2025.01.29
変化を仕掛け、忍耐強く「待つ」。石井食品社長・石井智康さんが語る "第四創業期"|Across the Border ~見えざる壁を越えて~ vol.6
戦後間もない 1945年に創業した、石井食品。佃煮の製造からスタートし、その後、業界初の真空包装品販売を行なったり、業界初の調理済みハンバーグを打ち出したり、1997年より無添加調理へシフトしたりと、日本の加工食品業界の中でさまざまな変革を重ねてきました。50年にわたって愛され続けるヒット商品のミートボールは、お弁当作りに寄り添い、子育てを応援し続けています。
そして今、会社を率いる石井智康さんは、創業者の孫であり、IT エンジニア出身という異色の経歴の持ち主。現在を第四創業期と位置付け、「地域と旬」というテーマを打ち出して変革期に踏み出しています。一連の変化の中には、長期休暇、男性育休の取得の推進などの取り組みも。講談社メディアプラットフォーム部の張蕾が、老舗企業の新たな挑戦から「Across the Border」のヒントを探りました。
石井 智康/石井食品 代表取締役社長執行役員
石井食品株式会社代表取締役社長執行役員。 1981年生まれ、千葉県船橋市出身。 2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。 ソフトウェアエンジニアとして大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2017年に石井食品に入社し、2018年に代表取締役社長執行役員に就任。
【聞き手】張蕾/講談社メディアプラットフォーム部
中国・西安出身。日本の大学・大学院を経て、2020年コロナ禍に講談社に新卒入社。広告部署に配属となり、以降、運用型広告を初めとするデジタル広告を中心に担務。
「20年に一回はモデルチェンジをするんだ」と言っていた父
張蕾(以下・張):石井さんが石井食品に入社されたのが2017年ですよね。そこから、社内ではかなり大きな変化があったと聞きました。
石井智康さん(以下・石井):いま、石井食品と聞いたらみなさん、ミートボール屋さん、ハンバーグ屋さんだと思っている人が多いかもしれませんが、弊社はもともと、1946年に佃煮の製造販売から始まった会社なんです。佃煮屋からチルド品へ、そして無添加調理へと、食品加工の世界ではかなり異端な道を辿ってきました。
ヒット商品のイシイのミートボールは2024年で50周年を迎えた。
そういう意味では、長い歴史の中ですでにかなり変化をしてきた会社だな、と、社長になる前から思ってたんです。元会長も、「20 年に一回はモデルチェンジをするんだ」というのが口癖でした。
とはいえ、現場の社員にまでその意識が浸透するのは時間がかかります。だから、私が入社時には、現場にも理解できるよう、意識的に理念を翻訳してきたつもりです。
私は、元々スタートアップベンチャー界隈でフリーランスとして働いていました。ベンチャーの世界では、10 年くらい経ってある程度成功したら、「第二創業期」と呼んでカルチャーやビジネスを作り直すということがよくやられていますよね。その文脈だと、うちは「第四創業期」だと思ったんです。
張:先代のお父様も変革の意識をお持ちだったんですね。
石井:親子間の会話の中で、私が入社する 4、5 年前からいろんな模索をしていたことは聞いていました。色々試してきた中で、これは時代としても求められているし、社会的な意義もあると感じてブラッシュアップしたのが、「地域と旬」と銘打っている地域農家さんとの共創です。日本各地の旬の食材を広めるべく、無添加調理で魅力的な商品に落とし込み、販売しています。2016 年から始まり、これまで 100 以上の商品を手掛けてきました。
これを軸として、今後、子育てをどう応援していくか、ということを大事なテーマとして掲げています。
日本の食の世界における数々の課題
張:石井社長は今、日本の食を取り巻く状況をどうご覧になっていますか? どんなことを課題として感じていらっしゃるのでしょうか。
石井:日本の食は一見するととても豊かに見えますが、実は大きな課題を抱えています。何か起きると、急にこの豊かさが崩れるリスクがある。今、戦争を起因としたインフレが世界中で起きており、特に食品業界の中ではこの影響が顕著です。
また、私は妻が病気になったことがきっかけでさらに食に関心を持つようになったのですが、食事に気を使わなければならなくなった時、普段行っていたお店で何も買えない、という状況に直面しました。
