2023.09.22
コアビジョン「#ワクワクの蔵」を掲げ、BtoBからBtoC事業へと変革! ── EC売上、半年で10倍を実現した「梅乃宿酒造」
日本マーケティング協会が主催する、優れたマーケティング活動を表彰する「日本マーケティング大賞」。今年、奨励賞を受賞した梅乃宿酒造は、BtoBからBtoC事業へと舵を切り、成功を収めた老舗の酒蔵だ。コンセプトは「#ワクワクの蔵」。そこに込められた思い、成功のポイントを、同社の代表取締役CEO・蔵元の吉田佳代さん、同執行役員マーケティング部部長の古澤幸彦さんに聞いた。
左から、梅乃宿酒造株式会社 代表取締役CEO 吉田佳代さん、同 執行役員マーケティング部部長 古澤幸彦さん
業界の常識よりも顧客視点を重視。BtoBからBtoCへの変革
日本マーケティング協会が2009年から主催する「日本マーケティング大賞」。選考対象は「市場へのインパクト、独自性、ブランド定着性など、目覚ましい成果を上げたプロジェクト」だ。
そのなかで、奈良県にある酒蔵・梅乃宿酒造は、BtoBからBtoC事業へと変革したチャレンジが評価され、「第15回日本マーケティング大賞」奨励賞を受賞した。
「創業は1893年。梅乃宿酒造は日本酒の酒蔵として、今年131年目を迎えました。しかし今日まで順風満帆だったわけではありません」と同社の代表取締役CEO 吉田佳代さんはその歩みを振り返る。
日本酒は1970年代から低迷期に入り、市場は縮小傾向にあった。状況を打破すべく、同社は2002年から日本酒仕込みの梅酒を発売。これがヒットし、その後、みかんやレモンなどのリキュールにまで商品を拡大しながら蔵を守り続けてきた。
2002年から日本酒仕込みの梅酒を販売
「たくさん作ってたくさん売る。それがビジネスの基本のように思われるかもしれませんが、日本酒は少し違います。むしろ作り過ぎないことが求められたりもします。希少性がそのまま商品価値になるのです。しかしそれでは、いつまでも事業は拡大していきません」(吉田さん)
ヒット商品である梅酒もリキュールも、同社の日本酒製造技術の高さがあったからこそ生まれたものだ。しかし日本酒業界は、大量生産と相容れなく、特にBtoBではその傾向が強くなる。つまり、売上を拡大することが、ブランド価値の低下につながってしまうかもしれない、というジレンマがそこにはあった。
「業界の常識に捉われるのではなく、おいしいから買いたいと言ってくださるお客さまを大切にしたい。そう考え、従来の対小売店メインのBtoBから、BtoC事業へと舵を切る決断をしました。私たちにとってそれは、大きな変革でした。今回その挑戦が評価され、日本マーケティング大賞の奨励賞を受賞できたことを心からうれしく思っています」と吉田さんは語る。
しかし挑戦には、常にリスクが伴う。不安はなかったのだろうか?
