2019.03.29

"夢物語のような未来"は実現する│ABEJA 社長インタビュー 後編

荷物が勝手にサンフランシスコに届く

夏目 様々な企業が「AI、AI」と開発を急ぐ理由がわかってきました。

岡田 実は、さらに大きな差がつくんですよ。AIを導入した企業は、生産性を高めることで、利益率の高い経営が可能になります。そして、利益が出るからこそ研究や開発など次の投資にリソースを割けるようになるはずです。一方、AIを導入しなかった企業は今後の人手不足もあいまって、事業の成長が進まず、新しいチャレンジがしづらくなるかもしれません。AIの導入は、今、絶対的に必要な投資だと思います。

夏目 ではここからはぜひ、日本のAIの第一人者である岡田さんに、AIで各業種がどう変わっていくか伺いたいと思います。まず、交通インフラはAIでどう変わりますか?

岡田 電車やバスやタクシーが自動運転化していくはずですが......もっと先を見ると"ラスト1マイル"が劇的に変わるはずです。

夏目 というと?

岡田 今まで海外に行くとき、まず駅までタクシーに乗り、電車で空港まで行き、飛行機でサンフランシスコに行く......と、ユーザーは様々な交通機関を別のものとして利用してきました。今後はそれらが全て接続するかもしれません。「いつどこへ行きたい」とスマホに入力すると、自動運転のタクシーが迎えに来て、荷物は専用の荷台に積めば電車に勝手に積まれ、飛行機にも手荷物検査を経た上で積まれ、人間は乗り換えるだけ、といったイメージです。

夏目 それ、最高ですね。運送業界では、倉庫の荷物のピッキングが自動化されています。さらに今は、荷物のお届けも自動化ができないか研究中です。同様の流れで、人の移動も自動化されていく、ということですね。

岡田 まず荷物だけでもそうなればいいな、と思います。集荷の依頼をすると、小型の荷物運搬車がマンションの入口まで迎えに来て自動的に荷物を積んでくれるイメージです。あとは荷物が届く場面も自動化できますよね。家に帰って「戻ったよ、アレクサ」と話すと、小型の運搬車が宅配ロッカーの荷物を積んでくる......これくらいならすぐにでもできるはずです。

夏目 しかし、自動運転のタクシーが迎えに来て、荷物を鉄道に積み、というシステムをつくるには多額の初期投資が必要じゃないですか?

岡田 ええ、でも人は便利なものを触ってしまうと二度と元に戻れないので、最初に実現した企業は、その初期投資に見合うだけの利益を得るのではないかと思います。そこは賭けですね。もし事業がノーリスクであればみんなやるでしょう(笑)。リスクがあるときに始めるからこそ、先行者として有利なポジションを獲得できるのだと思います。

夏目 なるほど、そうですね。岡田さん自身、2012年に、まだAIがSF映画のような扱いを受けていた時代に起業されて、今のポジションを得ているわけですからね。

「お水くださーい!」を言わなくていい未来

夏目 ではAIによって人間の「食」はどう変わっていきますか?

岡田 いちごの収穫を自動化する農機などが話題ですよね。いちごは収穫のサイクルが短く、収穫を行う作業者の人手不足を解消するのに役立つようです。他にも作物の茎や葉にレーザー光をあて、返ってきた光の波長を分析し「ここに肥料を撒いたほうがいい」「肥料の中でもこの成分を多く含むものが必要」と判断して自動で肥料をやるシステムも既に存在します。ここにAIを搭載してプロセス管理を行えば、農業の完全自動化が実現でき、世界中の田畑が全自動の食料生産工場になっていくでしょう。しかも、収穫した作物が自動でロジスティックスに乗れば......。

夏目 すごい。今朝、新潟で収穫されたお米が自動で自宅に届いて「帰ってきたよ、アレクサ」と言えば部屋まで届くわけですね。

岡田 食事と言えば、店舗も変わると思います。簡単な話、店舗内で食事や飲み物の配膳を人間がやる必要はありませんよね。「お待たせしました」とロボットがやってきて、アームで食事を机に置くくらいなら簡単です。

夏目 人力より便利かもしれませんね。「お水くださーい!」と言ったものの店員さんに気づいてもらえない現状より、スマートスピーカーに「水ください」と言うほうが確実だし気も楽です。そして、最初にこのシステムを作った人が、データを他の店に販売できる、と。

岡田 おっしゃるとおりです。そして人間は人でなければできない仕事に特化していくでしょう。カウンター越しの大将との会話や高級料亭の心がこもった接客は、ロボットではできません。きっと飲食店は「高級店」と「普段使いの店」に二極化していくと思います。私も大好きですが――普段食べる牛丼は安いほうがいいですよね。しかもAIやロボットの導入コストを考えると、規模が大きい企業のほうが導入しやすい。だから、人が出てくる店と、AIが出てくる店で二極化していくと思われます。

夏目 お寿司屋さんがタッチパネル式の回転寿司と高級寿司店に分かれつつあるのと同じですね。では、教育はどう変わっていきますか?

岡田 「積み上げ型学習」の課題発見はAIが最も得意なことだと思います。例えば英語や数学は、前の単元が分かっていないと今の単元の問題が解けません。だから、自分が躓いているポイントを把握できれば「ここを学べば伸びる」という突破口が見えてきます。そこでAIによって「この子はこの単元で正解率が急激に落ちた」と分析すれば、学生は効率的な勉強が可能になるはずです。要するに、学習塾のロジックや先生の分析をAIに落とし込めば、学生側も自律的な学習が可能になる、ということですね。

夏目 企業の教育システムでも使えるかもしれませんね。では医療は?

