2022.11.02

企業とファン、ファンとファンのつながりで唯一無二のコミュニティを築いた「ヤッホーブルーイング」 ──対談連載 企業に聞く、ファンマーケティング実践事例【第3回】

魅力的なファンマーケティングを実践されている企業のキーマンとの対談を毎回お届けしている、ファンマーケティング実践事例。第3回は、クラフトビールファンから熱狂的に支持されているヤッホーブルーイングさんとの対談です。

お話を聞いた、株式会社ヤッホーブルーイング よなよなピースラボユニット 佐藤潤さん

地ビールブームに乗った、順調な滑り出しから一転

小父内 「ファンコミュニティ」といえばまず御社の名前があがるほど、御社のファンマーケティングには定評があります。今日は創業以来、ファンとともにクラフトビールの市場拡大に寄与してきた御社に、ファンコミュニティの育てかたについて、ぜひお聞きできればと思います。

いま、クラフトビールは日本各地で定着していますが、御社の創業はちょうど日本各地で「地ビール」ブームが起き始めた頃でしたよね。

佐藤 はい。当社は1997年に長野県で創業しました。
当社では、「ビールに味を! 人生に幸せを!」をミッションに掲げ、画一的な味しかなかった日本のビール市場にバラエティを提供し、新たなビール文化を創出することでビールファンにささやかな幸せをお届けしていくことを目指しています。

当社の代表製品である「よなよなエール」は発売当時、地ビールブームの流れに乗り「長野県のご当地ビール」として、営業に行かなくてもバイヤーや卸業者さんからご注文をいただくほどの人気ぶりでした。

クラフトビールの王道の味わいを追求した同社の看板製品「よなよなエール」

ところが、2000年をピークに地ビールブームが終焉を迎えます。地ビール全体が「個性的すぎる」「品質が安定しない」「高い」などネガティブに評価されるようになっていったからです。

ブームが去るとともに、スーパーやコンビニなどの流通棚から当社の製品も次第に外され、2004年くらいまでは業績も低迷しました。返品されたビールを廃棄するような毎日が続きました。

そこで、背水の陣で開店休業状態だったサイトを改善し、さらに全国にいらっしゃる数少ないお客様に向けて、個性を前面に出した長文メルマガを配信するなど、お客様に楽しんでもらう企画に取り組みはじめました。

喜び、楽しんでいただくための情報を積み重ねる

小父内 具体的には、どのような企画ですか?

佐藤 たとえば、当時夫婦でビールを飲むお客様が増えていたことを背景に、「450万円お支払いいただければ、50年間ずっとビールをお届けします!ただし夫婦一組限定!」という、「夫婦幸せ50年セット」という企画を発売したことがあります。

夫婦それぞれ1日1本ビールを飲むと、だいたい50年間でかかるお金は750万円ほどの計算になります。そこで、「ビール業界の奇跡! 圧倒的なおトク感! よなよなエールでなきゃ絶対できない驚異の300万円引き!」というタイトルでメルマガを配信してみたところ、大ウケ。お客様がブログに書いてくださったり、口コミで広がったりと、ネット上での反響が沢山ありました。申し込みはありませんでしたが、話題づくりとして大成功を収めました。

そのほかにも、お客様に喜び、楽しんでもらうことを第一に考えた取り組みを積み重ねたことで、注文とともに「店頭で買えなくなってさみしかったけど、通販で買えてうれしい」といった励ましのメッセージをいただけるようになりました。

こうしてお客様にも楽しんでいただきながら、ネット通販の売上を伸ばし、お客様との距離感も縮めていくことができました。このような小さな積み重ねが、現在のファンコミュニティの原点でもあると思っています。

「顧客とのコミュニケーション」は会社のDNA

小父内 低迷期を乗り超えて、ファンマーケティングで成功された企業の共通点は、「苦しい時こそ全国のファンが応援してくれた」ということです。御社も、第一にファンとの交流を見直されていますね。御社にとって、ファンの存在はどのようなものでしたか?

