2018.10.12

イエローハットがあえて回転が悪い商品を置く理由│イエローハット社長インタビュー(後編)

夏目:先ほど「残存者利益」とおっしゃいましたが、カー用品の市場も縮小傾向にあるんですか?

堀江:ええ、ひたすら減っています。例えばドリンクホルダーやルームミラーも、純正で非常に質がいいものが出ていて、特に嗜好性がなければわざわざ変える必要がありませんからね。

夏目:とすると、貴社を含め業界全体の売り上げが落ちそうなものですが......。

堀江:そのため、まずホームセンターさんの売り上げが減りました。以前、ホームセンターは売り上げ構成比の20%くらいがカー用品でしたが、今はどんどん下がって、現在カー用品の売り上げ構成比は3%を切っています。

夏目:そんなに。

堀江:すると品揃えが寂しくなるから、逆に我々のお店にはご来店いただける機会がそこそこ増えています。だから我々は差別化を意識して、たまにしか売れない回転が悪い商品も置いているんです。また、いろんな車種でバッテリーの取り付け方が難しくなっているのも追い風です。以前はホームセンターに置いてある商品を買ってくればユーザーが自分で取り付けまでできたんですが、今は当社でお買い上げいただき、取り付けもご依頼いただくお客様が増えています。

夏目:たしかドライブレコーダーも、貴社では比較的高価な商品が売れているんですよね?

堀江:これも差別化の結果です。ネット等でも見かける数千円と安価で買えるドライブレコーダーは、いざというとき"逆光の白とびで映像がよく見えなかった!画質が粗くナンバーが読み取れなかった!!"といったことが起きてしまう場合があるんです。一方、当社の店員は専門的知識をもち、ちゃんと機能を果たす中で安価な2万円前後の商品をおすすめしています。当然、取り付けもします。ホームセンターさんとは違う方向で売ることで、集客しているんです。

夏目:「残存者利益」って大きいんでしょうね。市場環境は悪くなるけれど、ライバルが勝手にいなくなるわけですから......。思えば、ガソリンスタンドが減れば車検をイエローハットに持ち込むし、タイヤ屋さんが減れば御社がそのニーズを奪えるわけで。

堀江:カー用品の業界内部でも同じですよ。以前、この業界が利益を出していた頃は、ダイエーさんのような流通小売業、大手石油元売り、大手自動車メーカーなど、ありとあらゆる企業が参入してきました。しかし今、これらはみんな撤退していって、もう新規企業が参入してくることはあり得ません。いま全国規模で残っているのは......。

夏目:イエローハットさんとオートバックスさんの2社ですよね。

堀江:ここを生き残ったから、我々がお客様にご利用いただけているわけです。市場がシュリンクする時代でも、何とか生き残れば利益は出していけるんですよ。

2018年8月に行われたイエローハットグループ
国内810店舗突破記念式典。挨拶する堀江社長

結局、すべてのお客さんを
取ろうとするから失敗する


夏目:では逆に、最近、脅威を感じているものはありますか? 例えばリアル店舗を持つ企業はどうしてもネットより価格が高くなりがちですが。

堀江:おっしゃる通りです。ネットではとくに、タイヤやアルミホイールの売り上げが伸びているようで、当社も将来的には対応していくかもしれません。ただしこれ、脅威でもないんですよ。

夏目:なぜですか?

堀江:ネットでの購入は、知識が必要で、手間もかかります。ネットで買うと、ユーザーはタイヤやホイールを自分で取り付けるか、ネット業者に近所の整備工場を紹介してもらって、時間を決めて車を持っていく必要があります。一方、当社であればリアル店舗で現物をご覧いただき、その場でパッと取り付けられます。リアル店舗には、リアル店舗ならではの利便性があるから、お客様はそれを選択してくださっています。

夏目:ネットに価格を合わせる、といったことはお考えにならないんですか?

