2022.06.28

多様性の現在地〜ジェンダーからジェネレーションへ──「Advertising Week Asia 2022」レポート①

2030年のSDGs目標達成に向けて、企業はいま、具体的な施策を実施することを求められています。この状況下、企業にとっても個人にとっても達成の重要観点である「多様性(ダイバーシティ)」は、いまどのようなステイタスにあるのでしょうか。現在は著述家・メディアプロデューサーとして活動する、「日経xwoman(クロスウーマン)」の元総編集長である羽生祥子さんと、株式会社博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員の森永真弓さんが、「ジェンダー」と「ジェネレーション」の多様性について語り合った「Advertising Week Asia 2022」のセッションから探ります。

左から、講談社C-station チーフエディター 前田亮、メディアプロデューサーの羽生祥子さん、博報堂DYメディアパートナーズの森永真弓さん

メディア業界、広告業界の「多様性」の現在地

前田 本日はジェンダーとジェネレーションという側面から「多様性の現在地」についてお話をお聞きします。どうぞよろしくお願いします。

まずはメディア業界の現状についてお伝えするにあたり、いくつか情報をピックアップします。

いま、テレビ業界で、女性が社長を務められている会社がいくつあるか、みなさん、ご存知でしょうか。

昨年5月に発表された日本民間放送労働組合連合会(民法労連)のデータによれば、全国の民法テレビ127社のなかで女性の社長は、わずか1名。テレビ朝日系列の地上波局「新潟テレビ21」の桒原(くわはら)美樹さんだけです。また、全国の民法ラジオ局98社のうち、女性の社長はやはり1名。ニッポン放送の檜原麻希さんのみです(2021年7月 民法労連調べ)。

ちなみに講談社には、いま17名の役員がおりますが、そのなかで女性は1名のみです。おふたりのお仕事環境のなかで、女性役員、あるいは女性上司の方は、どのくらいいらっしゃいますか?

羽生 私が所属していた日経BP社は、役員12名中2名が女性でした。割合でいうと17%が女性ということになり、先ほどのテレビ局やラジオ局に比べると、けっこう高い比率ではないかと思います。

森永 私がいま所属している博報堂DYメディアパートナーズには、女性役員はおりません。グループ全体でみれば何名かいるのですが、まだまだ少ないのが現状です。

自社には女性の取締役がいない、と語る森永さん

羽生 森永さんの会社は、決して極端に低いわけではなく、ごく平均的だと思います。日経BPはいまでこそ女性取締役の比率が2割弱になっていますが、それは私みたいな人間が編集長や創刊編集長として10年以上、組織の多様性の重要性を口すっぱく言い続けてきたからです。

前田 羽生さんは日経BP社で、働くママ・パパ向けの「日経DUAL」(当時)や、働く女性のためのウェブメディア「日経xwoman」の創刊編集長を務めるなど、5媒体を創刊し、2つのプロジェクトを立ち上げています。その過程で、ダイバーシティをどのように推し進めてきたか、教えてもらえますか。

羽生 「日経DUAL」の立ち上げ時は2013年で、いまほどデジタルメディアが主要媒体ではなかったので、お子さんを抱えたママ記者でどうやって回していくか、かなり苦労しました。

当初、(サイト記事の)公開ボタンが押せるのはセキュリティ上、会社にある一部のパソコンからだけ。23:59が校了の最終時間なのに、私を含め小さな子どものいる記者は17:30のお迎えまでに帰らないといけないので、「公開のためのボタンを押せない」という課題がありました。

でも、彼女たちに話を聞くと、17:30から21:00くらいまではお迎えに行ってご飯を食べさせて風呂に入れてというファミリータイムで、寝かしつけた後なら仕事ができる、というんです。

そこで、いまでこそ当たり前になったリモートワークを、10年以上前から試行錯誤で取り入れて、なんとか子育て中の記者も公開のためのボタンを押してもらえるよう工夫し、仕事を割り当ててきた、という経緯があります。

結果、新型コロナウイルスのパンデミック時もまったく困ることなく、スムーズにリモートワークに移行できたのは、あの時の突破経験があったおかげだと思っています。

「マイノリティからの突破が、コロナ禍でも役に立った」と話す羽生さん(中)

前田 森永さんは、デジタルの黎明期からデジタルマーケティングに関わってこられましたが、男性が多い環境で、どんなことを感じながらお仕事をされてましたか?