「私のすべての原動力は、"ワクワク"なんです。人生もビジネスも、ワクワクがないと、ハッピーじゃないですよね。そのためには、驚きと感動があるほうへと向かう必要があります。BtoC事業に舵を切ったほうが自分自身も会社も、もっとワクワクできる。そう考えました。また、父である先代も、私の決断を応援してくれました。そこで勇気をもらえたからでしょうか、不安はありませんでしたね」(吉田さん)
佳代さんの背中を押してくれた、父・梅乃宿酒造4代目の吉田 暁さん
最大の課題は認知獲得。コンセプトワード「#ワクワクの蔵」を開発
BtoBからBtoCへ。最大の課題は、ターゲットである生活者と、いかにつながり認知を獲得するか、だった。
「これまで弊社では、個人のお客様との接点を持っていませんでした。そこで、コミュニケーションを創出するために、梅乃宿酒造を一言でわかりやすく伝えるコンセプトワードの開発が必要だと考えました。そして生まれたのが『#ワクワクの蔵』です」と同社のマーケティング部部長 古澤幸彦さんは語る。
梅酒にリキュール、ヒット商品はある。しかし商品名は知っていても、梅乃宿酒造という社名まで知っている顧客は少ないだろう。まずは、「梅乃宿酒造」という名前、そしてその特徴を認知してもらう必要があった。
博報堂さんとともに開発した『#ワクワクの蔵』は、社長の吉田の原動力であり、弊社のすべての判断基準でもある"ワクワク"と、"酒蔵"を組み合わせた造語です。まさに梅乃宿酒造を表した言葉だと思いました。また、ハッシュタグ付きのコンセプトは、SNS時代の現代において、情報拡散まで見据えた、素晴らしいコピーだと感じました」(古澤さん)
こだわりが生んだ、SNSでのバズを契機に大ヒット商品へ
協業によって誕生した「#ワクワクの蔵」は、BtoC事業の核となるECサイトやEC限定商品の開発、すべてに通じる同社のコアビジョンとなった。
「たとえばEC限定のリキュール『大人の果肉の沼』というネーミング、そして商品自体にも、コアビジョンが反映されています。目で見て、耳で聞いて驚いて、実際に飲んでみて感動してもらう。とろけるように柔らかい果肉のごろっと感が特徴の本商品は、果実と日本酒が織りなす、贅沢な味わいとなっています。それはまさに"新体験"と呼べるものです」(古澤さん)
ビジュアルにもこだわった、PARLORあらごし 大人の果肉の沼「いちご」
果実と日本酒のマリアージュ、PARLORあらごし 大人の果肉の沼「いちご」。キャッチコピーは「沼みたいなお酒ってアリ?」。さらに飲むだけでなく、ローストビーフにかけたり、かき氷にかけたりしてもおいしいという。まさに「#ワクワクの蔵」の名に相応しいこの逸品は、すぐさま大ヒット商品となった。
「きっかけはSNSでした。商品をX(旧Twitter)に投稿したところ、『とんでもない名前のイチゴのリキュールがある』と、情報が拡散。オーガニックで1.2万リツイート、5万いいねを獲得し、以来、製造してもすぐに売り切れてしまう状況が続いています」(古澤さん)
老舗の酒蔵として、梅乃宿酒造の誇りとして、同社の吉田さんは「本当においしいものだけを届ける」ことを信条にしている。だから同商品も、添加物を使わず、新鮮な味わいにこだわった。
「1本200ml、2本セットで3,980円(税込)というのは、リキュールとしては高価な部類に入ります。ですが、一度購入された方がリピート買いするケースも多く、大変ご好評をいただいています」(古澤さん)
こうして、コアビジョンを軸に開発したEC限定商品、こだわりのビジュアルは、認知と興味喚起を同時に創出し、購買へとつなげるという理想的なマーケティングに寄与した。
半年でEC売上は10倍。初年度売上は2億円(見込み)を実現
SNSでのオーガニック投稿によって、一気に認知が拡大。吉田さんはそのなかで「まずは知ってもらうことの重要性を再認識した」と語る。
「味には自信があります。買っていただければ、必ず喜んでいただけると信じていました。ですがそれは、認知の先にあるものですよね。今回、商品を知ってもらい、結果にまでつながったことを、大変うれしく思っています」(吉田さん)
SNSの効果もあって、半年でECの売上は10倍に。初年度からECの売上は2億円を見込んでいる。しかしSNS上でバズが起こったのは、偶発的な部分も大きい。ならばこの売上は、想定外なのではないだろうか?
「いえ、当初の目標通りです。売れる・売れない、はわかりませんでしたが、私のミッションとして、初年度EC売上2億円は最初から存在していました」と古澤さんは話す。
だが、仮にECの顧客単価が1万円だとしても、2万点の商品を販売しなければ、2億円という売上額は達成できない。初年度の目標設定としては、高過ぎるようにも思える。
吉田さんはいう。「徹底した顧客目線による商品開発、コアビジョン『#ワクワクの蔵』、そして何よりも、私は古澤を信じていましたから、きっと大丈夫だと思っていました」
梅乃宿酒造のパーパスは「新しい酒文化を創造する」、ミッションは「驚きと感動で世界中をワクワクさせる」。吉田さん自身が誰よりもこのパーパス、ミッションを信じていることも大きい。
「パーパス、ミッションが守られているならば、結果も自然と付いてくるはずだと私たちは考えています。このパーパス、ミッションは、私たちの行動、選択すべての基準として機能していることが、BtoC事業の前進にも寄与していると感じます」(古澤さん)
デジタルとリアルでつながり続ける梅乃宿酒造のファンマーケティング
顧客を獲得したあとは、定着させる必要がある。梅乃宿酒造では、どのようにファンマーケティングを捉え、実施しているのだろうか?
