コロナ禍において、施設や店頭などでのリアルな体験が制限されるなか、どうしたらブランドは消費者・顧客とのエンゲージメントを維持することができるのでしょうか。40年以上の歴史を持つガンダムのチーフプロデューサーと、25年以上ブランドマネージメントを手がけてきたマーケターによる、インターネットとコロナ時代のブランドの在り方とマーケターのとるべきアクションについてのセッションをレポートします。
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「自分ゴト化」と「味変」でブランド継続
株式会社インフォバーン 取締役 COO 田中準也(以下、田中)
『機動戦士ガンダム』は去年40周年だと伺いました。なぜ、こんなに長期的にブランド継続ができているのだと思われますか。
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役 音部大輔(以下、音部)
私は、ブランドマネージメントを25年以上やっていると同時に、41年間ずっとファンでもあるんです。そんな私からすると、ガンダムファン(消費者)は、ガンダムを「自分のものだ」と思う傾向が強いように感じます。
これは、アメリカのコカ・コーラとよく似ていると思います。インターネットで「カンザス計画」と検索すると詳しく出てきますけど、コカ・コーラは過去に一度だけ味を変えたことがあったんです。「ニュー・コーク」という名前で大々的に売り出したのですが、消費者から抗議が殺到して、わずか3ヵ月で味を元に戻すという結末に終わりました。
このコカ・コーラのように、ガンダムファンも新作が出た時に「あれは違う」とおっしゃる方が多いんですよ。もちろん、版権は企業が持っているわけですが、ファン(ユーザー)がある一定のレベルを超えると、「俺たちの味を勝手に変えるな」「あのガンダムはガンダムじゃない」と言い始めるというのは、閾値を超えた自分ゴト化、オーナーシップ、所有感、そういったものがとてもうまく演出・創出できているからではないかと思います。
株式会社サンライズ ゼネラルマネージャー 小形尚弘(以下、小形)
そうですね、おっしゃる通りです。ガンダムは41年前に登場したのですが、その時初めてガンダムを見た大人たちが、今ファン層のいちばん大きいボリュームゾーンにいて、新作を作るたびに「違う」と言われています(笑)。
ただ、ガンダムは、過去に何度もコカ・コーラでいう「味変」をしているんです。
最初の「ファーストガンダム」を作った監督の富野由悠季(とみの・よしゆき)さんは、ガンダム世界で言うと「創造主」、つまり「神様」なんですが、その「神様」自らが『機動戦士Ζ(ゼータ)ガンダム』や『機動戦士ガンダムZZ(ダブルゼータ)』という続編を作る時に、「味変」をしていったんですね。
「こんなのガンダムじゃない」と怒ったファンも、もちろん多かったと思うのですが、「神様」自らが「味変」をしたことによって、そのあとのTVシリーズ『機動武闘伝Gガンダム』や、ビデオシリーズ『機動戦士ガンダム0080』のように、富野さん以外のクリエイターがガンダム作品の監督を務めることになった時に、枠にとらわれない新しいガンダムを作ることができたのではないかと思います。
昨今のガンダムで大きな「味変」となった2002年の『機動戦士ガンダムSEED』では、これまでのファンの皆様から大きな批判を受けました。しかし一方で、この作品で10代20代のファン層が新しく「ガンダム」に入って来てくれたので、ファン層の世代交代ができ、ブランドの長期継続につながったともいえます。
株式会社サンライズ ゼネラルマネージャー 小形尚弘さん
「味変」は非常に難しいところで、制作面でも昔のガンダムのよさと今っぽさというのをどうバランスよく提供するかということを考えながらやっています。『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』のように、どちらかというとファーストガンダムのファン層に向けた作品を作ったのも、そうした戦略からです。
音部 持続的に成長を続けられるブランドというのは、公式な所有権はもちろん企業にあるとしても、ブランドを消費者と「co-own(共有する)」という考え方があると思います。
