『味付榨菜』や『味付メンマ』や『辛そうで辛くない少し辛いラー油』で知られる桃屋が、最近、自社サイトで機能性表示食品の商品を販売し、リピーターを獲得しているという。商品の名前は『桃屋のいつもいきいき』。どんな経緯で売られたかを聞くと"桃屋式マーケティング"とでも言うしかない、同社独特の開発手法が見えてきた。
榨菜に学ぶ桃屋の"ニーズガン無視戦略"
日本でカレーがメジャーな料理になったのは、1926年、現在のハウス食品が「西洋料理店のハイカラな料理をご家庭でも」と粉末ルウを販売したことが大きなきっかけになっている。麻婆豆腐だって昔は中華料理屋の決してメジャーじゃないメニューだったが、1971年に丸美屋が『麻婆豆腐の素』を出してから当たり前の料理になった。
小出雄二社長と筆者。桃屋の応接室には
絵画から陶器まで、桃グッズがいっぱい!
企業のロングセラーって、意外と食文化に影響を及ぼしているのだ。桃屋の小出雄二社長もこんな話をする。
「昔、らっきょうと言えば塩漬けで食べるのが当たり前でした。今のように甘酢漬けで食べるようになったのは、1920年に当社が『花らっきょう』を出してからなんですよ」
へえー!
「ラーメンにのせるメンマだって、1968年に当社が『味付メンマ』を出すまでこれほど食べられてはいませんでした。『味付榨菜』も同じです」
思えば、佃煮も食卓にのぼる機会は減ってるけど、海苔の佃煮だけは桃屋の『ごはんですよ!』があるから今もよく食べる。でもって、こういう"文化"になっちゃう商品を持ってる会社は強い。例を挙げるなら、『カルピス』や、大塚食品の『ボンカレー』や三島食品の『ゆかり』といったところは、知らない人はほぼいなくて、だからCMをする必要もないし、コンビニやスーパーはほぼどこでも置いてくれる。
桃屋はそういう商品がたくさんあるんだから、強いに決まってる。じゃあどうしたらこんな商品をつくれるんですか、小出さん?
「やっぱり、他社のマネをせずに、本当においしく便利な商品をつくることですね」
なるほど......って、それが難しいんじゃないですか!
でも、もう少し詳しく教えてもらうと、2つの法則が見えた。
桃屋の場合は「ニーズはつくるもの」と言わんばかりに提案型商品を出している。先に挙げた商品メンマや榨菜だけでなく、最近の『辛そうで辛くない少し辛いラー油』も好例だ。
さらには、一度食べたら必需品になるほど味にこだわっている。
榨菜を例にとると、その両方がよくわかる。現社長の義父で、同社を40年以上率いた名物社長であった小出孝之氏は、子どもの頃、高級中華料理店で料理の脇にあった漬け物の美味しさを忘れられずにいた。そして戦後、名前すらわからなかった"あの味"を探し、これと巡り会うと製造元を辿って中国に赴き、伝統製法を学ばせてもらったという。現社長が話す。
「素材は標高600m以上の高地で採れた、身が締まって風味のよいものだけを使います。これを収穫後2週間風干しして、塩漬けして、その後、乳酸発酵させます。これだけでも手間がかかっていますが、その後、漢方薬にも使われる10数種の香辛料をまぶして、甕に隙間無く詰め込んで1年ほど発酵熟成させるんです」
広報さんが言った。
「榨菜の伝統製法は、既に中国でも失われつつあります。製造工程を見ると、正直『こんなに安く売って元がとれるのか?』と思いますよ」
こんな経緯でできた榨菜は、販売前「一般的には知られていない食材」という理由で周囲に売れないと言われたりもしたが、出すと大ヒットし定番化、どこも追従できないロングセラーになった。こうして"提案型の商品を徹底的につくりこみ、食文化を変える"これが桃屋の成功法則だったのだ。
「おいしくなきゃ始まんない」
『桃屋のいつもいきいき』。熟成にんにくエキスで睡眠の質の向上や
日常生活の疲労感を軽減する機能性表示食品。詳細はこっちをどうぞ。
なお「いつもいきいきでよく商標がとれましたね?」と聞くと
「いえ『桃屋のいつもいきいき』です」とのこと。なるほど。
長々解説したのは、今回話を聞きに来たヒット商品『桃屋のいつもいきいき』が、先に説明した"桃屋式マーケティング"を受け継いでいるからだった。すなわち、この商品は小出社長発の提案型商品で、開発はまず彼の脳内で始まっていた。