そんなふうに、家族が、または自分自身が病気を患っていたり、お子さんが重度のアレルギーだったり、という方にとっては選択肢が少ない。
私はアメリカに留学していたことがあるのですが、アメリカでは「食に気をつけたい」と思ったら自然食品を取り扱うスーパーマーケットがありますし、都会では週末のファーマーズマーケットがある。極端に分断している側面もあるのですが、アクセスできる選択肢があるんです。
日本の場合、食に気をつけようと思うと急に敷居が高くなりますよね。有機の生鮮野菜を取り寄せようと思ったら、お金も時間も手間もかかってしまう。
張:それはとても思います! 私もイギリスに短期留学に行っていたことがあったのですが、そこで影響を受けてヴィーガンになっていた時期があったんです。でも、日本に戻ってきた瞬間、選択肢があまりにもなくて、辛くなって辞めてしまいました。
石井:やっぱり欧米は状況が違いますよね。日本の食に感じていた課題意識は、石井食品に入社した今も変わっていません。
そして、生産者の方にお話を聞くと、現在進行形で担い手が少なくなっている。食料自給率の問題、加工技術の問題など、業界の歴史が長いゆえにたくさんの課題があります。
「美味しい」という体験は人を揺さぶる
張:「地域と旬」のお取り組みは、大量生産、大量消費を前提とした既存のサプライチェーンのあり方からも外れますし、コスト面でもかなり大きな挑戦だったのでは? 迷いや不安はありませんでしたか?
石井:ありませんでした。単純に、地域の旬の食材は美味しいんですよ。もちろん、ビジネス的に難しさもありますが、結局工夫じゃないですか。あらゆるスタートアップは、ビジネス上の難しさがあるからスタートアップを起こしていくわけなので、課題をなんとかしようと工夫する中でイノベーションが起きていくものだと思います。
「千葉 市原市の姉崎だいこんを使ったハンバーグおろしソース」
私はIT エンジニアだったので、IT はとても好きなのですが、どんなシステムも、万人が使ってくれることはまずないですよね。でも食品は、当然ターゲットはありますが、食べて美味しいか美味しくないか、ということは万人に経験してもらえる。これが強みです。
「地域と旬」の事業は地域活性の文脈にもなるので、いろんなステークホルダーの思いが絡み合い、連携する難しさもあるのですが、食べると急にみんな自分ごと化されるんですよ。パワポの資料を何十枚作っても乗ってこない人たちが、試食すると途端に乗り気になってくれるんですよ(笑)。「もっとこうした方が美味しくなる」「こういう調味料を使ったらいいんじゃないか」と、どんどんアイディアを出してくれます。
張:やっぱり、美味しいという感情は人を揺さぶるんですね......!
石井:だんだん売り上げ規模も大きくなってきましたし、評価していただいているという実感はあります。
今、地域のハンバーグというのを季節ごとに出していて、これは何十万食という規模で販売できる商品に成長しています。今の時期(※取材時は 2024 年 12 月)はちょうど千葉の姉崎大根のハンバーグで、春になると春キャベツの時期になるので神奈川県の三浦キャベツのハンバーグに移行します。
行政も応援してくれるようになりましたし、三浦キャベツは神奈川県三浦市の小中学校で給食としても提供されて、子どもたちが食べて美味しいと言ってくれるのが本当に嬉しかったですよね。農家さんにとっても、その地域の食材を知ってもらえることは大きなモチベーションになります。
ほかにも、一緒に商品づくりを行っている山梨県大月市の農家さんたちが大月玉ねぎの研究会を立ち上げられ、技術交流や助け合いのコミュニティが生まれているそうです。ただ我々が商品開発をして売るだけではなく、こういう活動こそが地域活性の要になっていくと思っています。
石井食品は企業理念として「真(ほんとう)においしいものをつくる〜身体にも心にも未来にも〜」を掲げている。
経営者として過渡期の時代を乗り切るために
張:お話を聞いていて、ミートボールで有名な石井食品さんのイメージが大きく塗り替えられました。これまで大きな挑戦を積み重ねてこられたんだな、と。
石井:佃煮時代から、実験的なことはたくさんやってきているんです。ちなみに、創業者である祖父は、いい技術っていうのは、みんなに真似をしてもらって切磋琢磨することで社会が良くなっていくんだ、という思想を強く持っていました。
張:オープンソースの考え方に近いですね!
