「思いっきり外さなければ
感動もありません」
野水:これ、見てください。洗車って、洗うまでは高圧洗浄機などいろんな機械がありますが、その後がまた大変で、水を拭かないと水あかが残ってしまうんです。そこで、クリーナーの逆で、風でブワーッと水滴を吹き飛ばす商品を開発したんですよ。
夏目:まさに100人に1人が欲しがる商品ですね!
野水:ニーズはありました。社員から提案を受け、自分が試すと確かに便利だったんです。しかし商品開発の現場では意見が真っ二つに割れました。「けっこう大きいよ。これで水滴を飛ばすなら拭いちゃったほうがラク」とか......。
夏目:悩みますね。
野水:そうなんです。大型の商品だったので、製造には金型代など思い切った投資が必要でした。しかし、こういうモノこそつくってみよう! とGOを出すと、まあ、要するに、ものの見事に外しました(笑)。
夏目:あらら。
野水:当初は、なぜこんなに便利で良心的な価格の製品が売れないのかと思いました。しかし結果論としては、重かったかな、と。強力なモーターを内蔵しているので、肩に担げて重く感じないよう工夫したんですが、ちょっと僕自身も疲れたかな、と。
夏目:まさに失敗をお金で買ったようなものですね。
野水:よく言えばその通りで、やっぱり百発百中はムリなんです。しかし後悔はしていません。なぜって、これくらい攻めなければ「感動」もない。当社は、広く浅くでなく、ターゲットユーザーに深く感動していただける製品をつくっていく会社です。そして、これくらい攻め続けているからこそ想定台数よりはるかに売れる製品も生まれるんです。
近代工業デザインの聖地、ドイツのバウハウスにて。
企画担当・古川氏とのツーショット
「アート」と「テクノロジー」の
掛け合わせがポイント
夏目:ちなみに約300名の社員さんのうち、どれくらいの方々が開発担当なんですか?
野水:約70名が企画、開発、デザインに従事しています。総人件費の3分の1以上が開発って、これだけ極端にリソース配分している家電メーカーさんは、私が知っている限り存在しません。特徴としては、テクノロジーだけでなくデザインにも力を入れていることでしょう。じつは、私が事業承継してから、美術大学を卒業した極めて優秀な学生さんを何人も採用しているんですよ。
夏目:美大卒の方がどんな仕事をしているんですか?
野水:じつはここからすごいクリーナーが生まれたんですよ。
夏目:ほう。では開発のきっかけから......。
野水:イギリスで生まれて人気になったサイクロン式のクリーナーってありますよね。ところが、私どもには、残念ながら当社製品も含め「使いにくい」という厳しいお声をいただくことがありました。理由は「ダストケース」というゴミをためる部分をいちいち掃除しなくてはいけない、しかもたまったゴミを捨てるときにホコリが舞って不衛生だ、と。
夏目:でも、吸ったゴミが紙パックに入る掃除機は存在しますよね?
野水:ええ。そこで我々は、ダストケースの問題も含め、ゼロベースで"理想のクリーナーって何なんだろう?"と考えてみました。開発のポイントは、一から考えることなんです。そして様々な議論を経て得た気付きは"掃除の時間"っていらないよね、ということでした。
夏目:どういう意味ですか?