「当社には『キムチの素』『きざみにんにく』『辛そうで辛くない少し辛いラー油』などにんにくを使った商品がたくさんあります。でも、にんにくの価値は味だけでしょうか? "食べると元気になる"とおっしゃる方、非常に多いですよね?」
生にんにくだけでなく、「熟成にんにく」、さらには「にんにく注射」なんてものもある。歴史的にも"ピラミッドをつくるとき、みんなにんにくを食べていた"という記録が残っているほか、小出社長いわく「がんを予防する食品っていろいろありますが、米国の著名な研究所は、その頂点ににんにくをあげているんですよ」とか。そして実際に小出社長は、社長に就任した2011年――商品発売の8年ほど前から様々なにんにくを試してみて、とくに、当時から自社で開発中だった熟成にんにくエキスには手放せなくなるほどの体調の変化を感じた。
今、様々な漢方薬が続々とエビデンスの確認を終え、効果が実証されている。やはり古来から人間が実感してきた何かはすごいのだ。
そんな状況のなか、この商品は桃屋の最後のチェックポイントもクリアしていた。
「世の中になかったんです。にんにくはこれだけ愛されているのに、ズバリ"これに効きますよ"と言える食品はありませんでした」
誰でも知っているけど、世の中にはない、実はこれって奥が深い。
例えば桃屋は最近『しびれと辛さががっつり効いた麻辣香油』という商品を出している。麻婆豆腐が一般化し、さらには多くの方に「どうも本格的な麻婆豆腐は山椒のしびれる感じがおいしいらしい」という話がなんとなく伝わっている段階......にも関わらず簡単に四川風にできる商品はなかった。この"みんな知っているから受け皿が大きい"けど"今はそんな商品がない"あたりが狙い目なのだ。
閑話休題、さらに小出社長が話す。
「そんな状況のなか、我々はこれを"おいしいもの"に仕上げたいと考えました。ガマンして口にしてもらうとか、薬のように飲んでもらうようでは、毎日ずっと食べていただけませんし、食文化も変わりません。ようするに、おいしくなければ始まらないんです」
ここからは少し、機能性表示食品づくりの現場を追いたい。まず、桃屋は熟成にんにくエキスによってどんな変化があるのかを追いかけた。そんななか、疲労について調べる試験で多くの方が「疲労感が軽減した」だけでなく「眠りが深くなった」と口にした。
「眠りがよくなる、という部分は少し驚きました。ただし、それだけじゃないんです。本当はもっと言えることが多いんじゃないかと、今も研究を続けているんですよ」
研究開発部の山﨑京子さんが話す。
「ちなみに、にんにくは熟成させることによって、独特の香りがどんどん減ってゆき、にんにくに含まれるアミノ酸の一種、S-アリルシステイン(SAC)※は熟成によって増えていきます」
※この物質が疲労感の軽減、睡眠の質の向上に影響を及ぼすという。詳細は桃屋ホームページをどうぞ。
研究開発部の山﨑京子さん。「﨑だっけ? 崎だっけ?」と
山﨑さんのお名前でググると、彼女が書いた資料が山ほど
出てきた。長年の研究、本当におつかれさまでした。
じゃあにんにくをいかにして「熟成にんにくエキス」にするか、といった研究の詳細は、企業秘密に触れるし、マーケティングとは関係ないので割愛。しかしマーケティング的にはここからが面白い。桃屋は本当にこの熟成にんにくをサプリ等にはせず、「熟成にんにくエキス」「黒みつ」「純玄米黒酢」「砂糖」の4種だけを原材料に、おやつとも何とも言いがたい何かにしてしまったのだ。
「いつもいきいき」の中身を
ヨーグルトにかけたところ。
背景は筆者の男臭い台所
(キッチンでなく台所)だよ。
もう、黒みつの代わりにこれ使おう
小出社長に「いつもいきいき」をいつ、どんな形で口にするのかを聞いた。
「いつでも、どんな形でもいいんです。僕はおいしいから、おやつがわりにそのまま吸ってます。牛乳やコーヒーに入れてもおいしいですし、ヨーグルトにかけてもいけますよ」
さて皆さん、この味、想像つくだろうか?
