2024.11.29
愛されるデジタル広告に不可欠な「コンテンツの品質」 FUSION 前田遼介氏が語る、「クリエイティブ投資」の価値と効果
インターネット広告の信頼度は22.3%と低く、他のメディア(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)と比較すると、半分程度しかない。(出典:一般社団法人 日本インタラクティブ広告協会(JIAA)「2022年 インターネット広告に関するユーザー意識調査(定量)」)
その背景には、「しつこい/不快」「邪魔な/煩わしい/うっとうしい」という、インターネット広告へのネガティブなイメージが影響している。
ならばその逆、「快適」で「楽しい」インターネット広告ならば、どうか?
「ユーザーに愛される広告は、商品・サービスだけでなく、企業への印象もポジティブなものにします」。
そう語るのは、デジタルとクリエイティブの融合を標榜し、プランニングからコンテンツ制作までをワンストップで手掛ける、注目のベンチャー FUSION 代表取締役 前田遼介氏だ。
コンテンツの質よりも、効率性が重視されるデジタル広告にこそ必要な「クリエイティブ投資」の視点。その価値と効果について、同氏に聞いた。
前田遼介
株式会社FUSION代表取締役。サイバーエージェント、チョコレイトを経て独立。2020年より現職。2022年、その成長性が評価され、業界誌『ベンチャー通信』を発行するイシン社の「ベストベンチャー100」に選出。デジタルとクリエイティブの"融合"を強みに、デジタル起点のプランニングとコンテンツによって、企業のマーケティング課題の解決を支援している
インプレッション=「認知」ではない
「バナー・ブラインドネス」という言葉がある。
インターネットが私たちの生活の一部となり、ウェブサイト上でバナー広告に触れることが当たり前になった結果、ユーザーは自分と無関係な広告を、無意識に無視するようになったことを指す言葉だ。
これは、バナー広告のインプレッションは、「認知(ユーザーの認識)」に直結していないことを意味している。
「一方で、そのバナー広告(を含む運用型広告)こそが、昨今の日本のインターネット広告市場を牽引しており、インターネット広告の代名詞とも呼べる存在になっています。しかし運用型広告は昨今、購入などのアクションを目的にした『獲得型』であるにも関わらず、成果が出づらくなっています」と、前田氏はインターネット広告の抱える課題を指摘する。
品質低下が招いた、インターネット広告の「嫌悪感」
電通「2023年 日本の広告費」によれば、運用型広告の市場は2兆3,490億円、インターネット広告媒体費に占める構成比は87.4%と、非常に大きなものとなっており、運用型広告が機能していないことは、出稿主である企業にとっても重大な問題だ。
「運用型広告は誰でも簡単に出稿できるため、競争は激化し、獲得型広告の単価も上昇しています。しかし広告を無視するユーザーが増加した結果、費用対効果が年々悪化するという悪循環に陥っているように思います」
インターネット広告は、これまで限られた企業だけのものだった「広告」を民主化した。同時に、ライバルが増えたことで、インターネット上では、ユーザーの奪い合いが激化している。
「多種多様な企業がインターネット広告を利用していますが、その出稿数(需要)に対して、圧倒的にクリエイター(供給)が不足しています。結果、クリエイティブの質が低下し、ユーザーのインターネット広告への嫌悪感を招いていると、私は分析しています」
続けて前田氏は、こう補足する。
「だからと言って、インターネット広告が効かないとは思いません。重要なのは、コンテンツの品質です。見られないからやらないではなく、当たり前ですが、『見られるものをちゃんと作る』という流れが今後加速していくことが理想だと考えています」
テレビCMで、低品質のクリエイティブを目にする機会は少ない。だが、同じ広告枠であるにも関わらず、インターネット広告では、低品質なクリエイティブを目にすることが多々ある。
「インターネット広告も『広告枠』のひとつと認識し、ユーザーに愛されるクリエイティブを提供する必要がある。そういう時代に突入してきたと私は思っています」
ならば、いまの時代、クリエイティブの品質を向上させるために、生成AIを活用するという視点もあるのではないだろうか?
