2021.07.06

パーパスを具現化するナラティブとは?──「ADVERTISING WEEK ASIA 2021」レポート④

業界を超えたオープンイノベーションの場「Advertising Week Asia 2021」のセッションレポート。
世界的に「ナラティブ(Narrative)」という概念が注目されています。「ブランドと消費者がともに紡ぐ物語」はどうあるべきなのでしょうか。これからの企業やブランドが実践すべきナラティブについて、『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』を上梓したPRストラテジストの本田哲也さんと、クー・マーケティング・カンパニーの音部大輔さんがブランドマネジメントとPRの観点から語り合ったセッションをご紹介します。

「ナラティブ」をテーマに語る、本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト 本田哲也さん(左)と、株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役社長 音部大輔さん(右)

ナラティブを支える、「パーパス」とは何か

本田 哲也(以下、本田) 今回のテーマである「ナラティブ」は今、広告やPRの世界でかなり注目が高まっている概念です。

「ナレーション」とか「ナレーター」という言葉があるように、「ナラティブ」は「語る」というニュアンスです。企業やブランドがどういう風に世の中に語っていくかの概念ともいえます。

似た言葉に「ストーリー」がありますが、「ナラティブ」とは、いくつか違いがあります。

ブランドストーリーやコーポレートストーリーという場合、主語は企業・ブランドになります。「自分たちはこういうやり方でやってきた」という一方的な発信で、生活者は観客席で聞いているだけというイメージです。それに対してナラティブというのは、企業も生活者もそれぞれが主役で、それぞれの立場でのストーリーの集合体といったニュアンスがあります。

また、「会社」起点で起承転結型のストーリーに対し、ナラティブは「社会」起点で現在進行形、という言い方もできます。

この、「ナラティブ」に不可欠な要素が「パーパス」です。そもそもパーパスとは何だと、音部さんはお考えですか。

「パーパスを掲げる企業が増えた」と話す音部さん

音部 大輔(以下、音部) 「パーパス」を辞書で引くと「目的」と出てきますが、日本語でイメージする「目的」は英語のObjectiveに近い意味で使われるので、そのままだとニュアンスが異なります。「何のために存在するか」という存在意義とか存在理由に近い印象です。

近年、「パーパス」を掲げる企業は多くなりました。ですが、重要なのは、そもそもなぜこのビジネスを始めたのか、何のためにこのブランドは存在するのかという部分だと思います。

企業が存在し続けるためには、社会に合わせて進化し続けなければいけない。同時に、マーケティングに投資もしてもらわなければならない。そのためには、利益を出し続けることはもちろん重要です。しかし実は利益を出すためだけに存在しているブランドというのは意外に少なくて、「何かしら世の役に立っているから存在し続けられる」のだと思います。

つまり、「利益を出す」というのは持続のための手段であって、何のために存在するのかという「パーパス」とは異なるわけです。

本田 企業でいうと、「なぜその事業を始めたのか」という点ですよね。個人的には、ナラティブはパーパス(企業の存在意義)が起点になると思っています。パーパスかそれに準ずる何かを起点としないと、どんな物語も始まりません。

最近、私のまわりでも「パーパスが最近、流行っているから、我が社も定めよう」という動きが見られます。しかし一方で、「パーパスは定めたけれど、じゃあそれをウェブサイトに載せたり、あるいは新聞広告を出したりすればいいんですか?」という戸惑いの声も多く聞かれるようになりました。

音部 私はクライアントさんにパーパスを明確にするご支援もしています。その際は、「パーパスはゼロから新しく作る」というより、みんなが共有して持っていたけれど、明文化されていなかった暗黙の了解を表出するケースの方が多いです。

そう考えると、パーパスは「訴求するもの」というよりも、自分たちの行動を促したり、律したり、方向付けたりするもの、と言えそうです。

パーパスと行動がナラティブ化して共創構造が生まれる

パーパスがナラティブ化することで、共創構造が生まれる

本田 アメリカのアウトドアブランドであるパタゴニアという企業のパーパスは、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」です。創業以来、パタゴニア創業者で登山家のイヴォン・シュイナードは、環境保全を明確に掲げた発信や行動を起こしています。

たとえば2017年に、トランプ前大統領がユタ州の2ヵ所のナショナルモニュメント(国定記念物)指定保護地域を大幅に縮小すると決定をくだしたときには、自社のパーパスにもとづき、強く非難し、公式サイトに「大統領はあなたの土地を盗んだ(The President Stole Your Land.)」と掲げました。