言葉で説明しよう。まず、にんにくのコク味は意外なことに汎用性が高く、その香味と黒みつの滋味豊かな甘みは確かに絶妙にマッチしている。お酢はそんなコンビをそっと支える程度の隠し味だが、全体の調和に寄与している――という感じ。何というか、これは人類で初めてチョコレートをつくった人間の所業に似ている。あの香ばしい苦みとクリームや脂分や砂糖を掛け合わせた何かは、今でこそ当たり前のものだが、最初は「にがうま」くらいしか説明しようがなかったはずだ。
じゃあ実際に食べてみるとどうか。ちなみにヨーグルトにかけると"ヨーグルトなのにカラメルがある!"ような味になる。「いつもいきいき」の少し煮詰まった感じの甘みがヨーグルトの酸味と合体して、ステマじゃないけど本当においしかった。牛乳も試しました。180mlに対し「いつもいきいき」を2つ入れるとクリームあんみつの、クリームと蜜が合体したところのような味になってこれも絶妙です。
そしてこの"名前をつけようがないけどおいしいもの"をつくってしまうのが桃屋のDNAなのだ。山﨑さんが話す。
「とにかく、味には非常にこだわりました。社長の小出は原材料はもとより、原材料の加工工程や、製造の条件をほんの少し変えただけで味の変化に気づきます。実は今も、原材料の管理は大変なんですよ」
小出社長が笑ってこう話す。それはすがすがしいほどに思い切った、カッコいいセリフだと感じた。
「自分発信でいいんですよ。本当に自分がほかの方に召し上がっていただきたいと思えるものを創ればいいんです。マーケティングもいいんですが、世の中のニーズばかり気にしていたら、新しいものなんか生まれませんって!」
余談だが、山﨑さんいわく、この商品にはもう一つ新しいことがあるという。「エキス等」を機能性関与成分とした機能性表示食品は、この商品が日本で初めてだというのだ。
「これも難易度が高かったんです。熟成にんにくエキスと、このエキスが入っている商品が同等であることを、自社と、さらには第三者がきちんと分析・証明する必要があるんです。そのために、数百ページに及ぶ資料を揃えました。分析方法は妥当ですよ、成分も同じですよ、と」
ここでめっちゃ話の腰を折らせてもらった。「あの、桃屋の人に"~ですよ"と言われると、ついごはんに乗せたくなります。桃屋の『妥当ですよ!』、桃屋の『同じですよ!』って、なんだかおいしそう」
山﨑さんが一瞬きょとんとして、次の瞬間、"なんとしょうもない"という顔で笑ってくれた――。
さて、そんなわけで最後に、筆者が食レポを行いたい。
まずは、ホームページにあったおすすめ通り、バニラアイスやヨーグルトにかけてみた。これはもう言うまでもなくおいしい。出色のできは「いきいき珈琲」。苦みを黒みつが引き立ててくれて、正直、気に入りました。
と誉めてるだけじゃ面白くないので、ちょっと変わったものにも挑戦してみた。まずは「いきいき飯」。これは「白玉だったらよかったのに」という感想。次に「いきいき寿司」。
著者謹製「いきいき寿司」の写真(誤)。
いきいき寿司の写真(正)。穴子に
おしょうゆと「いつもいきいき」を
かけてみたんです。
食べてみると......おや、新境地。ちなみにいろいろ食べてみた中では、ミルクティーとプリンが絶妙でした。
帰り、桃屋本社のロゴの前で「桃!」のポーズをとる筆者。
2点、画像に関し重要なことをお伝えいたします。
1点目、桃屋のロゴには、桃だけでなく「矢」も。
矢はフタをあける時の方向を示しているわけじゃなく
「吉兆(桃)を矢(屋)で射る」という意で、桃と合わせて
"ももや"にも。2点目、桃屋と中華料理の『バーミヤン』の
桃は上下が逆なのだそう。へぇ~!
取材・文
夏目幸明(なつめ ゆきあき)
経済ジャーナリスト。早稲田大学卒業後、広告代理店勤務を経て現職。「技術、マーケティング、マネジメントが見えれば企業が見える」を掲げ、ヒット商品の開発者、起業家、大手企業の社長などを精力的に取材。『週刊現代』の「社長の風景」は長期にわたる人気連載、著書も多数。