2019.09.25

<第4回>ターゲット・マーケティングの行く末(前編)|新時代のマーケティング戦略論

ターゲット・マーケティングの行く末―多様化するインサイトとの向き合い方

前編:平成のターゲット・マーケティングの振り返りと課題

今回のテーマは「ターゲット・マーケティング」です。
ターゲティングはあらゆるマーケティング手法を考える際の基盤ともなるもので、顧客のニーズが多様化するなか、その重要性は再認識されています。
ターゲットの取り方や、彼らとの関係構築に必要な考え方について考えるため、まずその歴史と課題を確認します。

ターゲット・マーケティングの顕在化

ターゲット・マーケティングとは、購入を期待する層を絞り込むマーケティング手法を指します。そして顧客のどの部分に注目し、どう絞るか決めることがターゲティングです。

そもそもターゲット・マーケティングはビジネスにおいて必要不可欠な考え方でもありますが、こうして名称が確立され注目された理由は、消費動向の変化に伴う必要性からでした。
マーケティングの歴史を遡れば、製品の良さや価格の安さによって消費者の購買意欲に訴えていた時代があります。インターネットが普及する1990年代以前、消費者が商品の購入を決めるための情報は極めて限定的でしたし、機能や価格による他社製品の差別化も容易でした。

1990~2000年にかけて、製品やサービスは飽和し、価格競争も限界がやってきます。消費者は複数の商品を前に、より価値を与えてくれる商品はどちらかを考えるようになりました。
しかし価値という言葉は、人によって定義が大きく異なるものです。絶対的な価値など存在せず、ある人にとって無価値であるものが、ある人にとって大変貴重なものになることは珍しくありません。
価値を求める消費者に訴えかけるために改めて認識されたのが、ターゲティングの重要性です。つまり、ターゲティングとは、消費者が感じる価値を具現化する行為とも言えるでしょう。

ここまで紹介したマーケティングの変化は、フィリップ・コトラー氏が定義したマーケティング・トレンドの指標で語られることの多い内容です。ちなみに、2010年以降は「マーケティング4.0」と呼ばれる時代に突入しており、消費者は自己実現欲求を満たす商品やサービスを求めるようになったと言われています。顧客との関係性を強く結ばなければ本質的なニーズがわからない昨今、そう簡単にターゲットは定まらないでしょう。
ターゲット・マーティングの顕在化とは、言い換えれば消費者と商品の関係性を具現化することなのかもしれません。商品が何を提案できるかは消費者のニーズによって変わる反面、商品がどの消費者に焦点を当てるかによって、消費者自身の意志が変わります。

では、なぜ近年はターゲティングが難しくなっているのでしょうか?その原因は、ターゲティングの成熟にあるかもしれません。

ターゲティングが成熟するまで

平成時代(1989~2019年)は、ターゲット・マーケティングの成長そのものを振り返るのに適した時代と言えます。
平成に入って間もなくターゲット・マーケティングの兆候を見せた商品例のひとつが、永谷園「おとなのふりかけ」です。ふりかけをかけてご飯を食べる習慣が子ども中心であることというデータをもとに、あえて大人向けの味付けとブランディングをしたふりかけを発売しました。1989年からロングヒットを続ける本品は、1991年「食品ヒット大賞」の優秀ヒット賞を受賞しました。

また、1996年に生まれた10分1000円のヘアカット専門店「QBハウス」も、ターゲティングの成功例です。ただ髪の毛を切りたい顧客層にとってパーマやカラーリングのメニューがある美容室はトゥーマッチであると判断したQBハウスは、カットのみを効率よく回すことで短時間かつ安価なサービス提供を実現します。本店は多忙なビジネスマンを中心にヒットし、瞬く間に全国展開していきました。

下着ブランド「ワコール」のヒット商品の変遷も興味深いものです。1992年に発売され、同社の最大のヒット商品となったグッドアップブラまでは、胸の造形を女性らしく強調する若い女性向けのラインが人気でした。しかし、2003年発売のTシャツブラ「NAMI-NAMI」を境に、多様な女性像にフィットするラインナップが増えます。アンチエイジング効果を謳ったブラをはじめ、多彩なヒット商品が生まれました。

トレンドが増えれば増えるほど、そのトレンドにフィットしない消費者が顕在化され、そこに新たなターゲットが生まれる。この繰り返しがターゲットのニーズを細分化し続けたのが、平成のマーケット動向の概観です。
そして2010年ごろからSNSが普及しました。個々が自分の欲求を他者に伝える手段を持ったことで、いよいよ多様化したターゲット同士がつながり、極めて小さなトレンドを楽しめる時代がやってきたのです。

ターゲット・マーケティングは、まさにこの小さなトレンドを見極める手法ともいえるでしょう。今、多くの企業は消費者の欲求を極めて近い場所で観察し、小規模なコミュニティを見つけるために、SNSマーケティングや手厚いユーザーサポートに力を注いでいます。