ガンダムは映像だけではなく、さまざまな媒体を通してうまく「所有権」を共有できているのではないでしょうか。オフィシャルの作品群も完全な延長線上に伸びてきたというよりは「味を変えながら」進化していますし、消費者とブランドとの「co-creation」あるいは「co-ownership」をうまく具現化できたことが、ブランド長期化の大きな勝因ではないかと思います。
「多様性」がエンゲージメント向上に役立つ
田中 ブランドが消費者・顧客とのエンゲージメントを維持するためには、どんなことをすればよいのでしょうか。
音部 ガンダムの場合、ファンがそれぞれに作ったプラモデルを競う『全日本オラザク選手権』というコンテストをしていますよね。あれは非常に面白い企画だと思います。
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役 音部大輔さん
小形 ガンダムでは、サンライズ社内からだけでなく、出版社やガンプラを作っているバンダイスピリッツさんなど、関係各社が「ガンダム」というブランドを使っていろんな企画を広げています。そこは、ほかのアニメーション作品とはちょっと違う構造だと思います。
音部 世の中にいろいろなブランドがありますが、ブランドのパッケージの色を自分で塗り替えてみよう、というようなコンテストって、あまり聞きませんよね。「ブランドの色を勝手に色変えちゃダメでしょ」って思ってしまうんですが、『オラザク選手権』では、逆に「本編中に出てこない」ような作品しか見ません。ブランドイメージという点ではどう思われているのですか。
小形 もともとガンダムには多様性の文化があるんです。ガンダムの登場人物は、「地球連邦というひとつの組織下にある人たち」という枠組みの元に人物設定がされていて、ほとんどのキャラクターが国籍を超えた多様なルーツを持っています。こうした多様性のある世界観が作品自体にあるので、一応のガイドラインは設けていますが、ガンダムに関するイベントや展示などでもある程度の「多様性」が認められている部分はあると思います。
さらに、富野さんがブランドコントロールを「独り占め」しなかったことも大きいと思います。もちろん富野さんは今も重要な原作者の一人ですから、いろいろなご意見は賜りますが、ご自分のなかだけに留めるということはされないので、そういった意味でも、いろいろな考え方が入る余地があるブランドだと思います。
インプットだけでなくアウトプットも重要
田中 実際に消費者・顧客とのエンゲージメントを高めていく方法として、ガンダムの場合は少し余白を残してそこに関与していただくとか、ガンプラのカラーリングを自分の好きなようにできる、というところがあると思います。ほかのブランドやサービスがガンダムと同じようにやろうと思った時に、どうしたらいいと思いますか。
株式会社インフォバーン 取締役 COO 田中準也さん
音部 ガンダムは元々映像から始まっていますが、ガンダムの「経験」の仕方は映像を見るだけでなく、ガンプラを作る、ゲームをするなど、いろいろな方法があります。時間の過ごし方の密度だけでなく、お金のかかり方や自分の没入感もそれぞれ異なりますが、大きく異なるのが「アウトプット感」です。
ガンプラは、作れば箱の中に入っていたものが作れば立像としてできあがりますが、映像は2時間使っても何もアウトプットとして残らないし、ゲームはその中間で、スコアとか階級があがりますよね。こんなふうに、ブランド側としては、消費者に何をインプットしてもらい、どんなアウトプットが提供できるのかを考えていくのがいいのではないかと思います。
田中 「自分ゴト化」したうえでブランド体験をインプットする。その後で、さまざまなアウトプットをするほどにファン度があがり、エンゲージメントが高くなる、ということがいえるのでしょうか。
音部 好きだからガンダムを見るんだけど、見ているうちに好きになるというのはガンダムに関してはありますよね。
小形 そうですね。ガンダムに関してはいろんな入口があるというのが非常に有利な点だと思います。
最初のガンダムはオモチャを売るための広告というかプロモーションのひとつに過ぎなかったんですけども、それを逆手にとっていろんな話を作っちゃったのが富野由悠季さんです。実は初回放送では視聴率がふるわず、オモチャも売れずに、番組は打ち切りになったんです。しかしその後、バンダイさんが作るガンプラによってブームが再燃し、再放送もされて話題になりました。