石井:まさしくそうですね。祖父は、日本全国に出向いて、佃煮の技術の勉強会を開いて教えて回っていたそうです。あと、うちが業界で初めて取り入れた真空保存技術も、機械メーカーと一緒にいろんな地域の会社さんに広げていました。
経済合理性を考えると、ただライバルをいっぱい増やしただけなんですが(笑)。でも、そういうつながりが出来ていたおかげで、チキンハンバーグやミートボールが世に出た時、名古屋の佃煮屋さんが名古屋での販売ルートを作ってくれたこともあったそうです。
張:今、石井食品さんがやられている地域農家とのお取り組みは、業界ではどんな目で見られているんでしょうか? 素晴らしいお取り組みなので、追随する流れが出来てくると頼もしいですよね。
石井:それはいいね!と言って乗ってきてくださる企業さんと、そうでないところ、両極端だと思います。でも、経済合理性を最優先しなければならないのは法人として当然ですからね。
張:とはいえ、時代の流れとしては、トレーサビリティを重視したり、産地に還元したり、といった動きは高まってきそうです。
石井: SDGs も浸透してきていますし、社会全体の大きな流れとしてはそういう方向に向 かっていくだろうと私も思っています。今はまさに過渡期ですよね。なるべく安くそれなり のものを食べたい、というニーズもやはり根強い。そんな中で、ちゃんと会社を持たせながらチャレンジし続けていく、ということが社長としての私の役目なのかな、と思っています。
石井食品の1階には食品関連の本が置かれたコーナーも。
組織の礎を築いた祖母の人格が、今も社員の中に
張:社長に就任されてから、会社で色々と行ってきた変革についても教えてください。冒頭で、社員の意識を醸成していくことの難しさについても触れられていましたが、変化の手応えは感じますか?
石井:私は以前、IT エンジニアとして、いろんなスタートアップやベンチャーで、チームづくりや組織変革をアジャイルで推し進めてきました。今よりもずっと小さい規模でしたが、社長になってから、そうした経験の蓄積から数々のヒントを得ています。
一番やっちゃいけないのは、「俺が全部正解を知ってるから、こうやればいい」「とにかくアジャイルだ」と上から押し付けること。私はこれを「幸せの壺の押し売り」と呼んでいます。どんなにいい手法でも、それを実践するのは現場のメンバーなので、自分自身の課題感とマッチしてないと、その手法を使いこなせないですよね。
私が石井食品でまずやったことは、「今は第四創業期だ」という大きな変化の文脈を、現場の人たちにしっくりくる形で提示していたこと。
各部署を回って、ポストイットを使いながら、石井食品の好きなところや、今課題だと思っていることをみんなに洗い出してもらう作業をしました。面白いのは、こうした作業の過程で、チームの状況も明確に見えてきたことです。いろんなことを洗い出したことで、その後の合意形成がしやすくなっていったと思います。
張:一連の変化に戸惑ってしまう社員とのハレーションはありませんでしたか?