森永 私は2000年代前半から社内のデジタル人材の創出と育成に関わってきたのですが、私以外、講師も受講者も全員が男性ということも珍しくありませんでした。

またデジタル系のテーマを扱ったプロジェクトでメンバーが集めると、男性メンバーの中には「上司から指名されたから強制的に参加した」と語る人もいました。一方、女性メンバーは、本気で「やりたい」と手を挙げた人だけが集まっていたという印象です。もちろん、個人の取り組みなので、男女という分け方で語るのは正しくないかもしれませんが。

前田 会社で何らかのプロジェクトが立ち上がるときに、男性は上司から指名されて選ばれるのに、女性は手を挙げない限り選ばれることがない。このようなシチュエーションはどこの職場でも、これまでありがちでした。

森永 よく「女性は部長や課長など、役職につきたがらない」といわれますが、女性でも役職につきたい方はいます。逆に男性で役職につきたくない方もいるはずです。「男性だから役職につきたいはず」という思い込みは、実は男性にとっても、重荷になっているケースもあるでしょうし、バランスが悪いように感じます。

2極化する組織の多様性

前田 森永さんもおっしゃっていたように、これまでメディア業界や広告業界では、女性をマネジメントできる人材に育てようという意識があまりなかったように思います。現状を考察してみたいのですが、羽生さん、どう思われますか?

羽生 いま、組織が2極化していると思います。

まずは、男性同化型組織といわれるものです。
これは、大きい声で高圧的な管理職を担う「ロール」、上司から声をかけられたら24時間いつでも馳せ参じる「ルール」、そしていまは少なくなったと思いますが、ゴルフや飲酒・宴席で接待する「ツール」、この3つが十分にできる人が活躍できる組織です。女性であってもこのような昔のマッチョタイプに同化せざるを得ない状況ですね。

一方、マミートラック型といわれる女性の戦力外組織があります。これはマッチョな「ロール、ルール、ツール」ができない女性が戦力外とみなされ、営業数字を持たない人事(HR)、経理(IR)、広報・宣伝(PR)、カスタマーリレーション(CR)などの部署、いわゆる4R部門に回されるというものです。これが2極化現状で、どちらも本質的な多様性組織とは違うかなと思います。

森永 私はジェンダーの話をするときに、いつも「男性VS女性」という構図になっていることがもったいないと思っています。ジェンダー問題の解消というのは男女の対立構造ではなく、何に困るか、どう生きたいかということにつながっていると思います。

ダイバーシティは、「男性VS女性」ではない

前田 羽生さんは今年の1月に上梓された『多様性って何ですか?D&I、ジェンダー平等入門』(日経BP)の中で、多様性は「属性」と「特性」の関係で見ることが大事とおっしゃっています。詳しく解説していただけますか?

羽生 はい。いま森永さんもおっしゃったように、日本ではダイバーシティというと、「男性VS女性」となりがちですが、これは大きな間違いです。

スライドをご覧ください。ここでは、左側に性別とか年齢とか民族という「属性」の多様性カードを並べ、右側には知性とか営業や交渉に向き不向きといった、属性によらない「特性」のカードを並べています。

羽生さんが用意した「属性」と「特性」スライド


この2種類のカードを1対1で固定して結びつけてしまうことが問題なんです。たとえば「男性は理系が強い」というのは、男性という性別の属性と、理系という特性を組み合わせたものです。しかし、女性すべてが、理系が苦手なわけではありませんし、男性の中にも理系が苦手な人はいます。

前田 これまで性別や年齢といった「属性」をそのまま「理系・文系」とか「営業向き・内勤向き」という特性のほうに結びつけがちでした。その延長線上に、たとえば働く女性にとっての「ガラスの天井」と言われる、見えない壁が存在していた、ということなのかもしれませんね。

森永 社内や業界に多様性を入れるということは、いろいろな生き方や働き方の選択肢を増やすことだと思います。事務職を目指したいのにそれを選べない男性への「ガラスの床」という言葉もあるそうです。そちらもぜひ考えていきたいですよね。

ジェネレーションの多様性〜コンテンツは興味で区切るのが重要〜

前田 では、ジェンダーとともに重要なキーワードである「ジェネレーションの多様性」についても考えてみたいと思います。

森永さんは、さまざまなコンテンツのファン動向に関してお詳しいと思います。たとえば、コンテンツはジェネレーションによって好かれるか否かの傾向があるのでしょうか。

森永 コンテンツファンは非常に多彩です。たとえばいまですと、映画『シン・ウルトラマン』が公開されたことで、ウルトラマンのファン層が一気に広がりました。

また、10代20代の若いビジュアル系バンドファンの中には、なぜか80年90年代文化に詳しい人が多くいます。その理由を調べてみると、X JAPANやBUCK-TICKといった黎明期のバンドを尊敬していて、同バンドのファンである上の世代と交流しているうちに過去の文化にも詳しくなっていったことがわかりました。

さらに、韓流アイドルファンの中には、若いファンだけでなく40〜70代へとファン層が広いケースも多くあります。このように、コンテンツはジェネレーションで区切るのではなく、興味で区切ることが重要だと感じています。

実体を見えなくする「思い込み」

前田 スポーツにあてはめると、どうですか?