「もちろんAI活用も、選択肢としてあっていいと思います。ただ、AIが判断するのはクリエイティブの"表面的な部分(クリック数など)"であり、ユーザーがどう"感じた"かまで類推することはできません。効率ではなく、効果を追いかけるのであれば、やはり人の視点、感性が介在することは重要であると考えています」
「効果の出るクリエイティブ」は、プラットフォームごとに異なる
クリエイティブの品質が効果に影響を与えるという点では、動画広告は顕著だ。たとえば、TikTok広告はユーザーの判断で飛ばすことができるため、エンタメ性がなければ見られない。そのため、各社、TikTokの文脈に沿った動画広告を制作する流れが生まれている。
「TikTokでは、通常のコンテンツと広告が同じように流れてきますよね。そのときにエンタメ性がない広告では見てもらえない。広告である以上、どうしたら振り向いてもらえるかという視点は不可欠です。では、どのプラットフォームも同じアプローチでよいかといえば、それは少し違うように思います」
なぜなら、プラットフォームごとに特性は異なるからだ。
「TikTokで効果が出やすいのは、通常のコンテンツと馴染んでいて、同じような顔をしているもの。馴染まないものは広告と判断され、瞬時に飛ばされてしまいます。一方でX(旧Twitter)では、むしろ異質なもの、目に留まりやすいクリエイティブのほうが効果につながりやすい傾向にあります。昨今、マンガIPをマーケティングに活用するケースが増えていますが、その戦略はXで効果を発揮しやすいクリエイティブの特性と合致するものですし、マンガIPとXの相性がいいと言われる理由もよくわかります」
加えて、マンガIPとのコラボは、「広告自体の信頼性の向上にも寄与する効果もある」と前田氏は話す。一方で、創意工夫のない、低品質のクリエイティブは、ブランド毀損のリスクもあると警鐘を鳴らす。
「認知から購買後のサポートまで、コミュニケーションのすべてを『ブランド体験』だと私は捉えています。当然、インターネット広告も、ブランド体験のひとつです。そこでイメージを落としてしまっては、別の接点でユーザーと接触しても、購入につながりにくくなってしまいます。
商品のコモディティ化が進むなか、インターネット上でのコミュニケーションは今後、ますます重要になっていくでしょう。そのなかで、ブランド価値を低下させないためには、緻密なコンテンツ設計と、『クリエイティブ投資』が重要になっていくと、私は考えています」
事例に見る、「クリエイティブ投資」の価値と効果
これからのインターネット広告、さらにはデジタルマーケティング全般において、「クリエイティブに投資する価値、重要性は高まっていく」と語る前田氏。実際に「クリエイティブ投資」が効果につながった事例を3つ、紹介してもらった。
CASE1. ヘンケルジャパン「got2b」:シルバーボンバー「銀爆コレクション」
前田 ひとつ目は、ヘンケルジャパンさまのヘアカラー商品「got2b(ゴットゥービー)」の事例です。
「got2b ボンディング・メタリックス」は、ブリーチオンカラー売上No.1*ブランド「got2b」から生まれた、シルバー発色のセルフカラー剤です。新規顧客の獲得と売上拡大を目指し、人気バンド「ゴールデンボンバー」さんとコラボレーションして展開したのが、<シルバーボンバー「銀爆コレクション」>です。
*got2bシリーズ/インテージSRI+/ブリーチ市場、ファッションセミパーマネント市場の合算/2021年5月~2023年4月
この施策では、商品にちなんで「シルバーボンバー」とバンド名を改名。彼らによるファッションショー動画「got2bプレゼンツ 銀爆コレクション」を軸に展開しました。
今回の施策では、フル動画を分割、プラットフォームごとに最適化し、ショートバージョンを作成。YouTube、TikTok、Instagramに投稿したところ、ランウェイを歩く彼らの姿はエンタメ感たっぷりで、多くのユーザーに好意的に受け入れられました。
動画内で「シルバーボンバー」(ゴールデンボンバー)は、女性モデルとともに、ランウェイを歩き、商品をPRした
ゴールデンボンバーさんは、"何かやってくれそう"というイメージを抱いているユーザーが多く、動画コンテンツと非常に相性がいいバンドです。だから彼らが出てくると、広告であるにもかかわらず、思わず手を止めてしまう。今回の施策でも、スキップせずに継続して視聴してしまう若年層のユーザーが続出しました。
