サブスクリプションモデルの台頭による顧客との向き合いかたの変化
コロナ禍による強制的なオンラインシフトにより、これまでのような顧客との密な関係性を保つことが難しくなったり、新しいコミュニケーションの形を模索したりする企業が増えています。
従来は、オフラインイベントやセミナー、交流会という形式で濃いコミュニケーションをとることが多くありました。
しかし、オフラインという手段が取れない昨今、ファンと向き合う場がなくなってしまい、どうしたら良いのか? という相談が寄せられています。
コミュニティにはオフラインとオンラインの考えがあり、どちらか一方ではなく、それぞれが融合して真の価値を発揮するともいえます。コロナ禍以前のコミュニティは、オフラインでの活動を主とし、その場を徐々にオンラインへと移していくというのが、一般的な流れでした。
しかし、オフラインでの出会いが難しくなった昨今、その組み立てかたもオンラインをメインにしたものに変化してきています。
オンラインコミュニティの存在は徐々に広がり始めていますが、未だ浸透しているとは言えない状況で、各社早急に対応に追われている印象です。
またSaaS/サブスクリプションモデルの台頭により、現在のビジネスモデルは、中長期的なファンとの関係が成功の鍵となりました。信頼の場をしっかりと構築し、ファンに安心、安全を感じてもらえるように向き合う必要があるのです。
そのために顧客同士が交流できる場や、サービス提供側から正しい情報を周知したり、双方の意見を述べられたりするオンラインのコミュニティが不可欠となります。この側面からも、コミュニティに関する相談が急増していると考えられます。
これらの環境変化にともなうファンマーケティングの重要性については、第1回の記事で詳しくご説明していますので、合わせてお読みください。
先日、車で信号待ちをしているときに、電柱の白い立て看板が、ふと目に入ってきました。
よくある近くの小学校の生徒が掲げる標語です。
そこには、「みんな仲間だ。心と心で握手しよう」と書かれていました。
まさにコミュニティのことだなと思って、妙にその言葉が心に刺さりました(特に私だからだと思いますが)。
コミュニティの基本精神である、与えるでも与えられるでもない信頼の場。ファンは、共により良い未来を築く仲間であると。私が考える理想のコミュニティの姿は、企業とファンが心と心で握手する素敵な関係性が日常に溶け込んでいる状態です。
ファンマーケティングのおすすめ本:3冊目
日本のコミュニティマーケティングの第一人者で、日本最大規模のクラウドコミュニティ「JAWS‐UG」を発足、成功へと導いたかたです。私も小島さんからは、多くを学ばせていただき、今の私があるのは間違いなく小島さんがいたおかげともいえます。
コミュニティマーケティングの教科書といえる本書は、コミュニティの疑問や課題について経験や具体的な事例に基づいて、明確な方針を伝えています。
何よりも舌を巻くのが、その分解力と整理力です。
コミュニティにおいて、何を重要視し、どんな行動をすべきかに応えてくれる書籍で、顧客と関わるマーケティング部門やカスタマーサクセス部門のメンバーのかたには、ぜひ読んでいただきたい一冊です。
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筆者プロフィール
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや)
20歳から工事現場で働きながら、日夜、音楽活動に没頭。25歳、結婚を機会に大手電子機器メーカーへ入社。社員5000人のうち0.5%しか選出されない社長賞を2度受賞。在職中に中小企業診断士を取得し、2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。