2022.04.22

顧客インサイトを知り、顧客体験をデザインする|顧客との約束からはじまる利益の最大化[第3回]

コミュニケーション領域すべての統合プロデュースを行う株式会社イグナイトの代表取締役で、Advertising Week Asiaのエグゼクティブプロデューサーとしても活躍する、笠松良彦氏の連載です。 第3回目は、「顧客体験をデザインする方法」について、じっくりと解説していきます。

語り:笠松良彦 構成:C-station

顧客体験のデザインの第一歩は、顧客を知ること

連載2回目では、「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス=CX)」について解説しました。顧客体験=ブランドの価値そのものであり、売上に直結する根幹だからこそ重要だということが、おわかりいただけたかと思います。

この顧客体験をデザインするためにいちばん大事なのが、"顧客を知る"ことです。これをマーケティング業界では、「ターゲットインサイト」「コンシューマーインサイト」と表現します。

直訳すると、ターゲット=顧客、そしてインサイト=「洞察する」という意味です。では一体「インサイト(洞察)する」とは、具体的に何を指しているのでしょうか?

顧客も言語化できていない本音=顧客インサイト

私が考える顧客インサイトは、次の4つです。

① 心の奥で感じている不安・不満・要望
② 定量調査では出てこず、定性調査(インタビューなど)でもなかなか出てこない
③ 深層心理の奥底にある本音
④ 本人も気づいていないことがある

つまり、顧客本人も言語化できていない本音=顧客インサイトなのです。

もちろんすべてのケースがこの4つにあてはまるわけではありませんが、私の経験上、おおむねこの4つのどれかにあてはまる場合が多いように思います。そして、心の奥底の本音を言語化できた時ほど、効果の高い、よりよい顧客体験をデザインできると感じています。

顧客インサイトは、企画の出来も左右する

マーケティング担当者の重要な仕事に、「企画を創る」というものがあります。面白く、しかも効果が出る企画であるかどうかというのは、まさにこの顧客インサイトに応えられているかどうかにかかっています。

なぜなら、顧客が自分でも言語化できていない心の本音を解き明かし、その本音に応える企画ができれば、それは必ず顧客に刺さるからです。

この一連の流れを、私は「顧客インサイトに応える顧客体験のデザイン」と呼んでいます。

顧客インサイトを解き明かす方法

では、どうすれば、顧客の本音・深層心理を知ることができるのでしょうか。
これにはさまざまな方法があると思いますが、私が自分の経験から見つけたよい方法をご紹介します。

① 顧客の声を疑う(本人も言葉にできていない本音は何か?)
② 現場でひたすら顧客を観察する
③ 顧客になりきって妄想する
④ データをさまざまな切り口で解釈する

つまり、顧客の状況から深層心理を探るということです。これができるようになると、顧客がどこに共感するのかのツボが見えてきます。


ダイハツ ミラ イースの事例

私が関わった事例がありますのでご紹介しましょう。

ダイハツの軽自動車・ミラ イースは、「50歳以上の普通自動車オーナーにダウンサイズして購入してもらえない」という課題を抱えていました。

「第3のエコカー」という新ジャンル創出で顧客インサイトをつかんだダイハツ・ミラ イース

定量・定性調査の結果、50歳以上の普通自動車オーナーの声は、次のようなものでした。
① 軽自動車に興味がないので、購入の対象にならない
② とはいえ、EV車やハイブリッド車は少し高いと感じている
③ 情報は自分で取捨選択できると自負している

しかし、企画メンバーの50代男性スタッフを中心に顧客の深層心理を妄想してみると、違ったインサイトが見えてきました。

インサイトした顧客の深層心理は、次の2つでした。
① 軽自動車(黄色ナンバー)はカッコ悪い
② 周りからランク落ちしたと見られるのがイヤだ

そこで、ガソリン車なのにリッター30㎞も走るミラ イースを「第3のエコカー」と宣言。従来にはなかったジャンルを創出し、「新しいエコカーを選ぶ自分」が賢い選択であるという企画を打ち出し、50歳以上の普通自動車オーナーの購入意欲をかき立てることに成功しました。

もし、顧客の声を表面的に捉えていたら、このような結果を生み出すことはできませんでした。その奥にある"本音"を探ることができたからこそ──つまり正確に顧客インサイトを捉えることができたからこそ、課題を解決することができたのです。

顧客データを仮説に役立てる〜生鮮食品売り場を例に考える〜

顧客インサイトを探る際に気をつけたいのが、前述の4番目、「データをさまざまな切り口で解釈する」方法です。

この方法はほかの3つと違い、これだけで深層心理を探る方法ではありません。妄想や課題の仮説の切り口として使います。

たとえば、コンビニチェーンの生鮮食品売り場の事例で解説します。

あるコンビニチェーン店では、兼業主婦に「なかなか生鮮食品を買ってもらえない」という課題を抱えていました。

定量・定性調査をしても、「何となく品揃えが悪そう」「何となく新鮮ではない気がする」というあいまいな理由しか出てきませんでした。

そこで、調査員と仲のいい兼業主婦を集め、「主婦友の雑談」として懇親会を実施したところ、「オフィス通勤する格好でコンビニで生鮮食品を買うのはカッコ悪い」「恥ずかしい」という本音が見えてきました。

つまり、「他人から、コンビニで生鮮食品を買う、いい加減な主婦と見られたくない」という思いと、「コンビニで生鮮食品を買うような自分自身」への罪悪感が、売上を阻んでいたのです。

そこで、生鮮食品の品揃えをたとえばオーガニック野菜に統一するなど、本気感・本物感を演出することで、「購入する方が賢い選択」という自負を引き出すことができるという提案をしました。

また、このケースでは、生鮮食品のPOS購買データを分析した時に、売上全体に占める生鮮食品の割合は小さいものの、生鮮食品を買う顧客の購入単価がずば抜けて高いこともわかりました。

このデータから、私たちは「生鮮食品は、買い合わせ需要が非常に多いのではないか」という仮説を立て、企画に盛り込みました。

生鮮食品を購入する顧客単価のイメージ。顧客データから導き出した仮説を、いかに企画に盛り込み、課題解決につなげるかという視点が重要になる ※数値はイメージ

入浴剤メーカーの事例

別の事例をご紹介します。

夏向けの季節性クール商品の需要喚起に課題を抱えていたある入浴剤メーカーの依頼で、個別商品の売上データをグラフ化したことがあります。そのグラフからは、従来型の入浴剤が夏も堅調に売れている事実を突き止めることができました。

担当者はもちろん、数字としては真夏でも従来品が売れていることでは把握していました。しかし、グラフ化して確認することや、「なぜ夏も従来品が売れているのか」「従来品とクール商品を買う顧客の違いは何か」という仮説を立てることは実施していませんでした。

私たちはさらにこのデータを元に、考察を深め、「従来品とクール商品を買う顧客の需要の差には、家族構成の特徴があるのではないか」という仮説に辿り着くことができました。

このように、せっかく顧客データを持っていても、仮説のポイントや解釈を見過ごしてしまうケースは意外と多いように思います。

つまり、顧客データは、ただ持っているだけでは意味がないのです。それをどういう切り口で解釈するのか。そして、よりよい顧客体験を創るための仮説(企画)にどう役立てるかという視点が、顧客体験のプロにもっとも必要かつ重要なスキルだといえます。

次回は、顧客インサイトの捉え方について解説します。

講談社が提供する各種プロモーションサービスのご利用に関するお問い合わせ・ご相談はこちら