2023.08.29

エポック社『シルバニアファミリー』のキャラクターマーケティング戦略 | 守りの「ブランド力」×攻めの「新施策」での成功

長い歴史を持ち、世界各国で親しまれる玩具シリーズ『シルバニアファミリー』。その人気は子どもたちだけではなく、童心をもつ大人、いわゆる"kidult(キダルト)"層にも広がっているという。同商品が新規顧客層の開拓に成功した背景には、SNS施策や企業コラボレーションといったマーケティング施策の成功があった。本記事では、同シリーズを販売するエポック社のマーケティング本部グローバル広報宣伝室にてマネージャーを務める坂井志帆氏に取材し、『シルバニアファミリー』のキャラクターマーケティング施策の成功事例を解説する。

「シルバニアファミリー」の顧客層の変容、SNSが大きな力に

エポック社が発売する玩具『シルバニアファミリー』は、1985年発売から長い歴史を重ね、国内外に多くの愛好者を持つシリーズである。「自然、家族、愛」というテーマを掲げ、家族で暮らす動物たちや彼らが住まう家を提供する同シリーズは、3~9歳の女児をメインターゲットとして人気を獲得してきた。しかし、近年は今までと異なるニーズも高いという。

シルバニアファミリーシリーズ

シルバニアファミリー』シリーズ

坂井「現在、『シルバニアファミリー』を求める大人の女性が増えています。ユーザー全体における大人の割合は約20%。そのなかには、過去に『シルバニアファミリー』で遊んだ方はもちろん、別の楽しみ方を発見して商品に惹かれてくださった方もいます。後者の傾向が顕著にみられるのはSNS、そのなかでも写真を強みとするInstagramです」

Instagramには、『シルバニアファミリー』の写真を投稿することに特化したアカウントがたくさん存在する。動物たちの愛くるしい姿やディティールまでこだわったアイテムは、撮影対象として魅力的だ。投稿のなかには自ら洋服を作って着せたり、ジオラマを作ったりしているユーザーもいる。

このように、大人の趣味として『シルバニアファミリー』を昇華したユーザーを軸に、SNS上で新たな購入層への波及が広がった。特にその人気に拍車がかけたのが、同シリーズでも特に小さな"赤ちゃん人形"だった。「赤ちゃん人形を持ち歩き、疲れたときにポケットから取り出して癒やされている」という投稿が大きな反響を呼んだ。

シルバニアファミリー 赤ちゃん人形は通常よりもサイズがちいさく、ポケットにも入りやすい

赤ちゃん人形は通常よりもサイズがちいさく、ポケットにも入りやすい

坂井「大人のあいだで『シルバニアファミリー』の人気が定着した要因は、主にふたつあると思います。ひとつは、『シルバニアファミリー』が写真映えする特徴を持ち、SNSと相性が良かったことです。SNSの高い拡散力を通じて、これまで玩具に触れることのなかった方々に同シリーズを知ってもらうことができたのでしょう。

そしてもうひとつは、他社とのコラボレーションを強化し始めたことです。これまで『シルバニアファミリー』のタッチポイントはファミリー層が利用する玩具店が中心となっていたのですが、他社とのコラボレーションをきっかけに、ファミリー層以外のユーザーの目にも触れるタッチポイントが増えました」

SNSマーケティングと他社コラボレーションの成功、そして新規顧客層の獲得。これらは、販売促進に悩みを抱え、キャラクター活用に関心を持つマーケターにとっては気になる話題だろう。ここからはエポック社の取り組みを具体的に聞いていくことで、成功の秘訣を探ってみよう。

世界観とユーザーの愛を主軸にしたマーケティング戦略

坂井氏がSNS施策のひとつとして挙げてくれたのは、『シルバニアファミリー』35周年を機に行われたアンバサダーの選出である。SNS上で熱心に『シルバニアファミリー』の投稿をしているユーザーのなかから、公式と連携して商品訴求を行うアンバサダーを起用した。

公式アンバサダーいーじまさんによる投稿

坂井「最も重視したのは商品に対する愛が深いかどうかですが、注目したのは自社では発信できない訴求軸を持つユーザーです。自ら洋服やジオラマを作っている方や、『シルバニアファミリー』のスイーツなどを作って投稿している方など、新たな切り口で同シリーズの魅力を引き出してくれている方を選定しました」

アンバサダーは年に1回選定しなおすが、継続してアンバサダーを務めるユーザーもいる。ロイヤルユーザーと企業のコミュニケーションを深める意味でも、アンバサダー制度は有効な手段になっているのだ。一方で、投稿内容がユーザーに委ねられるSNS施策は、場合によって企業側の意に反する広まり方をしてしまうリスクもある。その点には、どのような対策をしたのだろうか。