森永 これまで、「サッカーは若い人が、野球はおじさんが見るもの」というイメージがありました。ところが調査してみるとそうともいい切れないんです。

野球にも年々若いファンが男女たくさん入ってきており、活性化していることがわかりました。つまり「野球はおじさんのもの」という思い込みが、実体を見えなくしていたわけです。

前田 「若い人たちのあいだで、SNSの利用が活性化している」というのも、もしかして、思い込みでしょうか。

森永 はい。実際に若い世代に聞くと、テレビ、新聞、ラジオというメディアのなかでSNSの比重が高いわけではないことに気づかされます。数あるメディアの選択肢の中からSNSが多く選ばれているのではなく、情報行動のベースにSNSがあり、そこからテレビ、新聞、雑誌、ネットニュースへとつながっているだけなのです。ホームポジションがSNSなら、利用時間が長くなるのは当たり前なんです。つまり彼らの生活の一部にSNSがある前提で捉えるべきであり、「(若い世代は)可処分時間のなかでSNSの時間をどれくらい割いているのか」と考えること自体が無意味なんです。

これは、マーケティングデータの把握の限界でもある部分ですが、「思い込みでデータを見てはいけない」というのは非常に感じているところです。

羽生 私も「SNSをよく使っていますか」というアンケートは何の意味もないと思っています。価値観や仕事観、家族観、経済観がまったく変わり、ここ数年で働き方や副業に対する考え方も大きく変わりました。大手企業のなかには週休3日制度を取り入れようという会社も出てきていますし、コンテンツメーカーであるメディアは、もっと危機感を持って"多様性"に取り組むべきだと思います。

革新や成長につながる「多様性のある組織」

前田 多様性を持った組織には、どんな強みがあるのでしょうか?

羽生 まず、「画一的な組織」というイメージ図を見てください。これは、ひとつのロールモデルだけを評価して、「ここに所属しなさい」「同化しなさい」とマネジメントしていくうちに、三角形や五角形という異質なイノベーターが孤立してしまう、というイメージを図式化したものです。

画一的な組織の場合、意見はまとまるが、同化できないイノベーターは孤立して力が発揮できない

羽生 次に、「多様性のある組織」を見てください。違う人や意見を取り込むことでベースが広がり、革新や成長につながっています。

多様性のある組織では、お互いのよさを認め合いながら組織全体が成長できる

ただし、「多様性のある組織」においても、矢印がいろいろなところを向きすぎてカオス状態になってしまうと不快感や衝突を招きかねないので、パーパスやビジョンをしっかりと策定して、求心力を持って組織が革新・成長していくということを発信しつづける状況が必要です。

森永 画一的な組織にいる人たちは、みんなですぐ「そうだね」と合意できて、非常にスムーズに仕事が進みます。「俺たちいいチームだね」と高めあっているかもしれません。けれども「なんで別の意見、別の視点が出てこなかったんだろう」と不安になることも大切だと思います。

羽生 日本は「男性VS女性」という1つのダイバーシティの課題で20年くらい足踏みしている状態です。ジェンダーが膠着して難しければ、同時にジェネレーションの多様性に取り組む手もある。最初の一歩を、企業は踏み出すべきだと思います。

森永 多様性をもってイノベーティブな組織に変わるためには、一瞬だけ我慢も必要です。ですが、多様性を受け入れていくことで、企業も世の中もどんどんよくなると私は思います。

前田 本日は貴重なお話をありがとうございました。


開催日時:2022年6月1日(水)14:45〜15:15
GREAT MINDS STAGE
テーマ:多様性の現在地 ~ジェンダーから、ジェネレーションへ~
登壇者:
羽生祥子氏/著述家、メディアプロデューサー(株式会社 羽生プロ代表取締役社長)
森永真弓氏/株式会社博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 上席研究員
モデレーター:前田亮/講談社C-station チーフエディター

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