2020.05.22
「コロナという共体験を経て、企業はパーパスとナラティブ力が問われる時代に突入する」──PRストラテジスト 本田哲也
ポストコロナによって始まる「ニューノーマル」。日本を代表するPR専門家・本田哲也さんは、「コロナを経て、企業と消費者はもっと密につながることが重要になる」と予測します。そのために企業は今、何をすべきなのでしょうか?
株式会社本田事務所 代表取締役/PRストラテジスト 本田哲也さん
「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」にPRWEEK誌によって選出された、
日本を代表するPR専門家
すべてが刷新される「ポストコロナ」
──新型コロナウイルスの感染拡大によって、私たちの生活は大きく変化しました。緊急事態宣言が解除されたあとも、その影響は続くといわれています。本田さんは今、コロナ後の世界はどう変わるとお考えでしょうか?
本田 これまでも「危機」と呼ばれるものは存在していました。たとえば、東日本大震災。ですがあのときも、東北以外の地域には"日常"がありました。しかしコロナは違う。日本中、世界中の当たり前が奪われ、生活は激変しました。この影響は、今後も社会全体に及ぶものと考えます。
私の専門であるPR領域においても、それは同様です。「ポストコロナ」において、私はすべてが刷新されると考えています。広報、メディア、企業、どの視点で捉えても、"これまでと同じ"とはいかないはずです。それは「ニューノーマル」という形で定着するでしょう。
しかし、まったく新しい、見たことのないものではないと私は思っています。これまでもあったけれど、浸透していなかったもの。たとえば在宅勤務やオンライン会議だって、そのひとつです。
コロナ終息後も、私たちの生活は"元通り"にはならない。それが難しい以上、デジタルを起点とした「アップデート」は、さまざまな場面でポストコロナ時代において、さらに進むと予測しています。
──すべてが「変化」するなかで、企業のマーケティング活動で求められる要素も変化していくのでしょうか?
本田 私はそう思っています。コロナを経験したことは、私たちにさまざまな"学び"を与えてくれました。個人単位では、「当たり前」が実は当たり前ではなかったことへの気づきと感謝、企業単位では、働き方を見直す機会、コミュニケーションの在り方を見つめ直す機会にもつながりました。
その影響を受け、マーケティング分野においては今後、「ユーザーとのコミュニケーション力」が重視される時代になると考えています。なぜなら情報は発信することが目的ではなく、行動変容を促すことがゴールだからです。そこで重要となるのが、語る力「ナラティブ力」です。
企業ではありませんが、そのお手本ともいえるのがドイツのメルケル首相です。3月18日、彼女はテレビ演説を行い、その呼びかけは、多くの人の心を動かし、行動変容を促すことに成功しました。
メルケル首相は演説を通して、「国民が直面している困難、その苦しみ」について語り、「自分の課題だと捉えてくれれば、必ず克服できる。私たちは試されている」と国民に訴えかけました。そしてロジカルに、今後どうすべきかを伝えました。
結果、ヨーロッパの中でもドイツの感染死者数は相対的に低くなり、さらに彼女の支持率は11ポイントも急上昇し、79%に達しました。
不安な時代だからこそ、安心材料として、人々は言葉(根拠)を求めます。そのニーズに応える必要性は、マーケティングにおいても変わりません。だからこそ、これからの時代には「ナラティブ力」が求められるのです。
パーパスとナラティブ力は、企業の推進力になる
──国家と国民だけでなく、コロナという困難を乗り越えた同志として、企業とユーザーの距離が近づく可能性もありそうですね。
本田 はい。今回の「共体験」をマーケティングに活かすためには、企業活動に対する「意味付け」が重要となります。たとえば寄付をしたのなら、「なぜ、それをしたのか? なぜ、当社なのか?」までしっかりと説明することが大切です。
日本はモノづくりで成長してきた経緯があり、マーケティング分野における"意味付け"が実はあまり得意ではありません。広告はするけれど、PRは苦手。広く情報発信はしてはいるけれど、ユーザーにちゃんと届いておらず、"ファンづくり"につながっていないというケースが多く存在しています。
その課題解決のヒントとなるのが「パーパス・ブランディング」です。パーパスとは、企業の存在意義のこと。ビジョンやミッションを形成するための、根幹に位置する概念です。世界の企業では広く採用されていますが、日本ではまだまだ浸透していません。
世界ではユニリーバやP&Gなどが、その成功例として知られ、ユニリーバは「サステナビリティを暮らしの"あたりまえ"に」を掲げ、ビジネスと社会貢献を両立しています。
パーパスは、企業活動におけるすべての判断基準として機能します。それは社員の行動指針ともなりますし、当然、マーケティング活動にも影響を与えます。たとえば企業として情報発信をする際に、炎上リスクを懸念することがありますが、パーパス・ブランディングにおいては、重要なことは「炎上するかどうか」ではなく、「パーパスに沿っているかどうか」です。
もしパーパスに沿った行動ならば、炎上したとしても、説明可能です。ここでも「ナラティブ力」が問われますが、そこで語るべきは、「行動の理由(なぜ、そうしたのか?)」です。その正当性を伝える際に、パーパスは非常に有効です。
マイナスの面に気を取られ過ぎて、本質を見失ってしまう。それを防ぐことができるのも「パーパスブランディング」の魅力のひとつといえるでしょう。
ですからパーパスがあり、ナラティブ力のある企業が、これからの時代は強いのです。なぜならブレずに、まっすぐに目的に向かって進んでいける推進力がそこにあるからです。
共鳴して、ともに歩むのが"ニューノーマル"に相応しい関わり方
──しかしパーパスとナラティブ力も、情報発信せずに示すことはできません。
本田 はい、どう発信するかも非常に重要となるでしょう。
私は昨年、審査員として参加した「講談社メディアカンファレンス 2019」において、『FRaU』のSDGs特集号をとても高く評価しました。世界レベルで見ても、なかなかない取り組みですし、本当に素晴らしいと思いました。
『FRaU』は、雑誌としてのパーパスをしっかりと持っているメディアです。その『FRaU』で自社のSDGsの取り組みを紹介するということは、自社のパーパスが問われることでもあります。ただ、やっていますではなく、なぜやっているかまでを説明できて、はじめて共感が生まれます。メディアが旗振り役となって、SDGsの輪を広げている。話題だから便乗したいというのは、古い発想です。共鳴して、ともに歩みのが"ニューノーマル"に相応しい関わり方ではないでしょうか。
そうして生まれた共感力とブランディング力は、価格競争に強い傾向にあります。安いから買うのではなく、好きだから買う。その仕組みを利用して今、DtoC(Direct-to-Consumer)といわれる直販型のビジネスが伸びています。「好きだから買う」。その根底にあるのは、パーパスへの共感です。これからの時代、企業は消費者と共鳴して、絆を深めることが大切です。そのなかで企業と消費者の距離は自然と縮まり、ポストコロナの中で、新たな関係性を築くのだと、私は考えています。
ポストコロナの真実は、誰にもわかりません。それでも下ではなく、前だけを見て前進し続けていれば、必ず明るい未来がやってくる。私はそう信じています。