坂井「『シルバニアファミリー』に対する愛が深い方を選んでいるので、対策という対策は必要ありませんでした。ただし、ブランドイメージを損なわないというところは重視しています。『シルバニアファミリー』は長い歴史を重ねてきたからこそ、2世代、3世代と継がれてきたブランドイメージと厚い信頼があります。今回のアンバサダー起用でも、自社ではできない発信を自由にしてもらいつつ、ブランドイメージはしっかり守るというバランスに細かな配慮をしていました」

アンバサダーを中心に35周年記念イベントや商品情報を届けるエポック社の施策は、結果として高いパフォーマンスを発揮した。大人も楽しめる『シルバニアファミリー』という新たな印象が、SNSを通じて定着したのである。

続けて、企業コラボレーションの事例も聞いてみた。ブランドイメージを守るという観点では、こちらも難度が高そうだ。

坂井「コラボレーションをさせていただく企業は、かなり慎重に検討します。コラボレーションを行う一番の目的は、私たちがリーチできていない領域にタッチポイントを広げていくことにあるのですが、一方でブランドイメージを損なってはいけません。そのため、コラボレーション先が掲げる世界観と、『シルバニアファミリー』の世界観の親和性が高いかどうかを重視しています」

世界観の親和性の高さが施策成功に直結した一例として、坂井氏はラデュレとのコラボレーションについて教えてくれた。ラデュレは1862年パリで創業したメゾンで、マカロンを主力としたスイーツのラインナップと、夢のような美しい店舗空間によって人気を博し、現在は世界各国に拠点を持つ一大スイーツブランドとなっている。

長い歴史のなかでブランドを育んできた両社は、女性に夢や幸福をもたらす商品を届ける共通点を持つ。また、両商品は玩具とスイーツという異なる領域で展開されており、コラボレーションを通じてタッチポイントを広げるという目的にも合致する。やわらかな色調が特徴的なラデュレの世界観と、『シルバニアファミリー』のあたたかくやさしい世界観は、コラボレーション商品で見事に融合した。

ラデュレとシルバニアファミリーのコラボレーション商品例

ラデュレとシルバニアファミリーのコラボレーション商品例

坂井「新規顧客を獲得することが本施策の目的ではありましたが、『シルバニアファミリー』のコアファン層からも非常に高い評価を得られたことが嬉しかったです。ブランドイメージと世界観の親和性を重視したからこそ、ファンの皆さまにもしっかり届いたのでしょう。

また、個人的なお話ですが、このコラボレーション商品について友人から連絡をもらったことが印象に残っています。その友人は30代の独身女性で、玩具店など子どもに関連する場所には行く機会のない人です。そういった人にも『シルバニアファミリー』の魅力を届けられたことを実感したのは、これが初めてのことでした。企業コラボレーションによってタッチポイントを広げていくことに、手ごたえを感じられました」

『シルバニアファミリー』のマーケティング戦略は、築き上げてきたブランドイメージを守ることを徹底している。一方で、SNSアンバサダーの起用や企業コラボレーションといった新たな試みにも積極的に取り組んでおり、そこから新規顧客層にアプローチすることにも余念がない。歴史を守りながら、新たな施策に挑む。これがエポック社の強みであり、『シルバニアファミリー』の人気が衰えない理由でもあるのだろう。

個人の思い出を尊重しつつ普遍的なテーマを世界へ届ける

そのほかにも、エポック社はさまざまなマーケティング施策を実施している。『シルバニアファミリー』の魅力が波及している場所は、SNSだけではない。

坂井「SNS上でのアプローチに注力する一方、直売店舗における思い出づくりの場を提供することにも積極的に取り組んでいます。『シルバニアファミリー』の世界観を再現し、期間限定のポップアップパークを日本各地で展開しており、ここでしかできない体験を提供することを重視しています。

また、リアルのチャネルを拡張するという観点では、コンビニエンスストアや書店などにも『シルバニアファミリー』関連の商品を届けられるよう意識しています。講談社と連携して作った創作絵本『いつもそばにいるよ』(講談社刊)は、書店というタッチポイントを新たに獲得できた一例です」

シルバニアファミリー いつもそばにいるよ 講談社・刊

実店舗における展開では、『シルバニアファミリー』が2~3世代と受け継がれてきた長い歴史を持つ玩具であることが強みとなる。かつて同シリーズで遊んだことのある現在の親世代が、なつかしさを感じて再び子どもへとその思い出を継いでいくのだ。

エポック社_坂井志帆氏

坂井「『シルバニアファミリー』は毎年新しいラインナップを展開しますが、昔の商品にそれらの新商品を加えて遊ぶこともできる特徴があります。そのため、親世代が使っていた商品を子どもに引き継ぎつつ、子どもたちと思い出を共有することもできるのです。こういったユーザー体験を想定しつつ、彼らの思い出に訴求できるような施策を展開することを心がけています」