堀江:はい。「ひたすら安いほうがいい」というお客様は、ネットでご購入していただけばいいと思います。ネット販売は、1人で注文を受け、送ればいいから利益が5%でも営業できますが、リアル店舗は、建物、土地、さらには人件費、電気代までかかるからそうはいきません。

夏目:考えてみれば、大手家電量販店さんがネットに価格をあわせ、混乱したりしていますからね。

堀江:結局、すべてのお客様を取ろうとするから失敗するんです。そうすると、必ず低価格になってしまいます。

夏目:なるほど。

堀江:実は多くの産業がスキマ産業なんだ、と考えるとわかりやすいですよ。例えば車検も、ディーラーさんを利用するお客様は、値段も高いとか安いとか、この部品がいくらで工賃がいくらとか細かく見ずに「あ、これだけね」と代金を支払います。だからディーラーさんは気を利かせて、クルマをピカピカに磨いてお戻しするんです。一方、当社はお客様のご相談に対応し、ディーラーさんに近い技術を身につけていますが、取り付けが難しい部品の交換などには踏み込まず、お客様に「安く済んだね」と喜んでいただけるサービスを目指しています。他社が得意な領域まで踏み込むから失敗するんです。それより、スキマ産業なんだから、自社のお客様にもっとご満足をいただける努力をすべきだと思います。

私は生き残りに必死で
ほかの業界のことはわかりません


夏目:まさに、市場という大海原を堀江さんが細かい舵取りをして突っ切っている様子が目に浮かぶようでした。そんななか、御社は目標だった810店舗(イエロー"ハット=810"の語呂合わせで810店舗を区切りにしていた)出店を達成されましたね。

堀江:あれは二輪のアフターサービスや、中型、大型バイクの販売にも手を出したから達成できた部分があります。イエローハットを増やすにあたってM&Aを行ったら「二輪のお店も引き取ってほしい」と言われ、期待もせず始めたものなんです。

夏目:また堀江さんらしく、ちょっと自虐的な言い方がステキですね。

堀江:二輪を担当する社員には「買った以上は投資するから一生懸命やってください、でも結果が出なければ損をしてでも売ります」とお話ししました。そして、イエローハット本部の社員がその店を担当するようなことはせず、元からいた社員たちに任せ「好きなようにやって」とお願いをしたんです。すると、これがうまくいっている(笑)。

夏目:その要因は?

堀江:もう、まったくの残存者利益です。バイクの市場の縮小は、カー用品どころではありません。「俺はバイクが好きなんだ」という方たちが、苦しい中でもなんとかビジネスを続けてきて、ようやく利益が出るようになっている状況です。しかも、当社との相性もよかった。イエローハットのブランドがあれば修理や車検もご安心いただけますし、大型の居抜き物件が出たとき、イエローハットだけだと大きすぎる物件でも、バイク用品販売の「2りんかん」、新車・中古バイク販売店「SOX(ソックス)」も一緒に出せるので、土地を有効活用できます。

夏目:なるほど、わかってきましたよ。今は、百貨店、家電量販店、さらにはスキーにカラオケと、本当は苦しい業界も多い。そんななかで生き残っていく方法が、自分の業界が「スキマ産業だ」と意識するとか、何かが落ちたら何かに力を入れるとかして、生き延びて残存者利益を得ていくことなんですね?

堀江:まあ、そうですね。ただ......。

夏目:ただ?

堀江:私は当社が生き残るのに精一杯で、ほかの業種に関してはまったくわかりませんが......(笑)。

【プロフィール】
堀江康生(ほりえ・やすお)/1952年、京都府京都市生まれ。国立京都工芸繊維大学繊維学部を卒業後、転職を経て'76年に株式会社ローヤル(現株式会社イエローハット)入社。名古屋支店、仙台営業所での勤務を経て、'87年より本社(東京)勤務。おもに営業畑を歩み、2008年に代表取締役社長就任。売上高連結1300億円超、従業員数連結約3300人の企業を率いる

夏目幸明プロフィール
1972年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。「マーケティング、マネジメント、技術がわかれば企業が見える」と考え、これらを報じる連載を持つ。講談社『週刊現代』に『社長の風景』を連載、大手企業トップのマネジメント術を取材する。
著書は『ニッポン「もの物語」』(講談社)など多数。現在は「夏目人生法則」のペンネームでも活動し、Itmedia、ダイヤモンドオンラインなどで記事を連載する。

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