ですから、ガンプラというのはひとつのファクターとしてものすごく大きくて、いまの30代40代などはガンプラから入った方も多いと思います。ゲームからガンダムに入って来た別の世代は、そこで覚えたセリフやキャラクターをそのあと作品を観て追体験して知識を深めてさらにゲームを楽しんでいます。
30周年の時にお台場に実物大のガンダム立像を設置したのですが、40周年ということで今年は横浜に動くガンダム立像を登場させる予定です。40年かけて、ガンダムを見てガンプラを作っていた、かつての子どもたちが、大人になって"本物"のガンダム作りに参加できるところまで来たな、という印象です。
田中 ガンダムは入口がさまざまですが、そのあとの奥行きというか、追体験がいろいろあって、インプットもさることながら、インプットとアウトプットが繰り返せる奥行きの広さみたいなものを感じます。これは他の製品やブランドだとどう展開できると思われますか。
音部 ガンダムはIPだからできたんでしょ、って言われるかもしれませんが、IPブランドだからすべてがガンダムのようにできるかというと、そうではありません。私は、IP以外のブランドでも「自分ゴト化」ができれば適用できると考えています。
自分ゴト化するにはエンゲージメントが重要です。ガンダムでいえばガンプラを作るとかゲームをするなど、参画している感じです。それと、今まで使っていなかった感覚器を使うということです。
たとえば映像を見ている時は「目」しか使っていませんが、ゲームをやる時には「目」と「手」と「頭」を使いますよね。ガンプラをやっている時は「目」と、ゲームより集中して「指先」の感覚を使うんじゃないかと思います。こんなふうに、いま提供しているブランド体験で使っていない感覚器や、使っていない消費者の個体としての能力がこれからのエンゲージメントの拡張につながる部分だと思います。
また、完結したものを提供するのではなく、消費者が自分で完成させられる、というのも、ガンダムに共通している方針のひとつなのではないかと思います。
田中 マーケティングとかコミュニケーションって最初の購買やトライアルさせることに注力しがちですが、もうちょっと未来を想像しながら、そのあとの奥行きをどう作っていくかというところまで目を向けていくと、ガンダムのように40年続くブランドに成長できるような気がしました。課題みたいなのはありますか?
小形 ガンダムとしては世代交代も重要なテーマです。『ガンダムSEED』という大きな「味変」作品がありましたが、そのあとがなかなか作れていないので、いまのティーンエイジャーや若者が「これが俺たちのガンダムだ」と思えるものを作らなくてはいけないという課題があると感じています。
今ハリウッドでガンダムの映画版を企画しています。日本国内ではようやくガンダムの認知ができてきましたが、世界においてはまだ認知度が低いのが現実です。これを見ている皆様のなかで、グローバルにやれることがあればぜひ一緒にできればうれしいです。
田中 ここから共創が生まれるといいですよね。
音部 「自分ゴト化してもらい、エンゲージメントを高める」ためには、ブランド側としては不安かもしれませんが、最後の判断を消費者に委ねるというのも重要だと思います。
たとえばビールを缶から飲むのではなくグラスに注ぐ。これだけで自分ゴト化度は高まると思うんですね。こういった工夫が数多のブランドでやれると思いますので、ガンダムが「フィギュアではなくてガンプラを作ってもらう」というアクションを考えたように、「(消費者に)自分でアクションを起こさせるためには何ができるだろう」と考えていくのは、価値あることではないかと思います。
田中 これまでの広告はインプットがメインでした。しかし、これからの広告では、手や目、頭を動かすなど、どういうアウトプットをしてもらうかを想像したうえでインプットをするという視点が大事なんだなと学びました。本日はありがとうございました。
開催日時:2020年10月14日(水)14:00〜14:30
Channel:Creativity Channel
テーマ:私たちのガンダムから学ぶブランド論
登壇者:
モデレーター:株式会社インフォバーン 取締役 COO 田中準也
スピーカー:株式会社サンライズ ゼネラルマネージャー 小形尚弘/
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役 音部大輔
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