石井:それが、私もびっくりするくらいネガティブな反応はなかったんですよ。もちろん、ハレーションって無意味なので、起こらないように気をつけたつもりではあるのですが、社風として、「真面目でいい人が多い」ことは大きな要因かなと思います。
会社の歴史を考えると、これは祖母の力が大きいんです。石井食品の創業者は祖父なのですが、同時に、祖母が営業を担当して組織を作ってきました。彼女は営業部長でありながら組織の人事・採用も全部やっていて、晩年は初代会長となって、各販売拠点や工場を回って研修しながら、ひたすら社員を鼓舞し、激励するという役目を担っていたんです。
社員を見ていると祖母をよく思い出します。祖母も真面目でいい人で、絶対に人の悪口は言わず、ポジティブで、ひたすら社員を愛するということを貫き通した人でした。彼女の人格が今の社風を作っていると思っています。
私が入社した時に定年後再雇用で働いていた世代の人たちは、その初代会長の記憶がある世代で、「トヨ子さんにはお世話になった」という意識が強いんです。だから私は孫として皆さんと昔話ができて、会社のレジェンドとも言えるベテラン社員が一気に応援に回ってくれました。
張:おばあさまの素晴らしいレガシーが、会社にまだまだ息づいているんですね。
石井:そのおかげでスムーズに事業継承できたと思いますし、「第四創業期に向かっていくぞ」という社員の合意形成、一体感が生まれてきたことを実感します。
誰が休んでもサポートし合える体制を
張:石井社長が、ご自身で育休を取ったり、お子さんを連れて出勤したり、という姿から影響を受けた社員の方も多いのではないでしょうか。
石井:そうですね。これまで当社では、女性の産休・育休の取得やその後の復帰に関しては制度も整っていましたし、実績もあったのですが、男性育休はなかなかハードルが高 く、前例がなかった。
私が取ったことも大きいのですが、その後、当時執行役員だった2名が同じ年に育休を取 ったんです。「絶対に取ってください」とプレッシャーをかけたこともありますが(笑)、取得のために頑張ってくれました。
千葉県船橋市の本社一階には、地域の人向けのコミュニティスペース地域Viridian(ヴィリジアン)があり、キッズスペースも充実。子育てを応援したいという思いがここにも。
二人とも若くして執行役員になっているので、もともとワーカホリックな性質はあったのですが、そういう二人が 1 ヶ月、2 ヶ月休むという姿は象徴的で、社内に大きなインパクトを残したと思います。
張:男性育休って、制度があっても、職場の空気が問題で取得ができないという話もよく聞きます。取得しやすい環境作りの大切さを実感しますね。
石井:私は入社した 2017 年当初から、「長期休暇の取得」を会社の方針として大事にしてき ました。有休消化率だけでなく、長期休暇を社員がどれくらい取得できているのかを可視化し、取得率が上がらない場合は部署として課題があるというフィードバックを続けてきました。
育休だけでなく、人は、それぞれのライフステージの中で、絶対に長期で休まなければならないタイミングがやってくるものです。それは、自分自身や家族の病気かもしれないし、ある程度歳を重ねると親の介護も必要になってきます。誰が休んでもサポートし合える体制を作らなければならないんです。
その中でも育休のいいところは、半年前には絶対にわかること。「急に来週子どもが生まれます」なんていうのは無いわけですから(笑)。だから、半年かけてしっかり仕事を棚卸して、優先順位をつけて、他部署にサポートを求めることができます。
今では人数が少ない営業所においても、一人抜けてもそこまで売り上げが減らずに保つことができています。むしろ 3 ヶ月後にそのメンバーが戻ってきた時、新しい視野を持ち込んでくれるので、チームがパワーアップすることにも繋がります。
張:育休だけが特別なことではなく、組織における日頃の働き方への意識が重要なんだと、よくわかりました。
石井:本当にその通りです。本質的に目指すのはそこですよね。
親子関係、家族のだんらんを支えるための食づくり
張:冒頭で、「地域と旬」のお取り組みを通じて子育てに役立てていきたい、とおっしゃっていました。子育てにどう寄与するのか、そのビジョンを改めてお伺いしてもいいですか?
石井: 50 周年を迎えたミートボールの価値を社内で改めて整理していたのですが、その中で、おいしさはもちろん、お弁当作りという「ペイン」と言ってもいい、けっこう面倒な作業を少しでも楽にできた、というのが、ミートボールが生み出した価値の一つだな、と感じています。
手作りにこだわらなくても、安心できる品質で、自分も楽で、子どもも喜んでくれるならそれでいいと思うんです。親子関係、家族の生活やだんらんを支えるための食づくりというものが我々の役割なんだ、と改めて再認識しています。
張:お弁当作りが「ペイン」というのは、ご本人の実体験としてもそう思いますか?