野水:わざわざ週末に"掃除の時間"をとっている方も、本当は、髪の毛が落ちた、足に何かついた、といった"掃除したい瞬間"に綺麗にしたいはずなんです。じゃあわざわざ掃除の時間をとっていた理由って何だろう? と考えると、ここに新しいクリーナーの形がありました。
当社は、部屋に出しておいて、使いたいときすぐ使えるクリーナーがあったらどうか、と考えたんです。マグネットプラグで簡単に充電できるコードレスクリーナーにして、付属品として壁かけ可能なアタッチメントも付ければ、わざわざ押し入れにしまう必要がない。重いとおっくうになるから徹底的に軽量化も図りました。結果、たった1.5㎏と、皆さん持つと驚くほどの軽さにしています。そして、ここでデザインの力が試されたんです。場所もとらず、徹底的に軽くしたい。そんな難しい条件のなか、美大卒の社員がスティック型で、部屋に置いておきたくなるプロダクトに仕上げてくれた、というわけです。
夏目:キャッチコピーがいいじゃないですか。「"掃除をする日"が消えた」って。
野水:それだけじゃありません。クリーナーのヘッドの角度を変えるのって難しくないですか? しかしこのクリーナーは、ヘッドに360°回転するボールがついていて、横方向にも斜め方向にもくるくる動くんです。
と、このような形で「アート」と「テクノロジー」を掛け合わせると、お客様の期待水準を圧倒的に超える商品が創造できるんですよ。
夏目:これはデザイン担当の社員さん、やりがいがあったでしょうね。
野水:美大へ出向いて「一緒に家電を変えましょう」と語り合って、入ってくれた方たちですから、僕もすごくうれしいんですよ。発売時には、よくやったね、最高じゃない、このためにツインバード入ってくれたんだよね、と喜び合いました。そして将来も、こういう若者が世の中にどんどん「僕たちはこうやって社会の課題を解決します」と投げかけてくれれば、当社はこれからも存在感を放っていけるはずです。
熱中し、熱狂せよ
賞賛も批判も自分のものだ!
夏目:野水さんは、ヒット商品を出しているんじゃなくて、世の中にない商品をどんどんつくれる組織をつくってきたんですね。そして「あなたにぴったり」な商品を暴投も怖れず全力でつくり、時にはアートも融合する。その結果「冷蔵庫はこういうもの」「クリーナーはこういうもの」といった常識外の製品を出すから、大企業と勝負しているように見えて、大企業とは別の市場を創り出しているんだ。
野水:そうかもしれません。世の中にはこういう会社が必要ですよね。
夏目:最後に、この業界を俯瞰していただいてもいいですか?
野水:まず、現在は消費動向が二極化していて、エントリークラスの価格訴求が重要な部分では、日本のメーカーはお隣・中国や韓国のメーカーさんにはなかなか勝てません。じゃあ価格が上の方はと言えば、例えばダイソンさん等"黒船家電"と呼ばれるメーカーさんが押さえています。そして、中間の部分......以前は一番ボリュームがあったゾーンが狭まっているんです。そんななか、市場が求めているのは"乱立"なのだと感じます。そして現在は、当社を含め個のニーズにフィットした商品を出すプレーヤーが増え、日本のマーケットだけでなく世界のマーケットに打ち出していこうとしている、という状況ではないでしょうか。
夏目:最後に、私からの感想も少しいいですか?
野水:どうぞ。
夏目:大企業にできないことって、ほかにもあると思うんです。組織が大きくなると「断絶のない開発」が難しい。大企業を取材するなか、幾度「上の人と話す機会が少なくて意思疎通ができない」と聞いたことか。そして、御社にはそれが少ない印象があるんです。社長が雲の上の人になってないと、いうか......。
野水:おっしゃるとおりで、常にそうならないよう心がけてます。特徴的な商品は、一気通貫型の開発でなければできません。だから当社では最後まで、商品に情熱を持っている人間が担当します。プレス発表の記者会見って、普通は取締役や執行役員が「マーケットはこのサイズで」と話すものなんですが、僕たちは商品を担当した若いデザイナーやエンジニアが行いますからね。自分が熱中して、熱狂して手掛けた商品を自らの声で世に問いましょう、賞賛も批判も自分のもの、そのためにみんながツインバードに入ってくれたんだよね、といったスタンスです。
夏目:商品開発のプロセスも大企業とは違うんですか?
野水:ええ。例えば先にお話した冷蔵庫は、出張の飛行機のなかで、企画担当と「今度の新商品、どこまでいった?」、「ここまでいったけど、ここどうしましょう」、「お客様が考えるとこうじゃない?」といった会話を交す距離感で開発しています。ヒット商品を飛ばしてくれた社員とは、手を取り合って喜びますよ。
夏目:なるほど、信頼関係があるから、若い社員が「俺はこれをつくる!」という自己主張ができるわけですね。ある意味、日本風の組織じゃない気もします。
でも、なんだかさっきの話と違うなぁ。
野水:そうですか?
夏目:野水さん、飛行機で打ち合わせって、雲の上の人になっちゃってるじゃないですか。
野水:あ、たしかに――(笑)。