今後、SDGsなどの国際的な目標に日本企業が大きく貢献するためには、広告主だけでなく、生活者の視点を変えることも必要です。マーケティングに欠かせない「生活者の視点の変え方」について、マスメディアを通じて様々な社会問題に対する自身の意見を発信し続けているロバート キャンベル教授に、ブランドマーケティングエージェンシー「FICC」代表の森啓子氏が聞きました。
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森啓子(以下、森) 世界視点で見た時に、日本人の意識についてどう思われますか。コロナ禍において顕在化した日本人の意識も交えてお聞かせください。
ロバート キャンベル教授(以下、キャンベル) 日本列島に住んでいるすべての日本人が同じではないので、「日本人の意識」とひとくくりにまとめることは難しいですが、たとえば公教育や日本語そのものが持つ性質、あるいは商習慣には、「日本人」の意識や特徴があらわれているものもあると思います。
日本語の形成には、政府や企業・団体などの"上方"から、生活に密着した町内会や現場に指針や行動模範が降りてくることを期待する文化が大きく影響していると思います。しかし一方では、一方的に上から何かを押しつけられるとなかなか動かないという文化も根付いているように思います。
変化が起きにくい、変化を恐れる文化も「日本人」の特徴です。260年間一度も政権交代がなかった江戸時代は典型的な例ですが、急速な変化よりは安定志向を望む、つまりそれぞれのパーツやそれぞれの役割をきちんと果たしていくということが日本人の大きな意識としてあるのは間違いないと見ています。
デジタル化やコロナ禍で時代が急速に変化していますが、気づきや行動を急速に変化させられない人が多いのは、このせいだと感じています。
また、ダイバーシティが起きにくい土壌もあると思います。日本の企業や政治の重要なポストにいる女性比率が先進国のなかで下位にあるのは、人種や国籍、性的思考に対する固定概念のようなものが日本人の集団意識としてあるからだと思います。
森 ありがとうございます。ではなぜ、この日本人の意識を変える必要があるのかを一緒に見ていきたいと思います。
まずひとつめが2017年スイスのダボスで開催された世界経済フォーラム、通称「ダボス会議」の報告です。
ビジネス&持続可能な開発委員会の報告によると、SDGsを実行するによることによるマーケット機会は2030年までに年間12兆ドル、日本円にして1260兆円まで成長すると予測されています。世界規模で社会的意義によるマーケットがあらためて注目されました。
そして今年、新型コロナウイルスによってSDGsの全目標が脅かされている今、ダボス会議において、あらためてビジネスリーダーに対し、戦略のコアにSDGsを掲げ、社会的意義による経営の重要性について提言がなされました。これは危機感とともに社会的意義によるマーケット自体の機会が拡大しているとも読み取れるのではないでしょうか。
こうした現状のなか、2019年に28ヵ国を対象に実施された国際社会調査イプソス(Ipsos)のSDGs意識調査では、調査国全体のSDGs認知度が74%だったのに対し、日本はわずか49%で最下位という結果が報告されています。
2030年までに年間1260兆円の規模になると言われているこの社会的意義によるマーケット、かつ、コロナ禍においてその重要性やあらためて機会が存在しているなかで、日本人が現状の意識のままでは社会、そしてビジネスにおいて大きな機会損失があるということに気づかなければならないのではないでしょうか。
キャンベルさん、この社会やビジネスに対して、大きな機会損失を起こしている日本人の意識の正体とその攻略についてお聞かせいただけますでしょうか。
キャンベル 日本でも、ダイバーシティがさまざまな企業やイノベーションを活性化していく起爆力になるということを、一人ひとりは気づいていると思います。ただ、身近なところで体感することがなかなかできないのは、構造的な問題があると思います。
昨年度の秋にパソナ総合研究所が行った結果によると、APEC17ヵ国の働く人たちの就労意識調査では、会社を通して自己研鑽をするとか、出世をしたいという意欲は、17ヵ国中で日本がもっとも低いスコアだったそうです。一方で、日本人は「正しいことをやりたい」と思う人が多い。つまり、自分が与えられた持ち場や土俵のなかで、きっちりと成果を出していくということに意義を感じる文化なのではないかと思います。
先ほど、集合意識の話をしましたが、評価の指標が個人の学びや行動のなかに非常に希薄なことも大きな問題ではないかと思います。
日本人には、変化を恐れるという資質・傾向があるということを最初に申し上げましたが、恐れることなく安心・安全であるということを示すことが必要です。日本には「新卒至上主義」があります。これは、いちばん労働者としての価値が高いのが「新卒」時で、そこを逸した人や、子育てなどで一度キャリアを離れた人の価値が著しく下がる現実を表しています。これは、正規雇用と非正規雇用の大きな分断にもつながっていると考えられます。
起業を考える時にも「失敗」のリスクは必ずついてくるわけですから、敗者復活が企業や市民社会のなかにあるということが、はっきりと示されることが非常に重要だと思います。
先ほどのパソナ総合研究所のアンケートで言いますと、たとえば「起業したい」と考える人の比率は、日本は17ヵ国中最下位です。
ユニコーン企業といわれる評価額10億ドル以上の非上場・設立10年以内のベンチャー企業は、アメリカ、中国についでインドが非常に高く、日本企業はわずか3〜4社しかありません。成功事例を見て自分も安心して発言をしたり、仲間を募ったりできる環境を整備するということが、組織あるいは広告表現のなかで醸成されていくことも重要ではないかと思います。