そして、洞察を意味する「インサイト」という言葉がマーケティング領域で注目されるようになりました。消費者自身がまだ気付いていない欲求を発見し、その欲求を可視化するような戦略構築が成功事例を生み出しつつあります。
データ分析やSNS活用、マーケティング手法の駆使し、約30年間、私たちはターゲット・マーケティングに取り組んできました。扱う領域や事業内容によって具体な手法は変わりますが、そのテクニックはある程度成熟期に差し掛かっているのではないでしょうか。

ターゲティングで次に狙うべきものとは

確立されたターゲット・マーケティングは、ある程度までは消費者に伝わりやすい側面も持ち合わせます。
例えば、ある商品がターゲットを絞り、PR戦略を変える事例はそう珍しいことではありません。そして、そのビフォーアフターは消費者の目に留まっています。ターゲットから外れた層も、ターゲットとして絞られた層も、ある程度その戦略の意味を理解できるはずです。そして、数ある商品の戦略を見れば見るほど、手法や戦略についての知識や経験は、消費者のなかに蓄積しています。
この蓄積があるジレンマを生み出していることが、近年のターゲット・マーケティングの課題です。

冒頭でご紹介したように、2010年以降のマーケティング・トレンドは「マーケティング4.0」という言葉に表されており、商品やサービスは消費者の自己実現欲求を満たすためのツールとして機能するのが望ましいと言われています。
しかし、「自己実現欲求を満たすのは自分自身である」という前提が、ターゲット・マーケティングの手法と矛盾を起こすことがしばしばあるのです。

そもそも自己実現欲求とはマズローの5段階欲求における最高位の欲求であり、「才能を追求し、己の頂点を目指したい」というものです。この才能の追求は誰かに指示されたものではないことが重要で、欲求を満たすまでのプロセスも主体的であるほうが一層価値を感じられるでしょう。
そう考えてみれば、自己実現欲求を満たすことを求められる「マーケティング4.0」の具体な手法は間接的なものになります。直接的に相手の購買意欲やアクションを促したことが消費者自身に如実に伝わることは、本当の意味での自己実現欲求の満足にはつながりません。

「マーケティング4.0」を定義したフィリップ・コトラー氏は、消費者に驚きや感動(「ワオ!」という言葉で表現)を与える必要があると著書で述べていますが、この驚きや感動は言語化できるものではありません。消費者にとって予想外の出会いや刺激があり、それを自ら選び取った快感を伴う必要があるのです。

消費者のランダム性を想定したターゲット・マーケティング

では、自己実現欲求を満たすターゲット・マーケティングを成立させるためには、どういった戦略が有効なのでしょうか?
端的に述べれば、消費者の流動的な動向をシミュレーションしながら、ある程度のランダム性を許す戦略が今後のターゲット・マーケティングの指標となるでしょう。

従来のターゲット・マーケティングは消費者を"点"で見る傾向がありました。
ペルソナの想定もその一種と捉えられるかもしれません。ペルソナ像として挙げられる箇条書きのプロフィールは、その人物像の今を切り取ったものであることが多く、マーケティングを通じてどのように変化していくかまで想定するケースは多くありません。
消費者は、そのマーケティングを通じてどのように成長し、どう変わっていくのか?SNSでどのようにふるまい、最終的にどんな未来を手に入れるのか?
その問いに答えられるターゲティングをすれば、自己実現欲求を満たすマーケティングが見えてくるはずです。

一方で、道は決してひとつではないことも念頭に入れておかなければなりません。ターゲティングで定めた道に沿って歩むかどうかは、消費者自身が決めることです。もしかしたら違った方向へ向かう消費者もいるかもしれませんが、その道も認められる戦略であることが重要です。
また、SNSでの共有や口コミが大きな影響力を持つ昨今、もともとターゲットとして抽出した消費者のほか、その消費者が商品を勧めるネクスト・ターゲットの存在も想定しておくと良いでしょう。

そして、これら全ての想定が裏切られたときも、積極的にその動きを可視化することが新しい価値やニーズを生み出します。全てを糧とし、輪郭の定まらないターゲットを成長させていく。その連続性とランダム性が、消費者の目に新しい発見を与えるマーケティングにつながっていきます。

ターゲティングは一日してならず

ターゲットという言葉を聞くと、明確に狙った的に対して矢を放つ固定的な印象をぬぐい切れません。
しかし、今後デジタル・マーケティングを中心に語られるターゲティングは、より継続的で動きのある、柔軟なものになっていくでしょう。偶然に起こったことや一種のハプニングさえも、一定期間を振り返れば優れたターゲット・マーケティングだったと言われる日が来るかもしれません。

ポイントは、消費者の驚きや感動を、自らがつかみ取れる場を作ることです。後編では、こうした新しい形でのターゲット・マーケティングに成功している事例をいくつか紹介し、インサイトと向き合う具体的な方法について考えていきます。

筆者プロフィール
宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。

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