岡田 既にAIによる自動診断は実現しています。レントゲンやMRIなどのデータをAIが分析し「ここが悪い」と自動診断するものです。どれだけ優秀な医師でも、人間である限り見落としはあります。しかし膨大な教師データから学んだAIは既に人間より正確なケースも多いでしょう。こうして医師の仕事の生産性を上げられると、医師は治療に関する相談や意思決定や研究などにより多くの時間を割くことができるはずです。

夏目 では建設は?

岡田 スマートコンストラクションを目指している企業も出てきていますね。この分野では今後、施工管理のオートメーション化が進んでいくでしょう。今までは現場監督が「いつ雨が降って工事ができなかった」「どこでトラブルがあった」と把握して、「ならこの工程を先にやろう」「とするとこの建築資材の搬入はあとで」と決めていました。これをAIが行うイメージです。

夏目 AIのほうが最適解を見つけてくれる世の中が来るわけですね。たしかにGoogleマップで経路を検索すると「ここ、バスで行ったほうが早かったのか!」と驚くことが多く、実際に到着も早いんですよね。

岡田 それと同じことが様々な場面で起きるようになります。そして人間はクリエイティブな仕事、人と関わる仕事をしていくようになるはずです。

昨年12月に行われたイベント「EOY Growth Forum 2018~Stimulate the spirit~」にて。パネルディスカッションで発言する岡田社長(左) 

AI実装までのボトルネックを解消せよ

夏目 では最後の質問です。御社はAIの進化の中でどういう役割を果たすんですか?

岡田 我々は"AIの民主化"を目指しています。そのために、AIをビジネスに実装する人材を増やすこと、そしてAIをビジネスに実装するハードルを下げること、の2つの戦略をもってAIの普及を推進したいと考えています。

 今までのお話からご想像がつくかもしれませんが、AIをどう使うかは各業界、各社によってまったく異なります。そして、各企業が「AIを実装したい」と考えても、専門的な知識を持った人材が各社にいるわけでなく、現実的にはハードルが高い。そのため、今の日本にはAIを活用できる人材を増やしていくことが必要だと考えています。そこで私達は、昨年から「SIX」という自社カンファレンスを開催しています。また、AIの社会実装事例を広く発信する場を設け、開発者向けにディープラーニングのトレーニングコースを開催し、技術者の育成を支援するなどの取り組みも行ってきました。

夏目 「SIX」大盛況でしたね。

岡田 また、AIをビジネスに実装するハードルを下げるという点では、ある程度の専門知識がある方に向けてAI/機械学習に必要不可欠なプロセスを効率化するAIプラットフォームを各企業に提供しています。例えば「ABEJA Platform」、小売流通業界に特化した、AIを活用した店舗解析サービス「ABEJA Insight for Retail」などです。

夏目 これがあればどの企業もAIを活用できる、というプラットフォームですね?

岡田 「ABEJA Platform」は、いわば"AIの工作機"です。AI/機械学習モデルの開発には、データ取得、蓄積、学習、デプロイ、推論・再学習......といった「マシンラーニング・オペレーション(Machine Learning Operation)と呼ばれるプロセスを継続的に回すことが必要不可欠です。このプロセスを効率化することによって、開発者がAIのアルゴリズム開発などに注力できるよう支援しています。例えばABEJA Platform上には、モデル開発に欠かせない大量の教師データ作成を省力化する「ABEJA Platform Annotation」といった機能があります。これにより、ユーザーは、元となる生データさえ用意できれば、教師データ作成に必要なプロセスを全てABEJAに委託することや、作業を容易にするツールを利用することができます。

また、技術力やコストの問題でAIモデルを自社開発することができない場合でも、より低コストで多くの企業の方に利用いただけるよう、業界の特定課題に特化したSaaS型のパッケージサービスを用意しています。例えば、ABEJA Insight for Retailは、小売流通業界に特化して店舗解析を行うサービスです。店頭に設置したネットワークデバイスから、来店客数や年齢性別推定、リピート推定などの顧客行動データを数値データとして提供することで、カンと経験に加え客観的なデータに基づいた店舗経営判断を可能にします。

夏目 AIの実装に死角なし、ですね。

岡田 今後、AIは様々な企業のコアコンピタンスになっていきます。むしろ我々は、さらなる効率化を進め、AIの普及率を高めなければ日本の産業は近い将来、危機的状況を迎えると思っています。

夏目 そういえば、岡田さんが起業されたのも「このままでは日本が置いていかれる」という危機感があったからなんですよね......。

岡田 ええ。アメリカでディープラーニングが革命的な進化を遂げ「AIが人間を超える」と言われ始めた2011~12年頃、私はシリコンバレーでこの進化を目の当たりにしていました。しかし日本で「AI、ディープラーニング」と言っても、当時は誰も知らなかったんです。そこで私は、日本で社会実装を行おうと考えたんです。

夏目 最後は岡田さんの情熱を感じました。こんな強い思いがあるから、岡田さんは「SFみたいだ」と言われても事業を続けてこられたんですね。

岡田 ええ。夢物語のような未来は、本当に実現しますから!

【プロフィール】
岡田陽介(おかだ・ようすけ)/株式会社ABEJA代表取締役社長。1988年、愛知県生まれ。10歳からプログラミングを開始し、高校在学時、コンピュータグラフィックスを専攻し文部科学大臣賞を受賞。ITベンチャー企業に入社後、シリコンバレーに滞在。帰国後の2012年9月10日、AIを扱うベンチャー企業・株式会社ABEJAを起業、以来現職。

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

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