それともうひとつ。日本は江戸時代からずっと分業主義なんですね。家庭の中での分業、それから職場のなかでの分業、あるいは教育ですと、中学校・高校時代から文系に進むのか理系に進むのかなど、徹底しています。こうした環境・教育が、自分の持ち場の外に歩み出していくことに躊躇する意識を生み出しているのではないかと思います。「違う」「はみ出す」ことは間違ったことではなく、踏み出してうまくいかなかったとしても、やり直せる仕組みや表現をつくることが非常に重要だと思います。
森 日本人の生活者の視点を変えていくのに、メディアの持つ影響やブランドからの広告コミュニケーションの影響は大きいと考えておりますが、キャンベルさんはどのようにお考えですか。
キャンベル 極めて大きいと思います。20年前はテレビやラジオなどのメデイアが非常に強い影響を持っていましたが、SNSの拡散・普及によって、個人の発言も大きな影響を持つように変わってきました。
日本人は匿名やハンドルネームを使い、自分の素性を隠して発言したり交流したりする人が多いように思います。その人が実社会のなかでどういう人かということはさておき、ゆるくいろいろな表現をするという自由な空間がある一方で、責任が問われないことから、非常にあいまいになっている部分も多いと思います。
メディアとしては、そのゆるくつながっている発言や行動を見える化し、どの方向に生きるのかを自分で取捨選択したうえで、情報を取り込む、表現をする、あるいは物事を売買するということに当事者意識を持たせるようにできたらいいのではないかと思います。日本人は消費者としては非常に厳しい目を持っているので、SDGsを進める時にも当事者意識がないと、いくら「社会・環境課題解決にいい製品です」と述べたところで、「そんなものは求めていない」という話に終わってしまいがちです。そうではなく、ときめき感を含め、たとえば5年後10年後の私たちの食卓や生活にどうつながるのということが感じられるように表現していくことが、今問われているのではないかと思います。
森 自由と責任ではなく、当事者意識というキーワードはすごく貴重な視点です。私たちの生活のなかで実感しやすいものから当事者意識を得て、社会や未来につなげていくということが大事だということがよく分かりました。
この社会的意義によるマーケットを戦略的にとらえていくために、日本人のポテンシャルや機会についてもご意見をお聞かせください。
キャンベル 80年代から「日本人論」というひとつの定説があります。私は必ずしもそうは思わないんですけれども、ひとつは没個性。日本人は個性をあまり出さないようにしつつ、しかし非常に強烈なこだわりを一人ひとりが持っているという特徴がいわれています。特に知らない人たち同士のなかでは、日本人は「個性」が読み取れないようにあらかじめフィルターを設けるようなところもありますよね。これは、世界中の人たちに届く表現をするうえでは、マイナスになるのではないかと思います。
一方、協調性というか、周りを360度見て社会の空気を感じながら、自分のなかにそれを落とし込んで行動を選択するということは、日本人にはすごく優位性があると思います。これは「空気を読む」という言い方もできるわけですが、日本人には人々の話を聞く、後ろにいる人たちの話に耳を傾ける、という土壌があるからだと思います。
日本人のスタイルとしてみんなに発信をするということは難しいかもしれませんが、パンデミックで行動変容が進んだ社会のなかでは、日本人の特長や資質が世界の需要に結びつく可能性が私は十分にあると思います。ただそれを着地させるためには、それだけの資本と仕組みと表現媒体の変容が不可欠です。まずは行動を変えていくことが、今後を占う試金石になっていくんじゃないかと感じています。
森 日本人の強みである傾聴力を通じて、私たちが自分ゴト化していく。そのための仕組みを作っていくことができれば、今後未来につながっていくのではないでしょうか。
キャンベル 日本人は傾聴力や、物事へのこだわりが非常に強く、品物の品質を見分ける力も非常に優れています。文化的な背景もあると思いますが、能動的に作ったり表現したり自分の行動を広げていくことに、広告媒体が大きな役割を持ちうるんじゃないかなと思っています。
森 広告業界はおっしゃる通り、生活者の認識を変えていきどのように行動に起こさせていくかというところを担っています。能動性というところを大切にしながら広告業界で考えていければと思います。最後にオーディエンスのみなさまにメッセージをお願いします。
キャンベル 日本は失敗した時に、そこから立ち直るチャンスが比較的少ない社会だと思います。こうした文化が「自分はこの程度だ」というマインドを抱える人を増やしている要因にも思います。なので安直に「恐れずにいろいろなことをやりましょう」ということは言えませんが、どこかにそれを突き抜けるポイントは必ずあると思います。目の前のクライアントや商品、足場を意識しながら、自分の意識や経験を建て増したり、スラップ&ビルドをしたりしていただきたいなと思います。
森 貴重な気づきをありがとうございました。
開催日時:2020年10月14日(水)13:30〜14:00
Channel:Keynote Channel
テーマ:ロバート キャンベル教授に学ぶ「生活者の視点の変え方」登壇者:
モデレーター:株式会社エフアイシーシー/FICC inc. 代表取締役 森啓子
スピーカー:日本文学研究者 国文学研究資料館長 ロバート キャンベル
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