こういった時代・時間という切り口のほか、『シルバニアファミリー』は海外展開という切り口でも成功している。現在70以上の国と地域で同シリーズの商品は展開されており、国ごとに公式SNSアカウントも運用されている。

坂井「自然、家族、愛という普遍的なテーマを掲げていることは、『シルバニアファミリー』が国を問わず受け入れられた一要因だと思います。また、動物たちには人種がありません。『シルバニアファミリー』が人種や文化といった背景にとらわれない玩具であったことは、グローバル進出において大きな強みとなりました。

ちなみに各国のSNS発信については、現地の言葉で発信はしているものの、素材となる写真や情報のコントロールは日本側で行っています。これも、先ほどから伝えているブランドイメージを守るための工夫のひとつですね」

韓国でのシルバニアファミリーSNS投稿例

韓国のSNS投稿例

普遍的なテーマと守り抜いてきたブランドイメージがあるからこそ、『シルバニアファミリー』は世代や国境を超えて愛され続ける。そういった商品の強みを理解したうえで、エポック社のマーケティングチームは、その強みを最大限に引き出す施策を日ごろから意識しているというわけだ。

「kidult(キダルト)」展開で拓けたさらなる挑戦

すこし視点を変えて玩具市場を見渡してみると、その市況感は決して楽観的に語れるものではない。少子高齢化が加速する日本において、メインターゲットとなる子どもの母数は減り続けている。玩具に分類される『シルバニアファミリー』が、この苦境のなか着実に成長を続けているのは、なぜなのだろうか。

坂井「子ども向けという軸だけでは、この少子高齢化社会のなかで売上が頭打ちになることは予想できました。しかし、『シルバニアファミリー』は時代にあわせて商品そのものを変えるという戦略はとりませんでした。普遍的な商品の魅力を全面に出しつつ、新たなターゲットである"kidult(キダルト)"に訴求する戦略が成功したと考えています」

"kidult"とは「Kid(子ども)」と「Adult(大人)」を合わせた合成語であり、童心を持ち続ける大人を意味する。エポック社はこの"kidult"へのアプローチに注力することを企業としても宣言しており、「玩具=子供向け」という固定概念にとらわれない挑戦にも積極的だ。

その象徴と言えるのが、2023年11月から全国公開が予定されている『劇場版シルバニアファミリー フレアからのおくりもの』である。

劇場版シルバニアファミリー フレアからのおくりもの

『劇場版シルバニアファミリー フレアからのおくりもの』公式ビジュアル

坂井「動画コンテンツの波及力が非常に高いことを鑑み、数年前からCGアニメの製作に注力していました。私たちは玩具メーカーであり、『シルバニアファミリー』もあくまで玩具という認識を持っています。一方で、動画コンテンツづくりに取り組むうちに、キャラクター設定などの新たな軸も生まれつつあります。

こういった変化の先に挑んだのが、映画製作です。これは自社としても初の試みなのですが、情報解禁に際しては多くの反響をいただきました。ファミリー層とkidult層、双方の方々に楽しんでいただける作品をお届けしたいです」

玩具メーカーとして商品力を高め、ブランドイメージを守るスタンスを徹底しつつ、商品を楽しんでくださるファンに向けたコンテンツづくりという観点で新たな挑戦を続ける。読者の方々には、その展開の軌跡と一貫した姿勢を、ぜひ自社のマーケティングにも活かしていただきたい。最後に、坂井氏に他社のマーケターへのメッセージと、今後の展望を聞いた。

エポック社_坂井志帆氏

エポック社・マーケティング本部グローバル広報宣伝室マネージャー・坂井志帆氏

坂井「SNS戦略、企業コラボレーション、そしてグローバル展開......これらのなかで私たちが一貫して意識してきたのは、商品の根底を支えるブランドイメージやコンセプトを守り抜くことです。長い時間をかけて育んできた商品力を、マーケティングの力でプッシュする。そういったスタンスで取り組んできたことが、これまでの成功を生み出してきたと感じています。

エポック社が掲げる使命は、『子どもに夢と感動を、大人に遊び心を』です。そしてこの使命は、少子高齢化社会に突入しつつある昨今、社会情勢やユーザーニーズとより一層合致するものになりつつあると感じています。私たちは今後も子どもと大人、双方に魅力ある商品を提供しつつ、さらなる挑戦を続けていきます」

撮影/村田克己 取材・文/宿木雪樹 編集・コーディネート/川崎耕司・橋本知沙

聞き手:宿木雪樹(やどりぎ ゆき)

広告代理店で企画・マーケティングについての視座を学んだ後、ライターとして独立、現在は企業の魅力を伝える記事執筆を中心に活動。大学にて文化研究を専攻したバックボーンを生かし、メディアのトレンドについてフレッシュな事例をもとに紹介する。2018年より東京と札幌の2拠点生活を開始。リモートワークの可能性を模索中。


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