佐藤 通販からお客様との輪が広がって、それが売上向上のきっかけとなった当社にとって、お客様との交流は会社のDNAでもあります。ですから当社にとってお客様は、一緒に成長できている仲間、助けられている仲間ともいえる大切な存在です。

小父内 ファンマーケティングにおいては、

  1. 間違いのないプロダクト
  2. そのプロダクトを生み出す思いやストーリー
  3. ついてきてくれるお客様を大事にする

この3つが重要です。
実際にこれを継続させるのは非常に大変なことですが、御社はこれを愚直に25年間やり続けてきたところがすばらしいと思います。
ここまで続けてこられたのは、どうしてだと思いますか?

佐藤 「おいしいビールを世の中に出す」という覚悟と、使命感です。
よなよなエールは「アメリカンペールエール」というグローバルなビアスタイルの製品です。海外では非常にポピュラーに慣れ親しまれているスタイルで、アメリカと同じクオリティのアメリカンペールエールとして、自信をもって世の中に出しています。

そんな世界のコンペティションに入賞できるくらいの品質と味を担保する一方、親しみを持っていただけるようなネーミングやパッケージのユニークさなども、当社の強みと考えています。

ユニークな名前が並ぶ、同社のビール一覧

小父内 そこですよね。これだけ自信のあるプロダクトを生み出しながら、「遊び」や「余白」とされる部分が重要だということを、しっかりと理解しておられます。

製品を知らない人が「"水曜日のネコ"飲んだ?」なんて聞いたら、「それなに?」と気になりますからね。こういう会社のDNAというか企業文化が、御社らしさであり強みだなと、あらためて感服するところです。

価値あるプロダクトと「遊び心」でつかんだ5000人

佐藤 実は過去に一時期、「8年連続海外のコンペティションで金賞受賞」みたいな売り出しかたをしたこともあったんです。でも、クラフトビールの市場がそもそも、日本のビール市場全体の1%〜2%くらいしかないので、インパクトが弱いんですよ。ですから、「誰に飲んでもらいたいか」を徹底的に分析し、その人たちに好きになってもらえる製品をつくろうという方向にシフトチェンジしてきたんです。

小父内 インサイトを「n1」(ひとりの顧客)に絞ったことで、逆にピンポイントでマッチしたファンの熱量が高まったということですね。

御社はこのやりかたで、ファンコミュニティの規模拡大にも成功しています。コロナ禍以前は5000人の集客を達成した大規模イベントも行っていましたが、イベント企画などは、いつ頃からどのように始めたのですか?

佐藤 2004年に通販を再開して少しずつお客様が定着し、お客様とのコミュニケーションや交流が活発になっていくなかで、2010年から「宴」「よなよなエールの超宴」と名付けたイベントや、「よなよなエール 大人の醸造所見学ツアー」など、スタッフと一緒にクラフトビールを楽しむファンイベントをはじめました。

最初は40人くらいの規模でしたが、ご参加くださった方が「楽しかったからまた来たい」「次は友達を連れて来よう」と輪が広がり、2018年にはお台場で5000人規模の「超宴」を開催できるほどに成長していきました。

2018年10月27日(土)にお台場特設会場にて開催されたファンとつくるクラフトビールイベント「よなよなエールの超宴(ちょううたげ)2018 ~ビールとオトナの文化祭~」では、5000人の「よなよなファン」が集まった。

小父内 参加者が友達や家族を「連れて行きたい」「紹介したい」と思えるのは、間違いなくビールがおいしいという大前提のうえに、いつ、どのイベントに参加しても、遊び心やお客様を大事にするという御社の姿勢が伝わっているからだと思います。

御社はこの2010年からのイベントの積み重ねによって、「常に同じことを言っている」「常にビールが好きという気持ちが伝わってくる」という信頼の場を形成してきたともいえますね。