「ワクワクの連続を提供し続けていくことが重要だと考えています。商品も同様で、『大人の果実の沼』シリーズだけでなく、まるで本物の果物を食べているような感覚が味わえる『超あらごし』シリーズをEC限定で展開するなどしています」(古澤さん)
日本酒製造の技術をリキュールに活かした「あらごし」シリーズ
他にも買い物体験を向上させる施策として、キャンペーンやレシピコンテストなどを、EC会員向けに展開。SNSも積極的に更新することで、常に顧客とつながり続けることを大切にしている。
またオンライン上だけでなく、リアルでのつながりにも近年は注力している。
「2022年7月に新たな蔵を新設しました。そこでは蔵見学を実施しています。また直営店舗も併設することで、リアルにお客さまと交流できる場を設けました。そこには商品を実際に体験できる場を提供したいという思いもありますが、それ以上に弊社の従業員の人間的な魅力に触れてほしいという、私の思いがあります。自慢の仲間たちですから」と、蔵見学の真の狙いを吉田さんは説明する。
2022年に新設した、蔵の外観
蔵開きで賑わう新蔵の様子
今年も10月28日(土)・29日(日)に開催を予定している「蔵開き」は、例年3000人以上が参加するという人気ぶりだ。
「蔵見学もそうですが、リアルな体験はSNSとの親和性が高く、お客さまが自ら、情報発信してくださる効果もあるのは大きいと感じます。ほかにも、これは余談になりますが、シークレット福袋という企画を実施した際に、購入されたお客さまが中身をSNSに投稿して、注目を集めたケースもありました。今後もさまざまな形でお客さまに喜んでいただきながら、一緒にブランドを盛り上げていくようなファンマーケティングを展開していきたいです」と、古澤さんは展望を語る。
「梅乃宿酒造の力は従業員の人間力」。ホームページでは社員の「顔」を掲載している。
夢は、梅乃宿酒造のワクワクを世界にまで広げること
日本酒製造で培った高い技術力を武器に、着実にファンを増やしている梅乃宿酒造。今後も「さらなるワクワクの拡大を目指す」と、吉田さんは語る。
「梅乃宿酒造の持つワクワクを世界にまで広げていきたい。それがいまの、私の夢です。そのなかで、お客さまだけでなく、従業員も含めて、関わるすべての人をハッピーにしたい。これからもずっと『#ワクワクの蔵』であり続けたいです」
吉田佳代 梅乃宿酒造株式会社 代表取締役CEO ⚫️奈良県葛城市生まれ。大学卒業、総合商社を経て2004年に梅乃宿酒造に入社。2013年7月に5代目社長に就任、父から梅乃宿酒造を引き継ぐ。梅乃宿酒造は、老舗でありながら、平均年齢35歳という若い従業員と活気に満ち溢れた職場。アルバイトを含めると約100名の大所帯。従業員のチャレンジスピリットを大切にしながら、女性向けの新商品開発や海外向けの販路拡大などの積極的な取り組みにチャレンジしている。
古澤幸彦 同 執行役員マーケティング部部長 ⚫️大学卒業後、江崎グリコ株式会社に入社。ポッキーをはじめとする主力ブランドの戦略立案、リサーチ、デジタルマーケティング、CRMの領域をメインに従事。その後、株式会社サンワカンパニーのマーケティング責任者としてEC事業に従事。ECマーケティングに加え、商品企画、購買・物流という幅広い領域を担当。2022年より梅乃宿酒造株式会社にてEC事業、マーケティング、商品開発の責任者として、梅乃宿の新たなチャレンジを牽引する。
取材・文/赤坂匡介(C-station) 編集・コーディネート/川崎耕司(講談社)
川崎耕司 シニアエディター・コーディネーター
C-stationコンテンツ責任者。C-stationグループの、広告会社・広告主向け情報サイト「AD STATION」担当。