石井:めちゃくちゃ思いますよ。周りの子育て世代にも聞くと、本当は土曜日に保育園に預けたいんだけど、土曜はお弁当が必要なので、面倒で預けられない、という声も聞くんですよね。やっぱり大変なんですよ、お弁当作りって。
張:見栄えも気になりますもんね。たまにインスタで子どものお弁当が目に入ってくるのですが、親御さんはこんなに凝ってるんだ、とびっくりすることがあります。
石井:加工食品もうまく使って彩りも意識できたらいいですけど、どの程度頑張ればいいのか、お母さん初心者、お父さん初心者だと見極めが大変だと思います。実際、子どもって、手の込んだものから食べないっていうのは「あるある」なので(笑)。自分の納得できるポイントで手を抜けるといいですよね。
HPには「農と食卓をつなぎ、子育てを応援する企業に」の言葉。出典:公式HP
張:とはいえ加工食品だと栄養バランスが心配、と思われている親御さんも多いはずなので、「地域と旬」の事業は大きく貢献できると感じます。栄養価が高くて美味しい旬のものを子どもに食べさせたいと思っていても、なかなかそのハードルが高いというのが現状だと思うので。
石井:スーパーに行ったら、冬の食材であるはずの大根が一年中並んでいるのは当たり前です。本来、日本は四季がある国で、地域によって食べられるものも違います。単純に旬の時期に 食べる方が味も濃くて栄養価も高い。そして、四季折々の旬の食材を食べるという経験は、ただ「美味しい」ということを超えて人を豊かにしていくはずです。農と食卓をつなげ直していくことが、子育てに貢献し、応援することにもつながると確信しています。
自分の今の状況に合った、いろんなチャレンジがあっていい
張:最後に、石井社長にとっての「Across the Border」を教えてください。
石井:パッと思い浮かんだのは、壁を越えていくのは社会がよりよく変化していくために必要不可欠、ということ。そして私の感覚としては、そっちの方が「楽しい」ということ。ボーダーを越えずに、今の場所で収まっていた方が当然心地良いんだけど、苦労して壁を越えたその先に新しい経験が待っていて、大きな学びにつながりますよね。
張:現状の心地良さのほうを優先して、壁を越えていくことに抵抗を感じる人がいるとしたら、石井社長はどんなふうに声をかけますか?
石井:現状維持って楽なんですけど、停滞なんですよね。緩やかに停滞していく。すると、長期的に考えればどんどん辛くなっていっちゃうし、リスクがあるということは伝えたいです。
それから、「壁」って別に大きなものじゃなくても、普段の通勤の道とは違う道を歩いてみる、みたいなちょっとしたことでもいいと思うんです。小さい成功体験を積み重ねて、変化を極度に恐れなくて済む習慣を作っていくことが大事かな、と思いますね。
別に、変化が大きいことが偉いわけでもない。今の自分の状況に合った、いろんなチャレンジがあっていいと思っています。それをご自身の中で見つける、そして、周囲はそれをじっと待って、サポートするということが求められますよね。特に、経営者としてはなかなか悩ましいながらも、「待つ」ための忍耐力が大事だな、と。
張:なるほど、「待つ」ということが大事。
石井:めちゃくちゃ大事ですね。特に組織変革においては、ある程度の強引さは必要ではあるものの、かなり痛みを伴います。まずは、現場のメンバーに「これは必要なことなんだ」と実感してもらえるまで待つこと。最終的に、そっちの方が早いし、成功率も高いと思っています。誰かに無理やりやらされている変化って大体うまくいかないですし、学びも得られないですからね。
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インタビューを終えて―
張:石井社長のお話を伺った後に、あることを気づきました。石井社長のこれまでの人生における様々な経験が、ご自身の会社経営や業界改革へのアクションにつながっているということです。幼少期での祖母との思い出から、IT 業界でのご経験や自分の子育て生活まで、個人の経験をエネルギーにして、会社経営や食品業界にそのエネルギーを注いでいるように感じます。
社会人経験が 5 年の自分にとっては、とても勉強になるお話でした。どのような人生の経験であっても、自分自身の経験こそが、この社会に対するアウトプットの糧になります。今後、ライフステージにも仕事にもおける「変化」を、まず恐れずに果敢に受け止めて、いつかエネルギーとして使えるように自分の中に溜め込んで、アウトプットできるようにしておくことを大切にしたいと思います。
撮影/元柏まさき 編集・コーディネート/張蕾・丸田健介(講談社C-station)