これをマンネリ化させないための工夫なども、ぜひ教えてください。

ファン同士がつながる場づくりを徹底的に追求

佐藤 イベントでは一貫して私たちのものづくりの姿勢を伝えるのはもちろんですが、「はじめまして」のお客様同士が盛り上がれるように、いつも配慮しています。

日本ではまだまだクラフトビールの市場が小さいこともあり、普段街を歩いていて「よなよなエールが好き」という人に会う確率は、それほど高くありません。だからこそ、当社のイベントにご参加いただいたファンの方同士が互いに親しみを感じていただけるような場づくりは、徹底して心がけています。
さらに、熱量の高いお客様とは共創も行うなど、お客様の熱量レベルに応じたコンテンツづくりも意識しています。

小父内 コロナ禍でリアルイベントがすべて中止になったあとは、どうやってこのファンの熱量を維持してきたのでしょうか?

佐藤 リアルのイベントができなくなっても、「当社の製品と製品づくりの思いを伝える」「お客様同士の交流を図る」という目的は変わりません。もちろん、人数ややりかたはトライアンドエラーを繰り返しましたが、手段がリアルからオンラインへと変わっただけで、基本的にはリアルと同じことをやり続けています。

先日は、クラフトビール文化を広めるアイデアをファンの皆さまから募集して、ヤッホーブルーイング公認という形で開催する、「よなよな乾杯委員会」という取り組みを行いました。そしてその一環として、ファンの方主催によるオンラインイベントが初めて開催されました。

その内容は「ポテトサラダと相性がいい、よなよなエール」をテーマに、クラフトビールと料理好きな人が集い、約1時間半ポテトサラダにこだわっておしゃべりする、というオンラインイベントでした。

これが驚くほど盛り上がり、「これくらいテーマを明確にしたほうが、お客様も参加しやすいし、盛り上がるんだ」と、逆に学ばせてもらいました。

「インドの青鬼」と「クラフトザウルスBrut IPA」が好き、というコアなファンがイベントを開催

小父内 ファンマーケティングは、ミルフィーユのように層を重ねていく作業にもたとえられます。ビールが好き、クラフトビールが好き、ヤッホーブルーイングさんが好き、ポテトサラダが好き、と、どのくらい層を厚くできるかでファンの熱狂度が決まります。とはいえ、重ねすぎてもニッチすぎて誰も集まらなくなってしまいますし、ゼロから積み重ねていくのは時間も体力も必要で、なかなかできない企業が多いのが現状です。

しかし御社はこれを「当たり前のこと」として25年間やり続けてきた。ここが、あらためて御社の強さだと感じました。

御社のファンコミュニティは、ファンマーケティングのプロの目から見ても、勉強になることばかりでした。これからも参考にさせていただきます。
本日はお忙しい中、ありがとうございました。

小父内信也が見た「ヤッホーブルーイング」ファンづくりの極意とは

実は、先日ヤッホーブルーイングの井手社長と会食させていただく機会がありました。いただいた名刺には、「テンチョ」というあだ名が記載されていて、なんと社員もお互いをあだ名で呼び合っているとのこと。
ご本人も本当に気さくなかたで、楽しそうにビールを飲まれている姿も印象的ですが、常に周囲に気配りをしているところはさすがだなと感じていました。

今日お話しいただいた佐藤さんはじめ、企業のTOPがそのようなフランクでポジティブな姿勢であることが、ヤッホーブルーイングの強みであると実感した瞬間でした。そしてそのカルチャーが組織全体に浸透し、ビールを通して世の中に価値として提供されていくのだなと。
ビールの味、ワクワクするような名称やパッケージ、そして何よりヤッホーブルーイングの顧客を大切にするカルチャー。知れば知るほど、気づけばファンになってしまっている、本当に素敵な企業です。

筆者プロフィール
株式会社Asobica CCO 小父内信也(おぶない しんや) 

25歳、大手電子機器メーカーへ入社。その後、中小企業診断士を取得。2010年、創業初期の名刺管理システムを提供するSansan株式会社に参画。データ化部門責任者を経て、名刺アプリEightのコミュニティマネージャーへ。
現在は、カスタマーサクセス/コミュニティに特化したツールを提供する株式会社Asobicaで、CS責任者として数十のファンコミュニティの立ち上げ、および支援に携わる。

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