2019.03.29

"夢物語のような未来"は実現する│ABEJA 社長インタビュー 前編

AIは全産業を変え、リスクをとった先行企業が有利に。


電通による主要21業種分類のなかに「その他」という項目がある。我々はあえてこの項目で、産業として一気に伸びつつあるAIの企業に未来を聞いた。話を聞かせてくれたのは、小売流通業や製造業、インフラ業などあらゆる業界でAIの社会実装で国内をリードするABEJA代表取締役社長の岡田陽介氏。ABEJAとはスペイン語で「ミツバチ」を意味する。ミツバチがいなければ世界の生態系は成り立たず、小さな存在であっても社会を裏から広く支える存在でありたい――と考え、付けた社名だという。
AIは熟練のコンビニ店長を超えていく

夏目 いま、AIでどんなことが可能になっているのでしょうか?

岡田 例えば小売業であれば、AIの導入によって利益が勢いよく伸びる企業が増えていて、大手企業が続々採用しています。製造業では最終検品の自動化も進んでいますね。

夏目 なぜそんなことが可能になるのか、AIの仕組みから知りたいのですが。

岡田 まず一言で「AI」と言っても"機械学習"や"知識表現""演繹推論"など、様々な学問領域があって、過去に何度かAIブームが訪れてるなど歴史が長いのです。なかでも2012年頃から大きな成果をあげ、昨今話題になっているAI技術が、機械学習の一分野である「ディープラーニング」です。

夏目 そこを詳しくご説明ください。

岡田 では、犬と猫の写真を判別させるAIモデルを開発するケースを例にとって説明します。今までの手法では、人が「犬」「猫」の定義を行う必要がありました。人間は簡単に「犬/猫」を判別できるので、一見、簡単そうに思われるかもしれませんが、実際に「犬/猫」を定義しようとすると、かなり難しいことが分かります。例えば、犬は4本足で、鼻の下にヒゲがあって......と教えても、猫も同じですよね。人が「犬/猫」の判別ができるのは、経験値に基づく感覚的な行為なのです。

夏目 ですね。

岡田 一方「ディープラーニング」という手法を用いると、人が「犬/猫」の定義を行う必要がなくなります。代わりに、犬や猫の写真に対し「これは犬」「これは猫」と人がラベル付けをした「教師データ」となる画像を、何千・何万枚とAIに学習させるのです。教師データの中には、犬の顔のアップ、後ろ姿、雪景色の中で走っている写真など様々な画像があっていいでしょう。膨大な枚数を学習する中で、人間が細かく定義をせずともAIが「これは犬の可能性が高い」「猫の可能性が高い」と判別し始めます。その上で、誤判定があった場合、人間が「これは猫だよ」と教えていくと、AIはさらに正確に「犬/猫」の判別を行うようになります。


夏目 では、小売流通業や製造業では具体的にどのように活用されているのですか?

岡田 例えば、小売流通店では、年代性別を推定するAIモデルを活用し、店舗に設置したカメラの映像から「この人は50歳くらいの男性」「この人は30代の女性」と判別させています。すると、何歳くらいのお客様がいつ来店したか、という正確なデータを取得することができます。また、店の前にカメラを設置すれば「お店の前を何歳くらいの男性・女性が何時に何人通って、そのなかの何人が入店したか」といったデータをとることが可能になりますよね?

夏目 ええ。そのデータがあれば「お店の前にこんな立て看板を出したら男性客の入店率が上がった」などと分析できますね。

岡田 そのような客観的なデータに基づいた分析から「お店の外から見えるところにこの商品を並べれば入店してもらえる確率が高くなるのでは?」などと様々な仮説を立てれば、販促施策を検証できますよね。また「この店舗はこの時間帯だけお客様が多い」「接客の時間が延びると購買率がこれくらい高くなる」というデータがあれば、特定の時間帯だけ人員を増やせば売り上げは伸びるでしょう。これまで小売流通店では、カンと経験に基づいて販促の検証が行われてきましたが、AIを使えば劇的に店舗経営が効率化されていくはずです。

夏目 なるほど。

岡田 さらには、発注にAIを活用することも可能です。AIが分析できるのは画像だけではありません。仮に店舗のPOSデータや天気を学習させれば「この時期にはこの商品が売れる、ただし雨だとこの商品は売れない」といった傾向を見つけながら、受発注を最適化します。以前、コンビニは熟練の店長が「おにぎりは何個、お茶は何本」と予測して、時間もかけて商品を発注していました。しかし今は自動で行う企業が増えています。仕事の効率化に繋がるだけでなく、万一、店長が辞めてしまっても、その経験は失われません。

夏目 革命的な進化ですね。では製造業では?