結果、態度変容では、銀爆コレクションでgot2bを知った人は19.8%、商品理解は13.5%アップ、動画好意度は各媒体で80%以上が「好意的」と回答し、大きな効果を生み出すことに成功しました。こういった施策ですと、認知は向上しても、商品理解が深まらないケースもあるのですが、今回はSNS上で動画に接触したユーザーの視聴継続率が高く、認知から理解まで、複数ファネルを一気通貫で実現することができました。
CASE2. ABABA:お祈りメールみくじ
前田 次に、就職活動の過程が評価されるサービス「ABABA」を運営するABABAさまの事例をご紹介します。「ABABA」は、最終面接で届いた不採用通知を提出すると、優良企業25社から、スカウトメールが届くサービスです。
ABABAさまでは、就職活動が徐々に終盤となる時期(5月頃)に向けて、サービスを認知してもらう新しい施策を求めていました。そこで、「お祈りメールみくじ」を引くことができる神社風ブースを渋谷に設置する企画をご提案しました。
「お祈りみくじ」は、お祈りメール(不採用通知)をモチーフにしたおみくじです。本物の神社さながら、巫女さんが待機しており、おみくじを引くと、巫女さんが就活の成功をお祈りしながら、「お祈りメールみくじ」を渡してくれます。また、おみくじの種類は22種類用意し、そこに就活逆転ストーリーも記載することで、就活生を応援するという同社のスタンスをさりげなく伝えました。
イベント初日には、フリーアナウンサーの森香澄さんが巫女さん役となり登場。ブースのアンベールを行ったところ、多くのメディアでご紹介いただきました。
本イベント開始と同時に、「ABABA」に提出された実際のお祈りメールを広告化し、デジタル広告配信も実施。イベントを通じたリアル、メディア・SNSでの話題化によって、指名検索数・サイトPV数はおよそ4倍に。さらにデジタル広告のクリック数も2.8倍と、大きく伸長しました(同社の別クリエイティブとの比較)。
イベント開始と同時に展開したデジタル広告のイメージ
他にも、「お祈りメールからはじまる物語メーカー」も実施。PRイベントによるネット上での認知から、UGCの創出、獲得型広告を組み合わせた設計が功を奏しました。
通常、お祈りメールをもらうと落胆で終わりますが、FUSIONでは「あたらしい可能性の始まり」と捉え直し、今回の施策を企画。リアルとデジタルを組み合わせることで、「ABABA」のサービス認知・理解とブランドメッセージの認知向上を実現しました。
CASE3. KIRIN:スロードリンク
前田 最後に、キリンホールディングスさまの「スロードリンク」の事例をご紹介します。「スロードリンク」は、お酒の時間をゆっくりと楽しむこと。だれかと語り合いながら、食事のおいしさによろこび、ほどよく飲んで、スマートに心地よく過ごす。飲む「量」ではなく、流れる「時」に心が満たされる、これからの時代のお酒の楽しみ方です。
FUSIONではそんな「スロードリンク」の考え方、魅力を伝えるために、若い男女の日常的なシーンを再現したショートドラマ風の縦型動画を制作。キリンビール公式YouTubeおよびInstagramで公開しました。
本動画では、キリンの商品がちらっと映るシーンはありますが、あくまで前面に出ているのは「スロードリンク」という概念です。
本施策では、ヴィアゲート社と共同で、「ブランドリフト(態度変容)調査」を実施しました。すると、動画を途中までしか見ていないユーザーでもスロードリンクの「認知」や「好意度」が向上していることが判明。また同時に、キリン自体への好感度も上昇していることがわかりました。
ユーザーは、良質なコンテンツに出会うと、出稿主に対しても興味が湧き、好意を抱く。コンテンツの質が広告の効果だけでなく、企業イメージやブランディングにも影響を与えることが、本施策で再確認できたように思います。
今後は、「効率」と「品質」が融合する時代が訪れる
最後に、前田氏に今後の展望を聞いた。
「これまでのインターネット広告は、『配信効率』と『コンテンツの品質』が別物として捉えられていましたが、今後はより本質的な効果、価値を求め、統合していくような流れが加速していく時代になると考えています。私たちは社名の通り、その"融合"を目指し、今後も企業さまのマーケティング課題の解決を支援していきたいと思っています。
私は幼少時代から、編集者として雑誌づくりに勤しむ父の背中を見て育ちました。その背中は、良質なコンテンツは、多くの人を、そして社会を幸せにできることを教えてくれました。私もコンテンツを通じて、インターネット広告の世界をよりよい、豊かな場所へと変えていくことが夢です」
撮影/村田克己 取材・文/赤坂匡介(C-station) 編集・コーディネート/加藤大二郎(講談社)