テレビの取材でも「大統領を告訴しようと思う」と述べ、他のアウトドア関連事業者からも公式サイトで抗議の声明を出すなど、多くの共感が生まれました。これは、「パーパス(企業の存在意義)にもとづく行動が、ナラティブ(物語)化したことで、共創構造が生まれた」と言い換えることもできると思います。

このように、ナラティブは企業活動に直結しているので、「ナラティブを記事に載せましょう」とか「広告打ちましょう」という話ではありません。

具体的にいうと、「どういう物語を誰と紡いでいきたいですか」というところを整理してまとめ、社内・社外含めて合意して、自分たちだけではできないところはパートナーを組んだり、コミュニケーション活動として広告やPR活動をしたりして、そこで規定されていくのではないかと思います。

強いブランドを生む、「強い自分ゴト化」

音部 マーケティング組織を作ったり、ブランド支援をしたりというブランドマネジメントを考えるときに、売り手側の視点に立った「4P」という概念があります。

「4P」というのは、マーケティング戦略上のフレームワークといわれている「Product(製品)」、「Price(価格)」、「Promotion(プロモーション)」、「Place(流通チャネル)」の頭文字です。

強いブランドを作るときに、強いパーパスや「4P」は手段としてもちろん大事です。それによって生まれるものが、「売れ続ける」「利益を出し続ける」「成長し続ける」であるならば、そのためには、「消費者に支持され続ける」ことが必要であると言えます。

では、消費者からすごく支持されているブランドというのは何かというと、消費者が強く"自分ゴト化"しているブランドだと私は思います。

本田 関与度が高いということですよね。ちなみに「強い自分ゴト化」とは、強い憧れみたいなものでしょうか。

音部 「強い自分ゴト化」は、遠い憧れのブランドについてもそうですが、身近なブランドについても発生します。「自分のモノ」あるいは「自分の一部」のような気がしてくるということだと思います。

たとえば、コカ・コーラ社(ザ コカ・コーラ カンパニー)の「カンザス計画」は、すごくわかりやすい事例です。これは1985年に、コカ・コーラが歴史ある「コーク」を、ライバルであるペプシ・コーラよりもおいしいと評価された新しい「コーク」として発売したことがあります。「俺たちのコーラの味を勝手に変えるな」と、全米からクレームが殺到し、わずか3ヵ月ほどで元の味に戻したそうです。

このように、実際に所有しているわけではないにせよ、気持ちのうえで「自分のものだ」という強い所有感を消費者が持ち始めると、「自分ゴト化」が進み、大事にするし、愛してもらえるブランドや企業になるわけです。

本田 企業の物語が、消費者自身の物語と共鳴する。企業やブランドは、よりそうした「共創構造」を意識する時代になったと思います。

今は、すばらしいストーリーさえ構築すればみんなが称賛してくれる時代ではなく、「企業のストーリーが、あなたがた一人ひとりのストーリーとどう関連性があるか」というのが重要になっている。共創すれば記憶にも残るし、離脱しない。それこそが「パーパス」を掲げる意味なのかもしれません。

「生活者が主役として、企業のストーリーに参加することが重要」と本田さんは話す

消費者とともに、「企業の物語」を育む

音部 「共創」という概念は、前から言われています。企業が観客としての消費者にストーリーテリングするというのは今までもあったことだし、それはそれでひとつのアプローチだと思います。同時に、そのブランドの物語に参加してもらうやり方もあるのだろうと思います。

参加しやすくするために「世の中をどういうふうにしたいか」「何のためにしているのか」というパーパスが明示されていると、共感する人は消費者の枠を超えて企業の活動に参加できると思います。この「参加」を促すための行き先の提示が「パーパス」の在り方なのかなと思います。

本田 同じ目的地に行きたい人が、同じバスに乗るということですね。そこに行くことが素敵だねと言う人が集まってきて、そのバスが走り続けるのがナラティブだとすると、最初から戦略的につくるのは難しいですね。

音部 消費者と一緒に「企業の物語」を紡いでいく以前に、「こういう世界をつくりたいんだ」という企業のパーパスがある。そこに消費者が参加できる構造があると、「ともにパーパスを実現するんだ」というナラティブになっていく。そうしたブランドへの参加を通して共創がうまれ、自分ごと化が進み、ブランドが強くなっていくのでしょう。

本田 ナラティブ、そしてパーパスが、ブランドマネジメントの観点からも今後ますます重要になってくるのは、間違いありません。今後も議論を続けながら、いいナラティブをみなさんと作っていけたらと思います。ありがとうございました。


開催日時:2021年5月27日(木)13:00〜13:30
Channel:The Creative Showcase
テーマ:パーパスを具現化するナラティブとは?
登壇者:
本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト/本田 哲也
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役社長/音部大輔

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