岡田 例えば工場では、異常品の最終検品作業にAIが活用されています。今まで人間が何千個、何万個という製品を目視し、確認してきたはずですが、これはAIを使えば省力化が可能です。技術的にAIの判定精度を100%にすることは難しいので、完全にAIに任せることができるかと言えば、もう少し時間がかかるかもしれません。ただ、AIで一次チェックを行って、人が検査すべき製品の総数を少なくするだけでも、人間の負担は減るでしょう。今後労働人口が減少していく中で、生産性向上の一助になるはずです。

昨年10月に開催された「Innovation Leaders Summit 2018」にはモデレータとして登壇。左端が岡田社長 

「人海戦術」VS.「AI」、勝つのはどっちだ?

夏目 そんなAIの業界で、今、世界ではどんなことが起きているんですか?

岡田 我々はAIの普及率が国により大きな差がついていて、日本は周回遅れ......というより2周遅れくらいの状況であることに危機感を感じています。圧倒的に普及率が高い国は、政府が力を入れている中国です。既に、製造業、物流、医療、など様々な分野でAIが使われています。

夏目 そもそもどんな企業が「AIを導入するのに向いている企業」なんですか?

岡田 すべての業種です。例えばコールセンターをお持ちの企業なら、AIチャットが導入できます。顧客が問い合わせを記入すると、それに応じて答えを返すのです。

夏目 マイクロソフトが女子高生AI「りんな」を開発していますね。「りんな」にLINEで犬の写真を送ると「ゴールデンレトリバー、可愛い!」などと返信してきます。それと似ていますか?

岡田 ええ。また、AIは機械と連携させれば製造業も一気に進化させます。工場で人間が行っていた作業をAIに任せることができるようになるんです。

夏目 以前、取材でゼリーの工場に行ったことがあります。ゼリーに入っている果物の皮って、どうやってむいているか知ってますか? 実は人海戦術でむいているんです。それがすごいんですよ。白衣を着た方たちが一列に並んでいて、そこにミカンが転がってくると、白衣の人たちが神業と言いたくなる速さで皮をむいていくんです。工場長は「誰か休むと僕も手伝うんだけど、現場の人たちに"ヘタだからジャマ!"とからかわれます」などと言っていました。AIと機械は、そんな作業もできるようになるんですか?

岡田 そういったパターン化された作業こそ、AIのパワーが発揮しやすいはずです。今まで、機械はミカンを認識できませんでした。しかしカメラの映像をAIが分析すれば「これはミカン」と判別できるのは当たり前で、ちょっと青いなど「品質管理上使ってはいけないミカン」まで認識します。その上で、ミカンのしかるべき部分を見つけ、機械で皮をむいていく――といったことができる可能性は高いです。さらに、「ミカンをどれくらいの力で握って、最終的にみかんの皮を剥いた状態で指定のエリアに返すと最高得点」と学習させていくんです。最初はミカンがむけなかったり、ブシュブシュつぶしたりすると思いますが、この作業を続けるほど精度は高まっていくでしょう。

夏目 ただし、AIをつくるだけで何億円、機械をつくれば何十億円という資金が必要ですよね。しかも、いつ実用化できるかわからない。企業側にはためらいもあると思うんですが......。

岡田 多分、工場を作ることに似ていると思います。ゼリーの市場は今後どれくらい伸びるのかを考え、AIの実装にどれくらいのリソースが必要で、その後、どれくらいの生産性向上が見込めるのか、そんな予想を立てていくことになるはずです。

夏目 何も変えずに会社を経営していれば、当面は問題ないでしょう。でもその場合、いつかは「AIと機械を導入しておいたほうがよかった」と逆転する時がくるんですよね?

岡田 おっしゃる通りです。だから当社は、ある程度の資本力があれば早めにAIを導入したほうがいいと考えています。しかも、AIシステムを早めに実装すれば、そのデータやノウハウがビジネスになるのです。実際に私達の取引先である日立物流、CAABEJAさんなどでは、共同開発したAIモデルを、社外へ販売していく動きを始めています。仮に先程のゼリーの例なら、ジャムやジュースなど、果物の皮をむきたい他の企業にAIモデルや運用のノウハウを販売できる可能性が高い。また、AIの一技術である転移学習(トランスファーラーニング)を用いることで、あるタスクに対する学習済みのAIモデルがあれば、少し新しいタスクを加えることで別のタスクにも適用させられるケースもあります。仮に果物の皮をむけるようになったら、そのAIモデルのノウハウを使って野菜の皮もむく、といったイメージですね。

夏目 なるほど!

岡田 例えるなら、書店に様々な技術書があって、それを別のユーザーが購入していくイメージです。果物の皮をむくAIモデル、野菜の皮をむくデータAIモデルが「知の集積」のような形でライブラリ化され、ほかのユーザーは利用料を支払ってそれを活用します。すると、最初にAIモデルを開発した企業は、AIモデルを提供すること自体がビジネスになるんです。いずれにせよ近い将来、AIを早めに導入した企業と遅れた企業の間には天と地の差がつくでしょう。

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